新選組で過ごす日々-2
というわけで、いつもの行きつけのお団子屋さんで。
わたしは、左之助さんとお団子を食べていた。
「なんだか知らないけれど、土方さんがよ。おいらに今日から総司の護衛をやれってよー。総司おめえ、最近新選組に増えている衆道派の野郎どもに狙われてるって言うじゃねえか。大変だなあ。うわっはっはっはあ! 斬る? 一緒に斬っちまう?」
「いやいや左之助さん、斬っちゃ駄目ですよ。平和にいきましょうよう平和に」
「おいらの目にも、確かに総司は急にかわいくなった気はするけどよー。要はそういう年頃になったってことだろ? 衆道趣味は、おいらにはわかんねえや!」
槍使いの原田左之助さんは、伊予松山出身。地元では中間をやっていたけれど、やたら短気なので切腹騒動を起こして、解雇されて浪人したらしい。
陽気な人だけれど、酔うとすぐに、切腹した時のお腹の傷を見せてくるという凄まじい芸風を誇っている。「おらおら、これがおいらが切腹した時の傷だあ!」と傷口を見せつけてくるのだ。
それでみんな「スゲー!」「死に損ね左の字だ!」って盛り上がるものだから、いよいよ左之助さんの腹芸の頻度があがるという。まさしくアウトレイジの世界だよねここって。
そんな謎の四国人が、いつの間にか江戸の試衛館の台所に棲み着いて、勝手に飯を食うようになっていた。妖怪「飯食わせろ」だと、沖田総司は呼んでいた。
しかもそのまま上洛にもついてきて、今でもなぜか壬生屯所にいる。
一応は新選組隊士なんだけれど、フリーダムな性格なので、私服しか着込まない。
天然理心流の門下生でもなんでもないのに、なにも考えない馬鹿っぷりと、自分の生死にすら無頓着で「どうせ一度死に損ねたおいらだ、死ぬならいつでも死んでやらあ」と豪語する超適当な性格を土方さんに妙に評価されていて、なんと天然理心流剣士でもないのに芹沢鴨暗殺隊にも参加しているという……。
あの時も「左之助なら秘密を漏らしても、また法螺話かと誰も信じねえからな」という採用理由だった。あと、左之助さんってやたら実戦で強いし。戦う際、まったく躊躇しないんだよね。自分の命にも無頓着だから、相手の命にも無頓着というか。一度切腹してなにやら臨死体験して以来、生死を達観してるというか。
なにしろ、子供が虫を捕るくらいの感覚で不逞浪士を斬っちゃう人だからなあ。
これっぽっちも悪気はないんだけど、ヤクザ映画で鉄砲玉やってそうな性格だよね。
武闘派の近藤さんですら、一仕事追えた後に「あ~悪い奴を斬ってすっきりした!」と陽気に笑っていた左之助さんに「いやいや左之助、人を斬っておいてそういう態度はおかしい。死者を冒涜してはいかんぞ」と困り顔でお説教したっけ。
こうやって説明すると、とんでもない武闘派の無頼なヤクザさんのように聞こえるけれど、というか実際そうなんだけれど、実は左之助さんは新選組でも指折りの美男子なのだった。
外面は光源氏のような美形で、中身は近藤さんどころのレベルじゃない底が抜けた超ガサツものという、なにかの間違いのような人である。キャラ自体がバグというか。
中間時代のトラブルも、どうも衆道趣味持ちの上司に襲われそうになって「ふざけんじゃねえぞな、こなくそが!」とカッとなって上司をブッた斬ったという話だったとか。その直後の切腹も、命じられたわけじゃなくて自分から「責任取って潔く死んでやらあ!」とぶっすり切ったとか。
それなのに、いつも楽しそうだなあ。普段、なにを考えてるのかなあ。無の境地とか。
「なあなあ、最近なにかあったのかよ総司。恋でもしたとか?」
「いえ。わたしは恋よりお団子ですよ。もぐもぐ」
「はえー。総司、お前、食い方までかわいくなったなあ? 今までなら口いっぱいに団子を頬張って頬をベトベトにしていたのが、子栗鼠みてえにちまちま囓るようになっちまって。かーっ。誘ってる? それって男を誘ってる?」
「ええ? 誘ってませんよう。普通にしてるだけですよー」
えー、左之助さんまで? 沖田総司の中身が女子高生になっただけで、それほど破壊力があるだなんて。鏡があれば自分でもわかるんだけれど。やっぱり……顔……? 顔が違うからでしょうか……?
でも、そこで衆道に目覚めるような左之助さんではない。この人は――大の女好きだ。
しかも、意外にもすごく一途。このお店で働いている、看板娘のおみっちゃんに夢中なのだ。
「はーん、そっかー。やっぱ、お年頃ってやつなのかねー。はっ? おいら、閃いちまったぜ! なあ総司、お前が一肌脱いでくれりゃあ、とんでもねえ驚天動地の荒稼ぎができるぜ? おいらの結婚資金作りを手伝ってくれよ~」
「いいですよ。なにをするんです?」
「それは――こういうことだああああああ!」
「あれ? あれ? どうしてわたし、芸姑さんになってるんですかあ?」
気がつけばわたしは、左之助さんの怒濤のマシンガントークに言いくるめられて、祇園のお店で「女装」して働くことになってしまったのだった。
ガワが美少年な上に、もともと中身は女の子だし、女装しているほうが自然なので、まったく違和感がなく、即座に女将さんに「合格!」と雇われてしまった。
「ほらみろー、ほらみろー! すっぴんであれだけ美形なんだ、化粧すりゃあ花街で一番を取れるって! おいらの目は正しかっただろ?」
きゃあ、すっごく綺麗な衣装! いやー京都の芸姑さんのメイクだーほんものだー素敵ー! と舞いあがっているうちに、ほんとうに祇園で働く羽目に?
「実は長州の不逞浪士どもが常連客なんだ、この店はよ! ここに芸姑として潜伏してりゃあよう、いくらでも長州の情報が手に入るってもんだ! しかも、銭も儲かる! あいつら、たくさん銭を持ってるからなーっ! 一石二鳥だ! おいらってば天才! うわっはっは!」
「ちょ、ちょっと待ってください左之助さん? 客を取らされるとかやめてください、冗談じゃないですよぉー!」
「いいのいいの。一緒に寝なきゃいいんだよ、男なんて酒で酔わせて適当にあしらっときゃいいの! 無理矢理に襲ってくる無粋な奴ぁ、ばっさり斬っちまえ! おめーはめっぽう強いんだから安全安全だろ? うっひゃっひゃ!」
「ぐえーっ? なにを言ってるんですかぁー!? 土方さんは左之助さんに、わたしの護衛を命じたんですよー? なんでわたしを女装させて祇園に放り込んでるんですかあー?」
「だってさ、銭がほしいじゃん、銭。おいら、顔はイケてんだけどなぜかモテねーんだよ」
「それは、性格に難が……殿方には好かれますけど」
「殿方とか衆道とかやめてくれよ、おぞましい! モテないおいらがおみっちゃんを口説いて結婚するためには、結婚資金がたっぷり必要じゃね? 新選組の給金なんて雀の涙だしよー。頼むよ総司。アガリの五割はおいらに斡旋料として分けてくれよ。な、な?」
左之助さんって、結婚願望があったのかー。生死に無頓着なのに、ほんとう、マイペースだなあ。「侍死」のメインルートでも、江戸で新選組から離脱してはぐれた後、一人で上野戦争に突っ込んでいって生死不明だものね……。あ、でも、京に残してきた奥さんと子供に会いに行くって言いだして単独行動を取ったはずなんだよね。なんで上野戦争に?
