新選組で過ごす日々-6

 頑固者の永倉さんに秘密がバレたあげく、一時は「総司はもともと女の子だったのでは」と妙な誤解を抱かれるという重大な懸念事項は発生したけれど、永倉さんは誠心誠意話せばわかってくれる人だ。どうにかわたしは危険な身体検査を切り抜けた。


 って、ほんとうに切り抜けてるのかなあ?

 松本先生の入れ知恵で、わたしはどこからも夜這いできないし覗けない完全個室を手に入れたし、土方さんも「永倉は口が堅いからいいが、これ以上秘密が漏れたら隠しきれないぜ」とさらにわたしの護衛を厳重化したし、「感染の危険あり、沖田総司専用」という名目でお一人用の女風呂まで頂いちゃったし。

 とっても土方さんの弟愛(妹愛?)が重いけれど、やっとリラックスして屯所でくつろげるようになりました。お休みの日も増えたしね。

 わたしが女子になったと知って以来、やたらと親切にしてくれる二番組隊長の永倉さんが、


「こほん。総司? 今日は拙者が巡邏に出るので、休むといい。お前はこれまで一番組隊長として激務を勤めていたが、今後の仕事は半分にするんだ。いいな!」


 と、強制的にわたしの仕事を取り上げていくようになったからだ。

 まあいいか。お団子屋に通い放題だし。

 最近は、過激な不逞浪士たちもあまり姿を見せないしね。

 長州の志士を仕切っている桂小五郎と高杉晋作の二人が、祇園で芸姑に化けたわたしと飲めや歌えやと宴会していた際、一瞬新選組とニアミスして危なかったことがあったけれど、実はあの翌日から不逞浪士たちがぱったりと現れなくなった。

 どうも、新選組があの二人の大立て者を捕らえるために祇園に駆けつけてきたと思って、警戒しているみたい。

 実は土方さんはわたしを迎えに来ただけだったんだけどね。

 このまま平穏無事な日々が続けばいいなあ――。

 きっと、バッドエンドルートから外れていきつつあるよね?



 ところが、またしても避けられないイベントが発生した。


「総司、あなたはば毎日遊び歩いているじゃありませんか。病気はおおむね治ったんでしょう? 今日こそ、わたくしと尋常に勝負しなさい!」


 毎日食っちゃ寝じゃお肌に悪いので、こっそり稽古場で木刀を振っていたら、藤堂平助ちゃんに勝負を挑まれてしまった。

 藤堂平助ちゃんは、津潘のお殿様・藤堂家のご落胤と噂されている、訳あり御曹司。

 母親から「藤堂家の男に相応しい剣士になりなさい」とスパルタ教育を受けて北辰一刀流伊東道場の門下生となり、一応は達人になったんだけれど、あまりにも教育ママの圧が強いからグレちゃって、よせばいいのに家を飛び出して試衛館の近藤さんのもとに転がり込み、左之助さんや永倉さんと一緒に江戸でぶらぶらと遊んでいたという経歴の持ち主。


 遊び人の左之助さんが試衛館三馬鹿組のリーダーで、生真面目でお堅い永倉さんと、御曹司の平助ちゃんを誑かしていろいろ庶民的な遊びを教えていたという感じだった。

 京に来てからも、新選組の三馬鹿組といえばこの三人。左之助さんが初な二人を堕落させているだけにも見えるけれど、三者三様で性格が違うのに妙に馬が合うみたい。


 平助ちゃんは、そんな人生のレールから外れた問題児なのだった。

 っていうか、今思えば試衛館ってニート男子の吹きだまりだったのね……。

 その割に、口調がママに似ているというのが、マザコンの傷が癒えてないというか。喋り方が女性っぽいんだよねー。


 でも最大の問題は、藤堂平助ちゃんは沖田総司どころではない美少年というか、とんでもない童顔で、どこから見ても子供にしか見えないところにあった。身体も小さいし。

 いくら剣の稽古をしても道場で子供扱いされるので、それでグレたという噂まで。

 示現流の剛剣使いだらけで、しかもお稚児さん大好きな薩摩藩のおっかない男たちが、


「藤堂どん、おいの稚児に」


「いや、ぜひおいのもとに」


「なんばいうとか。藤堂どんは誰にもわたさん。チェスト-!」


「それはおいの台詞じゃ、キエエエエエエ!」


 と平助ちゃんを巡って路上で斬り合いがはじまるなんて、日常茶飯事。

「侍死」あるある。女性の出番が少ない代わりに、美童を奪い合うむくつけき薩摩男たち。

 江戸時代は、男同士での痴情のもつれが原因で、仇討ち・斬り捨てが多発していたそうだし、一応は時代考証を反映しているのだろう……か?

