第2話 襲撃者
「朔くん、みぃつけたあ。ほら、これプレゼント!」
ドスっと低い音を立てて足元に一つの袋が転がってきた。中身が見えない袋に入っており、サッカーボールのような大きさだがかなり重さを感じる。早く見ろと言われているようで、すぐに開け始めた。
「朔、見るでない!」
なにかを察した真白からの言葉が飛ぶが、少し遅かった。
「あ、あぁぁあ……」
それは父だった。理解が及ぶのに数秒かかるくらい、見たことがない表情だ。苦悶に満ち、恨みの表情を浮かべたそれの断面からは血が滴り落ち、元の体温は全く感じない。
「ほら、もう二つもプレゼントだ!」
更に二つの首が投げ入れられる。それは母と兄と慕った者の首だった。どちらも父と同じような表情で、こちらを恨むような目で見つめてくる。足の力が抜けてしまい、立てなくなった。
「あっ……ああっ……」
「ふふふ……あははははは!!その顔最高だよ!」
母の優しく撫でる手も、厳しくも不器用な父も、可愛がってくれた兄も、全てこの世にいないのだ。両親が作ってくれた美味しい唐揚げもケーキももう食べられない。もっと話したいことがあったのに、甘えたかったのに、大好きだったのに。昨日までがもう戻らないことを悟ってしまった。
「朔になにをするんじゃ……」
「うーん、そっちのお姉さんは誰?資料にコスプレ女なんて記載なかったんだけどなあ。下手に殺しちゃまずい?いやでも目撃者だしなあ……」
ぶつぶつと呟き続ける目の前の男。どう見ても普通の状態ではない。そこで、真白は朔を守るように前に出る。
「真白、に、逃げないと……!」
「朔、守ると言ったじゃろ?我の力の一端をみせようではないか」
男は急にぶつぶつと言っていた独り言をやめた。不機嫌そうな顔をしたと思うと急に不気味に笑い始めた。
「ふふふ、守るだって?ははははは!!そこの奴らも同じようなことを言ってたよ!今やなにも為せずに転がっているだけなのに!」
「もうよい、喋るな」
「喋るなってさあ……命令できる立場じゃないでしょ。うざいし殺しちゃおう……」
「ひっ」
そう言って男は襲いかかってきた。刀を振りかぶって袈裟斬りにするつもりだろう。荒々しくも素早いその動きは蜘蛛の巣にかかったかのように急に止まった。
「な、なんだ!」
「終わりじゃ、『白炎』」
「ぐっ!」
真白が唱えると、男から急に白い炎が上がった。苦しそうに身を悶えるが、段々と動きも緩やかになっていき、火が消えると共に動きも止まった。見た目は火傷などしておらず、熱いものではなかったようだ。
「し、死んじゃったの……?」
「いや、死んではおらぬよ。悪いものを燃やしただけじゃ。さて朔よ、ここからどうする?家の方へ戻るかの?それともどこか遠くへ行くかの?」
家に戻ると言われて体がびくりと跳ねた。もう戻っても誰もいないのだ。でも、逃げるとしてもどこに行くのか。
「家に……行くよ」
「了解じゃ、我の背に乗るがよい。三人の遺体はこちらで預かろう。あとでしっかりと弔うのじゃ」
そう言って真白は空間に波紋を広げ、取り出した袋に丁寧に三人の頭部を入れた。そして、大きく純白の狐へと変身する。背中を低くして乗りやすくすると、朔はおずおずと手を伸ばし、背に跨った。柔らかく気持ちの良い手触りだが、それを楽しんでいる余裕はない。
しばらく木の間を駆けると、何かが目の前に出てきた。頭に一対の角が生えている大人の人間ほどの大きさの生き物だ。暗くてよく見えないが、明らかに人間とは違う肌の色をしている。
「ウガアァァア!!」
「もうここは崩れておるのか。朔、少し揺れるぞ!」
「うわあっ!」
崩れたとは何が崩れたのか。目の前の鬼のようなものはなんなのか。様々な疑問が湧いてくるが、口を挟む余裕もない。真白は前足を振るい、それを屠った。血が飛ぶかもしれないと身を構えたが、そのようなことはなく黒い靄のようになって消えてしまう。
「きれい……」
「嬉しいのう。うーむ、続々とここに鬼が向かっておるようじゃ。一旦降ろしてもよいかの?」
「うん、わかった」
早く家まで行きたいが、はやる気持ちを抑えて真白の背中から降りた。続々とやってきた大小様々な鬼を、まるで舞でも踊っているかのように屠っていく。それにしても、なぜこんなにいるのだろうか。今までこの地に住んできて一度も見たことがない。時間が経って冷静になるほど疑問が次々と湧いてくる。