やっぱり、動物みたいな人だな。喧嘩好きの血が騒いじゃったのかな。
奥さんや子供と再会させてあげたかったなあ……それ以前に、どうやって左之助さんはおみっちゃんと結婚するんだろう? 宵越しの金は持たない主義で、いつもオケラなのに。
あー、それで祇園にわたしを沈めようと……。
やっぱり、動物だよ! これで悪気があったら、ド外道じゃん!
「な、じゃありませんっ! 試衛館以来の仲間を祇園に沈めないでくださいよー! 妖怪『飯食わせろ』から、妖怪『祇園に沈め』に進化してどうするんです!? たまには、あとさき考えて行動しましょうよ左之助さん?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、さあさあ! 新選組が不逞浪士を斬る時代はもう終わり! これからは、新選組は明るく楽しい平和な組織になりまあす! 第一弾として、不逞浪士の皆さんを総司が女装して接待いたしまーす! 安心しな、俺も女装して三味線弾いてやっからよ! これでも、まあまあイケるんだぜ?」
「左之助さんの女装とか通じませんよ、顔は綺麗でもその言動で一発で男バレですよー!」
ほんとうに無茶苦茶だなこの人。
これほど外見と中身が合っていない人も珍しい。悪気がないから本気で怒れないし。ちょっとズレてるだけで、とっても気のいい人なんだよね。いくらやらかししても土方さんが斬らないはずだ。純粋なお馬鹿キャラって、ほんとに得だなーっ。
「頼むよ、後生だからさー総司。おいらってほら、いつ死ぬかわかんねーじゃん? 新選組ってよー、外れくじを引かされる星のもとにあると思うんだ。おいらも長州の連中と戦っておっ死ぬような気がするのよ。まあ、こんな性格じゃ長くは生きられねえよ。だからさー、せめておみっちゃんと結婚して俺の子供を遺してもらいたいんだよー。しかも俺ってほら、一途じゃん? 奥さんにしたい人は誰でもいいってわけでもないしさー!」
「わかりましたよ、手を合わせて拝まないでください左之助さん。ただし、ひとつだけ約束してもらえますか?」
「おう、なんでも任せておけ! 毎日団子をおごってやろうか? それとも善哉か?」
「……喧嘩っ早いのも死に急ぐのもいいんですけど、いったん家庭を持ったら、家族のために生きることを最優先してくださいね。奥さんのもとに子供だけを遺してさっさと死ぬだなんて、あまりにも身勝手すぎますよ。家族を養って幸福にする責任を果たしてください。そのために命を使ってくださいよ?」
あ。なんだか沖田総司くんの台詞じゃなさすぎる気がする。左之助さんの乗りと勢いに釣られて、つい本音が漏れちゃった。うわーん、戦争戦争また戦争で男たちが家族を遺して続々と死んでいく歴史モノにはまりすぎたせいか、少々古臭い考えかもしれない。今時の現代日本でこんなことを言ったら男子にモテないんだよー。大河ドラマの台詞に突っ込んだら、視聴者から「じゃあ合戦ドラマを作るなよ」とクレームがつくレベルの発言だー。
ところが。
「……総司……おめえ……いつの間に、そんな大人になったん? おいら、ちょっとうるっと来ちまったよ!? そうだよなあ、そうだよなあ~? おみっちゃんとわが子だけを遺して死んじまうなんて、よくねえよなあ? そっかー。おいらは我が儘なガキだったんだなー。家庭を持ったらてめえの命にも責任を背負わなきゃならねーのかー。なるほどなー」
「えっ、まさかわたしの言葉をちゃんと聞いてくれたんですか左之助さん? てっきり茶化されるとばかり」
確かに、女性子供に人権なし、容赦も仁義もないこのハードな「侍死」の世界では、割と、いや、かなり目新しい意見なのかもだけれど。
「柄にもなく感激しちまったよ総司~! おめえが女の子だったら、おいら、心を撃ち抜かれてたところだよ~! わかったよ、今日からおいらはちゃんと生きる努力をするよ。だから、祇園で稼いでくんない? なっ? なっ?」
ほんとうに、ちゃんと伝わってるのかなあ?
ああもう、逃げられなくなってしまった。
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