近藤局長と山南総長-4


「どうして旅支度なんてしてるんですか、山南さん? まさか新選組を脱走するんですかあ? ま、ま、待って下さいよう!?」


 寝付けないので屯所をこっそり出て深夜の徘徊散歩を満喫(?)していたら、山南さんに出くわしてしまった。

 いくらなんでも早すぎる!

 山南さん出奔切腹イベントは、もっとずっと未来の話だったはず。確か、新選組の組織が拡大して総長職が名誉職になり、山南さんの仕事がなくなった時期に発生するんだっけ。


「やあ、やっぱり沖田くんに見つかってしまいましたね。そんな予感はしていたんですよ」


「笑っている場合じゃないですよ、山南さん。土方さんにバレたら局中法度で切腹ですよ? 早く屯所に戻りましょうよう」


 そう。山南さん出奔イベントが起こると、必ず沖田総司が山南さんを見つけて屯所に連れ戻してしまうことになる。どうして毎回沖田総司が? 剣の腕が立つことと、山南さんと親しいことが理由だろうか。そして、隊士のみんなが助命嘆願するにもかかわらず、土方さんは法度に背いた山南さんに切腹を申しつける――。

 たとえ山南さんであろうともそうしなければ、今まで局中法度違反で切腹させた多くの隊士たちに示しがつかない、と土方さんも悩みに悩んで結論を下すのだ。

 隊士たちに人望があった山南さんの死によって、新選組は内部崩壊へと突き進んでいく。

 山南さんと同じ「試衛館の外様食客組」、永倉新八さんたちの心も決定的に新選組から離れちゃって、後に離脱する伏線になっちゃうし。

 なによりも――山南さんは、死ななければならないような悪事なんてなにもしていない。ほんとうに親切で優しい人なのに。

 ただ、日頃自分を抑えているせいか、なにか我慢ならないことがあった場合に突然激昂することがある。物腰は柔らかいけれど、ほんとうは心の熱い人なんだ。出奔理由も、いろいろある。ルートによって微妙に異なっていたっけ。たいていの場合は、確か……。


「済みません沖田くん。私は、どうにも自分が許せないんです。これ以上新選組にいては、自分を制御できなくなって、どんな迷惑を皆さんにかけてしまうかが恐ろしくなったんですよ」


「迷惑って。山南さんがいてくれて、迷惑に感じる隊士なんていないですよー? いったいどうしたんですか? やっぱり、芹沢さん暗殺の件が引っかかっているんですか?」


「いえ。酒乱が悪化していた芹沢さんはあれ以上看過できなかった。話し合いで除隊してもらえるならば最善でしたが、そんな生ぬるい相手ではない。処断はやむを得ない処置でした。今宵、わたしが出奔する理由は……」


「な、なんでしょう?」


「自分が許せないのです。新選組のどなたかに遺恨を抱いたとか、そういうことではないのです」


 これも山南さんの口癖というか、癖なんだ。他人を憎む代わりに、自分を責めて追い詰めてしまう。駄目ですよ山南さん。きっと、些細なことで自分を咎めているんでしょう? 悪事を働けるような人じゃないんですから。


「……気持ちの悪い話だと思いますので、きみには黙っているつもりでしたが……弟のように親しかったきみが突然女性になったことを知った私は、不覚にも心を動かされてしまったんです。いずれ、この感情が恋心に育ってしまう予感がしてならない。そうなれば、元来短気な私は自分の感情を抑えきれなくなる。土方くんはもちろん、新選組のみなが困惑することになるでしょう。きみの立場も難しいものとなります。私は沖田くんを困らせたくはない。だから今のうちに去るんです。今ならまだ、間に合います」


 えーっ? そんな理由で出奔するんですかっ?

 すみません山南さん。実はわたし、沖田総司くんの身体の中に混じり込んだ別人の女子高生なんです。だから、山南さんは沖田総司くん「に」心を動かされたというわけでは……で、でも、こんな素っ頓狂な話を今ここで打ち明けても、かえって山南さんに「そんな苦しい演技をしなくてもいいですよ」と気を遣わせてしまうだけだろうし……。


「で、でも、まだ恋心に発展したわけではないんですよね?」


「無論です。今朝まできみは男でしたし、長年の付き合いもありますし、私には男色の気はない。それだけに自分の心の変化が怖いのですよ。女性とあまり深く関わった経験がないこともあって、耐性がないのでしょうね」


