新選組で過ごす日々-4
さて、わたしは今その個室で松本先生に診察してもらっているわけだけれど――。
相手はお医者さまなので、服を脱いでも別に恥ずかしくないはずなのに、やっぱり妙に恥ずかしいのはわたしが「沖田総司」だからだろうか。
松本先生は「ふうむ。こいつは確かに奇病だ!」とわたしの身体を観察しながら自分の坊主頭をぱちんと叩いていた。
謎の女体化病を目撃したので、医者として興奮しているらしい。
「山南さんから話を聞いた時には眉唾だったんだが、世の中にこんな病があるのかね。沖田くんは、実はもともと女だったんじゃないのかい」
「い、いえ。ある日突然こうなって……どうしてでしょうね。あは、あははは……」
「絶対に口外するな、口外したら斬ると土方さんがおっかなくてね。さて、いったいどうしたものやら。土方さんは女体化の病が実在すると信じているがね、そんな病はただの噂だ。実在するわけねえ。俺ぁ、さっきまでそう信じていた」
でしょうね。
「ところが実在した。山南さんは、俺なら治療してあんたを元に戻せると言っていたが、女体化病なんて東洋にも西洋にも存在しねえ謎の病気だよ。沖田くん、あんたが史上初の発病者だ」
「ま、まさか連れ去られて研究材料にされちゃうんですか、わたし?」
「新選組の一番組隊長にそんな扱いはしねえよ。まあ、幸い命には別状ない。いたって健康だ。それがまた不思議でなあ。こうなる兆候はあったのかい?」
実は女子高生が沖田総司の身体に転生してきました――とは言えないし。
たぶん、頭もやられちまったな、と先生に心の病だと思われて事態が悪化すると思う。
「と、特にありません。記憶がちょっと曖昧になったりしていましたけれど、一週間程度でそれも慣れました。ただ……」
「ただ?」
「病気というよりも変身したという感じで、どうやっても治らないような気がします。えへ、えへへへ……」
わたしが沖田総司の身体から抜ければ治りそうだけれど、どうすれば抜けられるのかがわかりません。どうして入ったのかもわかんないし。
「だろうなあ。今まで前例もないし、原因もわからねえ。治せるわけねえわな、医者にも。まあ時々診察してやるから、養生しなよ。一生ずっと女のままということもあり得るからよ、斬り合いはなるべくやめておきな。チャンバラで顔に傷でもついたらたいへんだ。こんなことしか言えなくて済まねえな」
いやーなんて率直な人なんだろう。名医だー。ヘンな治療を施されたらどうしようかと思ってどきどきしてたけど、よかったー。
「さて。今は、こいつが他人に感染するかどうかが問題だ」
「か、感染っ!?」
「謎の病気なんだから、移る可能性だってあるだろうさ」
そうか。感染病だったのか?
まさか。いずれ新選組隊士全員が、女の子に?
やだ、土方さんとか宝塚のスターみたいに綺麗な美人さんになりそう!? 近藤さんは……ガタイを生かして女子オリンピック選手一直線かな……? 「類人猿最強」「近藤ニキ」とか呼ばれそう。左之助さんは遊び好きだし美形だしで、銭目当てでさっさと芸姑になりそう。そしてどこぞの大旦那から銭をかっぱぎそう。永倉さんは純潔の剣士だから、自分の身体を鏡で観てしまって、衝撃で卒倒しそう。
それはそれで見てみたいような。あ、駄目。妄想が止まらない。われながらキモい。
お兄ちゃんがわたしにハードな「侍死」のプレイを進めたのも、わたしが新選組乙女ゲーのやりすぎで脳の腐女子化が進行しはじめていたためだったんだろうな。
「覚えているか? 数年前、江戸でコロリが大流行して大勢が死んだだろ? 長崎あたりから異人が持ち込んだんだろうけどよ」
ああ。江戸の試衛館はそれで経営難に陥って潰れちゃったんだっけ。だから近藤さんたちは食い扶持を求めて上洛するしかなくなったんだー。
意外と歴史って、感染症で動くんだねー。
「コロリは、患者の糞便や吐瀉物、あるいは水を媒介して人に感染するんだ。女体化病が感染する性質かどうかはっきりするまでは、隊士に移さないように、衛生的な暮らしをするこった」
「いやいやいや。わたし、そんな乱れた生活してませんから! 女の子ですよお?」
「あんたが小ぎれいにしていても、新選組の屯所自体が不衛生なんだよ。大部屋で雑魚寝は心身によくないし一人が風邪をひいたら全員に移す。ちゃんとした風呂場だって必要だ。女体化病を発症している隊士は沖田くんだけだが、この組織には病気持ちや体調不良者が多すぎらあ」
