会津公護衛任務-4

「斎藤さん! 永倉さん! なるべく刺客を殺さずに倒してください! 薩摩藩士だったら大変です! 今日こそ黒頭巾をなんとしても捕らえて、正体を暴かないと!」



「……そう簡単に言われても、自分は総司のようにはできない。自分の剣は命を奪う剣だ」


 ま、まあ、斎藤さんの剣はそうですよね……居合い抜刀術はもちろんのこと、抜刀してからの剣術も、どう斬れば相手を殺せるかという最大効率を極めています。そうでなければ、会津で官軍と戦い続けてなお明治まで生き残れないですよね。

 この人は史実では、明治になってからも西南戦争に政府軍として参戦し、最前線で薩摩軍と戦って戦功を立ててしかも生き延びているという、ほんものの不死身キャラだし。


「拙者にも無理な話だ! 堂々と立ち合い、堂々と命を奪い合うのが剣術というもの! 手加減など相手に失礼でできぬ、きええええいっ!」


 永倉さんも、新選組脱隊後も転戦を続けながら明治まで生き延びて長生きした人なので、体力も気力も超人的。がむしゃらで一本気だから「手抜き」とか「手加減」とかいっさいできないのが永倉さんらしいです。腕に怪我をしてるけど、アドレナリンが出まくってるので気づいてないみたい。


「いやー、総司は相変わらず化け物だなー! もう一人で五、六人は倒したのに、返り血を一滴も浴びてねえ! おめー、ほんとに女の子になったん? どうなの平助ちゃん? おいら、結局自分の目で見れなかったからよー気になるよなー!」


 左之助さんは、江戸で永倉さんと一緒に新選組を抜けて新しい隊を結成した後、またまた気が変わって一人で上野戦争に飛び入り参加して死んだとも、大陸に渡って馬賊になったとも。「侍死」では、上野で死んじゃった。切腹しそこねたこともあって、長生きしたがる性格じゃないですもんね。でも、快男児だ。いずれ京に家族を構えるんだから、死んでほしくない。


「いだだだだ。わたくし、目の中に血が入ってそれどころでは。総司? あなたがさっさと敵前逃亡しないから、わたくしがこんな羽目に! 女の子になっても剣を握ると猛々しい性格は変わりませんね!」


 藤堂さんは……「侍死」の世界では、心ならずも新選組を抜けることになって、最後は新選組との斬り合いの場でいの一番に突撃して死んでしまうという、いちばん悲しい最期を迎える運命に。


(あれ? まさかみんな。今日この場で死んだりしないよね? 「侍死」にも、そしてたぶん史実にもなかったこの奇妙なイベント戦闘で死んだり大怪我してリタイアしたりなんて、そんなのは駄目! もしかしたら、わたしがこの世界に来たことが黒頭巾が現れた原因かも知れないんだし?)


 うわあああん。みんなバチバチに斬り合ってるー! まだまだ敵の数のほうが多いんだから、真剣勝負に余裕なんてないよねー!

 土方さーん! 早く来てくださいよー! 黒頭巾は理知的で、玉砕まではしない性格だから、戦力比が拮抗すればこの斬り合いは終わるはず……!

 でも、駄目だ。

 前回よりも指揮が巧みになっているし、刺客の浪士たちも腕が上がっている。

 そして、黒頭巾の隣には、鉄砲を構えている刺客が――。

 ええっ?

 そうか。襲撃の合図として、最初に一発放った男だ!

 この斬り合いの場で、発砲するつもりだ!? 味方に当たるかもしれないのに? それほどの腕前なの?


「頃合いですね。女性だと知った今、気が咎めますが、当初の予定通り沖田を狙いなさい。それで、土方と新選組を追い詰められます」


「はっ、先生。承知致しました」


 ええええっ? そんなああああ!? そりゃまあ、いったん剣を抜けば良い意味でも

悪い意味でも男女平等な「侍死」世界ですけれど、銃でわたしを狙い撃ちは酷いですよおおお!?

