御法度-1
近藤さんや土方さんたち試衛館組は、いわゆるノーマルな殿方ばかりなんだけれど、京で新たに入隊した隊士の中には衆道趣味の持ち主がいた。
衆道は、多摩の田舎者軍団には無縁な文化だけれど、この世界の武家では割とあることらしい。
史実での新選組でも一時期大流行して、衆道趣味がまったく理解できない近藤さんが「隊が乱れている」と頭を抱えたほどだという。もしかして局中法度で「私闘をしたら切腹」と決まった一因だったりしてね。
思えば、織田信長に森蘭丸あり、武田信玄に高坂弾正あり、だものね。
それにしても、新選組の衆道派はどんどん勢力を増してきていて、男装しているわたしも狙われている。
とはいえ、男性プレイヤーをメインターゲットに絞ったヤクザゲー外伝の「侍死」では、男性に受けない衆道エピソードはサブシナリオとして存在こそすれ、メインシナリオに関わるようなものでもないし、それほど目立っていなかったのだけれど……?
薩摩藩のお稚児さんネタは、薩摩剣士の猛々しさと異質ぶりを推すためにプッシュされていたけれど、新選組内部でそれをやっても大半の男性プレイヤーはノンケだから楽しくないだろうという制作陣の判断でオミットされていたはず。恐らくは。
その点は、衆道どんと来い! な作品もある乙女ゲーム系の新選組ものとは大違いだったんだよねー。
どうも、わたしというイレギュラーな存在のせいで、「侍死」本来のルートとはやはり少しずつ展開が違ってきているのかもしれない。元来が「侍死」世界な分、乙女ゲームの綺麗な衆道と違ってヘンにリアルなのがやだなあ……。
衆道派のリーダーは、五番組隊長、武田観柳斎。
甲州流軍学を修めてきたというインテリで、気障な総髪男だ。どこか、由井正雪っぽい。
蜥蜴風味というか、いかにも謀叛人っぽい顔をしている。
実際、途中で旗色が悪くなった新選組から抜けようとして斎藤さんに斬られちゃうし。
その武田観柳斎さんが、有馬から屯所に戻ってきたわたしを門のまで待ち構えていた。
扇子を振りながら。戦場では諸葛孔明のようにこの扇子一本で軍勢を動かすのだとか。
「やあ、沖田くん。身体の具合は良くなったかい? 私は心配で心配で、食も喉を通らないほどだったよ」
白い歯を煌めかせながら微笑む武田さん。
わたしを男だと思い込んでしかも狙っている人でなければ、うんまあ、爽やかイケメンですねという感想なんだけれど。
いやー、困ったなあ。
前世では一度も男子に口説かれたことがないのに、まさか男の子になったとたんにこうなるとは。
まあ、沖田総司だしね……仕方ないよね……美少年税だよね……って、どうしよう?
「ど、どうもお久しぶりです武田さん。あは、あははは……あ、これ、有馬のお土産です」
「つれないなあ沖田くん。いつになったら私の想いを受け入れてくれるのかな?」
「おおお想いってなんでしたっけ? 隊士が衆道に走ったら切腹ですよ? 土方さんが最近そう決めたみたいで!」
「は、は、は。土方くんはなんでもかんでも切腹すれば武士らしくなれると勘違いしているのだ。聞き流したまえ沖田くん。私は純真なきみを弄ぶつもりは一切無い! 真剣に交際してほしいと思っているのだよ!?」
「よけいに重いですう! わたしにはそういう趣味はないので、どうか『ごめんなさい』の一言で勘弁してくださいよー!」
「ほんとうかい? 実はきみは有馬温泉で土方くんと逢い引きしていたという噂を、原田左之助くんから吹聴されたのだがね。私はもう、気が気でなくて」
「……左之助さん……どうしてあの人は、話をぐちゃぐちゃにしたがるんだろう……うっ、頭が……」
なかなか門を通してもらえないうちに、隊士たちが続々と集まってきた。
半分は「沖田さんお帰りなさい!」とフレンドリーな隊士だが、もう半分は、
「武田先生といえども抜け駆けは許せませんよ!」
「沖田さんの赤い糸に繋がっているのは自分の小指です!」
「武田先生、死んで頂きます!」
わたしを男の子だと信じている、熱烈な衆道派の隊士たちなのだった。
あれ? こんなにいた? いつの間に増えたんだろう?