 武士出身ではないので、その種の衆道趣味がまったく理解できない朴念仁の近藤さんも苦い顔をしながら、


「薩摩人にはあまり近寄らないように。彼らは危険だ」


 と隊士たちにお達しを出さなければならないほどだった。

 ちなみに沖田総司は美男子だけれど、「稚児」よりは歳がいっているように見えるので、薩摩藩士から追いかけられたことはないみたい。

 って、薩摩人ってショタかよ。

 まあ、確かに平助ちゃんはかわいい。

 なんだか捨てられた小猫みたいで、庇護欲をかきたてられる。頭、撫で撫で。


「また、わたくしの頭を撫でながらにやにやと!? 総司、わたくしはあなたのそういう人を食ったところが許せません! 尋常に勝負、勝負! なんなら真剣で立ち合ってもよろしいですよ?」


「いやーだって、平助ちゃんっていつ見ても子供みたいでかわいいなあってー。わたし、子供と遊ぶのが好きなんですよー」


 ほんものの沖田総司もそうだったし、実はわたしもそうなのだ。親戚の子供たちの相手をする時間は至福だった。疲れるけど楽しかったなあ。

 あー、前世で長生きして結婚して子供を育てたかったなー。この世界だと、ちょっと難しそう。幕府と長州が京で揉めている限りは、沖田総司として新選組を守るために頑張らなきゃね。平和エンディングに到達しなくっちゃ。

 でもいざそうなったら、結婚する相手は……殿方は……やばい。ひ、土方さんの顔が浮かんでしまった……高嶺の花すぎて無理無理無理! だいたい、わたしは今、沖田総司なんだし! あれ、ヘンだな。顔が熱くなってきちゃった。


「わたくしは、子供ではありませんよ! え、この口調が男らしくない? これは母から教え込まれた上品な武士言葉です! あなたがた下々の者とは違うんです!」


「いやー、顔じゃないですかねー。人間の印象の半分以上は、顔ですよ、顔。わたしも、平助ちゃんみたいな童顔になりたいなー。見れば見るほど、小猫みたいでかわいーい」


「あ、あなたは正当派の美少年として、京の女性たちからもきちんと評価されていますでしょう?」


「えー、そうでしたっけ? 京で一番モテている殿方は土方さんでしょう? 今朝も、屯所に土方さん宛ての恋文が山ほど届いて。故郷に自慢するとか言って、読みもせずにまとめて飛脚に渡していましたよ。酷い人ですよねー」


「あの人は天性のスケコマシですから除外です! 常にお稚児さん扱いで薩摩の芋どもに狙われるわたくしの恨みを思い知りなさい! さあさあ尋常に勝負、きえーっ!」


 あーもう。

 平助ちゃんは、お子さま扱いされると即ギレして剣とか竹刀を片手に襲いかかってくるんだよねー。すっごく短気というか、お稚児さん扱いは踏んじゃいけない地雷みたい。

 不逞浪士との斬り合いでも、いつも真っ先に飛び出して暴れはじめるから、「魁先生」なんて呼ばれていたりして。

 負けてあげれば、もう「藤堂平助の『勝負だ』イベント」は発生しなくなるはずなんだけど。


「……きゅう……参りました……」


「あれっ? 身体が勝手に反応しちゃった? ごめんねー平助ちゃん、おでこに一発入っちゃったー! 痛くない?」


「お、おでこをさすらないでください!」


 瞬きする暇もなく、わたしは一撃で平助ちゃんを転がしていた。

 沖田総司の身体は相変わらず、剣での勝負となると勝手に反応して凄まじい突きを相手に入れてしまう。

 最近では身体に馴染んできたせいか、「無明三段」と叫ばなくても身体が動くようになった。

 これじゃ「ステルス三段突き」スキル所持状態だよ。われながら、あぶないなあー。

 まあ、相手が平助ちゃんだとリミッターがかかるみたいで、手加減攻撃なんだけど。


 しっかし、平助ちゃんが襲いかかってくるたびに秒殺するのは大人げないでしょ、沖田総司くん。少しは苦戦してあげれば平助ちゃんも納得してくれるのに。

 でもまあ、それが沖田総司かー。恋も成就しないまま、剣一筋に生きた人生だったんだものね……青春を剣に捧げ尽くして、二十代で病死だなんて。かわいそう……。今、この健康な身体に沖田総司くんの意識が戻ってくれば、うんと長生きできるし青春を謳歌できるし、って今の沖田総司は女になってるじゃんっ? 駄目じゃんっ? 謳歌する青春の中身がぜんぜん別物じゃんっ?


「ちちちち近いですよ、距離が!? 総司、あなたは無意識に人をたらすところがあるのですから、馴れ馴れしく触らないでくださいません? 衆道派に狙われるのも、そういうあなたの無防備さのせいですからね?」


「いいじゃんいいじゃん。でも新選組衆道派って、なぜか平助ちゃんは狙わないんだよねー。ショタと衆道は似てるようで違うのかなあ……うーん、リアル腐男子の道は難しい」


「なにを意味不明なことを……あなた、なんだか感じが変わりましたね?」


「え? そ、そ、そんなことありませんよ?」


「はっ? まさか、恋でもしたのですか? 恋は少年を変えると言いますよ?」


「こ、恋? わたしが?」


 いやーまさか……土方さんはほんとうにイケメンだなあ~正当派の毒舌クール王子さまだな~こりゃ女性にモテるよねとは思うけれど……恋心までは……たぶん……土方さんと結婚して子供を育てる妄想とか突然浮かんできてあたふたすることもあるけれど。というか、さっきしてた。


 でもでも、今のわたしは沖田総司なのに、勝手に男性と恋愛とかしていいのかな?

 将来なにかが原因で沖田総司くん本人の意識がこの身体に戻れた時、収拾が付かない事態になっていたら責任取れないよ。

 目覚めたら兄貴分の土方さんが旦那さまで、沖田くんは二人の娘のお母さんになってるとか……強制的に専業主夫人生がスタート? 沖田くんをそんな修羅場に落としたら、切腹してもお詫びできないよう。土方さんだって、元に戻った沖田くんを奥さんにはしておけないでしょ! 無理だって!


 あーでも、言われてみればあらゆる意味で土方さんに頼り切っちゃってるかも、わたし。

 土方さんがフォローしてくれなくなったら、たぶん人生終了だしね。絶対にそんなことはしないとは信じているけれど、わたしの中身が沖田総司ではなく別人だとバレたら、もしかして……思えば、わたしってば土方さんたちを騙してるみたいなものだよね。

 うう、どうしよう。

 そうだよね。やっぱり土方さんにだけは、真実をそろそろ打ち明けたほうがいいのかな……でも、それでドン引きされたら……はあ。今の幸せな日々を失いたくないなあ。


「その、愁いに満ちた顔……こんな総司の顔、はじめてです? 誰か意中のお方がおられるのですね……わ、わたくしは、総司にさらに差を付けられてしまった……総司だけが恋を知って大人の階段を……」


 あ、いけない。つい「侍死」の廃人プレイヤーだった前世の気分に浸って、平助ちゃん、平助ちゃんと子供扱いしてしまったけれど、藤堂平助というれっきとした新選組隊士に対してわたしなんかがこんな態度を取るのは礼を失するよね。

 でも、平助ちゃんの「運命」をわたしは「侍死」で知ってしまっているから、つい笑顔で猫かわいがりしたくなってしまう。

 藤堂平助は、いずれ新選組がまっ二つに分裂する大騒動が起きた時に、心ならずも近藤さんたち新選組本家から除隊して、分家の「御陵衛士」のほうに奔ってしまうんだ。


 もちろん、本心では新選組に留まりたかったのに、義理や人情やいろいろな条件が重なって、藤堂平助は御陵衛士になるしか道がなかった……。

 近藤さんも土方さんも「信じられねえ」「試衛館以来の仲間だろうが」と激しい衝撃を受けたし、平助ちゃんも大泣きに泣いて近藤さんたちに詫びながら別れを告げたし、ほんとうに誰も幸せになれない辛い別離だった。


