新選組で過ごす日々-5

「拙者ならば、絶対にそういう悪事は働かない。拙者はこれでも生まれながらの武士だ、本来武士とは可憐な乙女を守るものなのだ。そのために剣があるのだ。わかるか総司?」


 親切な人なんだけど、永倉さんは正義感が暴走するんだよね。

 困ったな、どうしよう。

 それよりも、武士、武士と連呼し続けると、臍を曲げる人がいますよ永倉さん。

 そう。多摩生まれで薬売りをやっていた百姓出身の土方さんが――って、土方さんがいつの間にか永倉さんの背後に立っているううううっ?

 怖っ? 人斬りのオーラ全開っ!?



「……おい永倉。よくも総司の秘密を立ち聞きしやがったな。てめえ、切腹だ」


 うわあああ。やめてくださいよ土方さーんっ!?


「む。土方さんか。どうして拙者が切腹しなければならない?」


「総司の秘密を知ったからだよ。他になにがあるって言うんだ」


「待て。諸君が今回もまた拙者に隠し事をしたこと、解せぬ。芹沢さんを暗殺した時もそうだった。なぜ、一緒に試衛館の竈の飯を食ってきた拙者を常に外様扱いする?」


「あんたが嘘がつけねえ性格でいつもそうやって暴走するから、迂闊に秘密を教えられないんじゃねえか。それに、あんたは芹沢と同門の神道無念流だろう? 同門での斬り合いは御法度だろう。同門の芹沢を暗殺しろと言って、あんたが素直に従ったかどうか」


「うむ。暗殺ではなく、正々堂々と芹沢さんと立ち合うべきだと主張しただろうな! それが武士の誇りというものだ!」


「だからよ、筆頭局長とその子分が正々堂々立ち合ったら新選組はお取り潰しだろうが。あんた、融通が効かないんだよ。総司の件は他言無用だ。俺が総司の保護者で、護衛役は左之助だ。あんたは駄目だ」


「左之助が良い男だということは知っている。だが拙者ではなぜ駄目なのか、納得いかぬ! 剣の腕なら総司と斎藤に次ぐと自認している!」


「あんたはそうやってすぐに興奮して暴走するから駄目なんだよ」


「暴走するというのなら、左之助のほうが暴走するではないか」


「あいつの暴走は明後日の方向だから、まあいいんだよ。いいか、総司に手ぇ出すんじゃねえぞ。なにかあったらタダじゃ済まさねえからな」


「なんだと? し、失敬な。拙者にはそのような邪心はない! 武士を愚弄するか!」


「武士、武士ってしつこいんだよ。俺や近藤さんが百姓あがりなのを揶揄してんのか?」


「あ……いや、そういう悪意はない。すまない。拙者はただ、江戸の若い旗本たちの惰弱ぶりを嘆くあまり、『誠の武士』になりたいと誓った己の矜持を」


 永倉さんは決して気遣いができない人じゃないんだけれど、バリバリの江戸っ子なのでなにか思ったとたんにそのまま言葉に出ちゃうんだよね。だから、無意識に土方さんの武士コンプレックスを突いちゃうんだろう。

 で、土方さんの武士コンプレックスはもともとは土方さん自身のものではなくて、敬愛する近藤さんから受け継いでるものなので、武士、武士と言われると近藤さんを愚弄されているように捉えちゃうから、こじれるんだよね……。


 局中法度が「全盛期の織田信長でもこんなに厳しくないよ」というくらい理想の武士像を目指す過ぎてやたらに厳しいのも、近藤さんと土方さんの「誠の武士かくあるべし」という高すぎる理想がそのまま法度になっているからだし。


「敵に襲撃された時に逃げたら切腹」とか明らかに行きすぎで、生まれながらの武士の永倉さんにはちょっとついていけない部分があるのも、仕方がないというか。


「とにかく、総司については兄貴分の俺が面倒を見ている。あんたは秘密を保持してくれりゃあいい。間違っても、道ならぬ恋に落ちるんじゃねえぞ。山南さんは女慣れして己を律するために島原に通うようになったが、永倉さんは真面目な上に女遊びの経験がねえ。今後もやらないだろうしな。だから俺は、心配でならねえんだ」