「フッ。甘い甘い、大甘だな諸君! 沖田くんに交際を申し込みたいというのなら、この武田観柳斎を斬ってからにしてもらおう!」
「それでは、御免! うわっ……足下に落とし穴が……!」
「おのれ、なんと卑劣な! ぐわっ、二階から瓦が振ってきた!?」
「ふはははははは! 甲州流軍学の神髄を収めたこの私を青二才どもが倒そうなど、笑止千万! 戦いとは、どんな卑劣な手を用いてでも勝てばよかろうなのだ!」
あ、あああ。
武田さんに挑んでいく隊士たちが、続々と落とし穴に落ちたり瓦の雨あられ攻撃に倒れたり。
えー? 新選組では、隊士同士で私闘をしたら切腹なんだけど……いいのかな?
「問題ない沖田くん、私の身を案じてくれてありがとう! 私はなにもしていないからね、剣すら抜いていない。知略と罠でお邪魔虫を排除してみただけさ、はっはっは!」
「……卑劣にも程があるような……って、勝手にわたしを賞品にしないでくださいよ?」
「さあさあ。この武田観柳斎を倒せる者があるか! ふはーははっははは!」
うわー。屯所が死屍累々と化しつつある。
土方さんや近藤さんはなにをしているんだろう。
「いるわけがない。局長や土方くんが会津藩のもとに出払っている隙を窺って、私の恋敵を一掃する罠を張ったに決まっているじゃないか。軍学とは鬼謀だよ、はっはっは!」
「ふええええ。もう勘弁してください~! わわわわたしに接近したら手が勝手に剣を抜いちゃいますから、危険ですよ?」
「沖田くんの剣に斬られるのならば、わが生涯に悔い無しだとも! ふはーはははは!」
ああ。駄目だ。「危険人物」認定しちゃった相手が間合いに入ってきたら、ほんとに勝手に身体が反応しちゃうし。いくらなんでも衆道家に言い寄られたからって、武田さんを斬るわけには……わたしも切腹じゃん?
うん? 誰かに、手を引かれている?
「沖田さん、こっちです。隠れ家へいったん避難しましょう!」
「え? きみ、誰だっけ?」
こんなあどけない前髪の子供みたいな隊士、いたかな? はえ~かわいいなあ。
「僕は、馬越三郎と言います。しがない平隊士ですが、沖田さんの同士ですので信じてください。さあ、走って逃げましょう」
「きみは馬越くんではないか! そうかそうか、私の愛情が沖田くんに集中してしまって、きみのことをおざなりにするのではないかと心配で焼き餅を焼いているのだな。決してそんなことはないから私を信じたまえ、ふはははは!」
「……このように、僕も武田さんに言い寄られている、武田観柳斎被害者の衆の一人なんですよ」
「ああ、なるほど……わからないでもないけれど……いやあ、土方さんや近藤さんとは無縁な世界。まさしく裏新選組だなー」
もはや、完全に「侍死」のメインルートと違う方向に突き進んでいるようだとわたしは確信していた。そのこと自体はいい兆候なんだろうけど、わたしの秘密と貞操がどっちも危ないよ……!
わたしは馬越三郎くんと手を取り合って、屯所からいったん逃げた。
会津藩に出向いている近藤さんと土方さんが戻ってくるまでの間、「武田観柳斎被害者の衆」が密かに借りているという隠れ家の土間に身を潜めることに。
新選組の運命を変えなくちゃならないのにー。
わたしって、いったいなにをやってるんだろう。
土間には空っぽの樽がいくつもあって、その中に「被害者の衆」が大勢隠れていた。
みな、年端もいかない美少年だった。
ええっ? 新選組って、こんな子供たちがいっぱいいる組織だっけ?
