捲土重来の退魔師〜両親を殺した黒幕を探すために妖怪を退治する〜
みずはみけ
プロローグ
第1話 逃げた先に
白くなった息が空気に溶けるのを見るのが好きだ。しかし、そんな暇もなく地面に微かに積もる雪を踏み締めて枝の間を駆け抜ける。葉も落ち、暗い中自分の目線と同じくらいにある枝は凶器だ。
「っ、痛い……!」
後ろに感じる確かな赤い熱気を振り返らないように、頬から感じる熱さを確かめないように、どこからか聞こえる声を無視するように、兄と慕っていた人から言われた通りに森の奥へと駆ける。
もうかなり走っただろう。後ろからの熱気も感じなくなった。辺りは不気味なほど静かで普段なら幽霊でも出そうだと思っただろうが、どこか神聖な雰囲気を感じていた。
家の敷地内にある神社の裏に広がる神域と呼ばれる森。立ち入り禁止のため、一度も入ったことはなかったが手入れされていたようでなんとなく道が見える。
いつまで走り続ければ良いのだろうか。親から神事で必要だからと刀術は学んでいたため運動はしていたが、雪もあって凸凹とした地面では余計に体力が消耗される。
「はあ……はあ……あっ!」
足元の木の根に躓いて転んでしまった。身体中が痛い。泣き出したいが、後ろから聞こえる声が近づいてくるのを感じていた。
何故こんなことになったのか。ついさっき、朔は最近与えられた自分だけの部屋で宿題を終えて眠っているところだった。内容も覚えていない怖い夢を見て少し意識が覚醒した頃、下の階から走るように昇ってくる音がして急に目が覚めたのだ。
「朔っ!いるか!」
「修司お兄ちゃん?どうしたの?」
寝ぼけ眼を擦りながらどうして夜なのにここに居るのか疑問に思い、問いかけた。お兄ちゃんと呼んでいるが実の兄ではない。よく遊んでくれるので、いつの間にかお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。朔は更にまた階段を駆け昇ってくる音が聞こえた。
「ちくしょう!時間がねえ!」
ベッドの上にいる朔を抱きかかえ、窓を開け放って飛び降りた。
「っっ!!」
冷たい空気が肌を刺す。急に飛び降りた驚きと、外の寒さですぐに目が覚めた。そのまま朔を抱えたまま、少し離れた場所で降ろした。
家の方を振り返ると、黒ずくめの人々が何かを撒いており、何かをしたと思ったら急に火の手が上がった。
「時間がねえ……とりあえず朔、この靴を履いて神社の裏の神域ってわかるか?そこの奥に向かってひたすら走れ!あっちだ!」
両親から入っちゃダメだと言われた森を思い出す。神様がいるんだよ、と教えてくれた父の顔が思い浮かぶ。あの炎の中に父がいるのだろうが、助けに行くという選択肢すら思い浮かばなかった。
「でも、あそこは入っちゃダメって、パパとママが……」
「今の朔なら多分大丈夫だ!ほら、早く行け!俺はここで追ってくるやつらを止める!」
そう言ったお兄ちゃんは腰から何か棒のようなものを取り出し、構えを取った。
「僕だって刀術やってるんだ、この場に残りたい!」
震える体を抑えて声を上げる。もう十歳になるのだ。大人の役に立ちたい。お兄ちゃんはこちらを見るが、震えているのがわかったようだ。
「朔にできることは逃げることだけだ!殺す訓練をしてきた奴らになにかできることなんてなにもない!お前の両親から託されたんだ!」
「おい、こっちに誰かいるぞ!」
知らない声が辺りに響く。黒ずくめの男が数人走って向かってくる。手にはなにか長い武器のようなものを持っているのがわかる。怖い。自分にはなにもできないことがわかってしまう。
「朔、早く!」
「う、うんっ……!」
「んっ……ふう……」
痛いのを我慢して立ち上がる。お気に入りの寝巻きが泥だらけで、口の中からはジャリっと土の味がした。膝も擦りむいたのかズキズキと痛む。両親が綺麗だと言ってくれた白色の髪の毛もきっと泥まみれだろう。少しの雪が頭を冷静にさせる。
「朔くーん?どこにいるのかなー?」
知らない声が少し遠くから聞こえてくる。修司おにいちゃんはどうしたのだろうか。無事なのだろうか。
