近藤局長と山南総長-2

「ならば、本心を明かしましょう」


 ギャー? ほんとうに言いだした! わたしってどうやら「侍死」を鬼のように周回したせいで、隊士たちの性格や行動がわかっちゃってるー!


「私は、沖田くんは別人にすり替わってしまったのではないかと推察します。はっきり言えば、今この部屋にいる沖田くんは今朝までの沖田くんではない。この人は、女性です」




 あああああ。やっぱり一目でバレてたー! 山南さんの観察眼、恐るべし!


「お、女だと? 山南さん。なにを根拠に、そんな馬鹿なことを言いやがる?」


 土方さんが無駄に山南さんを挑発するからですよー。どうしてそうなんですかこの人は、もうー。


「手を見ればわかりますよ。試衛館での猛稽古のために、沖田くんの白い指には剣ダコができていた。ところが、今はそのタコが指にない。あとは、匂いでしょうか。妙な意味ではありませんよ? どことなく、年頃の乙女独特の香りがします」


 ひいっ? 山南さんはシャーロック・ホームズかなにかですか!?


「なにが、妙な意味ではないだ。なにを言いやがる。やっぱりあんた、変態じゃねえか」


「違いますよ。これだから、本音を語るのは苦手なんですよ私は」


「ほお、指が綺麗だと? わはははは、妙なこともあるもんだ総司! しかし匂いはわからねえな。俺の鼻には、酒の匂いしかしねえよ。まさか、ほんとうに女になったのか総司? そりゃあ、酒の席のネタとしちゃあ面白そうな話だ!」


 ああほら、近藤さんが面白がりはじめた。宴会芸トークかなにかだと思ってるみたい。


「ちちちち違いますよう近藤さん! 山南さんの誤解です。京に来てからは仕事が忙しくてあまり稽古できてないので、手が綺麗になっちゃっただけですよう……ひ、土方さん、山南さんを論破してくださいよ?」


「けっ。口より手が早い俺にそんなうまいこと言えるわけねえだろう。山南さんが総司を女だと隊内に言ってまわるなら、斬る。隊を乱す行為だからな」


 だから、「斬る」以外の選択肢はないんですかー。


「おう。そうだ総司、お前ここでちょっと脱いでみろ。それで山南さんのヘンな疑いも解けるだろう。歳と山南さんも仲直りだ。まだまだひ弱なガキんちょだとバレるのは嫌だろうがな。胸をはだけてみろ、わっはっは!」


「こ、近藤さん? なにを言いだすんですかー?」


 脱げるわけ、ないでしょ!

 正体がバレちゃうし、殿方たちの前でヌード開陳なんて恥ずかしいですってば!

 わたし、前世では彼氏いない歴イコール享年だったんですから!


「そりゃ駄目だ山南さん。総司はうちの一番組隊長だ。武士に対して脱げとはなんだ、俺たち多摩の試衛館組を武士扱いしねえっていうのなら、斬る」


「寂しいですね。私も外様とはいえ試衛館組のつもりですよ土方くん。それに、沖田くんに脱げと言ったのは近藤さんで、私はそんなことは言っていませんよ?」


「近藤さんに余計なことを言ったのはあんただろう。あんたが斬られてくれれば、総司の女疑惑は消える。あんたは、めざとすぎるんだよ。単純に斬り合いに強くあればそれでいい新選組には、要らねえ観察眼と知恵の持ち主だ」


「……待って下さい。それはつまり、容易には信じがたいですが、沖田くんはなんらかの理由でほんとうに女性になったということですね、土方くん? だから、絶対に脱がせられないと……」


「う、うるせえよ。どっちでも総司は総司だ。関係ねえ。俺の、いも……弟分だ!」


 あー。土方さんは嘘が下手だなあ。

 駄目だ。風邪を引いてるから総司ははだけられないとか、どうとでも誤魔化せるはずだったのに、焦るあまり自白しちゃってる。

 わたしが「どうしよう」と頭を抱えていると、近藤さんが「総司、隙あり!」とわたしの隊服の胸元を力ずくでちらっと開襟してしまった。ガキ大将か、この人は。


「ひゃああああーっ!?」


 土方さんが素早く「やめろって言ってるだろう」と近藤さんの腕を取ってくれたので、危うく胸が全開になってお嫁に行けなくなるルートだけは免れたけれど。


「うんっ? なんだ総司、お前……いつから胸が……おいおい、酒の席の冗談話じゃなかったのか!? おお、こいつは失礼したな! いったいどうなってるんだ歳?」


 近藤さんは「総司、済まなかった。なにがどうなっているんだ?」と手を引っ込めて、バツが悪そうに頭を掻いている。さすがに慌てているみたい。そりゃそうだよね……ある日いきなり、弟がいきなり妹に、だもん。

