新選組で過ごす日々-3

 あうう。いやだーいやだーと騒いでいたのに。

 否応なしに、いよいよ酒の席に。

 既に、大部屋で宴会がはじまっていた。数名の不逞浪士……じゃない。とても身なりのいい長州藩の名士たちが、お座敷で盛り上がっている。


「こんばんは、桂小五郎です。いやあ、これは美人だ! 新人くん。ぜひ、お名前を!」


 そこはなとない陰キャ感のあるイケメン男子が、いきなりわたしの手を握りしめてきた。


「あ。いえ。その……そ、そうじ、と申します」


「そうじさんですか。声まで愛らしい。どうでしょう、私の嫁になりませんか! 銭ならたっぷりありますよ、長州藩に。私は、長州藩の銭を使い放題なので!」


「そうじは新入りなのよ、ほんまでしたらあと三年は曳けまへん。どうしても曳くというなら、うちに直接手渡ししてくんなはれ。うふ、うふふふ」


「きみも見慣れん顔だな。この子の姉か? よし、承知した!」


 ちょっと待ってくださいよ、長州に売らないでください左之助さーん!?

 わたしの基本的人権はどこへ消えたんですかあー?


「さあさあ新人さん。三味線を教えてやろう、僕ぁ高杉晋作という。都々逸が得意でね」


 妙に浮きまくっているザンギリ頭。やや馬面っぽい、こちらは陽キャ丸出しの長州男子がわたしに三味線を抱かせてきた。


「ひえええええ。わたし、しゃ、三味線は下手で……ギターなら多少……」


「ぎたぁとは、京の楽器か? 僕は聞いたことがないなあ」


 あれっ? 待って。

 もしかしてこの人たち、「侍死」では新選組と戦うラスボスだったような!?

 高杉晋作と桂小五郎って、長州藩を率いて討幕に奔走しているリーダーじゃなかった?

 えっ? 祇園でいきなりラスボスと邂逅? こんなの「侍死」じゃありえなーい!

 そうか、そもそも沖田総司が芸姑に化けて祇園に潜入するなんて乙女ゲームみたいなイベントが存在しなかったから……。


 ど、ど、どうしよう……?

 ここで二人を捕らえたら、長州藩と新選組はどちらかが滅びるまで戦う仇敵関係になっちゃう。

 でも、知らんぷりして飲んでいたら、あとで土方さんにバレた時が怖すぎるし。

 左之助さーん。もしかして、一緒に遊んでいる場合じゃないのでは?


「いいぞー桂ー、臍踊りやれー! おいらもやりまーす!」


「ヘンな芸姑だなあ、きみは。だが、やろう! 臍踊りを! この桂は、百芸に通じる宴会男でね! 途中で疲れ切って突然陰気になるけれど気にしないでくれたまえ、そうじさん!」


「……駄目だ、左之助さんも桂さんもべろべろに酔っている」


「はっはっは。お堅い桂くんがこれほど女性にお熱になるとは珍しい、いやこれは風流だ。藩の銭で僕が蒸気船を買ってくるから、彼女を海路で長州へ連れ去ろうじゃないか」


 ええ? わたし、このまま長州藩に連れ去られるの? 蒸気船を買うって冗談ですよね? ああ駄目だ高杉さんの目つきが本気臭い……と弱り果てていると。

 いきなり宴会場にダンダラ羽織を着込んだ新選組の面々がどどどっと押し入ってきて、そして。


「馬鹿っ、おめえらなにをやっていやがる! 帰るぞ総司! 女将、今夜のことはなかったことにしろ! 漏らしたら、この店は火ぃかけて二度と営業できねえようにするから覚悟しやがれ!」


「げえっ、土方さん? バレたっ? はやっ!? バレるがはやっ!?」


 なんという恐ろしい情報強者。

 どうやら心配性の土方さんは、わたしの護衛役の左之助さんにさらに監視役をつけて、二重にわたしたちを監視していたらしい。

 きっと観察の山崎さんだ。あの人、忍者みたいに気配を殺してスパイ活動できるから。レギュラー隊士なのに、素顔すらよく知らないし。

 ちなみに桂小五郎さんたち長州の面々は、新選組出現と聞くと同時にいっせいに消えていた。逃げ足、はやっ?

