御法度-3

「待ってください。それはなりません」


 山南さんが、立ち合いの準備をはじめた二人の立ち合いを制止したのだった。



「なぜ止めるんだ、山南さん?」


「土方くん。私は衆道には疎いですが、男女の仲ならいささかながら存じています。まだまだ耳学問ですけれども」


「へえ。俺ぁいささかどころか、よく存じているがねえ。ガキの頃は江戸で……」


「それは知っていますが、男女が恋を賭けて剣を抜き合い戦うというのは、いかがなものでしょう」


「と、いうと? わからねえなあ。はっきり言えよ山南さん」


「男同士でも、剣を交え合っているうちに奇妙な連携感や友情が芽生えてくるものです。あなたと近藤さん、あなたと沖田くんなどはその典型でしょう。そして恐らく一部の男性は、剣で戦っているうちに友情が愛情に変化して衆道に目覚めるというわけです。それほどに、剣での立ち合いというものは人と人とを結びつける」


「だからなんだよ。そんなこたぁ知っているよ、新選組であろうとも同門同士では斬らせ合わないのも、それが理由だ。同門同志での殺し合いはむごいから、やらせねえんだよ。そもそも、総司は女だと言ってるだろうが。あんたも知ってるだろうに」


「恋を賭けてこの二人を戦わせたりすれば、沖田くんの心がいずれ武田さんに侵食されて支配されていきそうな気がするんです。このあたりの微妙な機微は、近藤さんにはわからないと思いますが、土方くんならば察して頂けるかと」


 ふえええ。そんなことないと思いますよ、山南さん?

 わたしは、こういう明石家さんまタイプのお喋りな殿方は疲れるからちょっと苦手なので……寡黙で口が悪いけれど実は優しい土方さんのような殿方が好きかなあって……あ、いえ、土方さんが好きだというわけでは……あれ? もしかしたら、好きなのでは……はうううう!?

 まずいまずい。思考がヘンな方向に。土方さんから目を反らさないと、読み取られたらまた叱られちゃう。


「うむ! さすがは山南さん! よくわからんがそういうことらしいぞ、歳。俺とお前も剣や拳でさんざん語り合って兄弟分になったようなものだからな、わはははは! では、勝負はなしだ! 新選組隊士同士での色恋を禁ずる、そう法度に書き足せばいいだろう!」


「近藤先生? それでは沖田くんのみならず、新選組美男子五人衆にも私は迫れないということに? それだけはどうかご勘弁を! 死ねと言われたほうがまだマシです!」


「待てよ武田。なんだよ、その新選組美男子五人衆って? 勝手にヘンな番付を作ってんじゃねーぞ。誰と誰と誰なんだよ、そいつは」


「よくぞ聞いてくださった! 長州の間者ということで原田くんが斬ってしまったが、なんといっても色白面長の長州顔が愛らしかった楠小十郎くん! そこにいる新選組最年少隊士の馬越三郎くん! いや、実に幼い! 沖田くんの一番隊に所属している山野八十八くんも、二十歳を超えているが童顔で従順で愛らしい! さらに、気が弱くていつもお父さんと一緒にいる馬詰柳太郎くん! そして、沖田くん以上の美貌を誇りながら、恋人を奪おうと企んだ芹沢鴨に闇討ちされて行方知れずとなった佐々木愛次郎くん! これが新選組美男子五人衆!」


 おおう。聞き覚えがある名前がずらり。そういえば、「新選組美男子五人衆」が主役のコミックとかもあったっけ。これって、武田さんが美少年ソムリエとして格付けしたのか……知らなかった。「侍死」の世界ではそうなってるだけ、ということかもしれないけれど。って、あれ? いやいや、「侍死」にそもそもそんな設定、なかったよね?


「……なんだよ。俺も総司も入ってねえのかよ。その目は節穴かよ。殺すぞてめえ」

 あ。怒ってる、土方さん。新選組で女性にいちばんモテるイケメンだからねー。


「いえいえ。もちろん土方副長と沖田くんは別格ですよ、私の美男子番付などで、尊くお偉いお二人を格付けするなど憚られますとも。ふははははは! ま、土方さんは年上なので最初から私の範疇外ですがね!」


「愛に性別の違いはなくても年齢制限はあるのかよ。この野郎、勝手なことばかり言いやがって。いよいよ腹が立ってきた。そもそも美男子番付ってなんだよ。やっぱり武田を殺していいか、山南さん。もう我慢ならねえ」


「い、いけませんよ土方くん? 美男子番付の選外にされたから斬っただなんて知れたら、土方くんの威厳は地に落ちます」


「俺はそういう理由で怒ってるんじゃねえよ! こいつにとって色恋とは遊びなんだよ。俺とは価値観がまったく合わねえよ」


「それでは土方くんにとって、恋とは?」


「そりゃあ、人生そのものだろうが――生きる意味と言ってもいい……ほんものの恋ってやつぁ、生涯にただ一度できるかどうかさ。って、山南さん。な、なにを言わせやがる!?」


 はううううっ?

 土方さんって……実はそういう人だったんだ……クールぶっていながら、心はなんて一途な……やっぱり、芸術家肌のロマンチストなんだ……あっ、心臓が高鳴りすぎて目眩が……。

 美男子五人衆とは武田くんの発想は実に独創的だなわははは、と近藤さんは金平糖をかじりながら大受けしている。なぜか近藤さんの笑いの壷にハマってるんだよね、武田さんって……武田さんは大真面目なんだけれど。


「ひ、土方副長。実は僕は『武田観柳斎被害者の衆』の代表をしていまして、十人を越える被害者隊士たちが寄り合い所帯を作って自衛を……」


 馬越三郎くんが勇気を振り絞って、土方さんに陳情を開始。

 わたし個人の問題にしないように、武田さんVS新選組美男子軍団の問題を議題として取り上げてくれたんだ。うーん三郎くん優しい。


「なるほど。風紀が乱れていますね。ですがそれでも、法度で色恋を禁止するのはさすがにやりすぎです。色恋は食欲や睡眠欲と同様、人間の本能ですから。無理矢理に隊士を抑圧すれば、かえって町娘や花街の女性たちに被害が及びかねません。それでは、新選組は芹沢時代に逆戻りです」


「山南さん。あんたは相変わらず、頭から生まれてきたみてえな男だな。もう少し感情を出してくれてもいいんじゃねえのか、こういう話の時くらいはよ」


「……土方くん。これが私の性分及び役割ですので……私だって個人的には色恋で悩むこともありますよ。ただ、隊内にはそういう感情を持ち込まない主義なんです」


「お堅い山南さんが、恋? あんたは、出会ったばかりの女に一目惚れす男じゃねえよ。まさか、剣を交えてきた総司がお相手じゃねえだろうな? さっきの話はあんた自身のことだったのか? だったら――いくら山南さんでも、斬るぞ」


「……ひ、土方くん。考えすぎですよ、きみは沖田くんに関して心配性すぎます。そもそも、あなたにそんな裁きを下す権限は……いえ、今は武田くんの処遇でしたね」


 あ、あれれ。山南さんが汗を流している。レアな光景だ。

 ちょっと? どうして山南さんと土方さんが睨み合ってるのっ? どうしてわたしが絡むとこうなるのかなあ。阻止したはずの山南さん脱走死亡フラグがまた立っちゃうよー、駄目駄目!


「土方さーん! そんなことよりも、武田さんのお裁きはどうなったんですかー?」


「……そうだったな。山南さん? あんた今、なにか言おうとしやがったな……まあいい。俺たちはつい先刻、会津藩から大仕事を申しつけられたんだ。これ以上色恋沙汰でぐだぐだ争っている時間はねえ」


 そうだとも! と近藤さんが金平糖を口いっぱいに頬張りながら頷いた。


「黒谷で命じられた大仕事はな、聞いて驚く任務ぞだ総司! 明日、御所に参内する会津藩主松平容保公の護衛仕事だ! 長州の不逞浪士たちが容保公の命を狙っているという! そこでわれら新選組が、護衛役への加勢を仰せつけられた! どうだ!」


 えーっ? そんなビッグイベント、「侍死」にあったっけ? 思いだせない……記憶にない……まだ歴史全体の流れは完全にはメインルートから外れていないはずだから、もしかしたらランダム発生イベントなのかも?


「この仕事に失敗すれば、新選組はお役御免。京の治安維持の仕事は、幕府が新たに作った京都見廻組に奪われるでしょう。誰を護衛役にしましょうか、土方さん。密かに藩主のお側に侍るお役目です、大人数は付けられません」


「――そりゃあ、いちばん腕が立つ奴を選ぶのが合理的だろう」


「土方副長! 相手は卑劣な不逞浪士ですぞ! 武士らしく正々堂々と襲ってくるはずもなし! 卑劣な連中の悪謀を見破るならば、この軍師・武田観柳斎にお任せあれ! よいですか? 要人を町中で暗殺する場合の基礎ですが、まずは移動経路を洗い出し、死角となる場所を複数抑えます。そして、種子島の達人をそれぞれの死角に配置し……」


 いやー凄い人だな、ある意味。なんでここで堂々とプレゼンしはじめるかなー。しかも、守り方じゃなくて殺し方のプレゼンだし。


「うるせえよ武田。どんな心臓してやがる。てめえは当面謹慎だ、馬鹿野郎! 現場に戻りたきゃあ、命を捨てて長州の連中の動きを探ってこい! 総司の件を局外に漏らしたら殺すぞ馬鹿野郎!」


「……はあ。承知せねばこの場で殺されそうですな……どうなっても知りませんぞ」


 こんな奴しか軍学を修めた奴がいねえのが新選組の問題だ、他に適任はいねえのかとぼやきながら、土方さんが有無も言わせずに決めていた。


「単純に決めちまえばいいんだよ。容保公の護衛役は、新選組最強の二人で決まりだ」


「と、言いますと?」


「総司と、そうだな――斎藤だ。永倉がまた『拙者ではないのか』と怒りそうだが、あいつは気が短いから、ほんとうに刺客が出てきたら闘志を全開にするから場が荒れる。その点、斎藤なら淡々と任務をこなすだろうよ。刺客と戦うことよりも、会津藩公を生かして守りきる、これが今回の任務だからな」


