第3話 その男は

「つまり、坊主は謎の人物に襲われて逃げた場所で神域の主と契約、妖怪を退治しながらここまで来たってことか……」


 これまでのことを全て話した。ところどころ真白に補足してもらいながら、泣いて言葉がなかなか出てこないときも相手の男はしっかりと待ってくれていた。

 目の前の男、花山院玄弥が顎に生えた無精髭をさすりながらうんうんと唸っている。目線を手元にある刀に向け、指を指した。男から聞いたところによると、町も妖怪に襲われて生存者がいなかったらしい。朔は正直現実感が無く、他人事のように聞いているだけだった。


「で、その妖怪どものボスっぽいやつが探してたであろうものがその強力な刀か……超大ごとじゃん……報告どうしよう……」


「お主、先に朔の両親の墓を作りたいんじゃが、ここらで弔っても良いものかの?」


 頭を抱える玄弥に対して真白が問いかける。すると、玄弥はこちらに真剣な顔で向き直る。


「そうだったな。この町自体が滅んでるし、正直葬儀をちゃんとできる保証がねえ。ここは家があった場所なんだろ?しっかりと送り出してやりな。それと……」


 玄弥は続きを言うのか躊躇ったのかこちらをじっと見つめる。やがて決意したのか、続きの言葉を紡いだ。


「ご両親が坊主を恨んでたなんてことはねえよ。恨みの表情は殺した相手に向けられたもんだ。今は無理だろうが、あまりその顔を覚えておくのはご両親も可哀想だ。もっと別の、普段の顔をよく覚えて、忘れないほうが良いと思うぞ?」


 そんなことを言われてまた涙が流れ出した。自分は恨まれていたわけではない。確かに愛されていたこと、そのことを忘れそうになっていた。


「ありがとう……真白、お墓作るの手伝ってもらって良い?」


「うむ、ともに作ろう」


 真白と家があった場所から外れたところに穴を掘っていく。玄弥も手伝ってくれるようで、荷物から折り畳み式のシャベルを取り出して掘り出した。深く掘ったところで、真白が三人の首を土の底へと並べた。


「みんな、ありがとう……絶対に忘れないから……近くで見守っててくれると嬉しいな……」


 最後のお別れをして、土をかけていく。少しずつ埋まっていく姿に涙が止まらない。漏れる嗚咽を抑えられず、下を眺めることしかできない。幸せな日常だけが頭を過っていく。


「坊主、しばらく離れたところにいるから存分に泣け。真白さんも少しいいか?」


「うむ」


 言葉少なく二人は離れていった。




「ふう、いつまで経ってもこういうのは辛いな……」


「お主、我に何か話があるんじゃろ?」


 真白は玄弥に問いかけた。目頭を押さえていた玄弥は鼻をすすると真白に向き直った。朔はわからなかったようだが、目の前にいる玄弥は陰陽師と呼ばれる対妖怪のスペシャリストの家系らしい。真白は朔に聞かせる必要のない厄介ごとは押し付けてしまおうと考えた。


「まあ、そうだな。俺がここに来たのは強力な妖怪の反応を感じて、一族から命令を受けたからだ。でも坊主を最初に襲ったのは妖怪じゃなくて人間なんだろ?実は人間に化けた妖怪、とかじゃないのか?」


「いや、あれは人間じゃ。妖怪に誑かされ、この土地の霊脈栓を破壊するための陽動に使われたのが自然じゃな。強い反応、というのは逃したやつのことじゃろう」


 ここにあった神社には、霊脈から噴出する霊力をコントロールし、妖怪を寄せ付けず新たに発生させないようにする役目があった。霊力が多いと少しのきっかけだけで妖怪が発生してしまうのだ。


「霊脈栓?こんなところにあったのか?普通は維持できないだろ」


「まあ、普通はな。じゃが、我が朔の祖先によって匿われたことで変わったんじゃよ」


「もしかして妖力感じることにも関係あるの?」


 恐る恐るといった風に玄弥は聞いてくる。勘が良いようでなんとなく察したようだ。


「そうじゃ、あれは千年ほど昔かの……」


 そうして真白は語り始めた。今では平安と呼ばれる時代、真白は妖狐として生きていた。ただ、悪戯をして困らせるわけではなく宇迦之御魂神とも良好な関係を築いて様々な村を助けていった。

