池田屋女装潜入作戦-1

 魅力的なプレゼンは、諦めた!

 代わりにわたしは、一本気な永倉さんにゴリ推ししてもらって、自ら閃いた作戦を土方さんに承認してもらった。土方さんが先に策を弄するからですよー。


『今回、左之助を用いて総司女体化の噂を会津に流させた上で刺客と鉢合わせさせ、斎藤に逃走を促させ、局中法度違反で除隊させるという土方さんの策謀、実に腹黒だと思う』


 下手をすれば総司はもちろん、一人きりで殿を務める予定だった斎藤の命もなかったではないか、総司のために斎藤を死なせるつもりだったのか、試衛館以来の同志として看過できぬ、と永倉さんは屯所で土方さんに猛抗議。

 あ、いや、あくまでもわたしの作戦を承認してもらえればいいだけですから、そこまで怒らなくても……と慌てたが、永倉さんにはそんな腹芸は通じない。うーん、もしかして人選ミスだっただろうか。


 土方さんも、この作戦を実行する途中で、珍しく作戦を知らされて憤慨した山南さんに「あなたは間違っていますよ土方くん。沖田くんはどのような死地であろうとも剣を抜いた以上は戦い続けますよ。たとえ女性になっていてもです!」と詰められ、(そうだ。あいつの中身は実は総司じゃねえんだが、しかしあいつの新選組への想いは古参隊士と同等、いやそれ以上だった)と考え直してくれたようで、急遽わたしと斎藤さんを救援するべく屯所を出立したわけだけど。


 正論、正論、また正論で詰めてくる永倉さんに対しては、さすがの土方さんもぐうの音も出ず、

『どうやら俺の深情けが行きすぎたようだ。斎藤を捨て殺しにする危険性や、総司が逃げずに戦う可能性に気づいて作戦を中断したのだが、きみたちが間に合ってくれなかったら危なかった。すまない』

 と永倉さんに詫びざるを得なかった。いつもと違って、あの土方さんが妙に素直だった。

(ほら! 今ですよ今!)とわたしはすかさずその隙を捉えて、勢いに乗った永倉さんにわたしの代わりにプレゼンをしてもらったのだ。


 そう。

 長州の志士たちが常用している潜伏先、「池田屋」にわたしが町娘として奉公するという素晴らしい作戦のプレゼンを――!

 土方さんには「より詳細な長州の内部情報を掴むためです」と説明してあるが、実はわたしの狙いは違う。

 祇園で偶然出会った、長州志士のリーダー、桂小五郎と高杉晋作。

 落ち着きがなくてあちこちをうろうろする高杉晋作は今、京への進軍を準備している長州の過激派を説得するために京を離れているらしいけれど、桂小五郎は京都の長州藩邸を預かっている立場だから、ずっと京にいるはず。池田屋事件の時もいたものね。


 そう。やっとわたしの「侍死」知識が生きる時が来たのだ。

 慎重な桂小五郎は「侍死」でもこの時期、池田屋に集まっている過激派の仲間たちを止めるために四苦八苦していた。

 この桂小五郎が池田屋にやってきたところにすかさず参上して、そしてお友達になり、機を見て正体を打ち明け、長州の過激派の暴走を一緒に食い止めるために手を組もう! と持ちかけてみる。

 桂小五郎は用心深いからそう簡単にはいかないだろうけれど、長州の暴走自爆を止めるためなら、きっと一時的にでも協力関係を結んでくれるはず。

 かくして、池田屋事件は長州志士及び新選組隊士に死傷者多数という血生臭い事件ではなくなり、捕縛者数名程度で穏便に済ませられる(まったく新選組が働かずに手柄を上げないのもいろんな意味でまずい気がするので、一応は仕事したふりをする)。


 ほら。あれですよ。ヤクザと警察が裏でつるんでいて、なあなあで家宅捜査したりするじゃないですかーこの手のゲームや映画では。それをやろうかなと。まるで汚職警官みたいだけど、問答無用で全面抗争するよりはぜんぜんマシ。バランスですよ、バランス。


 うまくいけば長州軍の京への突入もなくなって、長州VS新選組の仁義なき抗争に歯止めをかけられる。

 もしも長州軍上洛がしばらく先に延期されるだけだとしても、新選組の破滅ルートを変えるための時間は稼げる。

 それが、わたしの真の狙い。


 ふふふ。気分は、「孤狼の血」の役所広司です。

 土方さんがわたしの本心を知ったら「だからお前は頭がお花畑なんだよ」と怒りそうだけど、桂さんは「江戸に桂あり」と有名だった神道無念流の超絶達人なのに、どんな窮地に陥っても決して剣を抜かなかったという穏やかな性格の人だから、絶対に対話路線に活路がありますって。

 相手がもしも超喧嘩っ早い高杉晋作だったら、説得なんて不可能だったろうけれど。

 都合のいいことに、この時期は京にいない!

 風は、こちらに吹いていると思います!



 というわけで今、わたしは町娘のお手伝いさんとして、池田屋に潜入しております。

 厳密に言えば潜入ではなく、れっきとした就職です。

 祇園の時みたいに花魁化粧を施しているわけではなく、すっぴんに近いので、桂さんと再会しても祇園で会っていることはバレません。

 え、すっぴんだったら新選組隊士の沖田だとバレるんじゃないかって? 薄化粧はしていますし、髪型も衣装もぜんぜん違うし、きっとセーフでしょう。沖田総司の写真は出回ってないしねー。


 それに家事全般ならば、前世でだいたい覚えましたので、お仕事もだいじょうぶです。

「侍死」では、池田屋には予め監察の山崎さんが潜入して情報を得ていたんだけれど、今回はわたしが代役です。池田屋に新選組を討ち入らせるためではなく、桂さんとともに長州の過激浪士たちの暴走を止めるためにです。

 そう、ピースメーカーです。


 あとは桂さんが池田屋を訪れるのを待つばかり。

 なにしろ顔も声もばっちり覚えているし。陰キャだけれどイケメンだったな。

 ただ、同じ陰キャ寄りイケメンキャラでも、存外にチョロインなクーデレで実は心が熱い土方さんと違って、ほんとうにクールというか、どこか常に醒めているところのある人だ。

 師匠格だった吉田松陰を幕府に斬首されてから、ショックでしばらく鬱を患って、ああなったらしい。

 自分も幕府に斬られるという悪夢を毎晩見続けて、逃亡癖がついたとか。

 そんなダウナーな慎重派だけれど、吉田松陰を殺された件で幕府への復讐の念は強そう。さくっと友達になってわたしの正体を打ち明けるのは難しいかも……うーんうーん。


「総さん。あなたも池田屋で新しく雇われたんですか。桂子と申します。よろしくお願いしますね」


「あ、あなたも新人さんですかー。よろしく……って、桂さんっ!? ななななにをしているんですか、こんなところで? どうして女装して奉公人にっ!?」


「ええっ? どうして私の完璧な変装を一目で見破ったんです、あなた? あっ……あなたは祇園で出会った、あの私の理想の芸姑さん!? そうじさんですね? あなたは実は女装した新選組の沖田総司とお聞きしましたが?」


 ちょ?

 いったいなにをしているの、この人は?

 なんで桂小五郎が女装して池田屋で働いてるのーっ? 維新はどうなったのーっ?

 いったん部屋に。部屋に隠れましょう。

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