新選組で過ごす日々-1
一週間のお休みをもらった後、わたしは新選組の一番組隊長として現場復帰した。
なお初日の夜にはずいぶんと狼狽えていた近藤さんだったが、土方さんが言っていた通り、三日もするとケロッとしたもので、
「そういえば総司、女の子になったんだったな。鬼瓦みてえな面をした俺じゃなくて、もともと女顔のおめえでよかったよ、違和感がねえからな。もう慣れた、わっはっは!」
と笑って片付けてくれるようになった。
急なトラブルには動揺するけれど、やっぱり根っこでは肝が据わった立派な人なのかもしれない。そうでなきゃ、あの土方さんが大将に推したりはしないよね。
繊細な山南さんは逆に、わたしに会うたびに(むむ。どう接すれば)と今でも少し緊張して顔色を青くする。女性に耐性をつけるために無理をして色街に通いだしたというし、いずれ慣れてくれるはずだけれど、そもそもその修行方法が山南さんらしいというか真面目すぎるというか、なんだかズレてますよ? 不慣れなことをして、身を持ち崩さなければいいけど……。
とはいえ、鬼の副長・土方さんが常に目を光らせてくれているので、性別の秘密を隠しながら新選組の隊務をこなすのは意外と簡単だった。
隊士たちを相手にしての剣術稽古では、身体が勝手に反応してくれるので、沖田総司らしい「猛者の剣」を相変わらず使うことができる。いやー強い。沖田総司くんって若いのに、いったいどれだけ修行すればこんなに強くなれるんだろう? 確か十二、三歳の頃にはもう、藩の剣術師範を倒していたんだよね。剣の化け物か。
ただ――。
「は~い、きみたちは今日はこれまで。けっこう様になってきたよ-(実はよくわかんないけど)。そう緊張せずに腕の力を抜いて。刀は腰で斬るんだよー(「侍死」で沖田総司が語っていた台詞)。いいねー?」
「は、はあ。沖田さん、なんだか教え方が急に優しくなりましたね?」
「そうですよ。以前だったら『まだまだ血反吐を吐くまで剣を振れるだろうが! どうしてこんな簡単な動作もできないんだこの馬鹿ー!』って稽古中だけは鬼みたいだったのに」
「剣を取ると突然性格が変わる人だったのに、稽古中も優しくなっちゃって。ほんとうにご病気なんですね……」
「噂じゃ、労咳だとか。どうか、うなぎを食べて精を付けてください!」
沖田総司は、日頃はのほほんとしている若者なのに、剣稽古の時だけは別人のように気合いが入っていたらしい。
ああ。そういえば、そうだったような?
自動車のハンドルを握ると急に性格が荒くなる人とか、いるよね。
でも、わたしはどうしてもそんなに厳しく新選組隊士に接することができない(というか畏れ多くてできない)性格なので、ついつい優しく指導してしまう。
だいいち、わたしの剣術知識なんて素人同然、いや、ガチの素人なので、そもそも指導なんてできないよ。
必殺技のコンボはこういうボタンの入れ方で発生させるんだよー、とか言えないしね。
「脂っこいうなぎより、甘いお団子のほうが好きかなわたしは。あはは……」
「わかりました、団子を買ってきます!」
「……沖田さん、なんだか突然かわいくなってね? 笑顔が輝いている……」
「ああ。俺にはそういう趣味はないんだけれど、妙に眩しく見えるようになった」
「実は俺はもともと新選組衆道派の一員だが、沖田さんは顔は綺麗だが性格が子供すぎて対象外だった。今までは。だが今は違う。にわかに男とも女ともわからない、爽やかだが不思議な色気を発するようになった!」
「しっ。お前、衆道派の一員だなんて土方さんに知られたら粛清されるぞ。ましてや、土方さんの弟分の沖田さんを狙うなんて。死にたいのか?」
「構わんよ。衆道とは死ぬことと見つけたり、だ」
うん? 新選組衆道派ってなんだっけ? 「侍死」の新選組にそんな派閥あった? 隠し設定なのかな?
とにかく、わたしが微妙に変化したことが隊士たちにバレて、その結果、妙に沖田総司ファンの隊士が増えてしまった。
お団子や善哉といった甘いものが好きだと公言しまくっていたら、隊士たちが続々と甘いものをプレゼントしてくれるようになったので、夕刻にはその処分に困ることに。
確かに好きだけれど、ぜんぶ食べたらいくら稽古しても太っちゃうよ。
自身を鍛え上げてきた沖田総司くんからお借りしているたいせつな身体を、おデブにはできないよね。
というわけで、差し入れのほとんどは甘党の近藤さんの異次元のようなお腹の中に収まることに。近藤さんは口も大きいけれど胃袋も大きいんだよね……ファンの隊士さんたち、ごめんね。
浅黄色のダンダラ羽織を着て京の町中をパトロールする巡邏仕事にも、変化があった。
今までは「極道よりも怖い壬生狼が来た!」と京の町衆の人たちに怖がられて避けられ、長州の不逞浪士たちからも当然目の敵にされてしょうっちゅう斬り合っていたんだけれど。
なぜか、わたしが率いる一番組が巡邏すると。
「あっ、新選組の沖田総司はんや」
「おなごみたいで、かわいいお方でおますなあ」
「沖田はん、応援してまっせー」
と、町衆の皆さんからもいろいろ差し入れをもらえるようになってしまった。
妙だ。今も男装したままだし顔も沖田総司のままだし、前世のわたしはまるで女性の色気とは無縁の出家僧みたいな植物キャラだったのに、その両者が悪魔合体しただけで、なぜこうも周囲からちやほやされるようになってしまったのだろうか?