「突然屯所に若い女の子が現れたから、ドキッとしたってことですよね? そんなの、男性だったらよくあることですよー! 土方さんだって、わたしが女の子になったと知った時、実は心臓バクバクでしたよ! わたしはぜんぜん気にしませんから、屯所に戻ってくださいよ山南さん! 土方さんも頑固だから、脱走したらほんとうに切腹させちゃいますよ! わたしが全力で止めますけど、たぶん止められないと思うんですよ! だから……」


 そもそも、わたしだって土方さんが目の前にいると気づいた時には、恋する乙女と化して取り乱していたわけだし、山南さんはなにも悪くないですよ? この人はほんとうに、真面目すぎる。


「新選組には、山南さんがいてくれないと駄目なんです。山南さんを失ったら、土方さんは局中法度に縛られてどんどん粛清の深みに填まってしまうんです。あの人は口では山南さんに厳しいというかつっけんどんですが、実は法度よりも情を大切にしろと忠告してくれる山南さんに救われているんですよ。照れ屋だから、素直にそう言わないだけなんです」


「……沖田くん。きみは自分自身がいちばん大変な時期で困惑しているというのに、私や土方くんの心配ばかりしている。どこまでも、他人を思いやる人なんですね……」


 あ、いえ。それはほんものの沖田総司くんの人間性なんだと思います。わたしは「侍死」の未来を知っているから、逆算してそういうことがわかってしまうだけで、そんなたいそうな人間じゃないんです。

 でも……でも、そうやって先走って自滅しちゃうのは山南さんの悪い癖ですよ。


「……正直、きみの件が引き金になりましたが、これからの新選組には私の居場所がない、今はあってもいずれ不要となる時が来る。そういう強固な予感がありましてね。土方くんが組織を拡大していけば、私程度の者などが総長面していられないほどの優秀な人材が集結するでしょう。いくら人柄を慕われても、参謀役として新選組の役に立てないのでは私のちっぽけな虚栄心が耐えられなくなる……だから、そうなる前に身を退こうと」


「その、持って生まれた山南さんの人柄がいちばんだいじなんじゃないですか! それは、技術や知識よりもたいせつなものなんです。山南さんは、血の気が多い隊士たちが集まっている新選組にとって、なくてはならない人なんです! だから、居場所がなくなるなんて言わないでください! 土方さんもわたしも近藤さんも、山南さんがいてくれないと駄目になっちゃいます! わたしは、新選組が崩壊していく姿も、山南さんが切腹する姿も、見たくないんです。だから……お願いします! 屯所に戻って下さい……!」


 山南さんは「困りましたね。沖田くんを泣かせたと知られたら、土方くんに切腹させられてしまう」と苦笑しながら――翻意してくれた。


「沖田くん、ありがとう。私はただ、新選組にいるだけでもいい、それだけで近藤さんや土方くん、そしてきみのお役に立てるのですね……わかりました、出奔はやめました」


「あ、ありがとうございます!」


 もしかして、歴史が変わった!? 新選組壊滅から、一歩遠ざかったかも?


「そうですねえ。ただ戻るだけでは、また同じことを言いだす恐れがある。こうしましょう。あなたに邪な思いを抱かないように、今後は色街遊びなども覚えてみますよ。芹沢さんの遊びに少しでも付き合っておけばよかった」


「えっ。それはそれで悪い予感が……こんどは、惚れた芸姑さんと一緒に脱走するとか言いだす気がしますが……山南さんは女性に対して純粋だからなあー」


「その時は沖田くん、きみがまた止めてくれますよ。私はね、きみの恋路の邪魔をしたくないんです。常に見守る側であり続けたいんです」


「……わたしの恋路? わたしは特に好きな殿方とか、いませんけど……? 新選組の皆さんは大好きですが」


「そういう領域については、沖田くんも先読みできないんですね。私にはだいたい察しが付いていますよ、これからのあなたが誰を愛することになるのか。その相手は、私ではない。それがわかってしまうので、逃げたくもなったんです。ですが、結ばれるだけが愛ではない。見守る愛もありますからね――家族愛、兄妹愛という奴です。決めました。新選組が崩壊しないように、これからも総長として留まりましょう」


 わたしが……誰を愛することになるのか……そんなの「侍死」にはいっさい存在しない要素だし、ぜんぜんわからないですよ山南さん?

 そもそも、わたしは前世でもリアル恋愛未経験でしたし。


(もう。山南さんって未来を先読みして勝手に決めちゃう癖があるんだから。頭が良すぎるのも考えものだなあ)


 でも、親切な笑顔を浮かべている山南さんには、その言葉は言いだせなかった。

 とにかくわたしはぺこぺこと頭を下げてお礼と感謝の言葉を述べまくり、山南さんを屯所に連れ戻したのだった。土方さんにバレないようにこっそりと。

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