新選組で過ごす日々-8


 というわけで今、わたしはお休みを頂いて有馬温泉に来ています。

 京から、裏神戸の有馬温泉までは、実は案外と近いのです。

 でも、いいのかなー。


 きっかけは、左之助さんが「よう総司。おめえ、よくわからない病気なんだってなー! おいらと平助とがらっぱちの三人が一番組の仕事をしばらく肩代わりしてやっからよー、ゆっくり温泉で身体を休めてきな! 遠慮すんなって!」と言いだしたことだった。

 以前、左之助さんに祇園に売り飛ばされそうになったわたしは、


(きっと、また新たななにか悪巧みをしているに違いない)


 と直感したんだけれど、


「京には本格的な温泉はないけどよ、ちょっくら出張すれば有馬の湯があるじゃね? 行ってこい行ってこい有馬温泉へ! なっ? 地元じゃあ切腹傷を癒やすために毎日道後温泉に浸かっていたおいらが保証するぜ、温泉は万病に効くってな!」


 と執拗に薦められたので(一応は病人という設定があるし)断り切れなくなり、土方さんの許可を得て一週間ほど有馬で湯治することになった。

 土方さんが屯所に作ってくれた、わたし専用の女風呂も快適だけれど、やっぱり天然の温泉にはかなわない。わたしって、温泉旅行大好き女子だったからね! 特にお湯が黄金色に輝く有馬の「金泉」は、今まで実際に入ったことがない珍しいお湯だ。

 というわけで、旅人姿で有馬の旅館に着いたのだけれど。


 さて、どうしよう。

 新選組隊士沖田総司としては男湯に入るべきなんだろうけど、この時代の温泉旅館には「個室温泉」がない。あるところにはありそうだけれど、お大名さまでもなければ入れないと思う。

 でも、他の殿方と混浴なんて、無理無理無理!

 温泉によってはこの時代だから混浴のところもたくさんあるのだけれど、わたしがここに入ると決めていたお目当ての温泉は、男湯と女湯にちゃんと分かれている。実は、「侍死」で近藤さんが入った温泉なんだよね。だから男湯女湯設定があるのかも。


 仕方ないから、女湯に入ろうかな……。

 きょ、京都だったら怪しまれるけれど、山の中の有馬だし問題ないよね、知り合いに見られたりしないよね? 今回は私服で逗留してるしね。


(まさか、左之助さんが面白がって覗きに来ていたりして)


 という悪い予感を振り払いながら、わたしは衣服を脱いで久々の温泉(女湯)へと突撃していた。

 あー、開放される! 女バレを恐れてびくびくする必要がない温泉ライフ、最高!

 かぽーん。

 ああ、まさに天国! これが、これが太閤秀吉さんが絶賛していた金泉なんだー!

 どうしてお湯が金色なんだろう? 信じられない。硫黄成分が濃いのかなー。いや、硫黄の匂いはしないな。金色の輝きの正体は、それじゃあ鉄分なのかな? どっちにしても、傷や打ち身に効きそうだ。なにより、広い露天風呂でぼけーっとなにも考えずにお湯に浸かっているだけで、心が癒やされるー。

 気分はすっかりカピバラ。

 毎日京で不逞浪士さんたちの取締をするお仕事も、けっこう疲れるものね。

 いくら剣が勝手に動いてくれると言っても、じわじわメンタルも疲弊するみたいだし。

 ああ。願わくば幕府と長州の揉め事が早く終わって、新選組にも平和が訪れますように……バッドエンドが来ませんように……。


 でも、バッドエンド回避のためにどうすればいいのか、新選組は好きだけれど幕末の歴史にはさほど詳しくもないわたしには未だに良案が出てこず、温泉に浸かりながら、うーんうーんと呻るしかなかった。

 そもそも、幕府や会津と長州がとどうして揉めてるのかも、よくわからないんだよねー。

 攘夷だとか尊皇だとか倒幕だとか佐幕だとか、専門用語だらけでさっぱりだよー。

 長州イコール朝廷で、朝廷と幕府が揉めているという簡単な構造でもないし。

 むしろ長州勢は今、「無謀な攘夷を決行して異国と戦争をした。長州の無謀のために幕府は諸外国に責められて窮地に陥っている」と帝に叱られて、朝廷から追い出されてるんだよねー。だから、京に潜伏している長州の志士を新選組が捕縛しているわけで。


 でも、いずれは幕府・会津・新選組のほうが朝敵になっちゃって、長州が薩摩と組んで官軍になっちゃうんだから、いやーほんとうに幕末は訳がわからないよ。

 はあ。ゲームやコミックで新選組の知識ばかり囓らずに、もっと日本史をちゃんと勉強しておけばよかった。たとえ剣士一人がレベル200になったって、万と万の軍勢が衝突する大戦争になれば意味ないものねー。魔法とか使えるわけじゃないし。剣と銃と大砲そして軍艦で勝負を決するという、リアル世界なんだから。

 どうすれば、土方さんたちを明治の世に生き残らせることができるんだろう?



 さて、そんな露天風呂の片隅に。

 決死の覚悟で「沖田総司は男か女か」を賭けて覗きを決行している三人組がいた。


「ちょっと左之助さん。やっぱりいけません、こういうことは。土方さんにバレたら全員切腹ですよ」


「最初から拙者は、総司は女だと言っているではないか。なぜわざわざ覗きまでして確かめねばならぬのだ、左之助?」


「がらっぱちは思い込みが激しいからよー、てめえの勘違いかもしれねーだろ? その場合、平助は衆道に目覚めたことになるじゃねーかよ。そうなりゃあ一大事だ」


「わ、わたくし、もしそうだったら母上に詫びて切腹しなければなりません」


「だからよー、総司が男なのか女なのかを直接平助の目で確認するしかねーんだよ! その瞬間から、ほんとうの恋がはじまるってーの。なにもしらねー童貞は黙ってろよ、ったく」


「せ、拙者をそのように……無礼者! 拙者はもう降りるぞ、女湯を覗くなど変態の所業ではないか! いつも気がつくと左之助の口車に乗せられて悪事の片棒を……」


「しーっ。しーっ。女湯の総司たちにバレたらおいらたち袋叩きだぜ。静かにしなよー」


「左之助はいちど、女人たちに袋叩きにされたほうがいいのではないか?」


「まあまあ。温泉覗きなら、おいらにお任せ! 道後温泉で培った覗きの技術を駆使してやらあ! ほらほら平助、おいらが削った覗き穴から総司が見えるか? 男か女か、どっちだ? ん? ん?」


「……こ、こういう真似をするのは津潘藤堂家のご落胤としてはいかがなものかと……で、でも、仕方ありませんね。決してよこしまな気持ちではありませんよ。総司がほんとうに女の子かどうかを知りたいだけなのです、わたくしは――!」


「左之助は見るでないぞ。拙者と左之助は、あくまでも平助の恋路を応援するために手助けしている助っ人にすぎん。断じて覗き魔ではない! よいな」


「ちっ。がらっぱちはお堅いなー。ここまで頑張ったんだから、ちょっとくらいおいらも見てえよー。総司には興味ねえけどよー、他のお姉ちゃんたちの裸が見たいんだー!」


「お二人とも、お静かに。そ、総司がいました」


 湯煙が邪魔で、なかなか確認できない。

 だが――平助はついに「動かぬ証拠」をその目で見た。

 湯あたりしそうになってへろへろになった総司が、「ふい~もう駄目~ちょっと休む~」とお湯から立ち上がったその瞬間を。


「……嘘っ……お、お、女の子になっている……!? い、い、いつから? どうして? 先日までは、確かに殿方だったはずなのにっ?」


「おおおおおお、マジかよっ? おいらにも見せて、ちょっとだけ。半分でいいからよー! 面白れええええ!」


「駄目だ左之助。これで拙者の言葉が証明されただろう、賭けは拙者の勝ちだぞ」


「でも妙だよなあ。試衛館時代から総司が女だった訳はねえよな、がらっぱち? だって総司は宴会になると近藤さんと一緒に裸踊りしてたじゃねーかよ? となると、まさかほんとうに女体化の病ってやつ? いよいよ面白れえええ!」


「あっ……わたくしの鼻から、大量の血が……? まさかわたくし、総司の裸に興奮して……? どばどばと止まりません!? な、なんてはしたない……」


「むっ? 湯気が充満した暑い温泉地で、こんな狭い隠れ場所に長らく潜んでいたので、のぼせたのだろう。涼しい場所に退避して平助を休ませねば」


「おいおい平助ってば、そんなのアリ? アリなん? 自分だけばっちり覗いて退避だってえ? おいらにも見せてくれよー!」


 だが、三馬鹿組が無事に犯行現場から脱出することは不可能だった。

 なぜならば。


「――おい、左之助。てめえ、また騒ぎを起こしやがって。ついに総司の秘密に辿り着きやがったな。まさか、誰よりも鈍感なてめえが気づくとは想定外だったぜ――念のために変装して有馬に潜んでいてよかった」


「「「げーっ。土方さんっ!?」」」


 昔取った杵柄。薬売りに変装して有馬に潜入していた土方歳三が、三馬鹿組を犯行現場で捕らえたのだった。

 新選組副長の本業はどうした、と永倉などは土方の執念深さにも呆れたが、これでこそ土方歳三だとも思った。ひとたび「総司を守る」と決めた以上は、地獄の果てまでも総司を守るつもりなのだろう。


「永倉さん。あんた、平助はともかく、よりによって左之助に漏らしやがったな。その上、有馬温泉にまで出張してきて覗きたぁ。新選組はガキの集団かよ。どう落とし前をつけてくれるんだ、ああ? 士道不覚悟にも程があるぜ?」


「済まぬ土方さん。これには理由があって……平助が、総司に恋をしたかもしれない、衆道に落ちてしまったと悩んでいたのでつい教えてしまった。その場に左之助がいることを忘れていたのが拙者の不明、一生の不覚だった」


「平助が、恋? 子供がなにを言ってやがる。いいからお前ら、壬生屯所に帰れ! 帰ったら三日間謹慎だ、いいな! 総司の話は他言無用! 既に左之助に情報がわたっちまったから、隊内に全バレするのも時間の問題だろうがよ、少しでも時間を稼ぐ」


「ままままさか、おいらたち三人を切腹させて口封じするんじゃねーだろうなー土方さんよー? おいらたち、試衛館で同じ釜の飯を食った仲間だろ? 総司が男だろうが女だろうが、おいらたちは仲間じゃん? 今までとなにも変わらないぜ? こんなこたぁたいした問題じゃねーよ、取り越し苦労だよ! そりゃあ総司に恋しちまう平助みたいな奴もいるだろうけど、平助は大真面目なんだからいいじゃねえかよー」


 土方の顔面蒼白ぶりのヤバさにさすがに気づいた左之助が、掌を合わせて土方を拝み倒す。今までの左之助ならカッとなって売り文句に買い文句、「いいぜ、この場で切腹してやらあ!」と言いだしそうな場面だが、総司に「家族を置き去りにして勝手にしなないでくださいね」と懇願されたことが心に残っている。おみっちゃんを遺して切腹はできない、死ぬならせめて新選組とおみっちゃんを守るために命を使いたい、と願う男になっていた。


(うん? なんだかいつもの左之助と違うな。奇妙な気分だ)


 そんな土方としても、新選組主力幹部の三人を一挙に粛清などできない。

 もともと芹沢派を壊滅させたために、新選組の隊士は激減している。

 あまりにも不逞浪士取締の激務が辛いので、逃亡する者も多かった。

 それに――。


「ふん。切腹しろと言いたいが、お前らを死なせたら総司が哀しむ。あいつぁ、試衛館の仲間の誰にも死んでほしくねえんだそうだ。だから女になっても新選組は辞めないんだとよ。ちっ。必ず借りは返せよ?」


 はえ~。なんだか土方さんらしくねえ仏みてえな顔をしやがる、と左之助ははっと目を見開いていた。こんな優しい顔をする男だったっけか? と。


(ひょっとすると、総司が変えたのかもしれねえなあ。それとも、これが本来の土方さんの顔なのかもよ)


 堅物の永倉は、


(そうか。総司は京でにわかに女性になったにもかかわらず、それでもなお、新選組の仲間のために剣を握って戦い続ける道を選んだのか。それなのに、拙者は左之助の温泉覗きに加担したというのか……総司の信頼を裏切ってしまった。拙者はまだまだ誠の武士ではない、修行不足だった! 実は拙者は、女湯を覗いてみたかっただけなのでは? なんたる堕落!)


 と一人で懊悩し、そして平助は、


(なにがあったのかわからないけれど、唐突に病で女に変わっただなんて。わたくしは、試衛館以来の好敵手として総司を支えていかなければなりません! 口調が母上に似ているとか、お稚児さんのような顔だとか、そんなわたくしの悩みなど、今の総司に比べればささいなこと!)


 と、総司の介護役を務めることを決意したのだった。土方副長の思い詰め方を見てもわかるように、これは想像以上の重大な事態であると理解したのだ。

 これほどの秘事を暴いてしまった三馬鹿組が三日間の謹慎で済んだのは、土方が言うように、総司のたっての願いを無碍にはできなかったからだ。

 だが――。


(ちっ。平助だけでも厳罰を与えてえぜ。うちの総司の裸を覗きやがって。恋心だと? そもそも恋する相手の入浴姿を覗いたりするもんかね。畏れ多くてできねえだろう、普通。平助はガキだぜまったく。総司の裸は、二度と覗かせねえからな)


 そう思うと腸が煮えくりかえりそうになる土方は、(おい、なんだこの感情は。兄貴が妹を守ろうと思っているだけじゃねえ。俺はもしかして……?)と気づき、自分自身も士道不覚悟、兄貴失格なのかもしれないと自分で自分を殴りたくなっていた。


「左之助。これで借りひとつだぞ。祇園の件もあるから借りふたつのような気もするが、まあいい。次に俺がなにごとかを命令した時には、どんな無理難題だろうが必ず遂行してもらうぜ」


「おう。承知承知! なんでも命令してくんな、土方さんよ!」


「死んでこい」という命令だけは総司が哀しむから出せないが、なんだってやりこなせるだろう、左之助ならば、と土方は頷く。

 しかし、そんな土方をさらに驚愕させる事態が、有馬に待っていた。

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