「侍死」だと、平隊士たちってほとんどが目立たないモブキャラだから、知らなかったよー。
若いのになんでこんな物騒な組織に就職したんですか、とお説教したくなったけれど、人それぞれに理由はあるよね。開国してから物価高で、みんな生活苦しいし。わたしたち試衛館組も同じだもんねー。
「一番隊長の沖田さんをお連れしたよ、みんなー」
「こ、こんにちは。皆さん、大変ですね。あはは……」
「ああああなたが、あの武田観柳斎が生涯の伴侶に勝手に選んだ沖田さん!」
「こうして間近で見るのははじめてです! 素敵な人だなあ。こんなに愛らしいのに、剣の腕は新選組でも一番だなんて」
「さすがの美形ぶりだ。それに、なんだか……年上の人のはずなのに、かわいいなあ」
「あ、あれれ。僕たちが衆道趣味に目覚めそうだ。これじゃ被害者の衆じゃなくて加害者の衆だよ?」
「やだー、武田観柳斎と同じ種類の人間にはなりたくないよー! 僕たち、女性と交際したこともないのに!」
「最初の相手が武田観柳斎になっちゃったら、一生衆道から抜けられなくなるらしいよ」
「おっかないなあ~」
なんだか知らないうちに、既に大勢の「被害者」が土間に集まっている。
有馬温泉へ行く前は、ここまでじゃなかったと思うんだけれど。
あれほど慎重で疑い深い土方さんが、どうして衆道派の跋扈をこれだけ拡大させてるんだろう。
あーそうか。妹のわたしを守るので手一杯なのか。
そもそも、土方さんとか近藤さんって、衆道趣味にいっさい興味もないし理解もできない手合いだよね。多摩のお百姓さんにはない文化だもの。性格的にも、男の友情と男女の恋情は別物だときっちり線引きしそうだし。
なにが楽しいのかもわからないから、どうすれば防げるのかもわからないよねー。
わたしは二次元限定だけど、オタク女子の必須科目として腐女子趣味もそれなりに嗜んだことがあるから、なんとなくわからないでもないけれど。
リアルな現実ではうーん、まだ恋も知らないお子さまに迫るのはよくないと思います。あくまでも大人同士の趣味だよね。
「沖田さん。この僕、馬越三郎が一応被害者の衆の隊長ということになってるんです。最初に武田さんに狙われたから、という理由ですが。どうすれば自分たちの身を守れるか考えましょう」
「どんどん過激化してますもんねー。同好の士も増えてるし」
「土方さんに何度も言いつけたんだけどー」
「馬鹿臭い、ほっときゃいいだろう、で終わりなんですよー」
「男同士の色恋沙汰なんざ知るかよ、女と遊んでろ、って取りつく島もないんですよー」
「近藤先生は、そういう文化もあるのかぁ、さすがは京の都だな! と笑ってますし」
「でも、いよいよ沖田さんが賞金首にされたと知れば、土方さんも本気で立ち上がってくれるはずですよね?」
「なにしろ沖田さんのお兄ちゃんですもんね!」
「なんだか、沖田さんを猫かわいがりしすぎていて、武田さんがえらく嫉妬していますが」
「まさか、ほんとうに沖田さんと土方さんって、そういう仲なんでしょうか?」
「武田さんと違って土方さんなら、ありかあなーと思いますけどね」
「あの人、チャラチャラしてそうに見えて、案外一途そうだものねー」
「はっ? いけない。勝手に頭の中でよくない妄想しちゃった!」
ぎくっ。
そ、そうだ。ショタ軍団に囲まれてほわーんとしている場合じゃなかった!
「わ、わたしから土方さんに泣きついてみますよー。みんな、安心して?」
「土方さん、いきなり武田さんを斬ったりしませんよね?」
「先代の芹沢局長も、噂では実は女遊びや暴力が酷いという理由で、鬼の副長の土方さんにばっさり斬られたって」
「衆道派被害者の衆とはいえ、武田さんを斬るのはちょっと気が引けます」
「弟分の沖田さんを本気で狙いはじめたから、怒って斬っちゃうかも……」
いやー。芹沢さんを実際に斬ったのはわたし、というか沖田総司くんなんですけどね。
芹沢さんは神道無念流の達人なので、総司じゃなきゃ危ないだろうって土方さんが言うもんだから。
でも、言えない……この子たちには言えない……。
しかし、もっと言えない秘密がわたしにはあるのだった。
そう。わたしは、女の子なのです。騙してごめんなさいごめんなさい。
みんな、わたしをちらっと観るだけで照れてしまって、「僕たち、もしかして」「衆道趣味に既に目覚めている?」「武田観柳斎の趣味が移っちゃってる?」と半泣きになっている。
あああ、罪悪感。
うん? 待って?
そうだよ。どうして気がつかなかったんだろう。
解決策なら、あるじゃん?
