閑話1
坊主、朔を保護してから五年近く経った。現在、朔は陰陽道系の霊符を用いた術はなんとか使えるが、あまり適性はなかった。というよりも霊力が多すぎて細かな操作が苦手だった。現在でも修行は続けているようだが、使い物にならないようだ。
「それでもあれがあるからなあ……」
足を進めながら思い出す。朔は白い髪に赤い目、霊力が高すぎて色素が脱落しており、所謂アルビノに近い。真白が霊術で目や肌を保護する術を考案、朔が習得すると異様に目が良いことがわかった。運動も得意なようで、刀術に関しては上達が早く、豊富な霊力にものを言わせた強烈な身体強化も身につけている。
二年前、最後に会ったときに接近戦の模擬戦をしたが、どこを見ているのかすぐに動きが読まれ、猛スピードで走り回りながら技を繰り出す朔に戦慄したことを思い出す。結局は勝ったが近い将来どうなるかわからない。
目の前の扉を軽く叩く。
「玄弥です」
「入れ」
低く威厳のある声に自然と背筋が伸びる。中に座っているのは、実の父である花山院開成だ。白髪の混じった髪を後ろに流しており、鋭い眼光がこちらを見つめる。
「で、上手くいったか?」
「はい、固有領域を持っていた『小豆婆さん』を倒しました。町田周辺はしばらく大丈夫でしょう」
なかなか厄介な相手であった。子供を狙って喰べるが、隠れるのが上手かった。他の妖怪のせいにして逃げ続け、発覚が遅れたのだ。最終的には力技だが、住処と言われている椎の木を虱潰しにして固有領域を探し出した。東京都全体で見れば触らぬ神に祟りなし、といった妖怪も多くいるが倒せる妖怪は倒していた。
「それは良かった。報酬は振り込んでおこう。して、朔くんはそろそろ来るのか?」
「はい、高校はこちらなのでそろそろ来るでしょう」
雰囲気が一気に柔らかくなる。朔は将来有望な人物として花山院家で囲むことにした。最初は打算だったようだが、現在は孫のように可愛がっていた。ビデオ通話で会っていたが、直接会うのが楽しみなようだ。
「なに?そろそろ朔が来るの?」
ノックもなしに急に部屋に入ってきた姪である花山院沙織が言葉を発した。肩より少し下まで長めに伸ばした髪をポニーテールにした彼女は、いつもよりも機嫌が良さそうな雰囲気を感じた。
朔とは同い年で何度も会っており、同じく霊術を磨く身として切磋琢磨してきた。血や才能に恵まれ、周りにライバルがいなかった沙織にとっては良い刺激となったようだ。一部理解し難い面もあるが。
「これ、部屋に入るときはノックをしないか」
「はーい、ごめんなさい。で、朔と早く闘いたいんだけど……成長した私を見せてやらないと」
沙織はかなりの戦闘好きだった。出会って最初の方は勝っていたが、メキメキと実力を付けた朔によって最近は朔が勝ち越すようになっていた。朔は沙織の両親が後見人となっているため、同い年とはいえ姉として負けるわけにはいかないらしい。
「二年会えてないんだっけか」
「はい、玄弥叔父さんが向こうに行かなくなってからなのでそうなりますね」
《大氾濫》と正式に名付けられた妖怪や悪霊の大発生によって日本はかなり変化した。事前に打てる対策は打ったため諸外国に比べて遥かにマシだが、貧富の差が広がった上に居住地域の減少は治安の悪化を招いた。
法整備から妖怪や悪霊の退治まで、この二年は休む暇もほとんどなかった。そのため、朔と会う時間が作れなかったのだ。
「朔坊もこんな戦闘狂に好かれて可哀想に……」
「ん?なにか言いましたか?」
にっこりと口だけ笑を浮かべてこちらを見る。朔が毎回連れていかれる子牛のような表情を浮かべているのは沙織は知らないらしい。
「その表情は怖いからやめろ」
「ごほん、沙織よ、なにか報告があるのではないか?」
咳払いをして親父が沙織を見る。思い出したかのように沙織が手を叩いて話し始めた。
「そうでした。鷹司家の後当主、慎一様がいらっしゃってます。お話があるようなので客間に案内しました」
「あやつ、また来たのか……政治家は暇なのか?」