 近藤さんは武辺一辺倒の人で、土方さんみたいなニセ医者でもないし。


「ちっ。もう近藤さんにバレちまったじゃねえか! こんなことになるなら、先に総司にサラシを巻かせておくべきだったぜ……」


 ひいい。男の子ならありえない胸の谷間ができていることがバレちゃった……一夜のうちに局長・副長・総長の三人に女バレとか、トホホすぎるでしょ、わたし。

 さすが、前世でいちども男性に言い寄られたり壁ドンされたり告白されたり痴漢されたりしなかった、いわば「護身完成」状態だったわたしだけのことはある。年齢相応の警戒心がないって、いつも友達に言われていたっけ。


 山南さんが「ま、まさか、当たりでしたか。土方くん、世の中には不思議なこともあるものですね……」と眼鏡の縁を指先でくいっと上げながら、目の前が真っ白になって固まっているわたしに向けて笑顔で告げてくれた。でも、その笑顔がかなりぎこちない。


「こ、この世は理屈で動いています。解明できない謎はありませんよ。やはり幕府の御殿医、松本良順先生に診察していただきましょう沖田くん。それまでは、この話はいっさい隊内にも盛らさずにここだけの秘密にするということで――土方くん、それでいいですね?」


 ああ、山南さん。眼鏡のフレームを指でクイッとやるのは内心かなり動揺している時の癖だけれど、なんて良い人なの。


「と、時として、守らないとならない秘密はあります。芹沢鴨暗殺の下手人を隠すのも、今回沖田くんの身に起こった怪異を隠すのも、ならず者を集めた新選組という脆弱な組織を守るための方便ですよ。げ、原因が見つかれば、きっと治療して元の身体に戻れるでしょう。あまり心配しないでください」


「あ、ありがとうございます! わたしは、今すぐにでも土方さんが山南さんを斬っちゃうんじゃないかと心配で心配で、金縛りにあっちゃいましたよー。いやー、そっかー。男の子の身体に戻れるなら、そっちのほうがいいですよねー」


「こら馬鹿。総司、あっさり認めるんじゃねえ! シラを切れよ! 山南さんの誘導尋問にあっさり引っかかってるんじゃねえぞ! これでもう誤魔化せなくなったじゃねえかよ!」


「あっ、しまった!」


「……ふ、ふふ。ほんとうに沖田くんは、童子みたいな純粋な子ですねえ。決して口外しませんよ土方さん。わ、私も、沖田くんを弟のように思っていますので。それに――」


「まだ、俺に斬られたくはねえってか?」


「はい、その通りですよ。少なくとも新選組がなにか大手柄を立てて、王城の治安部隊として独り立ちするまでは。まだまだ京では、壬生浪の集まりと蔑まれていますからね」


 山南さんが動揺していたので、つい油断しちゃった。ここで頑として認めなければ、まだどうにか誤魔化せたのか。そっかー。そうだよね。

 あああ。わたしってば、どうしてこうもうっかりしているのかなあ。

 新選組の幹部層の面々は試衛館以来の同志だから信頼できるけれど、京で集まってきた新規隊士たちの多くは「不逞浪士を斬って武士になりたい」「食い詰めました」と押しかけてきた人斬りの面々。つまりはヤクザ。長州の下っ端不逞浪士と大差ない。長州の間者もいるらしい。時々、間者を粛清してるものね……。

 乱暴者の芹沢鴨を斬ったり、土方さんが地獄みたく厳しい局中法度を作って「鬼の副長」として君臨して隊士たちを恐怖させているのも、そうする以外にこんな愚連隊みたいな組織を幕府のまともな下請け組織としてまとめる方法がないからだ。


 わたしが女の子だと隊内に知れ渡ったら、なにをされるかわかんない。

 乙女ゲームの世界とは違う。ここはヤクザ外伝ゲームの世界。

 土方さんがキラキラ光っていて、しかも優しいので、うっかり油断していたけれど。

 この世界では女の子に基本的人権はない、と心得ながら今後は行動しないと。


「隠します、隠しますから! ですからここで裸に剥かないでくださーい!」


「そ、そんな無粋なことは絶対にしませんよ、沖田くん。今後はこの三人であなたの秘密を守りますから、安心してください」


 山南さんは学者肌で紳士だ。女性にとっても優しい。

 見逃して口をつぐんでくれるし、偉いお医者さんも手配してくれるという。

 ところが、好事魔多し。

 宴会好きの近藤さんが、ノリで困ったことを言いだした。


「うーん、ほんとうに総司が女になったっていうのなら、俺は話の種にばっちりと証拠を見てみたいぞ! 久々に、一緒に裸踊りはどうだ総司。昔、試衛館でよくやってただろ、わっはっは!」