 いくら沖田総司くんの肉体でも、弾丸は避けられないよー!

 チート剣士だって、飛んで来る弾丸は見えないよ!

 どうして間に合ってくれないんですかあー、土方さーん!?


 やっぱり、この事件は「侍死」には存在しないイレギュラーなイベントだから、颯爽と駆けつけるのは難しいのかな!? でも、史実でも池田屋での近藤さんたちの大ピンチに「遅れたな!」という決め台詞とともに駆けつけたじゃないですかー!

 いや、あの台詞は大河ドラマの台詞だっけ?

 もう駄目だあああ、しかも斎藤さんがわたしを庇って盾になろうとしてる!

 斎藤さんは戦場で死なない運命の人なのに。わたしのせいで!?

 この人って、男同士の戦いなら容赦なく相手を斬って絶対に生き延びるのに、女性を助けるためなら命を捨てられるんだ……! そういう人だったんだ!


「……剣は銃には勝てない。自分が撃たれた隙に逃げろ、総司」


「そんな? 斎藤さん……! あなたは、ここで死ぬべき人では……」


「いや、これでいい。命の値打ちも知らない畜生だった俺が、最期に試衛館の、副長の女を庇えたんだ。もう、悪夢を見ないで済む……」


「なんですか副長の女って? 駄目です! こんな時に、微笑まないでください!」

 沖田総司と双璧を成した剣士の斎藤さんが死んでしまう。新選組が崩壊する――土方さんが斎藤さんにあれこれ命じてわたしを除隊させようと画策した結果が、「無敵の剣士」斎藤さんの戦死では、永倉さんや左之助さんが収まらない! 隊が分裂しちゃう!


 新選組の誰もまだ、刺客たちに二重三重に自分を包囲させている黒頭巾のもとに到達できていない。

 銃撃は止められない。

 斎藤さんが死ぬか、それともわたしが。

 身体が勝手に反応して、斎藤さんよりも前に踏み出していく。射手を狙うために、なおも青眼に剣を構えながら。これは――沖田総司くんの意志?


 しかし、この時。

 思いも寄らなかった事態が起きた。

 黒頭巾を守っていた刺客集団の一人が、いきなり頭から被っていた頭巾(こちらは白い。リーダーの黒頭巾と区別するためだろう)を自ら脱ぎ捨てて、


「やめじゃ、やめ。おなごに銃を向けたら、いかんぜよ」


 と土佐弁丸出しの大声を発し、黒頭巾の隣で銃を構えていた刺客をいきなり殴り倒してしまった。

 ええー? 寝返り? それとも間者?

 って、あーっ? あの、天然パーマのボサボサ頭の浪人は……?


「あなたは、坂本龍馬さんっ? どうして黒頭巾の刺客にっ?」


 土佐浪士、坂本龍馬。

 特に説明不要。幕末といえばこの人。土佐を脱藩した後、幕府のリベラル派・勝海舟の弟子になり、「非戦討幕」路線に転向。海運業に乗り出して武器商人になったり薩摩と長州を同盟させたり幕府に大政奉還させたりと、幕末史に起きただいたいの大イベントはこの人がやったことになっている。「侍死」では。


 史実では実はそれほどの大物ではなかったとかイギリスの商人グラバーの使い走りだったとか言われるようになったけれど、フィクションの世界では相変わらずの大活躍ぶりだ。


 ただ、あまりにも大局を見据えすぎていて独自の道を生きている人なので、薩摩も長州も幕府も新選組も結局みんな敵になるという、絶対に長生きできない不遇の天才キャラ。この人こそ未来人だと言われても不思議ではない。

 フィクションでは新選組との相性がいいからか、新選組屯所にしれっと通うようになったり、果ては新選組に坂本龍馬が「斎藤一」を名乗って入隊するゲームもあったっけ。

 なんやかんやで土方さんとバディになる作品もけっこうある。薩長と組みながらも、幕府方のお偉方にも顔が効くという、外交特化キャラだからね。実際、有り得ない話ではなかったりする。


 なにしろ無血革命を理想としていて、薩長が幕府を武力で潰すことには最後まで反対していた人だから。幕府はもう新時代では持たないので潰すけれど、徳川将軍の命は守ろうとしていたんだ。


「おお、沖田総司ちゃん。わしの名前を知っちゅうがか? わしも有名人になったもんじゃのお~。やけに京で暴れちょるこの黒頭巾の正体を掴んで尻尾を握るために、ちくと潜りこんじょってなあ。今日はまだ裏切る予定はなかったんじゃが、気が変わったきに」


「坂本くん? きみは、土佐勤王党の同士たちを佐幕派の土佐藩公に斬られた男ではないですか? 幕府の犬の新選組には、恨み骨髄ではないのですか?」


「いやあ、容堂公は憎いがの。おんしは、正体を隠して悪さをするのが気に入らんぜよ。そもそも、おなごを撃ち殺そうとは人として論外じゃき」


「私とて気は咎めます。先刻まで知らなかったのですから。ですが、会津藩公襲撃の噂を蒔いておびき寄せた沖田または土方を討ち取るのが、今回の作戦の主旨! それに沖田総司は女といっても剣士です、しかも新選組最強剣士ですよ! 幕藩体制ならばいざしらず、これからの新時代、剣士の道は男女平等でしょう!?」


「まあ理屈はそうじゃが、すまんのう。強かろうが弱かろうが、わしは別嬪には弱くてにゃあ。いや、むしろ強いおなごのほうがわしの好みぜよ! 乙女姉さんより強い女を、わしゃあはじめて見たきに」


「そんな馬鹿馬鹿しい理由で突然寝返ると決めたのですか、きみは? な、なんと不真面目な?」


「銃ちゅうのは、己の身を守るために使うものぜよ。剣を抜いて堂々と戦ってるおなごを狙撃するなど外道のやり口じゃき。というわけで黒頭巾の大将、そろそろおまんの正体を暴いちゃろう――」


「……い、いけない! 私は誰にも正体を知られてはならないのです! 諸君、撤退しますよ! いきなり土佐浪士が寝返りました、形勢は逆転です! 鬼の土方が出現する前に撤退です! さもなくばわれらは土方に全滅させられますよ!」


 黒頭巾が何者なのかは相変わらず不明だったが、重要な手駒として雇っていたはずの坂本龍馬が突然裏切ったことは完全に彼の計算外だったらしい。


「「「退け、直ちに分散して退けーっ!」」」


 土方さんが「待たせたな! やっぱり逃げなかったのかよ、総司の野郎! いや、野郎じゃねえな……畜生め、手間ぁ取らせんじゃねえ!」と血相を変えながら現場に多数の隊士を引き連れて到着した時にはもう、黒頭巾率いる刺客集団は脱兎の如く逃げだしていたのだった。


 どうやら、逃走経路なども最初から確保済みだったらしい。なんだか手慣れている相手だったな……特に、逃げ足がいつも速い。暗殺だの襲撃だのばかり企んでいる割には、そのあたりが用意周到すぎる。生き残り特化型なのだろうか。

 置き去りにされた坂本龍馬さんも、


「おおこわ。まっこと鬼になっちゅう。こんなところを土方さんに見つかったら、あれこれ言い訳する前に無言で斬られるきに。沖田総司ちゃん、またこんど会いに行くきに! わしゃあ、おまんに惚れたきに! ほいなら」


 と土方さんの青ざめた顔色を見て震えてみせながら、風のように京の小道に飛び込んでそのまま消え去っていた。


「……土方さん。やはり窮地に陥っても総司は逃げなかった。済まない」


「いや、できない無茶を頼んだ俺の過ちだ斎藤。永倉たちもよく間に合ってくれた。総司、さっさと除隊して町娘になる最後の機会だったんだぜ、今回が」


「土方さーん! いつからこんな陰謀を練ってたんですか? 酷いですよー!」


「そうだなあ。左之助が止めてもどんどん言いふらすので、いっそのこと会津藩に知られちまえばと……だからって、銃撃されそうになってんじゃねえよ。あの黒頭巾野郎、会津藩公まで撒き餌に使いやがって。なにがなんでも新選組を潰すつもりらしい。お前、このままじゃ死ぬぞ」


「土方さんが策を弄するからでしょ! 土方さんがどう思おうとも、わたしは『沖田総司』ですよ! 新選組の一員なんですよ! ぜーったいに逃げませんから!」


「……実はな、山南にもそう諭された。俺の企みを知って、あいつ、激怒しやがってよ。それで、俺もはっと気づいてだな……参ったな……俺が悪かった、すまねえ」


 ふえ、山南さんが? やっぱりあの人が暴走しがちな土方さんの補佐をしてくれてこそ、新選組は絶妙のバランスを保っていられるんだなあ。

 土方さんは不機嫌そうにわたしの髪をわしゃわしゃと掴みながら、


「お前、これからは俺の隣にいろ。俺には、銃弾は当たらねえからよ」


 と言いだした。はいっ! と思わず返事しそうになったが、斎藤さんや永倉さんたちが、


「……一番組の隊長を、副長の小姓にされては困る」


「拙者が一番組の仕事も請けていいが、いくらなんでも心配性が過ぎる。そもそも一歩間違えれば総司は死んでいたのだぞ土方さん。なぜ、いつもそうやって小細工を弄するのだ。こういう重要な任務に、拙者を選んでくれないのはなぜだ」


「わたくしは反対です! まさか総司を独占するつもりですか、土方さん?」


「まったく、妹への愛が重すぎるなー! もっと単純に生きなよ土方さんはよー? もしかして、惚れた? 総司に惚れちまった? まあいいか、昔は男でも今はほんものの女の子だからな! 明日いきなり総司が野郎に戻ったら笑えるなあ、うっひゃっひゃ!」


 と土方さんに全員で突っ込みはじめたので、土方さんもわたしもそれ以上話を続けられなかった。

 ほんとうは「なにをされてもわたしは新選組をやめませんよ?」と土方さんに猛烈に抗議したかったんだけれど、こんな申し訳なさそうな顔を見せられたら、もうなにも言えないよ。


 ただ――新選組が破滅しないルートに至る鍵を、やっとわたしは発見できた気がする。

 池田屋だ。池田屋事件で、長州の志士を多数殺傷せずにクーデター計画を未然に阻止することだ。それで、池田屋事件に激怒した長州藩が京に攻め込んでくることもなくなるし、新選組が長州に地の果てまで追いかけられる「仇敵」になる運命も免れるはずだ。


(坂本龍馬さんが協力してくれたらなー。池田屋では、坂本さんの後輩たちも長州志士と一緒に戦って、新選組に斬られまくるんだよね。守れるなら守りたいはずだよ)


 お前、今、あの坂本とかいう野郎のことを考えているな? あんな、勝海舟の弟子をやりながら長州ともつるんでいる土佐の蝙蝠のことなんざ考えてる場合かよ、と土方さんに怖い顔で睨まれてしまった。

 うええ。この人、どうしてわたしの思考が読めるんだろう? やっぱり鬼の副長、こわっ!


「こほん。坂本さんはさておき。土方さん! わたし、長州の暴走を阻止する、いい方法を思いつきそうなんです」


「ほう? どんな方法だ? 長州の桂小五郎さんとお友達になればいいんですよーなどとお花畑みてえなお気楽な能書きを垂れたら、怒るぞ」


「……お、お任せ下さい! もっとこう、知略を使った作戦を練りますから。あは、あはははは……」


 いやー。実は、今頃長州の過激派を押さえようとしているはずの穏健派の桂小五郎さんとお友達になるというのが、わたしの作戦なんだけど、言わなくてよかったー。ストレートにそう伝えたら絶対にボツにされる。

 もう少し、それらしいプレゼン文句を考えなくちゃ。

 でも、策略家で底意地が悪い土方さんが「なるほど」と頷くような素敵なプレゼンなんて、どうすれば作れるんだろう?

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