近藤局長と山南総長-1

 壬生屯所は、腕に覚えがある新選組の隊士たちが寝泊まりしている、幕末の梁山泊みたいな危ない場所だ。

 もともとは、まるっきり「孤狼の血LEVELⅡ」の鈴木亮平みたいな暴力団の組長キャラだった、芹沢鴨という先代筆頭局長が、徳川幕府の「派遣社員組」として、会津藩お抱え浪士集団の新選組を束ねていたのだけれど。


 芹沢鴨は、幕府に仇なす長州の不逞浪士を捕らえるという本来の新選組の仕事そっちのけで、目に付いた女を襲ったり、女を襲ったり、女を襲ったり、商家から強引に押し借りしたり、京の町中で大砲をぶっ放して火事騒動を起こしたりと、完全な外道キャラだった。

 強いことは強いし、童顔の沖田総司や年端もいかない子供たちには優しい人だったんだけれど、いちど切れたらバイオレンスの限りを尽くす困ったおじさんだった。

 まあつまりは、ほんものの「町を乱す悪いヤクザさん」だったのだ。


 おかげで新選組は京の治安を守るどころか、尊皇攘夷に便乗して京で暴れる「自称不逞浪士」以上の暴力害悪集団になっちゃった。「壬生浪」だなんて悪名で呼ばれるようになったしね。

 ついには、困った会津藩から「芹沢を始末しろ。さもなくば新選組は解散する」と指示された、江戸試衛館以来の仲間たち――近藤さん、土方さん、山南さん、原田左之助さん、そして沖田総司の五人が芹沢鴨を襲撃して暗殺することに。

 実行犯は、最強剣士の沖田総司。芹沢鴨は化け物のように強いので、討ち手には沖田総司が選ばれて、そしていつもの飄々とした雰囲気のままに大仕事をやってのけたのだった。


 その日から、近藤さんが新選組ただ一人の局長に。ヤクザでいえば組長になった。

 弟分の土方さんが、なにかあれば切腹を命じる冷徹な「局中法度」を盾に、経歴不詳のゴロツキだらけの組織を厳しく統括する副長。若頭筆頭といったところ。

 試衛館の客分でインテリの山南さんが、相談役の総長。知恵を出す参謀係となった。組の顧問弁護士といったところ。

 悪く言えば試衛館組が、暴力で新選組を乗っ取ったと言っていい。


 でも、おかげでやっと新選組も幕府の治安維持部隊としてまともな組織に生まれ変わったのだった。

 口さがない京の町衆には「ほんもののゴロツキども」が「町を守るいいヤクザ」になっただけと言われているけれど、前者と後者は全然違うじゃないですかー。

 実際、不逞浪士が町で暴れる事件も確実に減りました。「天誅」と称した暗殺事件も、毎日の新選組の巡邏(見廻り)のおかげで影を潜めつつあるし。

 代わりに、新選組隊士VSモブ不逞浪士の斬り合いイベントは毎日起きるんだけれど。



 以上が、既にゲーム開始時点で定まってしまっている変更不能の「過去」及び「現状」。

 屯所に戻ったわたしと土方さんは、早速、局長の近藤さんと総長の山南さんだけを呼び出して四人で会談することになった。

 表向きは、鴨川の河川敷で謎の黒頭巾の男が率いる不逞浪士たちに襲撃されたこと、下っ端は叩きのめして戦闘不能に追い込んだ(土方さんは何人か死なせてるかも)こと、首謀者の黒頭巾は下っ端たちが斬られている隙に闇に紛れて逃げてしまったことを報告するためだった。

 だが土方さんのほんとうの目的は、とりあえずこの二人とわたしを引き合わせて、わたしが女の子になってしまったことがいきなりバレないようフォローすることである。


 私の義兄にあたる近藤さんは、見るからに岩のように厳つい「漢の中の漢」で、現代に生まれていたら間違いなくひとかどの組長になっていただろう豪傑肌なんだけれど、こんなコワモテなのに実はお酒が苦手なので、会談の間も好物の金平糖をぼりぼりとかじっていた。乙女舌かよ。

 沖田総司が甘党なのは、育ててくれた兄貴分の近藤さんの影響だろう。


「そうかそうか! 鴨川の河川敷で襲われたか総司、歳! 新選組も名が売れたものだ、わはは! 俺たちはずいぶんと長州に恨みを買ったらしいな!」


「そりゃあ近藤さん。芹沢を殺した下手人は長州の不逞浪士だって公式に発表したんだから、しょうがあるめえよ。山南さんの入れ知恵で大嘘をついたけれど、よかったのかねえ」


「歳、さすがに俺たち子分衆が親分の筆頭局長を殺したとは言えねえよ。仁義に反するからな」


「芹沢に仁義なんて、あったのかねえ。あいつは殺されて当然の悪党だろう」


「そう言うな。芹沢さんはある種の英雄だったが、戦国時代に生まれてくるべきだったお人だったなあ。まあ、俺も戦国時代に生まれりゃあ剣働きで加藤清正のように一国一城の主になれたかもだが。わっはっは!」


 陽気で豪放磊落な近藤さんは、口の中にげんこつを入れられるような大口を開けて豪快に笑う。

 確かに戦国武将だったら、ヤクザみたいな新選組じゃなくて、ちゃんとした武士団を率いて槍働きで立身出世できただろう。警官仕事よりも、明らかに戦国武将向きの人だ。

 もっとも、近藤さん大好きな土方さんは(どんな手を使ってでも俺があんたを一国の主にしてやろうじゃねえか)と本気で近藤さんの夢を叶えるつもりなのだけれど。


 事実、あと一歩で大名になれたんだよね。でも既に新選組にそんな大チャンスが訪れた時には、幕府は斜陽。新選組は甲府で薩長の官軍との戦いに負けて、近藤さんが大名になる夢は破れ、最後の最後に近藤さんは土方さんたち隊士を逃がすために官軍に投稿して斬首されてしまった。

 千葉の流山で官軍に包囲された時、「こりゃあもう逃げられねえな。俺が投降するから歳、お前はその隙に隊士を連れて逃げろ。総司も、もう長くはねえだろう。お前だけは生きてくれよ」と告げた近藤さんは、弟を生かすために死を選んだ兄貴分らしい、とても優しい顔をしていた。


 多摩の百姓や謎の素浪人たちの集まりにすぎなかった新選組は、近藤さんという器の大きな大将がいてくれたからこそ、歴史に名を遺すほどに大きくなれたのだ。剣一筋の古風な人で、銃火器を駆使する近代戦にはついていけなかったけれど、ほんものの大将だった。

 この近藤さんの言葉を聞いた土方さんは、ふざけるな新選組はあんたの組織だ、絶対に駄目だ途中で放り投げるなんて俺が許さねえと激昂して、はじめて近藤さんと正面から大ゲンカをした。最後は、人目も憚らずに泣いて反対した。

 この時既に沖田総司は労咳が悪化して、新選組を離脱。江戸の民家の納屋に隠れて、寝たきりの孤独な生活を送っていた。

 さらに千葉で近藤さんが投降したことで、土方さんは新選組を託されて一人きり取り残されてしまったのだ。


 本来、新選組はこの時点で解散するべきだったのだが――。

 ところが官軍に投降した近藤さんの最期は、武士になるために上洛して新選組で働いてきたのに、最後は切腹ではなく斬首。武士とは認めない百姓の罪人扱いという、酷い扱われ方だった。


 沖田総司も、近藤さんが斬首されてすぐに、誰にも看取られないまま寂しく民家の納屋で病死した。近藤さんが死んだことを知らずに逝ったとも言うが、死が迫っていた沖田総司は、近藤さんの死をきっと察知していたのだと思う。

 土方さんが復讐の鬼となって蝦夷地まで北走して戦い続けたのも、近藤さんと沖田総司の無念を晴らすためだったのだろう。


 近藤さん。今回は絶対に、近藤さんを晒し首になんてさせません。近藤さんが自分の命を捨ててまで生かそうとした土方さんを、生かすためにも。近藤さん自身の夢のためにも。わたしが、沖田総司くんの代行役として頑張ります。だから――。


「どうした総司? 俺の頬に金平糖でもついているのか? 目が潤んでるぜ、いつも笑っているお前が珍しいこともあるものだな。はっはっは!」


 あ。いけない。駄目駄目。新選組隊士の運命を知っちゃっているから、泣けてきちゃって駄目。これじゃ沖田総司らしくない……! 笑顔でいなくっちゃ。


「実は斬り合いの途中で、総司がちょっと体調を崩してな。しばらく休ませてやりてえんだが、いいか? 一番組巡邏の仕事は、二番組隊長の永倉に代行してもらおう」


「そ、そうなんですよー。すみません近藤さん。えへへ……」


 土方さんはわたしが病気だと思っているので休みをくれたのだけれど、この機会に壬生屯所に馴染んで「転生者」特有の違和感を払拭しておかないと。

 なんとなく、身体がいろいろと覚えているみたいなので(屯所にも、近藤さんと山南さんにも、既視感や過去で関わった記憶がある)、たぶんだいじょうぶだろうけど。


 もとの沖田総司くんはどこにいったのかなあ? わたしと沖田総司が「混じってる」ことは、チャンバラの時に明らかになった。でも、彼の意識は今、どこに眠ってるんだろう。

 ま、まさか消えたりしてないよね?

 心細いし申し訳ないので、出て来てくれないかな……こんなことになってしまってごめんなさいと、一言お詫びを言いたいよ。あと、「頑張ります」って約束したい。


「おう、わかった! 総司は昔から身体が弱いからな。好き嫌いせずなんでも食えよ総司? あと、そろそろ見合いでもどうだ? 京でばっさばっさと人を斬っていながらなかなか子供臭さが抜けなくて、かえって総司がおっかなくなってきたぞ俺は。わはははは!」


「もう。近藤さんはわたしを快楽殺人鬼みたいに言うんですから。だいじょうぶですよー今夜は一人も殺めていませんし。今後は、戦闘能力だけ奪って済ませることにします」


 この世界はもうゲームじゃない。今や、わたしにとっては唯一の現実世界。そして、わたしはどこにでもいる普通の女子高生。いくら仕事でもできるだけ殺人は避けたいよ。

 沖田総司の超絶剣技を使えるなら、可能だよね?