 うええ。素面なのに、お酒の匂いだけで酔ってる。


「近藤さん、総司はあんたの弟で試衛館を継ぐ天才剣士だぞ。裸踊りさせてる場合かよ」


「そ、そうですよ近藤さん。沖田くんが女性だとわかった以上、丁重に扱わなければ。われわれはもう芹沢時代の愚連隊ではないのですから。ご、ご公儀と朝廷を守護する正式な治安維持部隊なのですからね?」


「そう堅いことを言うな山南さん! 弟が妹になったって俺ぁなにも変わりゃしねえよ! むしろ、俺に妹ができて目出度いと考えることにした! こいつは祝いだ、祝い!」


 んもー。近藤さんってば飲まないのに泥酔できちゃうんだからー。

 だいじな弟分の沖田総司には天地がひっくり返っても絶対にヘンな気は起こさないのが近藤さんのいいところだけれど、それだけに距離が近いというか。

 というか、面白半分で妹に一緒に脱いで踊ろうぜと迫るお兄ちゃんは駄目だと思います。

 仮にうちのお兄ちゃんがこんなことを言いだしたら、手が出る足が出るでフルボッコだよ。

 ああ。言うまでもなくこんな展開は「侍死」にはなかったから、予想できないよう。


 どうしよう。どうしよう。断ったら、「なにを照れているんだ。総司が俺に対して照れるわけがないだろう。お前はもしかして総司じゃねえな?」とさすがに鈍い近藤さんにも真相を気取られたりして?

 転生初日にして、はやくも新選組崩壊の危機!?

 ああっ。山南さんが「こ、困りましたね……」と冷や汗をだらだらと流しはじめて、万事休してきた。山南さんって、頭が良すぎる分メンタルが弱いところがあるんだよねー。

 酔っちゃった近藤さんは、新選組局長という堅苦しい役柄を捨てたかのように試衛館時代の親分乗りを全開にして、


「さあさあ総司。照れるな照れるな。試衛館じゃよく一緒に踊ったもんじゃねえか」


「駄目です! 今のわたしは女ですから、脱げません!」


「あー、わかったわかった。よしよし、それじゃあお前は脱がなくてもいい。俺と歳が脱いで踊ってやるからな! いやあ目出度い! わっはっは!」


 と立ち上がって、自ら豪快に諸肌脱いで上半身を晒してきた。

 きゃー! さすがは漢の中の漢、三国志の関羽雲長に憧れて鍛え続けた豪傑だけが得られる、凄まじい筋肉! 重い木刀を振り続けるという天然理心流の厳しい修行で作り上げた身体だけれど、近藤さんは「力こそ全て」というパワー信者だから、実戦用ボディビルダーの肉体にも近い。

 あ。だめ。同じヤクザキャラでもホスト系っぽい土方さんとは別種の、問答無用の野獣のオーラが……男性経験ゼロのわたしの脳を直撃する。くらくらっ。

 これが乙女ゲームの近藤さんだったら、泥酔していたっていきなり脱いだりしないのにー。ヤクザゲーの世界ってデリカシーが足りないよーデリカシーがー。昭和だよー。

 まず、こんな男臭い組織にわたしが混じっていること自体、間違っているんだけれど。


「うん? どうした総司、なにをもじもじしている? はじめて見るものでもねえだろう? ああ。そうかそうか、俺の大胸筋ピクピク芸がそれほど眩しいか。お前はガキの頃からヒョロガリだからな! わははははは!」


「ひ、土方くん。酔った近藤さんを止めてください。お願いします」


「わかってらあ。いい加減にしやがれ、かっちゃん。あんたはもう、会津藩預かり新選組の局長だぜ。いつまでも芋道場の若先生じゃねえんだぞ! 田舎踊りはもうやめろ」


 仕事を離れた場所では、土方さんも試衛館時代のバラガキ(悪童)モードに戻ることがある。近藤さんを「かっちゃん」と呼び出したら、幼なじみモードに切り替わったということだ。


「おいおい歳。局長にかっちゃんはやめろ。お互いの威厳が下がるだろうが。わはははは!」


「副長の俺を歳と呼ぶのはいいのかよ。山南さんの前でもその口調を改めないから、山南さんが俺を軽んじるんだよ。あんたは、ほんとうに万事適当だなあ」


「山南さんも俺たちの兄弟みてえなものじゃねえか、歳よ。おめえは心を開く相手が少なくていけねえ。おめえが仲良くしてるのは、兄貴分の俺と弟分の総司、あとは源さんくらいじゃねえか?」