「はあ。それはそうですねえ」
今後、沖田くんをはじめとする幹部たちは完全個室。大部屋にも仕切りを作るなどして、隊士の雑魚寝状態は回避。そして大きな風呂場を設置する。とりわけ、沖田くん専用の女風呂が必要だ、と松本先生はてきぱきと「女体化中の沖田総司の秘密を守りつつ感染を予防する」ための策を出してくれた。
いやあ、聡明な人だなー。というか行動力が凄い。
「土方くんが一両日中にすべての対策をやってくれるそうだ。あの男は、異常にきみを案じていてね。俺が藪医者だったら斬り殺すとも忠告されてしまったよ。ありゃ本気で言ってるのかね。目が完全に座っていたが」
「ひ、土方さんはそのー、弟を心配しすぎる兄ですから。悪気はないんです、すみませんすみません」
「まあ、英語で言うところのプライバシーを確保すれば当面はバレないだろう。胸には常にサラシを巻いておきなさい。巻かなくても和服ならバレない程度の小ささではあるが」
「そんなことありませんよー! 失敬ですねー! 巻きますよ、巻きますってば!」
「おいおいなんで怒るんだよ、もう心まで完全に乙女になってるのか沖田くん。ずいぶんと適応が早いというか、きみは楽観的でいいなあ。実ははじめから女の子だったんじゃないか?」
やばっ。中身は女子高生だとバレたらまずい。わたしは沖田総司、沖田総司。
「俺だったら、生きるか死ぬか悩んじまうよ。土方さんや山南さんの心配ぶりもわかるぜ。『新種の風邪だろう、労咳でなくてよかった』で片付けている近藤さんは特別だな」
ソウデスネ。近藤さんが局長なのでどうにか隊にいられます、はい。
芹沢さんが存命だったら、わたしはほんとうに酷い目に合ってたかも。コワー。
いかに名医の松本先生でも、わたしの身体を医学を用いて男に戻すのはまず不可能だろうけれど、「病人」という扱いを続けてもらえれば秘密を保持しやすくなるはずだ。
わたし自身は、別に隊士にバレてもいいんじゃない? 男のふりをしていても衆道派に狙われているんだから、一緒では? とだんだんどうでもよくなってきているんだけれど、「衆道の奴らもそれはそれで執拗だが、相手が女となると、狙ってくる野郎の絶対数が増えていけねえ」と土方さんが絶対にそれを許さないのだった。
まったく、土方お兄ちゃんは心配性だなー。
さっさとリアルで彼氏を作らないと結婚できずに一生腐女子だぞーとわたしをからかっていた前世のお兄ちゃんとは大違いだよ。
「考えてみりゃあ、こんな経験ができる人間は滅多にいない。楽天的な沖田くんなら心配なかろう。新たな人生を楽しみな、はっはっは!」
というわけで、松本先生は秘密保持のために土方さんに知恵をつけてくれることに。
松本先生がいい人でよかった。新選組にはどこまでも親切なんだよね、このおじさん。近藤さんと並ぶと、ヤクザの組長同士が盃を交わしているようにしか見えないのだけれど。
「お年頃だし、いずれ殿方と恋に堕ちることもあるかもしれねえが、気にするこたあねえよ。あんたはれっきとした女の子だ、遠慮せずに成就させちまいな」
うう……いいんでしょうか……沖田総司くんに怒られそう……って、あれ? どうしてだろう。土方さんの顔が脳裏に浮かんできた。駄目駄目。わたしはただの新選組の一ファン。沖田総司くんになれちゃったからって、職権乱用は駄目だと思います!
ところが、好事魔多しと言うか。
試練は続いた。
わたしが診察を受けていた個室の向かいの庭で「診察までの待ち時間が長すぎる、暇潰しに稽古だ!」と木刀を振っていた剣術中毒者の永倉新八さんが、わたしと松本先生の話を偶然漏れ聞いてしまったのだ。
松本先生ってば、声が大きいから……。
松本先生が先に集団検診場に戻ったあと、服を着直して鼻歌を歌いながら個室を出ると同時に、わたしは「なんということだ……」と青ざめている永倉さんと鉢合わせに!
ギャー!
堅物の永倉さんにバレたーーーーーー!
もう、おわりだ……!
「……総司……きみは、そうか、不治の奇病に身体を侵されていたのか……少女の身体で剣を握るのは辛いだろう。それでなおも、拙者し以上の剣の技術を維持しているとは。なんという立派な剣士なんだ、きみは! 拙者は感激した!」
って、なんで男泣きに泣いているんです、永倉さん?