 確か桂小五郎って、逃亡スキル持ちというか、絶対に新選組に捕まらない人だったような。そうそう、何度イベントで遭遇しても絶対に逃げられてしまった。しかも、変装の名人だし。


「ちっ。長州の野郎どもは逃げちまったか。あのなあ総司。おめえ、なに左之助に流されてるんだ。お前ももともと馬鹿っぽいが、左之助の馬鹿が本格感染したのかよ?」


「いやー、すみません土方さん。こんな綺麗なおべべ、着たことがなくて。つい浮かれてしまいましたー。えへへ……」


「えへへ、じゃねえよ。こら左之助、おめえにこんな仕事は依頼してねえぞ! 長州の野郎どもと出会ったら捕らえるなり斬るなりしろ、酒を注いで接待してどうするんだ。おらっ、屯所に帰るぞ!」


「えーそんなあー。土方さん、頼むよー。お目こぼししてくれよー。長州人を斬っても銭にならねーけど、祇園で一緒に遊んだら情報も手に入るし銭にもなるんだよー。もうちょっとで大金を掴めたのによー。おいらの結婚資金捻出のために目ぇつぶってくれよー!? な、な?」


「な、じゃねえよ左之助。こっちがなにも言わなくても勝手に切腹しはじめる大馬鹿野郎のおめえじゃなきゃあ、この場で斬って捨ててるぞ……まったく、面倒ばかり起こしやがる」


 土方さんがまたまたやらかした左之助さんを今回も斬って捨てないのは、左之助さんがわたしが女装している姿を見ても真相にまったく気づいていないし、気づく気配すらないという理由からだろうか。

 知恵が回るタイプは嫌う反面、お馬鹿だけど命知らずで腕が立つ剣士を、土方さんは好むんだよねー。修羅場ではそういう人間が強いって信じてるの。わかりやすいなー。

 まさか左之助さんがわたしを長州の桂小五郎に売り飛ばそうとしていたとは、口が裂けても言えないなあ。

 そもそも、結婚したら家族に対して責任を! って左之助さんを諭したのはわたしだしね。


 結局、わたしと左之助さんは屯所に連れ戻され、土方さんに副長室で引き続きこってりと叱られたのだった。

 なお左之助さんは、途中から座ったまま目を開けて眠っていた。異様な喧嘩っ早ささえなんとかすれば、長生きするよねこの人は。生きててストレスなさそう。

 実はこの時点で歴史は「侍死」の正規ルートからかなり大幅に、いやもはや完全に外れていたのだが、元々ぼんやりしているわたしはまだ気づいていなかった。



 ところが、噂は消せないもの。

 翌朝には、「沖田総司が女装して祇園で働いていた」「恐ろしく美人だったらしい」「客として入れるなら死んでもいい」と隊内中で妙にねじ曲がった噂が流れていた――。

 二番組隊長で、試衛館でも食客兼「用心棒」をやっていた凄腕の神道無念流達人剣客、剣術マニアの永倉新八さんまでが、


「総司。昨夜の騒ぎ、拙者も心配していた。左之助がまた馬鹿をやらかして済まなかった。二度と女装して祇園に出勤してはならんぞ、人生を踏み誤ることになる」


 と、わたしが新たな趣味の世界に目覚めたと思い込んで、声をかけてきたのだった。

 この人、剣の腕は凄まじいんだけれど、生まれも育ちもほんもののお武家さんなんだ。

 いいところのお坊ちゃんが、剣術に凝って「拙者は天下一の剣豪に、『誠の武士』になる」という途方もない悲願を抱き、脱藩してあちこちの道場でがむしゃらに厳しい修行を続け、ついにはほんものの剣豪になったという浮世離れした人なのだ。

 でも永倉さんって、剣は強いけれど嘘が大嫌いな真っ正直者なので生きるのはすごく下手で、気がついたら食い詰めて試衛館なんていう無名の芋道場の食客になっちゃったというね。

