第一章 始動

第1話 上京

 白い息を吐き出して消えていく様子をゆっくりと眺める。勉強していくにつれてどうやって起きるのかわかっていくが、同時にわからないことが減ったことへの残念な気持ちは増えていく。


『朔、そろそろ出発しなくていいのか?』


「ああ、蓮か。そろそろだね。東京まで電車なんて楽しみだなあ」


『やっと朔に会えるのね。画面の向こうでしか会ったことないから不思議な気分だわ』


「蓮とも陽毬とも会ったことないからなあ。そっちも落ち着いたの?」


 高校進学のため、群馬県から東京のとある場所まで引っ越しすることになった。特殊な通信制の中学校だったため普通に学校に通うのは初めてだ。対面での授業がない代わりにリモートで授業を行うことがあり、グループワークを行った際に気が合って蓮と陽毬と友人になった。

 二人とも芸能界にいたため普通の中学校では出席できず、通信制の学校にいたらしい。高校は一旦芸能活動を休み、同じ場所に進学するため来月から同学年だ。


『やっと色々と終わったわよ。芸能界引退じゃないんだから静かにしてくれれば良いのに……』


『僕も同じような感じだよ。引越しの準備もできたし万全!』


「よかったよかった」


「朔ーー!そろそろ出発する時間じゃぞ。駅まで送る車の準備ができたようじゃ」


「おっ、そろそろみたいだ。また来月の入学式で会おうね」


『じゃあな!』


『朔、またね。落ち着いたら連絡してね』


 そう言って通話アプリ、ライムを切る。スマートフォンをポケットに入れ、横に置いてあったスーツケースを持って立ち上がる。


「真白、ありがとう。もう指輪使う?」


「姿を消すのは嫌なんだがのう。なんとかならんか?」


「退魔師免許取るまで待っててよ」


 苦笑しながら上目遣いの真白に告げる。ついに身長は追い抜いており、随分と成長したものだと思う。

 真白のように契約した妖怪などを従魔と呼ぶ。二年前大氾濫が起きた後法律で定められた退魔師免許を持たないものが従魔を外に連れ歩くのは禁止されている。普通の妖怪などは従魔となれば姿を消せるが、真白は強すぎるため姿を消せなかった。


「力を弱めるよ」


「この感覚嫌じゃあ〜〜」


 二年前、玄弥から貰った術具の指輪で真白の力を弱めることで、周りに力を振り撒くことをなくし、姿を消し霊体化できるようになった。真白をそのまま出歩かせると最悪発狂する人も出るらしい。常時発動するために練習し、今では無意識で発動し続けることもできるようになった。


「車は一緒でもいいけど降りるときには見えないようになってね?」


「わかっとるわ。そこまで自由にはやらん」


 そう言う真白をじとっと見つめる。経験を積ませる為、と言ってこの家に大量の妖怪を昼夜問わず誘き寄せ、刀一振りで戦わせた人をそこまで信用できない。危なくなれば助けてくれたが、花山院家一門の方々にもかなり迷惑をかけた。


「なんじゃ、その目は。さて行くぞ」


 色々と言いたいことはあったが、手を掴まれて連れていかれる。門の前には車が停まっており、この別荘の管理をしている佐々木誠也が送ってくれるようだ。


「お待たせしました。誠也さん、よろしくお願いします」


「もういなくなってしまうとは寂しいですね。五年とはあっという間です……」


 確かにあっという間だった。見事に修行と勉強漬けだったが、楽しかったことには違いない。二年前まではここによく来ていた玄弥、ときどき来る姉の沙織とその両親など、楽しい思い出も沢山ある。


「また来ますね。和也くんも会いたいです」


「そうじゃのう。赤子は可愛いものじゃ」


「はは、楽しみにしていますよ。和音、和也といつでも待っています」


 誠也の妻の和音は、一年前に男の子が産まれ和也と名付けられた。それからは毎日賑やかで彩りが増えたようで賑やかだった。今は和也が寝ているため、朝食の際に挨拶を終えてある。


「それでは出発します」


 そう言ってゆっくりと発車した。五年間過ごした家が段々と小さくなっていく。




 しばらくすると私道を出て大きな公道に出る。周りの車に合わせて進み、一時間ほどで駅に着いた。人に見られないよう真白は霊体化する。


「では、また来てくださいね。学校も退魔師も頑張ってください」


「はい、みなさん体に気をつけてくださいね。それではまた!」


 スーツケースを取り出し、車から降りる。駅構内に入ると少し賑やかで、お土産が売ってる店が多い。


「うーん、沙織になにか買った方がよいかな?」


『別に要らんじゃろ。土産で喜んでいる時間があれば訓練しておる娘じゃ』


 真白が他の人に聞こえない念話で語りかけてくる。確かにと思ったが、花山院家の方々に食べてもらうために食べ物を少し買っておくことにした。ここ最近別荘の方へ誰も来ていないのだ。少しは懐かしい気分になるだろう。


『さて、朔よ。そろそろ行かなくて良いのか?』


 そう言われて時間を見ると、時計は八時五十分を示していた。出発が九時丁度の予定なのでそろそろ向かうべきだろう。


「ありがとう。人生初の電車だ」


 知識を頼りに電車の改札を通り抜ける。なにか空気が変わったようで、ホームから出てきた人には楽しそうな声を上げる人もいる。少し前までは溢れた妖怪のせいで観光すらままならなかったのだ。観光できるレベルまで減らしたのはすごいが、現在の退魔師の総数を考えると碌に休んでいなさそうである。


「意外と座り心地良いんだな。一応勉強しておくか……」


 手持ち用の荷物から退魔師免許受験用の参考書を取り出し、勉強を始める。ほとんどが法律関係のため、あまり楽しいものではない。体を動かしている方が性に合っている。


『そういえば呪いに関しては実技できなかったのう』


 呪いに関する法律を読んでいると、頭に声が響いた。呪い返しは正当防衛だとか、呪い自体は妖怪に対しても有効なので法律違反ではないなど色々と書いてある。


「いや、呪いの実技なんて無い方がいいでしょ。俺じゃあ辿ることなんてできそうにないや」


『そこは我に任せよ。呪いを返すだけなら「月影丸」でできるじゃろう』


「あっちはあまり使ってないな。強力すぎる……」


 周りに人がいないので真白と堂々と話している。太刀は現在二振り持っている。片方は神社の御神体だった『月影丸』、もう片方は真白の収納不思議空間にあった『狐々丸』だ。メインは後者の方で、妖怪との実戦はほぼこちらだ。前者は霊力を込めて振ると何を切るにも手応えが無さすぎて怖い。


『慣れないと使えんぞ』


「わかってるけどさあ……あれを使わなきゃ勝てない相手なんて出会わないのが一番でしょ」


『まあ、そうじゃがな。あやつは探さぬのか?』


「ああ、『金面白毛九尾の狐』ね……」


 奥歯を噛み締める。一度東京に攻め入り、退魔師にかなりの被害を齎したやつだ。。一般人も大量に死者が出ており、一部の人からは退魔師の対策不足だと大変叩かれた。

 両親を殺したときに裏で糸を引いていたのはこいつだろう。映像で確認した際に九尾の狐の隣にいた鬼が、神社で出会ったやつと同じだったのだ。当然、憎いに決まっている。


「今の実力じゃ無理でしょ。真白に全部投げるのは違うし」


『我に任せても良いんじゃがな。千年前の屈辱を晴らしたい……』


 千年前に玉藻前と言われた九尾を討伐する際、最後まで追い詰められた後に擦りつけられたのだ。妖力が抑えきれずに溢れ出してくる。できれば自分で討伐したいが、今の実力では相手になりそうにない。


「ちょっと抑えて……せめて《佩怪》を身につけてからだね」


『なんで使えないんじゃろうな……』


 二人して考え込む。《佩怪》とは妖怪や霊など、契約している従魔と一体化して力を増す奥義だ。従魔と信頼関係があれば使えると言われているが、朔と真白に限っては謎となっている。身につければ一気に実力が上がる可能性が高いため、できれば早めに身につけたい。


「それに、退魔師も警察とか諸々頑張って捜査して見つからなかったわけだし……ただの高校生が探しても無理じゃない?活動しながら細かい痕跡探していこうよ」


『そうじゃな……おっと、そろそろ人が増えそうじゃから気をつけよ』


 顔を上げると、次の駅に着くところだった。人が結構乗ってくるようで、ぶつぶつと独り言を喋るわけにはいかなくなった。色々と考え事をしながら参考書に目を落とした。





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お読みいただきありがとうございます。次話は明日の十九時投稿します。ストック切れるまで毎日投稿予定です。

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