「待ってくれ土方さん。江戸で女と遊びまくっていたきみに、そこまで言われたくはない」


「俺ぁ若い頃にとっくに遊び飽きてるから、逆に安全なんだよ。それに江戸では俺が遊んでいたんじゃねえ、幼い俺のほうが女どもに遊ばれていたんだ!」


「むう。拙者には同じことに見えるのだが……」


「歳を食ってからいきなり女に目覚める奴のほうがタチが悪いんだよ。だいいち、てめえの妹にヘンな気を起こす兄がいるかよ。そんな妄想を抱く男は童貞だけだぜ」


「……ど、どうて……その言葉、聞き捨てならぬ! 拙者とて、総司の兄貴分を任じている! 待てよ? まさか土方さん、実は総司は最初から女子だったのではないのか? 長らく拙者に隠してきたのでは?」


「はあ? なんだ、そりゃあ? 今の総司は女なんだから、別にどっちでもいいじゃねえかよ」


「よくない! 剣の才能に恵まれているからと、昔から少女に男装させて剣を振らせていたのならば、土方さん、あなたは鬼畜だ。武士として、男として成敗しなければならん」


「だから、剣士に男も女もあるかよ。強い奴が強いんだ。あんたはいちいち考え方が堅苦しいんだよ」


 うわ。うわわわわ。

 どうて……とか、そんなしょうもない地雷ワードを理由に、喧嘩はやめてー!

 ネットの匿名掲示板じゃないんですからー!

 永倉さんは「そうか、総司は最初から女だったのだ!」と思い込みはじめたし。

 頑固な永倉さんと毒舌の土方さん。互いの誤解が重なって一触即発に。

 気がつけば、互いに抜刀寸前だよー!


 永倉さんはもともと「侍死」の世界でも、生まれながらの武士と、武士を目指す百姓という生まれの違いのためか価値観が一致せず、近藤さんや土方さんとは一定の距離を保っていた。

 最終的には、官軍に負け続けても「武士」としての体面を守るために大将面し続けた近藤さんに付き合いきれなくなり、「近藤さん。われらは主君と家臣ではない、試衛館以来の同志だったはずだ! 拙者は降りる、これにて御免!」とかっとなって啖呵を切り、勢いで喧嘩別れしちゃうんだよね。

 義理堅い人だから、新選組の敵になったわけじゃないんだけれど。


 永倉さんはあとあとそのことを後悔していたけれど、意地っ張りだから自分から新選組に戻るとはどうしても言いだせなくて、戦場で再び顔を合わせることはあっても結局新選組に帰参する機会を掴めなかったんだ。

 でも、それってずーっと未来の話だし。新選組が江戸まで逃げてからのエピソードだ。

 こんな早い時期に、これはないよー。



「二人とも、落ち着いてくださいよー! 永倉さんの義侠心を揶揄しちゃ駄目ですよ土方さん。永倉さんもそう興奮せずに。わたしは、お二人とも頼れる兄だと頼ってますから! ほらほら。仲直り、仲直り!」


「「どちらの味方なのだ、八方美人か!」」


 うっわ。

 犬猿の仲みたいな二人が、見事にユニゾンした。

 もしかしてわたし――サークルクラッシャーなのかなあ?