「みんな。これはほんとうは秘密なんだけれど、武田さんが本気で迫ってきた今、もうこの衆道趣味界隈では公表しちゃったほうがいいかなと思うから、打ち明けちゃうね?」
「なんですか、沖田さん?」
「や、やっぱり、土方さんとそういう関係なんですか?」
「僕、ドキドキしてきちゃった」
「違う違う。実は――わたし、女の子なの」
「「「「えええええええ!?」」」」
土方さんが「なんで公表するんだよ馬鹿かてめえは」と激怒している顔が脳裏に浮かんできたけれど、このことを武田観柳斎に教えれば諦めてくれるというか、「なんだ女だったのか」と幻滅して百年の恋も覚めるってものでしょ?
男女どちらもイケる口、という感じのキャラでもなさそうだし。
「嘘でしょう? しょしょしょ、証拠はあるんですか沖田さん?」
「だってあんなに強いのに、おおおお女だなんて、そそそそんなことが」
「ひひひ土方さんや近藤先生はそそそそのことをししし知って」
「うーん。きみたちはまだお子さまだし、被害者同盟の同士のきみたちにだけこっそり秘密の一端を見せてあげよう。ちらっ」
「えーっ? 胸にサラシを巻いているー!? 谷間、谷間があるっ?」
「嘘ーっ? うわあああ、どうしたんだろう僕、急に鼻血が……」
「ほんとうに女の子だったんですかーっ!? かわいすぎる、妙だなとは思ってたけど」
「道理で、いい匂いがするはずだ!」
「駄目だ、僕は恋に落ちそうだ!」
「俺はもう落ちた!」
「おおおお沖田さんの手を、そうとは知らずに握りながら走っちゃった! すみませんすみません!」
「武田観柳斎にこの秘密を教えてやろうよ! それで沖田さんは開放される!」
「そうだそうだ、僕たちのことはいいから沖田さんを安全な立場に戻さないと!」
あ、そっか。わたしが助かっても、この子たちは助からないままなのか……どうしようかなあ?
ところが――事態は、そう簡単には解決しなかった。
わたしたちはお喋りに夢中で、気づいていなかったんだけれど。
この時既に、隠れ家の土間に武田観柳斎が乗り込んできていたのだった。
さすがは策士。四方八方に同士を放って、わたしの潜伏先をたちまち突き止めたらしい。
その智謀を新選組のお仕事のために使ってくれないですかね?
で、武田観柳斎も期せずしてわたしの正体を知ったわけだけれど。
「な、なんとおおおおおおっ!?」
「「「「わーっ、武田さんだーっ!?」」」
「沖田くんに、そのような秘密があったとはーっ? この武田観柳斎をもってしても、見抜けなかった! 不覚!」
ひいっ? あなたにサラシを見せるつもりはありませんでしたから! 痴漢! 覗き魔! まあでも、これでわたしへの興味を無くしてくれるだろうから……。
「えーと、武田さん。そういうわけですので、残念ですが諦めてください。沖田総司は女の子なんです」
「なんたること! 私は今まで、人間世界の半分しか見えていなかった……剣術にあけくれる男装女子が、これほどに魅力的だっただなんて!? そうだ。彼、いや彼女こそは少年と少女のいいとこどりではないか! 沖田くん、ありがとう! 私は今、人生の新たな扉を開かれたよ!」
「……は?」
「私は少年だけではなく、男装女子も、好きだああああああ! 沖田くん、男と女ならばもはやなにも問題はない! さあ、私と結婚を――」
「ひいいいっ? 事態が悪化してるうううううっ!?」
「「「「沖田さん、逃げてーーーー!」」」
どうして突然開眼するんですかあ? 剣術使いの男装女子とか、そんな超狭い扉なんて開かなくていいですから! っていうか、そんな特殊属性を持っているキャラって、「侍死」の世界にはわたししかいないじゃないですかー!
「愛から逃げてはいけない、沖田くん! 私が愛を教えてあげよう、人は剣だけでは生きられないのだよ! ふはーっはははははは!」
「勘弁してくださいってばーーーー! 他の剣術男装少女を探してください!」
「「「沖田さん、逃げてーーーー!」」」
事態は、ますます危険な方向に。
こうなると、そう。
土方さんが激怒するターンに入ってしまった。
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