新選組で過ごす日々-7


 藤堂平助、原田左之助、永倉新八。

 仕事を終えた新選組三馬鹿組が、行きつけの団子屋でフリートーク。いつもの日課である。

 だが、今日は少し様子が違った。

 いつも陽気な藤堂平助が、


「はあ……」


「ふう……」


「わたくしってば、いったいどうしてしまったのでしょう……」

 とため息ばかりついて、好物の団子もまだ三人前しか食べていない。


「どうした平助。大食いのお前が、具合でも悪いのか? そういえばずっと顔が赤いぞ」


「わかりません永倉さん。今までに経験したことのない胸の動機が……」


「いかんな。心の臓の病か? 松本先生の診察では異常なしだったはずだが」


「相変わらずがらっぱちは、わかってねえなあ男心ってものを。平助だって見た目はあどけないお稚児さんだけれど、中身はお年頃の男の子だぜ? こいつは、恋だよ! おいらにはわかる! 人が恋に落ちた時ってみんな同じ顔するんだよな。うひゃひゃひゃ!」


「ななななにを言いだすのです左之助っ!? わたくしは、藤堂家のご落胤に相応しい剣士になるまでは決して恋など……そもそも、宿敵の沖田総司に勝つまではと願を掛けて女人に近寄らないようにしているのに、いったい誰に恋をする機会が?」


「なーんだ。そっかー。このお店のおみっちゃんはおいらにぞっこんだし、確かに機会がねえなあー」


 おみっちゃんが「左之助さんにぞっこんとか、勝手な噂を立てないで。あと、新選組の面々で連れ立って毎日店に居座らないで! 常連さんがみんな怖がって逃げちゃったでしょ!」と怒っているが、竹を割って完全粉砕したような雑な性格の左之助は「気にするこたぁねえよ。おみっちゃんとこのお店はおいらが生涯守ってやっからよー! わっはっは!」と意に介さない。


「……今日もまた総司に挑んで一撃で負けたのですけれど、今までの総司なら『平助ちゃんは弱いねーあっはっはー』とわたくしをからかってくるはずなのに、今日は妙に優しくて……潤んだ目で、わたくしに『新選組からいなくならないで』って懇願してきて……あんな目で見つめられると、わたくし……まさか、わたくしは……あれほどお稚児さん好きの薩摩の芋どもを嫌っていながら、自らが衆道にっ!?」


「げーっ? 総司に懸想とかマジかよーっ平助? 執拗な敵愾心がいきなり裏返って恋になっちまったのかーっ? いやでも、あいつぁ女みてえな顔してるけどよー、男だぜ? 芸姑に化けた時はそりゃあ超美人だったけどよー。だが男だ!」


「ややや、やめてください左之助! そんなこと、ありえません! いつもわたくしをからかっている憎い男が、ちょっと優しいところを見せたからって……あれ? これって、土方さんが江戸で女の子をタラす時によく使っていた手口にそっくりなような……?」


「ふむ。総司に悪気はあるまい。あの二人はいつも一緒にいるから、土方さんの癖が総司に移ったのではないだろうか」


「総司はやめとけってー。衆道派人気一位とお稚児さん人気一位はある意味お似合いだけどよー、だが男だ! そもそも土方さんに斬られちまうぜ平助。土方さんは以前以上に総司に甘くなったからなー、うひゃひゃひゃ! 総司に夜這いかけようとしたら切腹だーとか、あの人ちょっとおかしいよな最近!」


「はあ。左之助は、江戸の頃からおかしいですけれどもね。土方さんは、京に来てから仕事が忙しすぎて女性を断っちゃったせいか、総司が病がちだからか、妙に弟分の総司に構うようになりましたよね……なんだか嫉妬します……って、やっぱりわたくし、総司に恋心を? ああああああ、母上に面目が立たないので切腹しますぅ!」


「お? お? 切腹する? おいらが切腹し損なった時にできた疵痕を見せてやろうか。こういう切り方をしたら死に損なうから、失敗の手本にするんだぜー。というわけで原田左之助、臍踊りを踊りまーす!」


 おみっちゃんが「やめてください、営業中なのに! うちは庶民向けの団子屋よ、祇園でも島原でもないから!」と左之助に団子を投げつけてくる。


「自分自身がついに衆道に目覚めただなんて、信じられません? ずっと真面目に生きてきた反動でしょうか? 思えば、グレて伊東先生のもとを飛び出して試衛館三馬鹿組に入ってしまった時から、わたくしは堕落していく運命だったのですね……!」


 このままでは、激昂したら魁せずにはいられない平助は、いずれほんとうに切腹してしまうかもしれない。無論、左之助は諫止役としては心許ない。

 ずっと(拙者が秘密を漏らしたことが土方さんに漏れれば、新選組に粛清の嵐が吹き荒れるかもしれない……だが、友の危機を前にしてこのまま黙っていていいものか。それで誠の武士と言えるのか)と悩んでいた永倉新八が、平助を救うために敢えて「秘密」を口にしたのはこの時だった。


「……二人とも。これは他言無用。漏れれば、土方さんがわれら三人を始末することになる。実は――総司は、女人なのだ。新選組の風紀を乱さぬために、秘密にしているそうだ。つまり平助が総司に惑うのは、自然なことなのだ。だから切腹はやめておけ。意味がない」


 永倉は、決してこの種の冗談を言うような性格ではない。これを聞いた平助が、


「え、ええええええっ!? 総司が? いつから? どうしてっ? 気がつきませんでした!?」


 と驚き、そして左之助は、


「どわーっ、マジかよ? なんでお前が知ってんだーそんなこと!? いつもの思い込みの誤解じゃねーの? まあほんとうでも間違いでもどっちでもいいや、いきなり話が面白くなってきたーっ! 総司の性別、おいらが確かめてやろうじゃねえかー! おいらは総司の護衛係だからなー! どっちでもおみっちゃん一筋のおいらは構わねえけどよお、うひゃひゃひゃひゃあ!」


 と、騒ぎを拡大させる方向に思いきりアクセルを踏み込んでいた。ちなみに左之助の脳髄はブレーキを装備していない。


(しまった、左之助がいたんだった。まずい。平助だけに教えるべきだった。なぜ拙者は、思い立ったらすぐに口にしてしまうのだろう。これでは土方さんに睨まれるはずだ)


 と永倉が気づいた時には、もう手遅れ。


「すぐにおいらが真相を掴んでやっからよ、それまで切腹は我慢しとけ平助! 男だらけでむっさい新選組に、こんな楽しい秘密があったとはなー! ぎゃっはっはー! そうかそうか。最近の総司は大人になったなーと思っていたけれど、そういうことかー!」


 もうこうなると、永倉がどれだけ説教しても馬の耳に念仏状態の左之助である。


(むむむ。拙者は土方さんに警戒されているから、迂闊に総司に接近できない。どうすればよいのだ……)


 永倉新八は、頭を抱えていた。

 藤堂平助は(嘘? ほんと? 嘘? どうして、総司が女人だったらいいのに、とわたくしは胸をどきどきさせていますのでしょう)と祈るような気持ちで踊る左之助を見守っていた。


(わたくしは顔も男らしくないですし、母上風の口調もまるで男らしくなくて、われながら困っていましたけれど、ざっくばらんな男の子口調で喋る総司が実は女人ならば、夫婦になれば割れ鍋に綴じ蓋のようでちょうどいいかも……って、わたくしはいったいなにを考えて……!?)


 そんな平助の淡い恋心とは無関係に、「餌を発見した」とばかりに狂喜する左之助の暴走が再開されることに――。

 こんどというこんどは、左之助の悪乗りが発端となって、新選組内で決定的な粛清がはじまるかもしれない。永倉は(むむむ。拙者が短慮であった。土方さんの危惧が当たってしまった。われながらなんという未熟者……)と脂汗を流していた。

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