会津公護衛任務-1

 とうとう、その日が来た。

 会津藩主・松平容保さまが、黒谷の会津藩本陣から、帝がおわす御所へ参内しなければならない。

 この機会を狙って長州の不逞浪士が会津公襲撃計画を練っているという情報は、すでに新選組だけでなく会津藩側でも掴んでいたらしい。


(会津藩は武辺一辺倒で情報戦に疎いのに、漏れてる? 意外だなあ。長州人が、そんな粗略な計画を立てるかなあ?)


 新選組側では、わたしを追い回してみだりに私闘を隊士たちに仕掛けたと土方さんに叱られ、探索役に左遷されている武田観柳斎さんが、文字通り死ぬ思いで不逞浪士の中に間諜として入り込み、「襲撃はかなり確定的ですぞ。この情報が当たりならば、私を沖田くんの一番隊に平隊士として編入していただきたい! 待ち伏せ地点の候補は、数カ所ございます」と報告をしてくれている。


 命がけだからなのか、愛の力(うっ……)なのか、情報を掴むのが早いのなんの。真面目に働けば有能じゃないですかー武田さん。

 当日、天気は快晴。

 会津藩の藩士たちが、隊列を作って黒谷を出発。

 一路、御所へと向かっていた。


 絵に描いたような若く上品な貴公子の会津藩主・松平容保さまは「余は暗殺を恐れて駕籠に隠れる気はない。あの井伊直弼殿も、桜田門外では駕籠の中に隠れていたが水戸の不逞浪士たちに殺されたではないか。同じ死ぬなら、余は馬上で戦って死にたい」と言い張り、馬上の人となっている。


 見た目は繊細そうだし身体も弱い人なのだけれど、「徳川宗家を守るためなら会津松平家は進んで犠牲になる、それが会津藩の藩昰だ」と宣言して、「京に関われば会津は滅びます、殿のお命も……」と止めた家臣団の反対を押し切って京都守護職を引き受けた、そんな熱い会津魂の持ち主なのだ。


「侍死」では、幕府が瓦解したあとも故郷の会津に籠もって、新選組とともに官軍(薩長軍)相手に徹底抗戦して、会津は廃墟にされちゃうんだよね……史実でもそうだったらしい。ただ主家の徳川家のために戦っただけなのに、悲しすぎるよ。

 その松平容保さまが、やけに信頼している新選組隊士が、そう。

 経歴不明、流派不明、無口でなにを考えているのか常に謎な斎藤一さん。

 試衛館以来の付き合いなんだけれど、実は沖田総司くんはほとんど斎藤さんと喋ったことがない。

 剣の稽古は何度も一緒にしているんだけれど、互いに実力伯仲していて、ライバル関係と言ってもいい。沖田総司は天真爛漫だし斎藤さんは無口だしで、剣だけで会話してきたと言う感じかな。


 どうやら、松平容保さまは京で新選組の稽古を見物していた際、斎藤さんの電光石火の抜刀術を見て「天才剣士だ」とすっかりお気に入りになり、今回の護衛任務でも斎藤さんを是非にと望んでいたらしい。

 土方さんってば、そんなことぜんぜん言ってなかったじゃん。ほんと、腹黒なんだから。

 あ、わたしは松平容保さまからは呼ばれていません。どうして同行させられているんでしょうか、しくしく……。


「……総司」


 はうっ?


「さささ斎藤さんが喋った!?」


「……自分だって、喋ることもある」


 うわああ、びっくりしたー!

 わたしが新選組に来てから、はじめてだよー。斎藤さんと会話するなんて。

 間諜仕事が多くて、あまり屯所にいないしね。無口だし存在感ないしなにを考えてるのか謎だし、それなのにやたら腕だけは立つしで、土方さんいわく間諜にぴったりらしいんだよね。独特の深い闇を放つ眼光が、明らかに無数の人を斬ってきた歴戦の剣豪のそれにしか見えないんだけれど、どのへんが間諜にぴったりなんだろ……。


「総司。いつから内股で歩くようになった?」


「へ? いやーわたしは内股じゃないですよー? 普通に歩いていますよ?」


「いや。以前は、もう少しだけ膝が外側に向いていた。常に剣を抜きやすいような体勢で歩いていたはずだ」


 そそそそうなんですか? 膝の向きと抜刀と、関係あるんですか? 素人ですみませんすみません。って、焦ってたらバレちゃうよ! なにか適当な理屈を……。


「わ、わたしだって常に剣の技術を模索しているんです。あれですよ、あれ」


「……どれだ」


 えーと。「侍死」には、史実の幕末にこんなキャラいないだろ! みたいな時代考証的に微妙な異種格闘キャラもちょこちょこ登場するんだよね。思いだせ思いだせ。


「『琉球唐手』をご存じですか、斎藤さん」


「琉球唐手? 噂話くらいは聞いたことがあるが、見たことはない。松原が使う柔術とも違うそうだが」


 松原さんという人は、新選組でいちばん柔術が強い人ね。真剣を構えた剣士を素手で制圧して勝っちゃうという、恐ろしい柔術家なんだ。この時代の柔術って、現代の柔道とは違って素手で人間を殺す技術だからね。隙あらば致命的な急所をいきなりズブリと指でやってくるので、ほんと、洒落にならないんだよー。「侍死」バージョンは特にそう。


 でも、松原さんはとても親切な殿方。新選組が斬った長州浪士の奥さんに、毎月生活費を届けにいってあげたりと、およそ新選組向きじゃない人の良さ。「侍死」ではその奥さんと恋に落ちたあげく、「深情けすぎるだろう」と土方さんたちに咎められて進退窮まり、心中しちゃうんだけどね。

 別に死ぬこたあなかっただろうに、思い詰めて恋に殉じやがったか、と土方さんも悲しそうだったな。


 そうだ。松原さんも助けなくちゃ。あの人は、なにも悪いことしてないし。宿敵長州志士の未亡人と心中かあ~。純愛だなあ。土方さんも、どこか羨ましそうにしていた。

 あ、いけない。今は斎藤さんの疑いを晴らす時だった。

 この人、他人に興味なさげなのに、実はいつも沖田総司の動きを観察していたのか……新選組剣士最強を賭けたライバルだから気になるのかな?


「ええと。唐手には『三戦立ち』という独特の立ち方があるんですよー。不意の襲撃にも対応できるように、敢えていったん膝を少し内側に曲げてから、足を開いて立つんです」


「……なぜ内股ぎみに立つと、不意の襲撃に対応できる?」


 えっと……ど、どうしてだっけ? 鋭い突っ込み。というか台詞が多いです斎藤さん。

 あ、そうだ。脳内だけでは最強の妄想格闘家だったお兄ちゃんが言っていた。「はっきり言えば、突然の金的攻撃に対する構えなんだぜ。男子が股間を守る立ち方なんだ」と。

 って、女の子のわたしには必要ないじゃーん!

 ま、まあ、まだ斎藤さんには女の子だとバレてないから、いいか。


「それはですね、路上で不逞浪士にいきなり股間を蹴られないためです、ふんぬ!」


「……お前は女だろう。なぜ股間を守る?」


 え?

 いっ、いやああああっ? どうして斎藤さんにバレてるのおおおおおおおっ!?


「いつボロを出すか面白くてつついてみたが、琉球唐手がどうのこうのと言いだすとは、ほんとうに人を食っているな」


「さささ斎藤さん、どこで知ったんです!? っていうか、会津藩の皆さんがいる場で駄目ですよー!? わたし、お役御免にされちゃいます!」


 武田観柳斎さんたち衆道派も、三郎くんたち被害者組も、「隊外に漏らしたら切腹だぞ」と土方さんにきつーく言われているので、セーフだと思っていたのにい?

 会津藩にまでバレたら、わたし、どうなるの?


「……昨夜屯所に戻ったら、原田が『いいか、誰にも言うんじゃねえぞ。実は総司は』と教えてくれた」


「えええええーっ!?」


「それに、会津藩士たちもみんな知っている。原田が黒谷にまで押しかけてきて『いいか、誰にも言うんじゃねえぞ。実は総司は』と」


「ギャー! ぜんぶ左之助さんの仕業だったのかー!」


 案の定、ひとたび知ってしまったら黙ってはいられない人なんだからあ!


