第2話 花山院家本邸へ
「ここが……新宿!」
『ほう、今はこんなに大きな建物がたくさんあるのか……』
新宿にて乗り換えのため降りる。改札を出なくても乗り換えはできるが、昼食のために改札を出た。それにしても、
「人が、人が多い……!」
どこを見渡しても人ばかりだ。ちょっと気分が悪くなる。実家があった場所や、五年過ごした花山院家別荘でもここまでの人は見たことがない。神社で行われた祭りや初詣は人が多かったが、ここまでではなかった。
「さて、どこで食べようか……」
『我食べられないんじゃが?』
「うん、申し訳ないけど我慢してね」
真白は本当に食べるのが好きだ。昔よりも全てが美味しいようで、なんでも好き嫌いなくよく食べる。本来、朔の霊力を渡すだけで活動できるため嗜好品に過ぎない。そのため今回は我慢してもらおうと思う。
昼は近くのカレー屋で食べた。カレーは正統派な味付けで、少し辛かったがご飯がよく進んだ。流石に真白が可哀想だったため、持ち帰りメニューで同じものを選んで購入した。店員が同じメニューを買うことに一瞬不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔に戻ったのは流石だと感心した。
「ふう、食った食った。さて、そろそろ花山院の本邸まで向かうか」
『さっきのカレーはやく食べたいのう……』
「本邸に着いたらね」
また新宿駅に戻り、目的地まで行く電車を探す。陰陽師の東部御三家は東京に拠点を置くが、すべての家が同じ場所にあるわけではない。鷹司家は都心、西園寺家は多摩西部方面、そして花山院家は多摩北部に本邸がある。
「えっと、この電車かな」
目的の電車に乗る。席は空いていなかったが、立っていることに不満はない。スーツケースが邪魔にならないよう気をつけて人の間を縫っていく。
電車が発車するとまた参考書を開き、勉強を再開する。はっきり言って大丈夫だと思うが、万が一を考えると不安で勉強してしまう。こういうときは体を動かしたいが今は無理だ。
「おっと」
横からぶつかられそうになったので避ける。そろそろ駅に着くため、電車内の人が移動する頃だ。
「チッ」
スリをしようとしていたのだろうか。被害もなかったため責められないが、むっとする。《大氾濫》が起こったせいもあり、治安が悪化した。妖怪か人間か判断ができないような犯罪もあり、行方不明者はどんどん増えている。
しばらくして、やっと目的の駅に着く。人が多く暖房が効いていたため、外に出ると幾分か爽やかに感じる。
「迎えの車まだ来てないかな……」
時計を見るとまだ約束の三十分前だった。少し時間でも潰そうと駅直結のビルに入ろうとしたところ、
「きゃあっ!!」
突然女性の叫び声が聞こえたため、急いでそちらに向かう。人が逃げる方向と逆に向かっているため進み辛い。妖気を感じるので、どうやら駅から出てすぐのところで妖怪が出たようだ。
「うーん、迷って出てきた餓鬼って感じかな……」
『太刀は使うか?』
「いや、免許ないから無理だ。それに……」
ぐっと足に霊力を集中させる。人が多すぎたストレスとか、スリの件のストレスが発散できそうだ。
「あれくらい素手で充分!」
餓鬼に向かって飛び掛かる。餓鬼の近くの地面に着地し、そのまま回し蹴りを放つ。
「グギッッ」
放たれた蹴りを認識する頃には餓鬼は空を飛んでいた。そのまま地面に当たると、勢いがなかなか衰えずに滑っていく。
トドメを刺すために近づくと、すでに餓鬼は黒い煙を発して消え始めていた。
「準備運動って感じかな」
「おーい!そこの君ー!」
すると、通報を受けた警察官が近寄ってきた。札を手に持っているので妖怪討伐もできるのだろう。
「ありがとう。それで申し訳ないんだけど免許ある?」
「いえ、見習いですね。緊急時条項に従って討伐しました」
「ああ、受験生さんか。頑張ってね!それと、わかるだろうけど緊急時以外は霊力使わないよう気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
緊急時条項とは、霊力を使用して戦える一般人が、緊急時になにもできないということを無くすために作られた。妖怪が襲ってくる際に無抵抗を貫くのではなく、無理しない程度に抵抗しても良いという法律だ。つまり正当防衛のようなものである。今回はこちらから戦ったが、妖怪は見境なく人を襲うため特に問題にはならない。
「おーい、朔坊!待たせたな」
すると、後ろから声をかけられた。懐かしい声だ。
「え、花山院様!?」
「あっ、師匠!お久しぶりです!お迎えは師匠だったんですね」
「餓鬼がいたのか。ご苦労さん。札の消費はしてないな?」
急に偉い人が現れたためか、警察官が緊張している。それにしても二年ぶりの師匠だ。全く変わっていないかと思ったが、少し疲れた空気を纏っている。
「は、はい!人的、物的被害もほとんどありません!」
「じゃあ問題ねえな。朔坊、結構でかくなったか?」
「成長期ですからね!沙織姉さんは越したかな……」
ここ最近、ぐんぐんと身長は伸びている。二年前、最後に会ったときは沙織に身長で負けていたが、そろそろ抜かせただろうか。同い年だが、先に産まれたのは沙織なので『姉さん』を付けて呼んでいる。後見人になっているのは沙織の両親なので、姉だと言っても間違いないだろう。
「多分越しただろうよ。さて、そろそろ行くか。じゃあ、あとは頼んだぞ」
警察官に後処理は頼み、車に向かう。随分と大きく見えた玄弥も、成長すると大分目線が近くなってきた。
「そうだ、車の中なら真白さん出ても大丈夫だ。外から見えないようになってるからな」
「ありがとうございます!」
スーツケースをトランクに入れて車の後部座席入ると、真白が実体化する。隣に座り、大きなため息をした。
「玄弥、助かったぞ。霊体化は疲れるのじゃ……」
「久しぶりだな、真白さん。元気そうだな」
「早くカレーを食べたいのじゃ。はよう行くぞ」
玄弥は不思議そうな顔をしている。なんのことかわからずカレーと言われても困るだけだろう。真白の言葉を補足する。
「さっき昼にカレーを食べたんですよ。真白は食べられなかったので持ち帰りで買ったんですが、早く食べたいみたいで……」
「うむ、見てるだけじゃったからな。実体化しようか迷ったほどじゃ」
「ははは、なるほどな!白米は炊いてあるだろうからそれを食べるといい。朔坊、腹ごなしは大丈夫か?」
「はい、もしかして沙織姉さんいるんですか?」
絶対に戦いを挑まれる。殺傷力の高い技はお互いに使わないが、それでも当たれば大怪我するような技をたくさん使ってくるのだ。訓練してしばらくしてから会う度に挑まれているせいで慣れたが、今は少し疲れている。
「ああ、朝から気合い入ってるぞ。そういえば住む家は学校近くに用意してある。細かい話は本邸で話すぞ」
「はあ……戦いは避けられないのか……家のことありがとうございます」
「広い家だと良いのう。あとキッチンじゃな」
「どうせ俺に料理しろって言うんでしょ?自分でできればいいのに……」
食べるのが好きだが料理は無理なのだ。しかも、食べたいときに変な時間に頼むこともある。別荘にいたときは食事の時間以外に作ってもらうのは悪いので、キッチンを借りて料理をしていた。お陰で魚も捌けるようになっている。
「細かい作業は苦手なんじゃよ……」
「そんなに苦手なのか?刃物なんかの取り扱い得意そうだがな」
「うーん、前にまな板ごと切りましたからね。真白って妖力、神力の塊のようなものなので調整が難しいのでしょう」
「そうなのじゃ。日常生活ならともかく、細かいことはのう……」
妖力が高いほど妖術や、単純な力も強くなる。《大氾濫》後に現れた日本や海外の神々も神力が高いほど強いらしいので、両方高い水準の真白は力の調整が難しいらしい。真白との模擬戦も、ある程度力をつけてからだった。
「さて、そろそろ本邸に着くぞ」
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お読みいただきありがとうございます。次話は明日の十九時投稿予定です。
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