「よし、終わったようじゃ。この鬼が気になるかの?さっき言った霊力がある程度持っていると見えるんじゃ。普段はこの辺りは神域だからおらぬし、我が近づかないようにしていたんじゃが……こうも多いとなると神域が崩れて襲撃を受けているのであろう」
疑問に思っていたのが顔に出ていたようだ。崩れた、と言っていたのは神域のことのようだ。
「じゃあ、なんで神域は崩れたの?」
「神域はこの星を巡っている霊力を溢れ出さないように栓をして、その力で保っていたんじゃ。栓の役目を負っていた神社の大切な場所が壊されたんじゃ……」
目を伏せて言いにくいことを告げるように言う。つまり、もう神社はないということだ。朔が逃げ出す前はまだ神社はそのままだった。
「朔、気になることが多いと思うが急ぐのじゃ。あとでしっかりと教えてやろう」
「うん……」
もう一度真白の背中に乗り、家の方向へと向かっていく。その間にも鬼からの襲撃があったため、かなりの時間を要してしまった。家の近くにくるまでに空は少し白み始めていた。
家のあった場所へと辿り着くと既に家の面影は無くなっていた。木造だったためか、完全に崩れていて原型もわからない。それに、あまりにも静かだ。前に町中で火事があった際は野次馬がたくさんいた。なのに今回は野次馬も、消防車すらない。
「家が……」
「神社の方も行ってみるかの」
「うん……」
真白は人の姿へとなり、二人で歩いていく。神社の方へ行くと、そこも完全に焼け落ちていた。先ほど神域の森があった場所から帰ってきた際はちゃんと見ていなかったが、完全に焼けてしまったようだ。どこからかガシャン、ガシャンとなにか音がする。
「強い妖がいるようじゃのう……」
真白と音の鳴る方へ向かうと、そこには一人の女性がいた。赤い髪の毛をしており、一対の角が生えていた。瓦礫を乱暴に投げ捨てている手を止めこちらを向くと、驚いたような顔をした。
「おっと、誰が来たのかと思えば神域の主か?こんなに強いのいるとか聞いてないって……」
「貴様には聞かねばならぬことが多いようじゃの!」
そう言うや否や真白は攻撃を繰り出した。光の弾をものすごい速さで連続して撃ち出すが、ひょいと避けてしまった。
「空っぽの神域じゃないのかよ!目的の一つは達成したし逃げ一択だ!」
「ちっ、逃がすものか!」
真白は大技を放とうとしているのか、手元が強く発光している。そこで相手の鬼は朔に向かって手元にあったナイフを投げた。そこで真白は大技の発動を止め、ナイフへの対処を始めた。
「朔を狙うか……」
真白が全てのナイフを弾くと、その隙に鬼の姿は無くなっていた。
「逃したか……朔、あやつが探っていたものが気になる。何か心当たりはあるかの?」
必死に記憶を探ってみる。親はなんと言っていただろうか。十二年に一度御神体を開張することがあると聞いたことがある。自分が小さいときに行った行事なので記憶にはないが、重要な出来事だと聞いたことがある。
「御神体かも……?でも刀ってことしか知らないや」
「それが狙いかもしれぬ。瓦礫を避けてゆくぞ」
ゆっくりと瓦礫を押し除け、御神体を探し始める。しばらく探し続けると、本殿があった場所から一つの金庫を見つけ出した。
「ふむ、これかのう。開け方はわからぬだろうから、中を傷つけないように開けようと思うが良いかの?」
「うん、お願い」
了承し、真白は巨大な金庫に手を当てる。
「ふむ、これをこうして……こうか」
そう言うと、扉はゆっくりと開いていった。中から現れたのは少し古びた見た目をした長い刀だった。しっかりと保護されていたようで、火事の後でも損傷は見当たらなかった。
「これは……ものすごい力を感じるものよのう。朔のものじゃ、大切にするとよい」
刀を受け取り、ゆっくりと鞘から抜く。すると、夜を感じさせるような深い青色で、複雑な刃文の刀が目に入った。すると、入り口の石段の方から声が聞こえてきた。
「おーい!誰かいるのかー!」
走りながら上がってきた一人の男が目に入った。こちらに気づくと走って近づいてきた。身を震わせると真白が前に出る。ある程度男は近づくと、こちらに話しかけてきた。
「生き残りがいたのか……ってそっちのお姉さんは神様?妖怪?すごく神々しい癖に妖気も感じるんだけど。子供も異様に霊力高いしこれはどういうこと?」
--------------
お読みいただきありがとうございます。次話は明日のお昼頃と二十時頃に投稿します。よろしくお願いします。面白かったらフォロー、評価をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます