池田屋事件-2
※
「われらは会津藩お預かり新選組である、御用改めである! 諸君には数々の疑惑あり! されどまずは古高俊太郎と交換で、うちの総司を返してもらおう!」
「待たせたな総司! 要求通りに『交渉』に来てやったぜ、長州の不逞浪士ども! 遠慮することはねえ、剣と剣で語らおうじゃねえか!」
「この永倉新八、貴様らが総司に指一本でも触れていれば決して許さぬ! 尊皇攘夷の大義よりもだいじなものがある、それが武士だ」
「皆さん、池田屋の不逞浪士たちは数が多いです。ここは小柄で俊敏なわたくし藤堂平助が、魁いたします!」
「……総司を監禁している部屋に通せ。立ち塞がる者は、この斎藤一が斬る」
「飯食ってっかー、総司~! 歯は磨いてっか~!? 待ってな、おいらたちが来たからにはもう安心だぞーっ! おらおら! 話し合いしようぜ、話し合いをよー! おいらからの挨拶は、田楽刺しだあ!」
「さあさあ井上さん、参りましょう! 新選組の軍師・武田観柳斎、ここに沖田総司くん救出のためにはせ参じましたぞ! 新選組の紅一点に手を出すとは、なんと愚かな策であろうことか! いがみ合っていたわれら新選組隊士の心をひとつに纏めてくださりご苦労、フハハハハハ!」
「やれやれ。新選組の揉め事の原因は、武田くんの衆道癖が半分くらいだと思いますけれどもねえ。さて皆さん。斬り合いますか、それとも人質交換といきますか。言っておきますが、うちの近藤先生と土方さんを本気で怒らせた以上、ただでは済みませんよ」
「馬越三郎率いる衆道被害者組も参りました! 沖田さーん! ご無事ですかーっ!」
まさか。
どうして。
歴史が台無しになってしまうから祈ってはいけない。でも本心では、助けに来てくれたらいいな、とどこかで願っていた。
だけれど――土方さんだけでなく、新選組屯所の隊士たちみんなが池田屋に押し寄せてくるなんて。
口先だけ感満載の武田観柳斎さんや、馬越三郎くんまで――!
階下から、懐かしいみんなの声が聞こえてくる。わたしは、二階のこの部屋にいます!
「土方さーん! 来ちゃ駄目じゃないですかーっ! まったくもう、長州と戦争をはじめてどうするつもりなんですかーっ!」
わたしの声が、届くだろうか。
「うるせえよ、てめえがあっけなく捉えられるのが悪いんだ! 桂小五郎、よくも総司との友情を政争に利用しやがったな。ぶった斬ってやらあ! 逃げずに出てこい、おらあっ!」
届いてる!
こんな騒乱の中、土方さんはわたしの声を聞き分けて返事してくれた……!
「なんてことだ。誤解だーっ! 私は沖田くんを庇ってこの部屋でお世話役を勤めていたのに……なんという醜態だ、私はもう自決してしまいたい。沖田くん、どうか介錯を」
「いやいやいや。自害しないでくださいよ桂さん。長州と新選組の斬り合いがはじまっちゃったじゃないですか、事態を収拾してくださいよー!」
「高杉くんは無類の喧嘩好きだ。土方歳三と噛み合わせてしまった以上、ことは伊東甲子太郎の目論見通りに進むしかない。もう、長州は終わりだ……」
「まだ終わってませんってばー!」
ああああ。一階で、とうとう斬り合いがはじまっちゃった!
しかも、「侍死」の池田屋事件の時より、規模が大きくなってるううう!
「やれやれ、やり合おうにも新選組の人数が多すぎるよ。戻って来たよ、桂くん」
「高杉くん? どこへ消えていたのだ? てっきり、新選組と斬り合っているとばかり」
「あちらも、古高くんを連れてきている。存外に元気そうだった。話し合いで解決する余地ありと判断して、僕ぁとりあえず池田屋を出て交渉をはじめようとしたのだが、その隙に血気に逸った面々が問答無用で新選組に斬りかかって、ことがはじまってしまってねえ」
「なんだって? きみの統率力はどこへ消えたのだ高杉くん?」
「伊東甲子太郎が、長州の面々を無駄に煽っている。あの男は、新選組は必ず内部分裂するからそう簡単に池田屋を襲撃できないと豪語していたが、山南などをあてにした自分が甘かった、かくなる上はわが剣で土方を斬る! とやる気まんまんで戦っている。錯乱したというか、君子豹変だねえ」
確かに山南さんが土方さんを止めて大揉めに揉めるシーンは、容易に想像できちゃう。
というか、わたしもきっとそうなっていると思い込んでいた。
あの山南さんが、「新選組が潰れても構いません」と自説を曲げるとはとても思えないのだけれど、なにか勝算があるのだろうか?
「申し訳ない、池田屋の包囲に手間取り遅れました、新選組総長山南敬助です! 近藤さん、土方くんの両名を止めることは誰にもできませんよ。あなた方は、決して手を出してはならない女性を人質にしてしまった!」
ああ。山南さんまで、命を捨てて池田屋に来てくれるだなんて。
みんな、馬鹿だなあ。土方さんなんて、池田屋に踏み込んだらどうなるかわかっていたはずなのに。ちゃんと教えたはずなのに。それなのに、沖田総司を名乗りながらこんな醜態を晒しているわたしなんかを助けるために、来ちゃうなんて。偽者だとわかっているのに。
あれ。なんだか涙が……。
「あの伊東という男、どうにも怪しいとやっと僕ぁ気づいた! もしかすると、伊東に一杯食わされたかもしれないねえ」
高杉さんは、真っ先に三味線砲をぶっ放すと思っていたんですが、意外と冷静ですね?「侍死」では、敵にも味方にも意味もなく噛みつきまくる風狂人というイメージしかなかったけれど、存外に、鉄火場になると冷静に状況判断できる人なのだろうか?
伊東さんはもう理性が崩壊していて、土方さんを見ると「斬る」と反射的に刀を抜いちゃうんだろう。今までと違って今回は、池田屋を新選組に包囲されてしまって逃げ場がないしね。
「今頃なにを言いだす高杉くん? きみが伊東などを信用したから、事態が悪化したのではないかー! ほんとうに薩摩と同盟など結んでいるのか、彼は?」
「いやあ。覚え書きも見せてもらったのだが、今となっては疑わしいものだねえ」
「きみという男はああああ!」
「ま、まあまあ、桂さん。どのみち新選組と長州志士は池田屋でやりあう運命でしたから! で、でも、このままじゃ結局、歴史通りに長州は京で大敗して朝敵に……新選組は長州の仇敵に……どうしよう~!?」
「沖田くんは必ず私が嫁にするから、安心してくれたまえ!」
「たった今、自害しようとしていましたよね桂さんは?」
「いやあ~、やはり横着はよくないねえ。反省、反省。悪いが沖田くん、戒めを解いてあげるからこの戦いを止めてくれないか? 土方歳三が完全に逆上していて、寄らば斬るという有様でどうにも話し合いなどできそうにもないのだよ。あれは恋する男の目つきだな。まさに風狂。きみが無事でいる姿を確認すれば、鬼と化している彼も冷静になるだろうよ」
「……わたしは土方さんの精神安定剤かなにかですか? まったくもう、最初からわたしを人質にしなければよかったんですよー! 安全に池田屋から退避できたのに……」
「この借りはいずれ必ず返すさ! きみの目的が新選組の救出なら、手助けしてもいい。ここで桂くんたち有能な同士をあたら失うわけにはいかないのさ」
「でも、もうこうなっちゃったら収拾つかないのでは?」
「大丈夫。実は僕ぁつい先刻、池田屋から逃げる算段をつけてきたのでね」
「えっ? いつの間にか? ほんとうですか?」
「ほんとうだとも。まあ半ば偶然みたいな拾いものだったがね、はっはっは!」
「それじゃ高杉さん、急いで長州藩に舞い戻って軍勢の上洛を食い止めてください。それでチャラにします! 未来人として言わせてもらいますが、薩長同盟成立なんてきっと伊東さんの法螺ですよ! まだそんなことが実現する時期じゃないんです!」
「いやあ、耳が痛いねえ。実は、僕もそのことを疑っていたのさ。伊東甲子太郎が未来を見通せる人間だとしても、あの慎重な薩摩藩が彼の言葉に乗るだろうか? とね。僕ぁ面白ければそれでいいから軽々と乗ったがね、あっはははは!」
「ちょっと待ってくれ高杉くん? 池田屋が大騒ぎになっている隙に、ちゃっかり逃げ道を探していたのか、君はっ? いつも君はそうだ、無茶苦茶ばかりしながら間一髪で逃げ仰せる! イギリス大使館を焼いた時もそうだった! 逃げるなら、私も連れていきたまえーっ! あと、沖田くんもだ」
ええ? イギリス大使館を焼いたって、高杉さん。それって、テロリスト……まあいいや。幕末だし、「侍死」の世界だしね。
「わたしは嫌ですよ桂さん、お断りします! わたしは、新選組に戻りますからっ!」
「……そうか……やはりきみは、土方歳三を……ああ……進むも悲劇、逃げるも悲劇だ……」
「長州軍が京に攻め込まなければ、長州征伐も実現しませんから。元気を出してくださいよー! そもそも桂さんには、幾松さんがいるでしょっ! 桂さんの愚痴を何時間でも聞き流せるという希有な性格を持った、生涯の伴侶ですよ! 大事にしてあげてください!」
「……な、なぜ幾松のことを知っている? やはり沖田くん、きみは……」
高杉さんが、わたしを自由にしてくれた。
わたしは、屋内の至るところで斬り合いが続いている池田屋の廊下を駆けているうちに、階段から転がり堕ちていた。倒れている志士の身体に足を取られて、蹴躓いたらしい。
「うひゃあああっ?」
「総司? 馬鹿っ、なにをやっていやがる! てめえのおかげで、結局池田屋でこの大騒動だ!」
「……土方さん……!」
まさかこのまま転落して沖田総司二代目としての生涯に終止符? と一瞬絶望したけれど、めざとくわたしの姿を見つけて走り寄ってきた土方さんが抱き留めてくれた。
「お前はお人好しすぎるんだよ、馬鹿が。どいつもこいつも、お前のせいで調子を狂わされちまう。心配かけやがって、顔色いいじゃねえかよ?」
「すみませんすみません! 桂さんはなにもしていないんです、わたしを庇ってくれていました。この斬り合いを止めてください! わたしの正体を見破って池田屋事件を引き起こさせた黒幕は、例の黒頭巾男。正体は、伊東甲子太郎です!」
「ああ? 伊東……なんだって? 誰だっけ、そいつは? 聞き覚えがあるが……」
その時。
「あーっ? 伊東先生! 伊東大蔵先生じゃないですか! 先生、いったいどうして池田屋におられるのです?」
乱戦の中で「斬り死に上等です!」と奮闘していた藤堂平助ちゃんが、「北辰一刀流の達人である私を斬れるものがありますか」と叫びながら剣を抜いていた伊東甲子太郎と鉢合わせして、思わず立ちすくんだ。
「むっ、藤堂くんではないか? やはりきみも池田屋に来てしまったのか!? 私のもとに戻りたまえ藤堂くん、私は、今では伊東甲子太郎と改名して志士として活動している! 幕府と新選組を倒して、維新回天を果たすために!」
「どういうことです、伊東先生? 江戸の伊東道場はいかがなされたのですか?」
「尊皇攘夷の実現のためには、薩摩と長州の力が必要なのだ藤堂くん。故に私は江戸を飛び出して西国を奔走してきた。考えてもみたまえ。新選組は当初こそ尊皇攘夷を唱えていたが、今や幕府を守るために尊攘の志士を斬る人斬り連中に成り下がっている! 変節漢なのだ! ただちにわが門弟に戻りたまえ!」
「先生のお誘いでも、お断りします! うら若い娘の総司を人質にするような連中こそ、わたくしは志士とは認めません! それに――幕府方であろうが、長州方であろうが、この国を守りたいという思いは同じです! わたくしは、新選組隊士藤堂平助です!」
「と、藤堂くん? 師匠に対する態度かね、それが?」
「今のわたくしには、師への義理よりもたいせつなものがあるのです。伊東先生、破門にしていただきます! おとなしく捕縛されてください!」
「……藤堂くん、沖田総司をそれほどに……おのれ沖田総司! そうか。土方ではなく、今回は女人になった沖田総司こそを先に始末するべきだったのか……ああ。我、過てり! 土方への恨み故に、智謀が曇っていた!」
あの平助ちゃんが、伊東甲子太郎の誘いを拒絶した!?
「侍死」では、決して有り得なかった光景を、わたしは目にしていた。
土方さんは「なんだあいつ。平助の師匠じゃねえか。いけすかねえ男だとは思って言いたが、どうして俺を仇敵だと思い込んでいやがる」とわたしを抱っこしながらぼやいている。そりゃあ、百周以上にわたる「土方歳三の伊東甲子太郎粛清」の記憶がないんだから、そう思いますよね?
「とにかく、あの野郎が長州と新選組を噛み合わせて共倒れにさせようと企んでいやがった訳だな。承知した総司。あいつを斬って、それで終わりにするぜ」
「いや、なにも斬らなくても……!」
「お前を捉えた野郎だぞ。あいつだけは絶対に殺す」
「桂さんと高杉さんが紳士的にわたしを守ってくれていましたから、実害はなかったですよー! ですから、どうか戦闘中止をお願いしますー!」
「……ちっ。『禁門の変』とやらを止めなくちゃならねえんだったな、お前は。わかったよ……近藤さん! 総司は奪回した、長州の連中を皆殺しにする必要はねえ! 逃げる奴は屋外に逃がしてやれ! 屋外に敷いた包囲網を突破できるかどうかまでは知ったこっちゃねえ。ただし、伊東甲子太郎だけは捉える!」
「おお、無事だったか総司! なんだか顔色がいいな! いつもより元気ではないか、安心したぞわっはっははは!」
笑顔で長州志士を斬りながらのトークタイムですか。近藤さんはやっぱり剣を取らせると人外だなあ。
「はい、近藤さん! 桂さんにいろいろごちそうになりました。それから、斬り合いに利なし、とすかさず判断した高杉さんに開放してもらいました! 長州の皆さんは、新選組を目の敵にしている伊東甲子太郎さんに踊らされていたんです!」
こいつ、桂に餌付けされたんじゃねえだろうな……野良猫かよ、と土方さんが呆れ顔に。
「総司を奪回した! 長州の桂と高杉が総司を開放してくれた! 剣を交えての『交渉』が成立したということだ! 戦闘はこれまで! 古高俊太郎ともども長州の諸君を池田屋から逃がしてやれ、隊士諸君!」
近藤さんの雷撃のような一声で、池田屋での戦闘は終結した。
長州の面々は、当初こそ目を血走らせて戦っていたが、個々の剣技では近藤さんや永倉さんたち新選組の幹部たちには太刀打ちできない。とりわけ、新選組は室内戦闘のプロ集団だった。広い屋外と狭い室内では、日本刀の扱い方がぜんぜん違ってくる。
あとは、池田屋の外を二重三重に囲んでいる隊士たちが、池田屋から出て来た長州志士たちを見てどうするかだ。もしも近藤さんの命令が伝わる前に、斬り合いになってしまったら……。
「問題ありませんよ沖田くん。この騒動を、長州志士が全滅するまで続く死闘にしてはならない。実は一箇所だけ、包囲網の中に逃走できる穴を設けておいたのです。その調整に手間取った分、遅参しました」
「山南さん? さすがです、ありがとうございます!」
勝手なことをしやがる、と土方さんは苦虫を噛みつぶしたような表情で山南さんを睨んでいるが、山南さんは平然としていた。土方さんの本音と言葉が乖離していることを、よく知っているかのようだ。
「あれ? もう終わり? 終わりなの? おいらはまだ暴れたりねえよー」
左之助さんは槍と刀を使い分けながら、器用にさくさくと志士たちを倒していた。どこでこれほど喧嘩慣れしてきたんだろう? この人は、わたしを心配して来たというより、暴れたくて参戦したんじゃあ……?