なるべく足音を立てないように急いで森の奥へと向かっていく。すると、目の前に小さな泉が見えてきた。
「綺麗だ……」
月明かりに照らされた泉が目に入った。周りの森は冬のため葉が落ちているため、どこか物悲しくも聖なるものがいるような神秘的な雰囲気を感じた。神様がいると言った父はこの不思議な空気のことを言っていたのだろうか。
「領域がうるさいと出てきてみれば……坊主、どうしたのじゃ?」
目を離していなかったはずなのに。なにも動いていなかったはずなのに。目の前に女性が現れた。腰まであるまっすぐで、月明かりと同じような白銀色の髪は絹糸のようで、目鼻立ちのくっきりとした顔はどこか作り物めいているように感じた。目も銀色をしており、どこか冷たさを感じさせる。そして、耳が犬や狐のように頭の上から生えていた。
彼女からなにか問いかけられたのはわかる。しかし目の前の非現実的な光景から、うまく言葉が出でこなかった。
「えっと……あの……」
「緊張しておるようじゃの。ふむ……神社になにかあったのか?」
目の前の女性は安心させるように朔の頭を撫でた。目線を合わせ、迷子に問いかけるように優しい表情と声色だった。
「火が……家が……!ひっぐ……」
なにもできなかった無力感や急に押し入ってきた奴らの怖さなど、色々とぐちゃぐちゃの感情が押し寄せて涙が出てしまった。父は、母はどうしているだろうか。逃げろと言ってくれたお兄ちゃんは無事だろうか。
「そうか……確かに契約が切れておるな……坊主、名をなんと言う?」
少し残念そうな顔をして目を伏せた。
「朔……久遠朔」
「朔、我と契約を結ばぬか?今追ってきている奴らから、これから起こることから朔を守っていくには契約が必要じゃ」
「なにか必要なの?」
父親から言われたことがある。神様でも妖怪でも、何かを対価としないと契約はできないと聞いた。
目の前のお姉さんは多分人間ではない。容姿だけじゃない。誰かに言ったら非現実的だと笑われるだろうが、神なのか妖怪なのか悪魔なのか、第六感と言うようなものがそういう存在だと告げていた。
「朔、そなたから溢れている霊力を貰えれば充分じゃ」
「霊力?」
「ふむ、わからんか……まあ力の一種じゃな。朔の霊力量はとても多い。その白銀の髪がそれを示しておる。器に入りきらぬ力をちょびっと貰うだけじゃ」
あまりにもこちらに有利すぎないか。溢れているものを渡すだけで力を貸してくれる。不審に思っていたのが顔に出たようだ。
「まあ怪しむのもわかるが、実を言うと朔の先祖様には大変世話になったのじゃよ。我の傷を癒す神域、この場も我のためじゃった。朔を守ることで恩を返せるのなら付き合おう。規律なので対価、霊力は貰うがな」
「……わかった、わかりました。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げた。なんとか昨日までを取り戻したい。それだけを願って目の前の女性と契約することにした。
「口調は先ほどのままでよい。朔、我に名をくれぬか?それで契約は成る」
名前と言われても急に思いつくものではない。目の前の女性から感じたのは白銀という色だ。ただ、そのままではなにか違うと感じた。
「真白……あなたの名前は真白!」
しっくりときた名前で呼ぶ。すると、それを祝福するかのように優しく風が吹く。二人の間で淡い光が発生し、朔の中へと入ってきた。少し慌てたが、どこか暖かさを感じた。
「契約は成った。朔、いや主人殿。よろしく頼む」
彼女、真白は微笑んで朔を見つめた。頭を撫でようとするが、急に動きを止めて朔が逃げてきた方角を鋭い目つきで見つめた。
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お読みいただきありがとうございます。次話は二十時投稿予定です。プロローグは二話ずつ投稿するのでよろしくお願いします。
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