「切腹しろってんならしてやんよ、おらーっズバーッ!」で片付けちゃうから、土方さんをもってしても制御できないよあの人!


 でも、いくらなんでも会津藩に言いふらすのはやりすぎでしょー! もしかして「隊士が足りなくなって女まで雇ったか」と呆れられて、新選組の危機では? 左之助さんは確かにやることなすこと出鱈目だけど、いくらなんでもそこまで雑な人だったかなあ?


「おお、どうした斎藤?」


「沖田くんが女性だったという話なら、わしら会津藩士はみんな知っているよ」


「いやあ、驚いた。強いおなごもいたもんだー」


「まあまあ。会津にも、鉄砲を撃つのが趣味の女がいてのう。百発百中の腕前だべ」


「こんな物騒な世の中だあ、苦労をかけて済まないが助かるべ。娘さんが剣を帯刀して殿様をお守りするとは、いやあ偉いもんだ」


「不逞浪士どもが現れたら、わしらが戦うから沖田くんは隠れていなさい」


 会津藩士の皆さんは――とても純朴な方々だった。

 笑顔で受け入れられているっ?

 馬上の松平容保さままでが、


「斎藤。万一の時には沖田に怪我をさせぬよう、頼むぞ」


 と笑っていた。

 はあー。鉄砲撃ちの女の子が地元にいるのかー。薩摩藩と並ぶ武辺者集団だとは聞いてきたけれど、凄いね会津藩。そりゃ新選組も雇っちゃうはずだよ。

 でも、わたしに戦わせるつもりは誰もないみたい。そりゃそうかー。


 いや、駄目じゃん。未来というか「侍死」の展開を知っているわたしが新選組隊士として頑張らないと、「侍死」ルート確定じゃん。会津藩も滅亡だよ。ここにいる会津藩士の皆さんの多くが、戦死したり負傷したり家族を失ったり……そんなのは駄目駄目。

 怖いけどちゃんと戦って、沖田総司は女だけれど強い! と会津藩の皆さんに認めてもらわないと。


「……御意。自分の後ろに下がっていろ、総司」


「斎藤さん。わたし、自分の身は身分で守れますから。っていうかわたしは沖田総司ですよ? 殿方に守られて背中に隠れるような、かよわい女の子じゃないんですよーだ。剣術ならば斎藤さんと互角ですよ?」


「だが、お前が女だと不逞浪士どもにまで知られれば、汚い手段で拐かされるかもしれない。あの沖田総司がそんな扱いを受けるなど、つまらん。想像すると腸が煮えくりかえる」


 やだ。なんだか斎藤さんがいつもと違う。静かに燃えているような……?

 もしかして、男に対しては無口で無愛想だけれど、女性には優しいタイプなの?

 口数の多さが、今までとはぜんんぜん違う。


「……総司は自分が守る。総司に戦わせるな、自分一人で始末をつけろ。土方さんからも、そう厳命されている」


 なにそれ? 土方さんってば、そこまでわたしを心配するなら、この仕事に選ばなきゃいいのにー。


「女であろうが剣士として優秀な使い手だと、会津藩に認めてもらうための人選だ。実戦で使い物にならなければ、明日から総司は町娘に。剣士沖田総司はお役御免だ。故に、俺はお前の分まで戦う役目を命じられた」


 ちょ。土方さん、斎藤さん、それって……はじめからわたしを新選組から除隊させるために今回の人選を仕組んだってことですかっ? ああもう。斎藤さんは、土方さんの命令ならなんでも引き受けるから……!


 ただ、いつもの斎藤さんなら、そんな裏話を口にしたりはしない。やっぱりいつもと違う。酷く饒舌だ――なんとしてもわたしを不逞浪士との斬り合いの修羅場から離脱させたいという思いを、土方さんだけでなく、斎藤さん自身も抱いているんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る