「あまりに新選組隊士の数が多すぎる! 桂さんと高杉さんは既に脱出したぞ!」
「包囲網は完全じゃないそうだ、今ならばなんとか逃げられるらしい!」
「無念だ! だが、古高くんは奪回できた! 当初の目的は達した!」
「ひとまずは撤退しよう!」
「騙された! 新選組の内部分裂などなかったし、薩摩の応援も来ないではないか! おのれ伊東め、詐欺師野郎め!」
「だいいち、伊東の弟子が新選組の幹部にいるとはなにごとだーっ! 最初から新選組の間者だったのだな、われらを罠に填めたのだな!」
「おのれっ伊東甲子太郎、貴様には必ず天誅を下す!」
「どこまでも追い回して必ず斬る! 忘れるな!」
長州の志士たちが、伊東さんに恨み言を叫びながら一斉に池田屋から離脱していく。完全包囲網を敷かずに逃走路を一箇所開けておいた山南さんのおかげで、事態を最小限の騒動で収められた。
完全に封鎖してしまえば、最後の最後まで斬り合いが続いてしまう。
でも、おかしいな? 高杉さんが、逃走路を確保してきたって言っていたような?
もしかしたら、山南さんと高杉さんが示し合わせた? この短時間で、そんなことが可能かな? だって互いに、ろくに面識ないよね? 下手したら初対面かも。
謎だ。きっとわたしの頭では解けない謎だ……。
「違う。違うのだ、同士諸君! ああっ、またしても死亡する運命を回避できなかったーっ!? 新選組と長州の両方を敵に回してしまうとは、もう終わりだ……! どうすれば私はこの輪廻を抜けられるのだっ? 沖田くん、助けてくれーっ! 仲間ではないか!」
「なんであいつが総司の仲間なんだよ。いったいなんなんだ、あの蝙蝠野郎は。事態を掻き乱すだけ掻き乱しやがって。切腹か打ち首だな」
「まあまあ土方さん。投降したんですし、平助ちゃんの師匠ですし、穏便に~」
取り残された伊東甲子太郎は、どうしても愛弟子の平助ちゃんを斬ることができず、刀を捨てて新選組に投降した。
百回を超える死に戻りループで闇落ちしていた伊東さんにも、まだ人間らしい心は残っていたらしい。平助ちゃんを巻き添えで死なせてしまったり、自らの手で斬ってしまった人生もあったのかも。
「おお総司、無事でよかった! 桂小五郎は、やはりひとかどの武士だったな! 歳みてえに総司を拷問していたら、池田屋の連中を皆殺しにしていたところだが、今回はここまででよかろう! これで新選組の面子も立った!」
「こ、近藤さん。桂さんは、その~、土方さんみたいなアレじゃないですから」
別の意味で困った人だったけれどもね。またわたしに求婚してきたら、どうしよう……。
「てめえ。俺たちに救いに来てもらっていながら、どういうつもりだ総司? アレとはなんだ、アレとは? 捕虜は口を割るまで拷問するのがこの世界の常識なんだよ、おめえがうるせえから、古高については特別に緩くしてやってたんだよ!」
「だって、いくら拷問したって筋金入りの志士はなにも吐かないですよ、土方さん。新選組も国際的な組織として認められたいなら、もっと人道的になりましょう。捕虜の扱いに関しては長州のほうがはるかに上でしたよ。国際法を学びましょうよ」
「国際法だあ? そう言うてめえは知ってんのかよ、総司?」
「いえ、ぜんぜん」
あうー。わたしってばほんと、どうしてこんなに幕末史に疎いのー。なんのための「侍死」周回だー。
「あ。土佐の坂本龍馬さんなら、国際法に詳しいですよ。海軍では国際法が重要らしいので。確か今は、神戸海軍塾で勝海舟先生の弟子をやっています」