陰陽師における東京を拠点とする東部御三家、西園寺、鷹司、そして花山院。京都を拠点とする西部御三家も含めて仲が良いのでよく交流している。その中でも鷹司家は国会議員を多く輩出しているため、取りまとめとしてよく顔を合わせるのだ。最近は話し合いを名目に愚痴を言いによく来ており、開成と議論を交わしている姿をよく見る。
「国会議員ですから暇なんてことはないかと……また細かい問題があるのでしょう」
「どうせ御三家同士の利権だとか言われ続けて鬱憤が貯まったのだろうな」
自分と親父がため息をついた。確かに妖怪、悪霊退治は大金が動く。しかし、霊符の補充や武器の手入れはかなりお金がかかるのだ。それを無視して利権だとか、独占だと言われても困る。
厄介ごとは率先して処理しているし、対妖怪に関しては陰陽道を幼少の頃から学んできた自分たちとはスタート地点が異なる。奥義と呼ばれるもの以外は、各家が教室を開いて一般人にも伝授している。
「一般家庭の方々も増えてきてますし大丈夫でしょう。私も見習いからやっと正式な免許が取れるようになりましたし!」
「こっちもそろそろ楽させてほしいな……休みが寝てたら終わる日常はそろそろ終わりにしてほしい……」
「それはすまないと思っている……だが玄弥はランクⅨである以上義務も多いのだ」
退魔師と名付けられた妖怪や悪霊を退治するこの職業は、国によって免許制となっている。ランクⅠからⅩまであり、Ⅹに近いほど強い。Ⅹは少々特殊だが。中学を卒業すると免許が取れるようになり、一人でも討伐できるようになるのだ。それ以前は保護者がいないといけない上、武器も制限される。
「わかってますよ、とりあえず次の仕事までゆっくりします」
「私の訓練にも付き合ってくださいね!」
「わかったよ……明日な」
「さて、そろそろ慎一の相手をせねば」
そう言って親父は部屋を出て行った。静かになった部屋の中、沙織と二人になる。
「朔が来るってことは真白さんも来るってことですよね……」
「そりゃあな。朔坊の従魔だし、離れないだろ。苦手だったか?」
「いえ、あの容姿で朔と並んでいると目立つだろうなあと……」
「術具を渡して力を抑えられるようになってるし、姿を消せるようになったから大丈夫だ」
三年前、最後に会ったときに貴重な指輪型の術具を渡したのだ。真白の神力、妖力は最悪気が狂うため、一般人に晒すことはできない。力を増すためでなく、抑えるために術具が使用されるのは複雑な気持ちになったことを覚えている。
「そうなんですね!力を抑えた状態なら良い勝負できますかね……」
「いやー、経験値が違うから無理だろ。それに抑えていてもかなり強いはずだぞ」
一度力試しのために真白に模擬戦を挑んだことを思い出す。手も足も出ないとはあのことだった。攻撃を当てたと思えば幻覚で、分身したかとと思えば全て実体を持っており、手を上げたと思えば天候が変化した。こちらも切り札はあるとはいえ、倒すビジョンは浮かばない。
力を抑えたといってもそれに対応した闘い方は見つけているだろうし、なにより朔を守ることを疎かにするはずがない。
「一度挑戦したいです!新しい技も身に付きそうなので訓練所行ってきますね!」
「おー、気をつけてな」
沙織が去った後、のそりと立ち上がって家を出ていく。ここから近いので徒歩だが、疲れていると数分の距離でも車が欲しくなる。
「朔坊ももう高校生かあ……」
時間が経つのは早い。ついこの間まで泣き虫の小学生だった気がするが、気づいたら高校生になろうとしている。世間知らずな面もあるが、沙織と同じ学校なので大丈夫だろう。
「俺も歳とったな……」
ポケットからタバコを取り出し、火をつける。最初の煙をふかして好みになった頃に肺に入れる。ゆっくりと吐き出した煙を見上げながら感傷に浸った。
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お読みいただきありがとうございます。玄弥sideでした。次は本編一話を十九時に投稿予定です。
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