 しかし、転機が訪れたのは都で玉藻前と呼ばれた九尾の妖狐が現れたことだ。逃げ出した先が丁度この付近で、弱っていた玉藻前に押し付けられ人間に退治されかけたのだ。なんとか逃げ出したこの地で死ぬ運命にあったところを朔の祖先に匿われ、神域にて住むことになった。霊脈栓でコントロールした力を真白に流し、傷を癒していたのだ。

 そこで想定外だったのが、神や妖怪は信仰によっても力を得ることができる。玉藻前に対する信仰と真白に対する信仰が混ざり、妖力まで纏うことになったと言う。


「存外居心地が良かった故な、傷が癒えた後も住んでおったのじゃ」


「お、ぅおおお……全部誰かに押しつけてえ……ここの霊脈栓が壊れたってことはもしかして……」


「そうじゃ、古の時代の妖怪が身近にいた時代に戻るじゃろうな」


 霊脈栓は世界中にいくつもあった。しかし、戦争や災害、宗教弾圧によって多くが壊された。最後のきっかけとして作用することは明白だった。それを知っている二人は暗い顔をしていた。


「うおおぉぉ……つまり、陰陽師とかが前面に立って妖怪退治する時代がまた来るのか……」


 玄弥は悩ましげな声を上げて頭を抱えた。かなりの面倒事だろうが、ここまで話したからには協力してもらう必要がある。現状、力を抑えることができない真白は人里に行けないのだ。つまり、契約者である朔も力を抑える方法が見つかるまではこの町か、人里離れた場所で過ごす必要がある。


「逃げるのは許さぬぞ。我が人里に行くわけにいかぬだろう?朔を放って消えるなどすれば……」


 軽く睨むと玄弥はため息をついた。


「坊主はなんとかするさ。それは約束する」


「じゃがどうするんじゃ。簡単にはいかぬじゃろ?」


 昔と今は制度が全く異なる。戸籍の制度や、人々が集まって知識を学び、集団で行動する学校というものも重要だ。ひっそりとしていると朔は書類上死んでいる、なんてことになりかねない。


「妖怪が溢れることを《大氾濫》って呼んでるんだがな、これが起きると確定しただけで利益は充分にある。対策が立てられるからな。真白さんの存在、坊主の特異性は話す必要があるが必要な援助はできると思うぞ。猶予はどれくらいかわかるか?」


「三年といったところじゃな。そうじゃ、妖怪が多くいた時代は霊力が高い人間が多かった。恐らく《大氾濫》とやらが起こるとお主らに近い人間が増えると思うぞ」


「それも良いことだ、急に力を持った人間への対策は必要だが。あとはそうだな……坊主を襲った奴らのことはわかるか?」


 期待はしていないが、というような雰囲気でこちらに尋ねる。


「いや、わからぬ。じゃがここらで強い妖怪であれほどの鬼を従えるとなれば……」


「玉藻前、つまりは九尾の狐か……」


 力がある上に逃げ足も速く、多くの部下を従えている相手。目的はわからないが、かなり厄介なことに間違いない。


「俺は部下たちと一旦本家に報告しに行く。電話でも軽く報告するから、恐らく二日後くらいにまたこっちに来る。必要な物資は置いていくから大丈夫だ」




「真白、終わったよ」


 泣き腫らして瞼が重い。ようやく少し気持ちが落ち着いてきたのか、眠くなってきてしまった。


「坊主、すまないが少しだけ報告するためにここを離れなきゃいけねえ。テントとか食事とか置いていくから少し待っててくれるか?」


「うん、わかった」


 眠くてぼーっとした頭で答える。真白に抱えられるとうとうととして目を閉じてしまった。


「ではお主、頼んだぞ」


 真白の言葉を最後に、朔の意識は闇へと沈んだ。





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お読みいただきありがとうございます。次でプロローグラストになります。十九時頃投稿予定です。

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