 そんな自覚はないんだけれど、それよりもなし崩し的にどんどんわたしの秘密が主要隊士さんたちにバレてきているよー。どうしよう。


 でも。

 永倉さんは一生、その場の怒りでうっかり新選組を抜けてしまい、近藤さんや土方さんと仲直りする前に死別し、結果的に自分だけが生き延びてしまったことを後悔していたと思う。

 史実でも、晩年まで「賊軍」呼ばわりされていた新選組の名誉回復のために奔走し続けてくれた人だ。

「侍死」でも、永倉さんは途中離脱しちゃうけれど、ずっとそのことを悔いていた。

 ここで永倉さんと土方さんを決裂させるわけにはいかない。まして、わたしが原因だなんて絶対に駄目。


「永倉さん。土方さんも近藤さんも、決して永倉さんを武士生まれだからと外様扱いしているわけじゃないんです。それは誤解です。芹沢さんとは同門だから、気を配って刺客組から外したんです。それに、わたしの病のことも突然のことだったので、当面は伏せなければいけなかったんですよ。知っている人は、近藤局長、土方副長、山南総長の三人だけです。後はさっき診察してくださったお医者さまの松本先生ですね。でも、永倉さんたちにずっと秘密にしているつもりはなかったんです。ですよね、土方さん?」


「いや? 永倉にはずっと秘密にするつもりだったぜ、勝手な妄想を抱いて怒るだろうからよ。実際、総司が昔から女だったとか早速言いだしてるし。そんなわけ、ねえだろう。今まで何度、総司と一緒に風呂に入ったよ」


「それ見ろ総司! 諸君は、やはり拙者を外様扱いしているではないか!」


「いやいや、なんでそこで話を合わせてくれないんですかー土方さーん! こんな重大な話、永遠に秘密にできっこないじゃないですかー! 違うんですよー永倉さん! いずれは打ち明けるつもりでしたよー! 土方さんは、要はツンデレなんですよー! 素直じゃないんですー!」


「つんでれとはなんだ、総司? 新しい京都弁かなにかか? 異国言葉みたいだが」


「は、はい! 永倉さん、流行の異国言葉です! ツンデレとは、自分の本心を他人に明かさない、すっごく素直じゃない人のことです! 冷たい態度を取っている相手には、実は好意とか友情を抱いているんですが、そんな自分が恥ずかしくて逆の態度に出るという、困った性格の持ち主を指す言葉です! つまり土方さんのことです! 感受性が強すぎる芸術家肌の人は、ツンデレになる傾向が多いんです!」


「待て待て総司。俺が、なんだって? 訳のわからねえことを言ってんじゃねえぞ?」


「……なるほど。素直じゃない性格、か……拙者が臍を曲げた時のような状態が、土方さんの平常ということか。考えたこともなかった。人にはいろいろな性格があるものだな」


 すごく土方さんの怒りを買いそうな言葉だ。永倉さん、正直すぎます。当たってますが。


「永倉さんはつい癇癪を起こして人と決裂しちゃったあと、ずっと後悔しますよね?」


「うむ。深く後悔する……だが、こちらから詫びるのも難しくてな……気位が邪魔をするのだ。我ながら、厄介な性格だと思う」


「土方さんはずーっとその状態なんですよ。いつだって後悔しているんです。そんな厄介な性格に生まれついてしまったので、土方さんはいつもいつも辛いんですよ。どうか永倉さんもわかってあげてください」


「おい総司。いい加減にしておけ、そろそろ怒るぞ」


「それに――土方さんにも、いいところはあるんです。絶対に、なにがあっても近藤さんと新選組を裏切らないということです! 戦場で死ぬまで、いえ、たとえ死んでも、土方さんは永遠に新選組なんです! 永倉さんが理想としている誠の武士とは、土方さんのことだと思います、わたしは!」


 これは、「侍死」を周回し続けてきたわたしの偽らざる本心。「侍死」だけじゃない。あらゆるメディア、あらゆる史実資料が、土方歳三こそが最後の武士だったということを証明してくれている。

 そして、一時の感情で「新選組を離脱した」ことこそ、永倉さんが生涯悔いを残した一点でもある。だからこそ、永倉さんは生涯、新選組の名誉回復のために力を尽くした。新選組を抜けた後、面前で近藤さんを批判されて「近藤さんの悪口を言っていいのは俺だけだ」と激怒したような人だ。ほんとうは、誰よりも最後まで新選組で戦いたかったはずなんだ。理想とする「誠の武士」となるために。