 試衛館に乗り込んできた道場破りは全員、この食客の永倉さんに倒されていた。近藤さんとの勝負にまで行き着けた道場破りは一人もいなかった。それほどに強い。

 間違ったことは許せないという性格で、近藤さんにすら食ってかかるからねー。

 それほど堅物で生真面目だから、いちど誤解されたらその誤解を解くのが大変なんだよねー。思い込みが激しい性格だし。


「だ、だいじょうぶですよお。二度と女装しませんから。あは、あははは……」


「ならばよいのだが。きみはまだ女性を知らない。そんなおぼこい子供が女装だの衆道だのを覚えたら、もう引き返せなくなるぞ。注意したほうがいい」


「は、はいっ! 先輩の永倉さんからご教示いただければ!」


「……いや、実は拙者も女人には疎いのだ。剣一筋に生きてきたのでな。すまない。この件、土方さんには禁句だぞ」


「あー、そうでしたっけ? あははー、永倉さんと山南さんは試衛館組らしくない真面目な人ですねー」


「剣士ならば女人禁制、妻帯するまで純潔を保つのは宮本武蔵の昔より当然のこと。京に来てから浮かれている近藤さんが、酒の匂いに酔うたびに『男子たるもの、はぁれむを作りたい』などと言いだすようになったのがむしろ解せん。酒の席の冗談だとはわかるが、本気を出せば拙者よりも強い剣士なのに、芹沢さんの病気が移ったのだろうか?」


 へえ。どこでそんな異人言葉を覚えたんだろう、あの人。「侍死」限定設定かな。「侍死」って現代語が時々混じるからね。特にヤクザ用語。


「山南さんも最近、明里という島原の芸姑のもとに通い詰めているようだし心配だ」


「あ、ああ……山南さんが……」


 わたしに惚れないために耐性をつけるという理由で修行をしているみたいだけれど、だいじょうぶかな。

 そんなこんなで騒然としている中、突然現れた山南さんがみんなを集めて公に発表した。


「皆さん、松本良順先生がお越しになられました。これから身体検査をはじめます」


 ぬ……抜き打ち身体検査!?

 そうか。山南さんはたぶん、わたしがお医者さんにかかることを嫌がっているとその智謀で察して、告知なしでいきなり開始することにしたんだー。

 最近あまり姿を見ないと思っていたら、抜き打ち身体検査の準備をしていたんだ!


「やあ沖田くん。きみの病は必ず治癒する。だから、検査を受けてくれるね?」


 しまったー! まさかいきなりだなんて? どうしよう、どうしよう土方さん?


「……山南の野郎……やられた……一晩潰して祇園で暴れている隙に……」


 あ。駄目だ。土方さんの目が、山南さんへの殺意に燃えている。

 こういう時、どうすればいいのか。まったくもって「侍死」にはありえない突発イベントを前に、わたしは知恵熱が出そうなくらい動揺してしまった。

 左之助さんには真相は打ち明けられないし……打ち明けたら面白がられてさらに騒ぎが拡大するだろうから。女になってると気づかないままでも、「祇園で働け」とか言いだす人だもんね。

 どうしよう?

 あれ、わたしってばガチでやばくない?



 松本良順先生は、幕府の御殿医というとても偉いお医者さまなんだけれど、どういうわけか近藤さんと意気投合した新選組の大ファンで、「侍死」では京を追われて北へ北へと敗走していく新選組に奥州まで着いてきてくれた奇特な人だ。

 労咳が進行して江戸で寝たきりになった沖田総司を、ずっと治療してくれた親切な人でもある。

 見た目は頭を剃った大男で、明らかにヤクザなんだけど。

 なんだか、鍼で暗殺とかしてそう。

「侍死」がヤクザゲームだからなのか、そもそも切った張ったが日常だった幕末の人たちが実際そうだったのか。


 ついに、その松本先生による抜き打ち身体検査がスタートした。

 土方さんは、


「山南の野郎! 知恵者ヅラしやがって、余計な真似を。さっさと斬っておけばよかったぜ。総司の秘密が隊内にバレたら万事休すだ」


 と、まーた物騒なことを言っているけれど、どのみち男だらけの新選組は環境が不衛生すぎて病人だらけなので、ここで松本先生のお世話にならないとどうにもならない。

 長州との戦い以前に、衛生面で自滅しちゃうという、駄目な軍隊の見本みたいなルートを辿ることになっちゃうよ。人が増えたのに、いまだに試衛館時代の気分で暮らしているからなあ。

 それに、


「今日こそ必ず原因を突き止めて治療をはじめられますよ、沖田くん!」


 と親切すぎる笑顔を浮かべている山南さんを前にすると、断れない。

 結局わたしだけは「労咳の疑いがある」という理由で、集団検診会場から離れた個室でこっそり診察してもらうことになった。

 他の隊士は全員大部屋で集団検診なので、わたしだけ隔離状態に置いてもらうわけだ。

 これなら、バレたりしないはず。

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