「……あの、総司を狙っているボサボサ頭の土佐勤王党崩れか。あいつも捕縛してえが、あれでも一応幕府方だ。絶対にいずれ裏切ると俺は疑っているがな」
まあ、だいたい当たっていますが、池田屋を見回ったところ神戸海軍塾生の土佐浪士は斬られていないみたい。無事に逃げられたのか、それとも最初からいなかったのか。ええと。龍馬さんはこの場合、どうなるのかな? 神戸海軍塾が閉鎖されるという事態は回避できそう。
「うぉおおおぉ、総司~! お団子奢ってやっからよー、今日は好きなだけ食え食え! いやーよかったよかった、もうちょっと暴れたかったが、まあいいや!」
「総司。なぜわたくしの師匠が池田屋にいるのか、説明していただけませんか? わたくしは、いったいなにがなんだか。いずれ師匠には新選組に入って頂くつもりでしたのに」
「うむ。桂小五郎と高杉晋作を逃がしたのは痛いが、総司を無事に救出できたのだから、もういいだろう。むしろ、あの二人を斬ったり捕縛すれば、長州との全面戦争に発展してしまうところだった――これでいいのだな、総司」
「永倉さん、指を切られていますよ。治療なさらないと」
「そういう山南さんも手傷を負っているではないか。お互いに剣を抜くと無我夢中で負傷に気づかないものだな」
「ええ。私も一応は剣士ですからね。存外、こういう場面になると気が荒くなります。沖田くん、ほんとうに無事でよかった。それに、長州側も剣士とはいえ女性を人質に取った不名誉は隠し通さねばなりませんから、今回の騒動はなかったことにできそうですよ」
「ほんとうですか、山南さん? それはよかったです!」
桂さんと高杉さんが素早く判断して逃げてくれて、よかったー。もしも居残られて玉砕されていたら、もう取り返しがつかなかったよ。ほんとうに、よかった……。
「でも山南さん、どうやって咄嗟に長州志士の退路を作ったことを高杉さんに知らせたんですか? おかげで新選組と長州、いずれも救われましたが、高杉さんとは面識ないですよね?」
「いや、沖田くん。私一人でやり遂げたのではないのですよ。そもそも私はそういう知恵を咄嗟に閃くような器用な人間ではない。実のところ、あなたのおかげなんですよ」
「わたし? わたしは、ずっと捕まっていて桂さんの愚痴を聞いていただけですが……」
「私が天然理心流の生え抜きではなく、外様の北辰一刀流道場出身だったことも活きましたけれどもね。外様だなんだと悩んでいたのが、われながら馬鹿らしくなりました。私が新選組に入った意味は、あったんですねえ」
「ふええ? ますますわからないんですけど?」
「まあ、いいじゃありませんか。これ以上話すと、また土方くんに睨まれる」
俺をなんだと思っていやがる、と土方さんが山南さんを睨みつけた。
もしかしてこの二人って、実は仲が良いのでは……?
「……致命傷を与えずに敵を倒す芸当は難しい……総司の真似をしていては、命がいくらあっても足りない。あとは、降伏した伊東の処遇だが……どうする、近藤さん。土方さん」
「そうですな、斎藤くん。可憐な乙女である沖田くんを捉えて人質とするなど、武士として言語道断の振る舞い! ここは当然士道不覚悟で斬首ですな、フハハハハハ!」
「……武田さん、あんたには聞いていない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます