御法度-2


「隊士諸君、沖田総司くんは実は女性なのだ! 故に壬生の餓狼たちから、この武田観柳斎は命を賭けて沖田くんを守らねばならない! これでもはや私と彼女の恋仲を阻む道理はなくなったあ! 重ねて沖田くんと交際したくば、この私を倒して行くがいい!」


 あ、あ、あああああ。

 戻ってみると壬生屯所の至るところに、武田さんのカン高い声が響き渡っている。

 完全に、隊内に女バレしちゃった!?

 どうしよう、どうしようと馬越三郎くんと一緒に震えていると。

 近藤さんと土方さん、そして山南さんと永倉さんが、会津藩の黒谷本陣への出張仕事から戻って来た。近藤さんはなぜか最近、白馬に乗っている。お大名気分を演出しているのだろうか。

 って、あれだけ土方さんが秘密にしてきたのに、自ら女だと暴露しちゃったなんて知れたら絶対に怒られるうううう!

 逃げなきゃ!


「総司、これはどういうことだ。おい武田、訳のわからねえことを言い回ってんじゃねえぞ。切腹させられたいのか」


「やあ、これは土方さん! お勤めご苦労様でございます! 私が意を決して沖田くんに恋心を打ち明けたところ、彼女は『わたしは実は女なのですが、それでも愛してくださりますか』と衝撃の告白を――! もちろん私はその瞬間に、男装少女もありだ、と宗旨替えしたのでございますよ。相手の性別と愛とは、無関係! 真実の愛の前には、性別などは些細なことにすぎないと! そのことを学ばせていただきました!」


「うるせえよ! 隊士どもがざわついてるだろうが! 長州の不逞浪士にまでそんな噂が流れたら、収拾がつかねえよ! 新選組の一番隊長は女だなんて思われちゃあ、奴らに舐められて俺たちは面子が立たねえ。よりによって、その総司が一番剣の腕が立って強いってのがな……」


「副長どの。そんなヤクザの面子よりも、愛ですぞ愛。愛は性別をも超えるのです!」


「殺すぞてめえ。てめえが自分で勝手に超えていたのを、勝手に戻って来ただけじゃねえかよ」


 永倉さんは「総司の秘密を隊内に吹聴して回るとは……なんという京兆不埒な男。しかもあれほど熱心だった衆道から一瞬で鞍替えとは。なんたる浮気性、むむむ」と顔を赤らめ(キレる兆候でよくないです)、近藤さんは「なんだ総司。もう喋っちまったのか? お前はまったく、嘘がつけないいい男だよがははは! ああいや、今は女だっけか!」と馬上で腹を抱えて笑っている。


 でも、新選組が誇る智将コンビ――土方さんと山南さんは、状況を正確に理解しているから、今にも倒れそうなくらいに青ざめていた。

 隊士たちに猛稽古をつけている一番隊長沖田総司が女! と知れたら、隊士たちの規律やメンタルがぐちゃぐちゃになっちゃうし、長州の不逞浪士たちがわたしをいろいろな意味で狙ってくることがわかりきっているからだ。

 武田さんは色恋に執着しているので、知恵者なのにそこまで考えていないみたい。ほんとにこの人、軍師なのかなあ?


「総司。武田。あと、誰だったか。そこの総司にくっついているお前。そうそう、馬越。すぐに密告部屋に集まれ」


 うわーん沖田さん。僕はまだ切腹したくないですう! と馬越三郎くんが泣きついてきた。いや、さすがの土方さんも一方的な被害者の三郎くんを斬ったりはしないからね? た、たぶんね……?


「まあ歳、そう武田くんを怒るな。彼はただ愛に一途な純朴な男なのだよ。むしろ衆道から女に舞い戻れて目出度いじゃあないか。新選組を乱す衆道の嵐も、これで収まるさ」


「なにも目出度くねえよ近藤さん。この野郎、近藤さんへのおべんちゃらだけで生き延びて好き放題やりやがって。今日こそは容赦しねえからな」


「土方さん、落ち着いてください。さすがに色恋沙汰で切腹は新選組といえども無理筋ですよ」


「山南さん、あんたは優柔不断すぎるんだよ。平隊士ならともかく、新選組の看板剣士・沖田総司だぞ。隊外に秘密が漏れるのも時間の問題だ。最悪の事態だぜこりゃあ」



 泣く子も黙る壬生屯所名物の密告部屋、別名、懲罰部屋。

 局長の近藤さんと総長の山南さんが見守る中、土方さんが不始末をしでかした隊士をいつもの氷のような視線でいたぶりながら、厳しく取り調べて刑罰を決めるという、と~ってもおっかない部屋なのだった。

 ヤクザだったら小指を詰めるくらいで済むけど(それも怖いけどね……)、新選組の場合、最悪「切腹」ということになるからヤクザどころの騒ぎじゃないよー。

 三郎くんはもう生きた心地がしないらしく、ずっとわたしの後ろに正座してがたがた震えている。巻き込んじゃってごめんね。


 しかし武田さんは、常にあの手この手で、お人好しの近藤さんのご機嫌を取っている世渡り上手な人なので、土方さんがどれほど怒ってもたいしたことにはなるまいと高をくくっている。