 そして――新選組と御陵衛士は、互いに激突して殺し合う運命に、当然ながら陥る。

 ヤクザゲーム的に言えば、公然と親分を裏切った分家を、本家がいつまでも放置していては周囲に舐められてどんどん不利になっていく。

 だから、新選組が面子を守るためには、裏切り者の御陵衛士と戦って倒すしかなかった。


 その結果、深夜の京の油小路で、新選組VS元新選組の隊士たちがついに激突。文字通りの「仁義なき戦い」が繰り広げられたのだ。かつては仲間同士だったが故に、互いの憎しみも激しい。あちこちで血煙があがり、大勢の剣士の指がぼろぼろと落ちるという、凄まじい斬り合いになった。ハードボイルドな展開が多い「侍死」でも、もっとも恐ろしい血まみれバイオレンスエピソードのひとつだった。


 だが、ただバイオレンスだっただけではない。

 この抗争の途中で、御陵衛士の藤堂平助は――平助ちゃんは、新選組隊士と戦って斬り殺されてしまう。

 事前に近藤さんが「平助だけは助けろ、殺すな」と命じていたし、斬り合いの現場では御陵衛士と戦いながらも永倉さんが平助ちゃんをこっそり逃がそうとしたのだけれど、平助ちゃんは常に先陣を切って果敢に戦う「魁先生」。


 その性格のために、最初に逃げる機会を逸した。それでも最後は傷だらけになった永倉さんに「頼む、平助。死ぬな」と説得されてついに現場からの離脱を決意したのだけれど、剣を鞘に収めて離脱する体勢に入ったことがかえって徒となった。

 そういう複雑な事情をなにも知らない新人の新選組隊士によって、藤堂平助は頭を割られて斬り殺された――。


 なお、沖田総司は「侍死」ではこの抗争に参加していない。既に胸を病んで、療養していた。もしも沖田総司が労咳を煩っておらず、現場にいれば、あるいは藤堂平助は。平助ちゃんは、死なずに済んだのかもしれない。

 新選組の分裂騒動は、上げ潮だった新選組が転落していく大きな転機になったけれど、なによりも新選組が試衛館以来の仲間だった藤堂平助を斬り殺してしまったという悲劇が、新選組、とりわけ親分肌の近藤さんにとっては致命的だったと思う。


 近藤さんは「平助が死んだのか」と知らされたその日以来、「俺は平助を守れなかったのか。局長失格だな」と酷く意気消沈してしまい、そんな心の隙を衝かれるように御陵衛士の残党に銃撃されて肩を壊され、剣を二度と振れなくなってしまう。

 近藤さんが戦えない新選組は、その時点でもはや戦闘組織としての力が半減していた。

 後は、負け戦を重ねる幕府軍とともに東へ、そして北へと敗走を続けるバッドエンドルート一直線だった。近藤さんが斬首された後、遺された土方さんが近藤さんに代わって奮闘したけれど、結局はその土方さんも――。

 そうだ。新選組転落のはじまりとなった、平助ちゃんの運命を変えなければ。

 きっとこれは、未来を知っているわたしにしかできないことだ。


「平助ちゃん? その……ご、ごめんね。つい子供扱いして。実は、お願いが」


「お願い? わたくしに、総司が? なんです? そ、その潤んだ目はいったい?」


「あの……なにがあっても、新選組から抜けないと、最後まで一緒にいると、そう約束してほしいんだけれど。だ、駄目かな?」


 どうしてです? と尋ねられても、理由は伝えられない。伝えても話がぶっ飛びすぎているから「わたくしをからかってますね!」と怒られそうだし。

 でも、どうしても――わたしは、平助ちゃんを救いたい。

 義理とか過去のしがらみとかそんなものはどうでもいいから、とにかく新選組からいなくならないで。近藤さんも土方さんも永倉さんも沖田くんも、みんな、平助ちゃんをたいせつな仲間だと思っているのだから。だから――。


「……ううっ、どうしてそんな目でわたくしを見つめるのですか? む、胸が痛い! 苦しい! もしやこれは、新手の精神攻撃ですね? お、覚えていなさい総司!」


「あ、平助ちゃん? 待ってよー。あれれ、行っちゃった……」

 あれれ。どうしたんだろう?

 突風のように、平助ちゃんは走り去っていった。


(もう少し、お話したかったのに……いつも剣術勝負になっちゃっうから、平助ちゃんとゆっくり語り合う機会って意外とあまりないんだよね)


 たぶん、いつもの三馬鹿組でお昼でもいただくんだろうなあ。

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