「土方くん。斎藤くんに関してはまったく異論はありませんが、沖田くんを危地に立たせるのですか?」


「はあ。山南さん、あんたは頭が固いんだな。男だろうが女だろうが強い奴が強いんだよ。本人が新選組隊士をやりたがっているんだから、構わねえだろう」


 うへえ。それはそうなんですけど、土方さ~ん。お役目があまりにも重すぎて、自信がないですぅ……まったくもう、なんてスパルタブラック企業上司なんだろう。


「ふむ。総司が少々心配だが、相方に冷静沈着な斎藤くんをつけるか。それはいいな、歳。今は確か、間者仕事に行ってるんだったな。大至急呼び戻してくれ」


「さ、斎藤さんですか? わたし、あの人だけは(武田さんと逆の意味で)苦手なんですよ~」


 嫌いじゃないんです。むしろニヒルで剣がやたら強くて、好きですよ。

 でも斎藤さんって、ぜんぜん喋らないし。ゲーム中でもほとんど台詞がないし。たいていの台詞が「……」という。プロフィールも、空欄と???マークで埋まってたし。

 まったく、なにからなにまで謎の人物で、江戸では試衛館に住み込んでいたこともあった古参生え抜きなのに、剣の流派も不明。

 たいてい、どこかに間者として入り込んでるからほぼ出番がないし。

 さらに、予備動作すらほとんどない超高速居合いの達人で、気づいたら相手をズバッと一撃必殺という恐ろしさ。


 剣術マニアの永倉さんは、近藤さんは特別枠だから除外するとして、沖田総司がとにかく相手を倒す突き攻撃に特化した「猛者の剣」の使い手で、斎藤さんが一撃必殺の直後に離脱する、抜刀術によるヒットアンドウェイという死なない戦い方に特化した「無敵の剣」の使い手。この二人が新選組で一番強い剣士だって言ってたっけ。自分自身は、強いけれども才能の不足を努力で補っているから三番目だとも。

 で、その斎藤さん、顔はたぶん美男子なんですけど、前髪を伸ばしていてよく見えないしー。シャイなのかな。

 まあ、土方さんがそういう、従順で自己主張しない剣士が好きなことは知ってますけどねーっ。逆に、口答えしてくるタイプは使いづらいと毛嫌いしがち。サイコパス味がありますよねー土方さんってば。


「武田、今すぐ長州の巣に飛び込んで死ぬ気で探索してこい。監察の山崎も探っているが、あいつにはこれから斎藤を呼び戻しに行かせるから手が足りねえ。襲撃があるとすれば明日だ、もう時間がねえぞ」


「ふむ、承知しました。私とて沖田くんを危地に追いやりたくはない、必ずや長州の情報を掴んで参りますぞ。この命を捨てて! わが衆道組の諜報網にお任せあれ。土方さんに、わが愛の力を認めていただこう! ふははははは!」


 この武田さんも、新選組崩壊の過程で脱走をはかって粛清されてしまう隊士だから救わないといけないんだけれど、なぜだか今回の世界では生き延びるような気がする。なにか悲劇的な理由で倒れるというよりも、成り行きで巻き添えを食らって死んじゃうような顛末だったから、回避も容易というか。

 武田さんが喜々として走り去って部屋から消えた後、にわかに静かになった説教部屋に残された土方さんは三郎くんを呼びつけて、


「おい馬越。美男子軍団総掛かりで、武田を衆道の道に引き戻せ。総司のことをさっさと忘れさせろ。いいな?」


 と無体な命令をさらっと下した。やっぱりサイコパス味がありますよね?


「そ、そんなあ~? 僕たち、衆道趣味なんてありませんよう。みんな、女の子と恋をしたくて新選組に入ったのに……アサギロ羽織を着て颯爽と京の通りを巡邏すれば女の子にモテるかなって……」


「うるせえ。やるんだよ。武田はああいう性格だから、そちらに感心が向いたら総司のことは忘れる。面倒なのは、一本気で生真面目な野郎が総司に惚れた場合だ」


「それはもしや、ご自分のことなのでは? 土方さん」


「な、なんで俺が!? 山南さん。言っていいことと、悪いことがあるぜ?」


 三郎くんの「できませえええん!」という泣き声とともに、説教部屋タイムは終了したのだった。うーん、三郎くんってばかわいそう。あとでお団子を奢ってあげよう。


「明日が新選組にとって運命の岐路だな。総司、頼んだぞ! さてと、飯にするか歳!」


「けっ。とんだ茶番で時間を無駄にしちまったぜ」


 ええと。レアなランダムイベントだろうし、まさかほんとうに襲撃されたりしないよね?

 ただ反射神経で剣を動かすだけで、藩主さまを刺客から守るとか可能なのかな?

 わたしがしくじったら、新選組は解散……今のうちに解散したほうが土方さんたちのためにはいいような気もするけれど、でも、わたしのせいで新選組を潰しちゃうなんてやっぱり駄目。沖田総司くんに申し訳がなさすぎるよー。

 ちょっと怖くなってきちゃった……ほんものの沖田総司くん、そろそろ戻ってきてくれないかなあ?

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