新選組で過ごす日々-9


 いやー。驚いたー。ほんとうに覗かれていただなんて……でもまあ平助ちゃんだけなら、まあ、まだぎりぎりセーフかなー。男子小学生みたいなものだし。

 現行犯逮捕された左之助さんたちは切腹は免れて、壬生の屯所に戻されたんだけれど。

 鬼の副長・土方さんだけが有馬に居残って、わたしの部屋でさんざんお説教を開始することに。ああ、やっぱりこうなるのね。誰かが怒られないと終わらないよねー。

 あああ、わたしの一週間の温泉ツアーがあああ。


「あのなあ、総司。あのガサツな左之助が親切心からお前に有馬温泉行きを勧めるわきゃ、ねえだろ。チョロすぎるだろう、お前」


 って、わたしは入浴シーンを覗かれた被害者なんですけどっ?


「おめえはつい先日まで男だったから仕方ねえが、とにかく脇が甘すぎるんだよ。永倉は口が堅いから大丈夫だろうと俺も油断していたがな。まさか平助がああいうことになっちまって、うっかり左之助の前で喋っちまうとはなあ」


「ななな永倉さんは、平助さんを思って、つい喋ってしまったんだと思います。決して悪気は……」


「ああ。そいつはわかっているが、まったく厄介なことになってきたぜ。きつく三人を叱っておいたのでしばらくは大丈夫だがよ。いずれ屯所中に、おめえが女になったと知れ渡ることになるぞ」


「な、なりますかね?」


「あの三人を斬らない限り、そりゃあそうなるさ。鈍感だが口が軽い左之助に知られちまった以上はな――祇園でおめえが芸姑に化けて美人ぶりを発揮したという噂もあるし、今ならば左之助の話をみんな信じるだろうよ」


「やっぱり? わたしもそうじゃないかなーって実は思っていたんですよー」


「やっぱり、じゃねえよ。どうする総司。大勢の平隊士たちに女バレした時の対応をよ。隙だらけのお前にできるのか?」


 これでも一応、前世では女子高生でしたからお任せを、と思ったけれど、そうだった。

 前世では、男子に言い寄られた経験がなかった!

 どどどどうしよう? わたしってば、男子に免疫なさすぎ? ゲーム画面上の平べったい男性キャラには耐性あるのに、立体は駄目だー。2.5次元の舞台だって眩しくて直視できなかったものね。

 うわー。意識してきちゃった。薬売りに化けた土方さんも、イケメンすぎるー。ここは二人きりの温泉旅館の一室……あっ、いけない。ヘンに意識しちゃうと緊張しちゃう。


「ほらよ、おめーは隙だらけだ。簡単に男に距離を詰めさせるな」


 ぎゃあああああー?

 あの土方さんが壁ドンして、わたしの目の前に急接近しているうううっ?


「乙女ゲームあるある展開」だけれど、ハードボイルド世界の「侍死」では、こんな男同士のときめきシーンはなかったー! 基本的に殺し合うか殴り合うか怒鳴り合うか、だったもの!

 っていうか、壁ドンってドラマや漫画だけのイベントじゃなかったんですか?


「ひひひ土方さん、鼻血が出そうなのでやめてくださーい!」


「おいおい、なんで鼻血が出そうなんだよ? 馬鹿かてめえ。まだ身体が女になったばかりなのに、もう心まで女になっちまったのかよ。気持ち悪いことを言いやがる」


 うあー。土方さんにそんなふうに思われるのは辛いー。というか、ほんものの沖田総司くんに対する風評被害すぎるー。二人の絆をわたしのせいで破綻させたくないよー。

 わたしは(めちゃくちゃ怒られて切腹させられたりして)と怯えながらも、やむを得ず土方さんに真実をこっそり打ち明けることにした。

 すなわち。


「――な、なんだってえ? おい、冗談だろう? 沖田総司の中に、武士でもなんでもねえ町娘の魂が入っている。それが今のお前だって言うのか!? それじゃあ、おめえは偽者じゃねえかよ!? ほんものの総司はどこだ!?」


 ほら、やっぱり怒ったーーーー!

 ええと、壁ドンポーズだけでも解除してくれないかな。心臓が保たないです。


「ですからわたしは一応、ほんものの沖田総司です。ただ、身体が一部変化して女の子になってるのと、目覚めている意識は沖田総司さんではなく、某匿名女性のわたしだということで……二人でひとりと言いますか。剣を抜くと身体が勝手に反応してくれますので、きっと沖田さんの魂はまだこの身体の中にいるんだと思いますよ?」


「要は、総司自身はずっと眠ってるってことか。で、結局お前は誰なんだよ!?」


 いやあああ! 拷問されるううう! 荒縄で縛られて逆さに釣られて足の指の間に釘を打たれて蝋燭を垂らされるんだー! 「侍死」の土方さんといえば、無表情のまま容赦なくやらかす残虐な拷問だもんね! 乙女ゲームの土方さんよりも責め方がハードコアで、怖いよー!


「なにが蝋燭だ、馬鹿っ! 俺が女にそんな真似するはずがあるか! だから、お前はいったい誰なんだ?」


「は、はいいいいっ! わたしは、新選組大好きなただのしがない町娘です! 剣術はド素人です! あと、えーと、ゲーム世界の外から来たプレイヤーで……」


「異人言葉を連呼するんじゃねえ、意味がわからねえんだよ!」

 ううう。ここはコンピューターゲームの世界ですと説明したくても、幕末に「ゲーム」なんて言葉はないわけで。

 それに、明らかにここは「侍死」の世界だけれど同時に「現実」の世界だし……。


「ええとええと。ざっくり簡単に言えば、わたしは未来から来ました!」

 厳密に言えばここは「過去」の世界ではないが、過去の幕末を舞台にしたゲーム世界だから、昭和ヤクザ語が飛び交うなどあちこちオリジナル展開が入りつつも、基本は史実ベース。だいたい合ってると思う。


「はあ? 未来いいいい? なんだ、そりゃあ。てめえ、俺を謀ろうとしてんのか?」


「ほんとなんですよー! わたしは、二十一世紀から来ました!」


「異人の暦とか知らねえんだよ、俺は! そいつはいつ頃なんだよ?」


「だいたい今から二百年後くらいです!」


「……嘘だろ? だいいち、なんで二百年後の未来の町娘が、新選組なんぞに詳しいんだよ。こんな、野良犬みてえな荒くれ者の小さな集団なんぞによ。おかしいじゃねえか」


 すみません、実は今が西暦何年なのかわたしのほうも知らないんですう。二百年も経ってないかもしれませーん。間違ってたらすみません土方さん。


「あの、その。未来の女子たちの間では、新選組は大人気なんですよ? 特に洋装が似合うイケメン美男子写真がばっちり残っている土方さんがダントツです! 二番手が若くて無邪気な沖田さん、三番手が知的で親切な山南さんか、某漫画の必殺技で有名な斎藤さんですかね? 近藤さんは、その~、写真に映っている姿がほら、ある意味人間離れしているので男人気の一番手って感じですかね……あは、あははは……ですからわたし、新選組の未来も知ってます!」


 ああ、写真か。以前、近藤さんが白粉を塗って撮影していたっけ。俺も撮影なんぞするのか面倒臭え、と土方さん。


「撮ります。撮りますよ……ちゃんと未来にまで遺されていますよ。それは、その……土方さんが、その……」


 死期が来たと悟って「遺影」として撮影して、愛刀の和泉守兼定と一緒に多摩の実家へと送ったものなんです、とはわたしはとても言いだせなかった。思いだすだけで心が痛む。


「……けっ。新選組の面子はどいつもこいつも悲惨な末路を辿るって言いたげだが、我慢してそうだな、お前……仲間を失いたくないってのは、そうか。そういうことかよ……」


 うえええ。さすが土方さん。顔色でバレちゃった。わたしってば隠し事が苦手だから。

 参ったな、と土方さんが深いため息をつく。あの、わたしの鼻先に当たってるんですけれど。ああ、駄目だ。そんなことを今意識しているのはわたし一人だけだ。恥ずかしい……!


「俺も薄々、幕府はもう駄目かもしれねえとは勘づいていたがよ。京に来てわかったが、徳川は西国では人気がなさすぎる。そもそも、俺たちみてぇな野良犬浪士に捨て扶持を与えて長州の志士を狩らせている時点で、いかに江戸の旗本八万騎が役立たずかを証明しているようなもんだ。徳川の屋台骨は、とっくに腐っちまってるんだよ。だが、武士たる者、今さら主君を裏切る訳にはいかねえ。最後まで徳川に尽くさねえと、近藤さんも俺も誠の武士にはなれねえ」


「は、はい。だから土方さんに、隊士を切腹させないでほしいと……その……局中法度に違反したら切腹という厳しい運営を続けていると、新選組はいずれバラバラになっちゃうんです! たくさんの隊士が死んじゃいますし! わたし、その未来を見てきたんです……! わたしは、絶対にそれだけは嫌なので、隊に残ってるんですよー!」


「おいおい。お前、近い! 顔が近い! それでも乙女かよ? 畜生、俺が動揺してどうする」


 土方さんはやっと壁ドンポーズを解除して離れてくれたが、「はああああ……」と頭を抱えながら石田散薬をお茶で飲みはじめた。頭痛が酷いらしい。知恵熱だろうか。


「あのな。誰が、『わたしは未来から来ました』と長年の弟分に突然言われて、そうだったのかと信用するんだよ」


「それもそうですが。ほら。わたしが女の子になったことが、動かぬ証拠です!」


「ほんものの総司と丸ごとすり替わったんじゃねえだろうな?」


「ギャー、やっぱりそう思われますよね? でもでもほら、剣の腕は沖田総司ですよ!」


 総司の剣は誰にも真似できねえ、お前の剣術が総司のものだということは確かだが……と土方さんはまた深いため息をついた。


「……それじゃあ、俺が今までやきもきしていたのはなんだったんだよ。おめえの中身が総司でなくて町娘のそれなら、俺ぁいったいなにを悩んでいたんだ。意味がねえじゃねえか、ふざけるなよ」


「ほえ? やきもきとは、なんですか?」


「なんでもねえよ! ……総司の身体に未来から来た謎の町娘が融合して、ふたりで一人状態になったと言うことか。で、本体は町娘のほうだと。だがなあ……その話を信用するに足る情報はなにかねえのか? 近々京でなにか起こることを知っているなら、今ここで吐け。さもなくば」


「さもなくば、逆さづりにして蝋燭で拷問ですかーっ? いやーっ! いくら土方さんでも、そんなハードコア拷問はいやー! せめて、せめて石抱きの刑くらいで勘弁してください!」


「しつっこいんだよ。俺ぁ、女にはそんな真似しねえつってんだろ! 未来での俺の印象って、どんなものなんだよいったい!?」


「ひいっ? 壁ドンから床ドンに、流れるように移行してるうううう!? もしかして、縛る準備ですかっ?」


「違う、お前の言葉が要領を得ないからイラついてるんだ!」


 あああ、頭がぐるぐるして混乱するうう。信用してもらえる情報。未来の情報。あまりにも遠い未来だと意味がない。もうすぐ来る、近い未来の情報……と、なれば……。


「言います、言いますけど誰にも漏らさないでくださいっ! 近々池田屋で、長州や土佐の危ない不逞浪士たちが一堂に会します! 京に火を付けて帝を誘拐しようとか、幕府に京の治安を命じられて新選組を雇っている会津藩公を暗殺しようとか、いろいろと過激なことを企んでいるみたいですう!」


 あああ、憧れの土方さんに床ドンされると、ぺらぺらと喋ってしまう。わたしってばやっぱり男性への耐性がないんだなあ。

 ちなみに、この長州志士たちの過激な陰謀の内容は、新選組が捏造したものだとも言われているけれど、「侍死」では「事実」として描かれている。状況証拠からも、完全な捏造というわけではなかったみたい。


「池田屋で? ほんとうか? そいつらを一網打尽にすれば、新選組は一躍武功を立てられるじゃねえかよ? 信用していいんだな?」


「あっ、でも。池田屋で新選組が不逞浪士の皆さんを斬りまくると、長州藩が激怒して京に攻めてきて、『禁門の変』とか『蛤御門の変』とか呼ばれるほんものの戦争になっちゃうんですよ。京の町は丸焼けに。それからもう、日本は収拾がつかないことに……」


「応仁の乱のような大戦になるのか。そうなりゃあもう、剣客集団の新選組なんぞに京の政局は制御できなくなっちまうな」


「は、はい。他にもいろいろなことが起こるんですが、池田屋の件で新選組は長州から目の敵にされ、いずれ京を捨てて北へ逃げることに……で、ですから、池田屋を襲撃するのは駄目です」


 ただの町娘にしては微妙に政局に詳しいじゃねえか、もしかしてほんとうに未来人なのか? だが、もう少し詳しけりゃあ助かるんだが、ほんとうに微妙だなあとと土方さんが目を細めた。せっかく未来から来たのに「微妙」なのが残念ですみません。


「かと言って、そろそろ手柄を立てねえと新選組は会津藩に捨てられて不逞浪人の集まりに逆戻りだぜ? 芹沢鴨を斬って解散はとりあえず免れたがよ。幕府は、腕に自慢がある江戸の旗本たちを選抜して京都見廻組を結成し、新選組から巡邏の仕事を奪うつもりだ」


 ううう、そうでしたね。ありましたね京都見廻組誕生イベント。

 でも、今はそういう縄張り争いをしている場合じゃないんですよお。


「実はそのー、幕府は長州に戦争で負けちゃうんです。新選組も最後まで抵抗しますが壊滅です。今のうちに江戸に帰ったほうがいいと思いますよ? 池田屋で暴れたら、もう後戻りできませんから」


「逃げろだと? てめえ! 未来から来ておいて、その言い草はなんだ!?」


「ひいいい。すいませんすいません! まるで寝込みを押し倒されているようでアレなのですがっ?」


「いいか? 江戸に戻っても、試衛館なんていう芋剣術道場にはもう仕事なんてねえよ。だから京まで出稼ぎに来たんだろうが。長州との喧嘩に勝つ方法を考えろよ。未来が見えるのなら、なんとかなるだろう!?」


「無理ですう。わたし、ただの女子高生でしたからー! 幕末の政局とかよくわかんないんですー! ただ、長州と正面から喧嘩するのは駄目だと思いますー! なんとかうまく付き合って、幕府と仲直りさせて手を組ませて、新しい政権を一緒に作るとか……無理……ですかね? そうですね、甘すぎますよね……?」


「あいつらはなあ、攘夷攘夷と騒いで勝手に異国と戦争をやらかしやがった。あまりに過激すぎると帝の怒りを買って京から追い出された今は、なにもかも幕府のせいだ会津のせいだと逆恨み骨髄。帝を奪って討幕する気まんまんなんだ。お前の池田屋の話、辻褄だけは合っている」


「は、はい。わたしも、その程度の知識はあります。でも、そこをなんとか穏便に~」


「だいいち仲良くするったって、長州はもう武装蜂起の準備中なんだろう? いったいどうすりゃいいんだよ? 会津藩公をむざむざ暗殺させろとでも言うのか?」


 えーと、会津藩公のことは京都見廻組とか会津藩士にお任せして、このまま放置すれば……これ以上土方さんを怒らせたら床ドンでは済まなさそうなので、これは言っちゃ駄目な回答だな。


「つーか、新選組の仕事をなんだと思ってるんだお前は。長州の野郎どもを接待するのが仕事じゃねーんだぞ。捕まえたり斬るのが仕事だ。俺たちは、剣しか使えねえんだよ」


「それは思い込みですよ。土方さんは、銃も洋式歩兵も自在に使いこなせますよ。俳句の才能はありませんが、戦争指揮官の才能があるんです。わたし、知ってるんです」


「……俳諧の才能が、俺にないだと……? そんな馬鹿な? 未来では俺は、尊皇攘夷時代を代表する俳諧師として名を遺してるはず……」


「黒歴史と化した下手な駄句を、未来永劫嘲笑されるんですよ。あ、口が滑っちゃった」


「だーっ! お前が女でなきゃあ、ぶったぎってやりてえよ!」


 土方さんはいよいよ困惑している。悩むイケメンってかっこいいよね。でも、その、いつまでも床ドンのポーズはわたしの心臓が保たないんですが……。


「とにかく、このまま普通にお仕事を進めていけば、その……こ、こ、近藤さんも。ひ、土方さんも……し、し、し……わたし、そんなの絶対に嫌なんです。うっ……ぐすっ……」


「まだ実現してねえ未来を思い浮かべて泣くなよ! 武士が戦に負けたら、死ぬのは当然だろうが。まったく面倒なことになりやがったなあ。新選組好きで未来人を自称する謎の娘が総司の身体の中に入ってるだなんて、手に負えねえ。せめて身体が男のままだったらな……」


「き、斬らないんですかあ?」


「お前は女になってはいても、総司本人の身体なんだろうが。総司を斬れるか、馬鹿。それに俺ぁ、女を斬ったりはしねえって言ってるだろう。俺は多摩石田村の百姓の倅だが、魂だけは誠の武士であるつもりだ」


 うう。さらっとそんな気障な台詞。かっこよすぎる、土方さんっ! あっ駄目、鼻血が……。


「……なんで鼻血を出しまくるんだよ。おめえ、総司に取り憑く病以外にも、他に妙な病にかかってるんじゃねえだろうな?」


「いえいえ。前世では超健康でしたよ! そこだけは唯一、ほんものの沖田総司くんより勝ってるかなって? それに未来では、労咳もおおむね治せますよ? よく効く治療薬が開発されましたから!」


「そうか。総司はやはり、労咳だったのか? 京に来てから、妙な咳をするようになっててな」


「は、はい……実は、その……あと、数年の命でした」


「あと数年? そんなに悪いのか? あいつは、いつもにこにこ笑って楽しそうにしてるもんだから、俺ぁもう少し軽いと……そうか。俺は兄貴失格だな……」


 もう。この人ってば近藤さんと沖田総司のことになると、あまあまなんだから。

 わたしを悶死させるつもりだ、そうに違いない。


「沖田くんは、土方さんに心配をかけたくなかったんですよ! でも妙ですけれど、わたしの魂が中に入ってからはなぜか見事に健康体です。どうも、わたしの健康さが引き継がれたみたいです! 性別の違いも引き継がれちゃいましたが」


「……そうか。総司は本来の運命では病でじきに死ぬのか。それじゃあお前は、労咳の治療法が見つかるまでは勝手に総司の身体から抜けるんじゃねえぞ。抜けたら、追いかけて捕らえる。そして総司の身体にまた入れ直す。総司の身体から脱することを禁じる、と局中法度に書き足しておくからな」


「わたしは自分の意志では抜けられないんですよー! どうして入ったのかもぜんぜんんわかりませんっ! ただ……」


「ただ?」


「土方さんたちの死の運命を変えるためなら、頑張れますっ! なにしろ沖田総司には天下で一、二を争う剣の腕がありますし、きっとお役に立てると思います!」


 確かに喧嘩の役には立つがなあ、肝心の歴史知識がなさすぎて未来人である意味がねえよと呟いた土方さんが、


「でもまあ、その気持ちだけは有り難いと思ってるぜ」


 と囁きながらわたしの襟元を掴んできた。

 ひいっ? ついに拷問の時間ですかっ?

 だが、土方さんはふと(いけねえ)と小さな声で漏らし、慌ててわたしから身体を離していた。


「ちっ、まずい。一瞬、もとは総司の身体だと言うことを忘れかけた。てめえは、すっかり半端な存在になりやがって。紛らわしいんだよ。総司と町娘に分裂しろよ!」


「すみませんすみません。それができないので~。って、いったいなにをしようとしてたんですかっ?」


「なんでもねえよ、ちょっと昔の手癖がでかかっただけだよ。京に来てからは女と遊んでる暇なんざなかったから、うっかり油断していただけだ。とにかくだ」


「は、はいっ!?」


「近藤さんにも誰にも、未来人だというお前の真の正体は漏らすんじゃねえぞ。そんな奇天烈な話が広まったら、いよいよ新選組は収拾不能になっちまう。いずれ負け戦になるだなんて不吉な予言を喰らったら、脱走者もますます増えるし、組織自体が早晩潰れちまう。いいな?」


「それじゃあ……土方さんは……信じてくれるんですか、わたしのヘンな話を?」


「あの総司に、そんな頓珍漢な法螺を思いつく才覚なんてねえからな。あいつは、嘘がつけない天真爛漫な奴だ」


「わ、わたしも一応天然ですよ? この秘密も、ほんとうはもう少し黙っているつもりだったんですが、土方さんに床ドンされてつい」


「床ドンってなんだよ。だから口止めしてるんじゃねえか。俺とお前だけの秘密だ。お前の未来知識を定期的に俺に報告しろ。俺ぁ、そいつを元に新選組の運営方針を模索して修正する。かっちゃんはもちろん、試衛館仲間の誰も死なせねえためにな。わかったな?」


 ふ、ふわいっ、わかりました! とわたしは土方さんに素っ頓狂な大声で答えていた。

 やっぱりお前は総司本人じゃねえ、総司は笑い上戸だががそんな阿呆みたいな大声は出さねえ、と土方さんは耳を押さえながら顔をしかめた。


「まあ、とりあえずはお前の予言が当たるかどうかだ。池田屋だな? 監察の山崎にそれとなく探らせておこう」


「ははは外れたら切腹ですかあ? 歴史って割とちょっとしたことで変わっちゃうみたいですし、もう別ルートに入ってるという可能性も。河川敷でわたしたちを襲撃した黒頭巾男っていたでしょう? あの人、本来のルートならば存在しないキャラなんですよ!」


 異人言葉だか未来言葉を使うな、薩摩弁よりも意味がわからねえ、と土方さんはまた文句を言ったが、顔を見ると「存外に未来言葉も面白そうだ」と楽しんでいる。


 あーそうだ。この人は、実は新しいもの好きだったんだー。剣の時代は終わった! これからの戦は洋式だと言いだして髪型もザンギリにしちゃったし、新選組が北へと敗走していく際に撮影した洋装姿なんて、超似合うもんね。あの写真のおかげで「土方歳三イケメン伝説」が歴史的事実として確定して、未来まで語り継がれることになったんだっけ。

 フランス式の陸軍戦術もすぐに実戦で覚えちゃったし、陸戦ほど上手くはなかったけれど軍艦に乗り込んで海戦までやってるしね。蝦夷地では、塹壕戦の指揮をとって圧倒的な戦力を誇る官軍相手に防衛戦をやって勝ち続けたくらいだから、近代戦の指揮官としては天才肌だった人だ。


 ただ、有名になったせいで、黒歴史としか言いようがない豊玉師匠の駄句のほうも残っちゃったけど……。

 そんな新しもの好きな人だから、わたしの突拍子もない話を半分信じる気になってくれたのかも知れない。

 なにをどうすればいいのかわからないけれど、とにかく土方さんのために頑張らないと! まずは、わたしが未来人だと信じてもらえる実績を積もう。そうしよう。


「……あれれ? 土方ざん……どうにも鼻血が止まりまぜぇん……」


「はあ? ああ、そうか。おめえ、生娘だな? 勝手がわからねえんだよ、面倒臭え! 迂闊に触れるのも接近するのもまずいのかよ。どうしろって言うんだよ、まったく」


 ええ、どうして? この生粋のジゴロ男にバレてしまったの、わたしの前世での秘密が? くっ……なんだか屈辱なので、断じてその件だけはしらを切らなければ……!

 ともあれ。

 この有馬から、わたしと土方さんは「真の秘密」を共有する同志となったのだった。

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