「いいからかっちゃんは、酒の匂いだけで酔っ払う癖を治さないと。山南さんはともかく、永倉の前でそういう試衛館時代みてえな態度を取るとあいつは即ギレするぜ」


「構わん構わん。ケンカしてこそ仲がよくなるというものだ!」


「かっちゃん。俺たち新選組は、ほんものの武士の集団だ。芹沢鴨みてえな女を人間扱いしねえ極道者とは違うんだぜ。今後は常に総司をお年頃の妹として丁重に扱え。いいな? わかったら、服を着ろ」


「……むっ、そうか……なるほどなぁ、歳。そうだな。妹といはいえ、今の総司はお年頃の乙女なんだなあ。まだ実感がねえが。だが、いきなり心も女らしくなるものかのか?」


「知らねえよ。心はさておき、身体は女なんだから、女として扱うべきだろうが」


「そうかー。歳よお、おめえはほんとうに、女にモテるいい男だなあ。おめえのそういうところ、痺れるぜ。俺ぁどうも女心に鈍感でいけねえや。俺は昔から野郎ばかりにモテる」


「妻帯して子供もいる男が、なにを言ってやがる。かっちゃんは総司が突然女になったから錯乱してるんだよ。そういう慌て者ぶりがあんたの悪癖だ。少しは落ち着け」


「わかった、わかった。突然妙なことが起こると狼狽える癖が抜けなくてよくねえな、俺は。いやあ悪かったな、総司。許してくれ、わっはっは!」


 近藤さんに、頭をわしゃわしゃと撫でられた。撫でるにしては腕力が強すぎますけど。本気で頭をぶん殴られたら、その一撃で頭蓋骨を粉砕されて絶命しそう。まるで猛獣みたいな人だなー。でも、心は少年っぽいんだよね。

 はあ、いいなあ。色恋要素とかそういうのゼロの、男同士の生涯の友情ってやつ。

 乙女ゲームもいいけど、漢のための漢の世界って素敵だよね。

 あれ? いよいよ女の子総司、つまりわたしの居場所がないような気がするけれど。


「いいか、最初に言っておく。絶対に許せねえことがあるんだよ俺には。総司に手ぇ出す奴は、生かしちゃおけねえ。俺ぁ、総司のお兄ちゃんだからよ。冷血とも鬼畜外道とも言われる俺にも、守らなきゃならねえ者はいるんだよ」

 ちょ。土方さん。仲直りしたと思ったのに、突然剣呑すぎませんか? 相手は近藤さんですよ? 沖田総司を心配するお兄ちゃんレベルが高すぎませんか? 突然すぎて、なんだか不自然なような。


「おいおい歳。なにを、兼定を手にしてるんだよ。俺と斬り合うつもりか?」


「そうだと言ったら?」


「しょうがねえなあ。竹刀勝負じゃいつも俺の勝ちだったが、真剣となりゃあ、わからんぞこりゃ。歳は邪剣の使い手だからな――どちらが強いかやってみるか、わっはっは! 新選組の局長と副長の、夢の斬り合いだ!」


「ふん。悪いが、総司を守るためなら俺はかっちゃん相手でもやるぜ? 総司が女になっちまった現場に居合わせていながら、俺ぁなにもしてやれなかったからよ」


「その落とし前をここでつけるってことか。ならば俺が介錯してやろう、歳! わっはっはあ! 俺の鋼の筋肉は、おめえの突き程度じゃ貫けねえぜ! どうする?」


「……はん。こりゃあ生き延びられそうにねえな。酔っ払っていても、あんたは芹沢以上の怪物だよ。かっちゃん」


「当然だー! 弟分より弱い兄など、生きている値打ちなーし! やるぞー歳!」


 えっ?

 いけない。夢の対戦カードが実現する、わくわく、だなんて時めいている場合じゃなかった。これはゲームじゃない、現実なんだよね。

 二人とも大怪我しちゃうじゃん!

 下手したらどちらかが死ぬとか、土方さんがまた邪悪な戦術を使って相打ちで両者死亡とか! 新選組隊士に女の子が一人いるだけで、こんな殺伐展開になっちゃうの? わたしが「沖田総司」なのがまずいのかな? 「侍死」の世界だから、よりハードなの?

 そして、こういう時にバランサーとして動いてくれるはずの山南さんは――。


「……お、沖田くんが女性。沖田くんが女性。まさか、こんな奇妙なことが……わ、私はこういう場合、どう行動すればいいのか経験も知識もない。いったいどうすれば……?」


 なんだか知らないけれど、一人で自問自答しながら汗だくになって固まってるー!?

 なにをそんなに悩んでいるんですかあ山南さーん!?

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