 しかも「我、男装女子に開眼したり! わが軍法はこれより二刀流となった!」と興奮していてなにを言っているのかよくわからないという、怖い者知らず状態。


 どうしようどうしよう絶対にわたしのほうが土方さんにいっぱい叱られちゃうよー自分からバラしちゃったんだしーと困惑しているわたしと、「ふはははは! わが赤心に一点の曇りなし!」と高笑いする武田さんが向かい合う形で、取り調べ(?)は進んだ――。

 だが、口から先に生まれてきたかのような武田観柳斎には、弁護士は不要。


「ふはははは! 士道不覚悟は切腹、それが新選組の法度だとは承知しております! ですが、色恋沙汰について云々されるいわれはありませんな、土方さん!」


「新選組の問題だろうが。総司が女だということを言い回られちゃあ困るんだよ武田。てめえ、ほんとうに甲州流軍学を修めてんのか? 武田信玄は自分の死を三年秘せと家臣団に命じてから死んだんだぞ? てめえは一日も黙っていられねえじゃねえかよ」


「それでは土方さんは、沖田くんが女性だという事実をずっと黙っていろと? それこそ、とんでもない横暴ですぞ! 剣の腕が立つからといって男として扱われ続けるなんて、お年頃の乙女の沖田くんがかわいそうじゃありませんか! あなたは、剣のために女を捨てろと彼女におっしゃる?」


「……もうどっちでも一緒かもしれねえがな武田、これは漏らすなよ。総司は、昔から女だったんじゃねえ。最近男から女に化けたんだよ……謎の病いだ……松本良順先生が今、治療法を調べている……そのうちひょっこり男に戻るかもしれねえ。だからもう黙ってろ。混乱している総司に言い寄るんじゃねえ」


 ひい。わたしの自業自得とはいえ、どんどんカミングアウトが進んでいくう。

 でも、さすがに「実は総司の中身は正体のわからないどこぞの未来人の小娘だ」とだけは言えませんよねー。その最後の一線だけは守らなくちゃいけないので、土方さんもやむを得ずぎりぎりのところまで情報開示したみたい。


「ほう、沖田くんの病とは女体化の病でしたか! しかし私は少年のほうが本業なので、どちらでも問題ありませんな! 沖田くんが男だろうが女だろうが、沖田くんは沖田くんだ! 性別など愛の前には無関係! それが愛というものですぞ土方さん!」


 無敵か、この人。近藤さんって、こんなにわかりやすい詐欺師系の人のお世辞にも乗っちゃうんだから、基本的に騙されやすい人なんだなー。土方さんも苦労するよー。


「うるせえ。おめえの口から、恋だとか愛だとか聞きたくねえんだよ。ぺらぺらと喋りまくりやがってよ、言葉が安いんだよ。想い人への愛情だの恋心だのってのは、てめえの心にひっそりと秘めておくもんじゃねえか。それを、ほいほいと安売りしやがって……」


 俳人か、土方さん。やっぱりツンデレだー。

 土方さんにも、実は想い人とかいるのだろうか。京では浮ついた話をまるで聞かないけれど……。


「……な、なんだよ総司。俺に想い人がいるのかなあ、なんて目つきで見るんじゃねえ。いねえよ、いねえ!」


 はうっ? 土方さんが、わたしの心を読んでいるっ?

 わたしってそんなに顔に出るタイプなのかなあ。ううう。

 でも……土方さんがなんだか動揺している。もしかして好きな人がいるんだろうか? いいなー誰だろう。女性にとって高嶺の花だよねー土方さんって。容易に人に懐かないかわりに、いったん心を開いたら一生大切にしてくれそうだし……羨ましいなあ。


「わっはっは! 話が色恋沙汰となると、さすがの歳にも妙案はねえか。武田くんは、総司と交際したくば自分を倒せと公言しているのだから、その通りにすればどうだ?」


「おいおい、誰を武田と戦わせるんだよ。隊士が入り乱れての殺し合いになるぞ、やめてくれ近藤さん」


「いやいや、そうじゃねえよ歳。総司と武田くんを戦わせればいい。武田くんが勝てば交際。負ければ失恋だ。それでどうだ武田くん?」


「えっ? い、いや、私は剣術のほうも達人級ですが、愛する女性を相手に竹刀や木刀を振るうなど決してできませぬ故、それはご容赦……愛は人を無力にするものなのです、近藤先生。うっ、沖田くんから一本取った姿を想像しただけで胸が痛い……腹までが痛む」


「仮病を使ってんじゃねえぞ武田。おめえが落とし穴だの毒針だのを使わずに総司に勝てるわけねえだろうが。さっさとここで立ち合え。それで終わりだ」


 お腹を押さえて悶える芝居をしながら、ふはははは、まだ「毒入り団子」を立ち合い前に沖田くんに食べさせるという奥の手もございますよ、と武田さんは小声で呟いている。

 卑劣! 卑怯! なんでもありか、この人は。

 そういう卑劣な真似とか頭にない近藤さんは「やはり最後は剣で勝負だ、わははは!」と楽しそうだけれど――。


「待ってください。それはなりません」


 山南さんが、立ち合いの準備をはじめた二人の立ち合いを制止したのだった。

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