「それに、新選組の実働部隊を支えてくれている存在じゃないですか、永倉さんは! 一番組隊長のわたしはまだ子供ですし、実質的な一番組隊長が永倉さんだということはみんな知ってますよー! 大人の永倉さんがいてくれないと、新選組は駄目なんです! 黙っていたことは謝りますから、どうか土方さんや近藤さんを悪く思わないでください。お願いします!」


「……参ったな。総司にそこまで頼み込まれては、否とは言えんな。これ以上臍を曲げていては拙者のほうが子供ではないか……わかった。今回は、不平不満を呑み込もう。土方さん、総司が昔から女だったというのは拙者の早とちりだった。今日のことは水に流してくれ」


「ちっ。総司が俺に妙な性格づけをしやがったのが気に入らないが、永倉に抜けられちゃあ困るのは事実だ。今の総司は女だしな、いつまでも最前線で剣を握らせてる訳にはいかねえと俺も思っている。これからの新選組は、総司の後釜を勤められる逸材を捜し出して雇わねばならねえ。こいつほどの達人はそうそういねえのが困りものだがな。その時には正式に一番組隊長役を頼む、永倉」


「うむ。土方さん、承知した!」


 わたしは新選組をやめないですよ土方さん。まだそんなことを企んでいるんですか?

 でも、永倉さんと仲直りしてくれたから、今はいいか。

 わたしの役割がだんだんわかってきた。

「侍死」での新選組崩壊には、外的要因と内的要因がある。

 外的要因は、簡単には変えられない。

 でも内的要因、つまり内部崩壊を防ぐために奔走することはわたしにもできる。そして、内部崩壊に至るルートはこの頭に入っている。いずれ離脱する運命にある隊士さんたち一人一人の心を、懸命に新選組に繋ぎ止める。

 きっとそれが、わたしの役割なんだ。


「それでは、拙者は総司の秘密は絶対に漏らさぬと誓おう。漏らせば直ちに腹を切る! ただし、総司になにかあれば拙者が必ず駆けつける。それでよいな、土方さん」


「わかったよ……ちっ。総司はとことん脇が甘いんだよ、次から次へとバレてるじゃねえかよ。永倉は口が堅いからまだいいがよ。この調子じゃあ早晩、隊士全員に漏れちまうぞ」


 すみませんすみません、土方さん。

 左之助さんにだけはバレないようにしないと。

 だってあの人、口が軽いし。悪気はないけど、隊内で「いいか、誰にも言うんじゃねえぞ」と言いながら面白がって片っ端から言いふらすに違いないし。


 それに、昨日までなら左之助さんが「絶対に誰も言うなよ、総司は女なんだぜー」と漏らしても信用されなかっただろうけど、わたしが祇園で美女に化けたって噂がもう広まっちゃってるから、今なら隊士たちも左之助さんの話を法螺だと聞き流さずに真に受けそう。


 どうやったって隠し通せる話じゃないよ、これって。あー、困ったなあ……。

 でも、やっぱり別にわたし自身は女バレしても困らないんだよね。土方さんが心配性なお兄ちゃんすぎて先走って困ってるだけで。

 新選組は雇われ浪士集団だから、隊士が女だからって解雇されるわけじゃないものね。

 幕府の直参だったら問題になりそうだけれど。


 襲われる、襲われるって土方さんは言うけれど、沖田総司と同等に強い隊士なんて数えるほどしかいないし、それらの人たちは沖田総司を襲ったりしない親しい人ばかりだしね。

 やっぱり、徐々にカミングアウトしてソフトランディングする方法を考えたほうがいいんじゃないかなあー。

 あ、でも、長州にまで漏れるとまずいかな……そうだよね。長州の志士にもいろいろいて、みんなが桂さんみたいな紳士ばかりじゃないからね。芹沢さんみたいなタガが外れた乱暴者もいるわけで。怖い者知らずで鳴らしてきた新選組の弱点になりそう。

 そこまで考えると、土方さんが正しいのか。やっぱり副長のお仕事って大変なんだなあ。

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