色恋に興味がない美少年キャラの中身が女子高生になったことで、オーラが変わったのかもしれない。
はっ、まさか? もしかして女性の影が比較的薄い代わりに「男の娘」需要が大きいのだろうか、この「侍死」の世界は?
衆道派という謎の言葉の意味も(衆道ってリアル腐男子道じゃん。危ない趣味だよ~)とだんだんわかってきた頃になると、巡邏中に出くわした長州や土佐の不逞浪士の面々のほうが、
「あっ! 沖田さん、ちーす!」
「今日もアサギロが似合いますね、沖田さん!」
「俺、壬生屯の所で拷問されるなら、ぜひ沖田さんにされてみたいっす!」
「これ、大坂土産のごま団子です。どうぞどうぞ」
なぜか、わたしを発見すると大喜びで機嫌を取ってくるようになった。
もちろん、斬り合うよりは仲良しになったほうがいいんだけれど、よほどわたしに不逞浪士への害意や殺意がないことが透けて見えるんだろうなあと。
一番組の隊士たちは当然、不逞浪士に対して喧嘩越しで、
「貴様らぁ! うちの隊長に手を出したら斬るぞ!」
「沖田総司に夜這いをかけた奴ぁ切腹と、このたび局中法度で決まったんだ!」
「隊長が誰にでも優しいからって調子こいてんじゃねえぞオラぁ!」
と不逞浪士の皆さんに脅しをかけるのだが、そこから互いに斬り合うことにはならない。
なんとなくわたしを奪い合って罵り合いながら、「それじゃ俺らはこのへんで」「あ、どうもお勤めご苦労さまっす」と適当なところで別れていくのだった。
あれ? 局中法度でそんなこと決まったっけ? わたしが止めたはずじゃ?
まあいいや。やっぱり平和がいちばんだ。
そんなこんなで、京で新選組と不逞浪士が斬り合う抗争事件が激減して、町に平和が訪れつつあった頃に。
土方さんが鬼みたいな怖い顔をして、副長室にわたしを呼び出してきた。
「総司おめえ、なにを不逞浪士と仲良くしていやがる。おめえのおかげで衆道派がどんどん増殖して、新選組は別の意味でヤバい組織になりつつあるじゃねえか。思いだせ、新選組の仕事はなんだ?」
といきなりお説教を開始したので、隊士からいただいたお団子を差し入れてみたのだが、土方さんは甘党ではない。唐辛子を妙に好む、かなりマニアックな辛党なのだった。京都って昔から唐辛子を作ってたんだよねー。
土方さんは上洛以来、祇園名物の「黒七味」が大のお気に入りらしい。黒七味って、江戸では手に入らないんだとか。好物の沢庵にたっぷりとぶっかけて、ぽりぽりかじっている。味覚障害を疑っちゃいますよ。
そうだ。カレーとか作ってあげたら喜ばれそうだな。このあたりじゃ手に入らないけれど、開港している横浜ならカレー粉が買えるかな?
「おい総司、聞いているのか? そもそもおめえは脇が甘いんだ。このままじゃあ、おめえに夜這いをかけたり覗こうとしたりして、おめえの正体を暴いてしまう奴が出て来そうだ。いや、きっとそうなる」
「はあ。土方さんは心配性ですねー。そうなったらそうなったで、別にいいのでは?」
「よくねえよ。衆道派の増殖は止まるだろうがよ、こんどは女好きの連中が切腹上等とおめえを襲ってくるぜ。そいつらは当然全員俺が殺すから、新選組はお前一人のおかげで壊滅だ」
「だから、どうして当然全員土方さんが殺すんです」
「兄として妹を守るのは当然だろうが。だからよ、お前に用心棒をつけることにした」
「用心棒って。わたしより強い剣士は新選組にもそういないですよ? 永倉さんも斎藤さんも隊務仕事で忙しいでしょうし。まさか、土方さん自身がずっとわたしにべったり張り付くんじゃないでしょうね?」
「馬鹿っ。俺にそんな暇、ねえよ。できることなら、そうしたいがな」
そうしたいんですか……弟愛、いや、妹愛が重い。
山南さんに先走って悲観して脱走したがる癖があるとすれば、土方さんは先走って悲観して敵性人物を処分したがる癖がある。うーん、水と油。やっぱりこの二人が揃っていないと新選組はバランスが取れなくなるんだね。
「だいじょうぶだ総司。そいつは特別に鈍感で、心臓に毛が生えている豪胆だがとびきり馬鹿な奴だ。四六時中お前の護衛をやらせても、そいつには絶対にバレねえ。お前が自分から正体をバラさない限りはな。しかも、奴には衆道の気がぜんぜんない。むしろ衆道を苦手にして嫌っている。適任者だ」
ふえー。そんな変わった人、新選組にいましたっけ?
あ、そうか。一人いた。
性格も過去も謎だらけの、でもなぜか試衛館生え抜きの古参隊士が。
「原田左之助だ。あいつはほんものの馬鹿だから、少々お前が女臭い言動をしても絶対に気づかない。ただ、怒りっぽくてすぐに喧嘩をはじめるが、それも都合がいい」
馬鹿の左之助をお前の相方につけてりゃあ、みんなあいつを恐れて総司につきまとったりはしねえだろうよ、と土方さんは自分の悪知恵に自分で感心しているかのように深く頷いていた。
「それにな。もしも万が一にも左之助がお前の秘密に気づいても、あいつの言葉なんて誰も信じないからよ。まーたいつもの法螺話がはじまったとしか思われねえ」
そう、うまくいくかなあ。左之助さんは規格外というか、底抜けだから――。
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