「拙者は今まで、どうしてもきみに追いつけずに歯がみしてきた。だが、ようやくわかった。沖田くんはまさに無敵の剣の使い手だ、きみこそが剣に愛された天才剣士なのだ!」
思い込みの激しい人だから、なにか感動的な物語を妄想して泣いているみたい。
「は、はあ。身体が勝手に動くだけで、その、剣術は実は忘れちゃってて……あはは……」
あ、いけない。口が滑った。
「剣術を忘れただと? まさか、宮本武蔵の如き無念無想の高みに昇ったというのか!? もしかして、拙者も女体化病にかかればきみと同じ達人の境地に? 拙者に是非とも感染させてくれぬか、総司!」
「いやいやいや! 感染しませんから、この病は! 永倉さん、男を捨ててまで剣の道を究めなくてもいいですよ? 失うものが多すぎますよ?」
「拙者はただ、剣を究められればそれでいいのだ。他に求めるものなどない! どうすれば感染できるのだろう、うむむ……いろいろな病は、主に色街で女性から貰ってくるという噂を聞いたことがある。故に拙者は、今まで女性を我が身から遠ざけ……感染するためには、今までのの逆の道を進めばいいのだろうか?」
「あのー。ヘンな方向に思考が向かってますよ永倉さん?」
「拙者は不純な動機で言っているのではない! そうだ! 恐らく病とは、病持ち患者との濃厚な身体的接触で感染するのだ! 頼む総司、抱擁させてくれ。拙者をきみの剣の境地へと――!」
「うっわー。覚悟決まりすぎ。あのー永倉さん? わたしが女になったことと剣の話は、ぜんぜん別ですから! 剣術を忘れたのに身体が勝手に動いてくれるのは、今までの修行の成果なんですー!」
「えっ? 別なのか、そうか……やはり修行に勝るものなしなのか! すまない総司! 邪道を用いて強くなろうとは、拙者は武士失格だった! 病に冒された総司の心も踏みにじってしまった……なんという未熟な……!」
「いえいえ。稽古ですよ稽古。頑張りましょう永倉さん。あはは~」
「いや。実はきみが女子だと意識したとたん、きみに指一本触れられなくなったようで、身体が金縛りになっているのだ。拙者は、禁欲を貫きすぎたせいか女人が苦手で……」
「ふえー。不逞浪士は豪快にばっさばっさと斬るのに、そうですかー。かわいいところもあるんですねー永倉さんってば」
「かっ……かわいいだと? や、やめてくれ。いきなり顔が火照って熱が出た……」
女になった永倉さんって、想像できないなー。
わたしは前世から女の子だから特に失ったものはないけれど、人生の途中で男から女にジョブチェンジは、剣士としてたいへんでしょう。すっかり落剥しちゃった沖田家と違って、永倉さんのご実家は偉い武家なんだし、跡取り息子が女の子になりましたでは。
あ。一応、沖田家も下級武士の家柄なのね。早くに両親を失ったので、沖田総司は試衛館の後継者候補として近藤さんのもとで育てられたわけだけど。
強さにこだわる天然理心流は、血筋ではなく「剣の腕」がすべて。最強の後継者を「養子」にして試衛館道場を継がせるという、ジェダィみたいなシステムなんだ。
だから近藤さんも養子なんだよね。もとは多摩のお百姓さんの息子さんだから。その人間離れした豪傑ぶりと、豪快かつ精緻な剣術の才能を認められて、近藤家と天然理心流を継いだんだー。
で、その近藤さんの次の跡継ぎが、うら若き天才剣士沖田総司……にはるはずだったんだけど。
「わかった総司。では感染させてくれという失礼な話は金輪際やめだ。ただし! 拙者はこれでも武士だ。不逞浪士が跋扈する危険な京に、年頃の乙女を放置してはおけん!」
「はあ」
「今後は、拙者が総司の補佐役を務めて四六時中警護する! いや、剣の腕では総司が拙者より上手だということは知っている。だが、乙女であることを荒くれ者の不逞浪士どもに知られれば、あどけない総司がどのような目に遭うか……うっ、不憫な……」
「ですから、妄想で泣かないでくださいよー。不逞浪士さんたちも、そんなに悪い人たちばかりではないですよ?」
「それだ! そのお人好しぶりが危険なのだ総司! 今まではそれでもよかったが、今は違う! きみは先日まで男だったから、自分自身が陥っている危険さがわかっていないのだ。拙者に任せておけ! 死してもきみを守ろう、誠の武士として!」
いやーわたし、前世でも女子高生でしたし、別に男性に対してそれほどの恐怖感は……あーでもこの世界は「侍死」の世界だから、芹沢鴨みたいな危ない男が大勢日本刀を帯刀してうろうろしているのは事実かも。
ぱっとしなかった前世と違って、今は美少女だし……沖田総司が美形なだけだけど。
「これからは、拙者を保護者として頼ってくれ。前門の衆道派、後門の女好きどもから、総司を守り抜こうではないか」
「いやー、どうでしょう。左之助さんが既に一応、そのお役目を……あはは……」
「左之助が? 左の字は確かに気のいい男だが、あれは底抜けの馬鹿だ。昨夜も早速、きみを祇園に売り飛ばそうとしていただろう!?」
「いやいや左之助さんは、わたしが女だと知りませんから。悪気はないんですよ?」
「悪気がないから厄介なのだ。きみが女だと知ったら、さらに高値でどこかに売り飛ばそうとするかもしれんではないか」
まあ、既に長州に売ろうとしてましたけど。
「拙者ならば、絶対にそういう悪事は働かない。拙者はこれでも生まれながらの武士だ、本来武士とは可憐な乙女を守るものなのだ。そのために剣があるのだ。わかるか総司?」
親切な人なんだけど、永倉さんは正義感が暴走するんだよね。
困ったな、どうしよう。
それよりも、武士、武士と連呼し続けると、臍を曲げる人がいますよ永倉さん。
そう。多摩生まれで薬売りをやっていた百姓出身の土方さんが――って、土方さんがいつの間にか永倉さんの背後に立っているううううっ?
怖っ? 人斬りのオーラ全開っ!?
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