「おっ。ちょっとは人間臭くなったじゃねえか。総司、おめえも命の哀れさを少しはわかってきたのか? 大人への階段を上りはじめたか。これはめでたい、わはははは! 左之助みてえに死に急ぐ男にはなるなよ? おめえはまだ若いんだ、なにをするにもまずは生きてこそだぞ。俺は、お前が試衛館を継いだ姿を見るまでは死なねえよ」


「は、はい! 近藤さん!」


「ただし総司、自分の命を一番に扱うんだぞ。そうでなきゃあ不逞浪士を取り締まる俺たちは、京で生き残れねえからな!」


「えへ。やっぱり近藤さんは大将だなあ。ねちねち嫌みっぽいことばかり言う土方さんとは違いますねー。ありがとうございます!」


「誰がいつお前に嫌みを言ったよ総司。ヘンな仏心なんか持つんじゃねえぞ? いいか、敵に襲われて逃げたら切腹だぞ、お前だって例外じゃねえ。局中法度を忘れるなよ?」


「ほらー土方さん。早速、わたしにお小言を言っているじゃないですかー」


「今宵は敵の大将を討ちもらしたんだから、厳密に言えば歳も総司も切腹だぞ! わはははは! まあ、局中法度は隊内のゴロツキをシメて組織を固めるためのものだ。そう深く気にするな。お疲れさん、一杯いけよ歳。山南さんも、さあさあ」


「はい、それでは頂きます。沖田くんも土方くんも無傷でなによりです」


「山南さんは斬り合ってねえだろうが」


「ええ。土方くん、ですが私も一日分の屯所での書類仕事がやっと終わりましたもので」


 肌が白くて、いつも笑顔を絶やさない。そして「インテリ!」と言わんばかりの南蛮眼鏡をかけている山南敬助さんは、もとは近藤さんが率いていた試衛館の出身ではない。

 筋目正しい北辰一刀流の剣士で、学問と剣術をどちらも収めてきた新選組屈指の知識人だ。


 近藤さんも土方さんも、多摩で生まれ育った田舎者しかもお百姓さん出身で、武士としての教養や人脈に欠けていたから、試衛館時代からの客人だった山南さんの知恵やコネにさんざん助けられてきた。上洛するきっかけも山南さんがツテを使って作ってくれたものだし。


 新選組は、山南さんなしではとてもやっていけないだろう。

 商家にお願いして軍資金をお借りする金策とか、お給料を支払ってくれている会津藩との付き合いとか、そういう面倒なことはなにかと山南さんがまめまめしく裁いてくれる。

 なにごともざっくりと適当な豪傑の近藤さんや、「俺ぁ偉い奴は嫌いだ、殺すぞ」が口癖の懐かない猫みたいな土方さんでは、こうはいかない。

 ところが――山南さんは知恵が回るので、早くもこの会談の席でわたしの異変に気づいていた。


「……私の考えすぎかもしれませんが、沖田くんは少しだけ雰囲気が変わったような気がします。近藤さんが仰るように、剣だけに生きてきた少年が人間性を獲得しつつある変化ならばよいのですが、どうも違うかも知れません」


 これを聞いた土方さんが青ざめた。ああ……この二人って、相性が悪いんだよね……。


「一言多いぞ山南さん。総司は総司だ。ちょっと熱があってぼーっとしてるだけだ。だいいち、こいつがぼーっとしているのは、いつものことだろうよ」


「ならばいいのですが、土方さん。ただ、あなたは私に隠し事をする癖がありますから、包み隠さず打ち明けて頂きたい。芹沢さん暗殺の件も当初、私に黙っていたでしょう?」


「俺ぁ、誰彼なしに秘密を打ち明けるような雑な性格じゃねえんだ。それに、総司には秘密なんざねえ。こいつは、ちょっと具合が悪いだけだ」


「でしたら、ご公儀に勤める高名なお医者さまの松本良順先生が上洛しているので、新選組隊士たちの身体検査をお願いしてみましょう。沖田くんにはどうも労咳の気がありますし、不衛生な屯所暮らしで健康を害している隊士たちも多いもので」


 ええっ、大規模身体検査?

 そんなあ。わたしが女の子だってバレちゃうんじゃ?

 土方さんが(面倒くせえなやっぱ。山南を斬るか)と剣呑な表情に。

 どーしてこの人、すぐに「斬ろう」という物騒な結論に達しちゃうんだろう。まあヤクザの若頭ポジションなんだから、当然といえば当然なのかも……?


「さすがは山南さん、総司の診察と隊士たちの検査を同時に済ませられれば一挙両得だな。わっはっは! そう仏頂面してねえでおめえも飲めよ、歳」


「……身体検査だと……冗談じゃねえ。なにが、隊士たちが健康を害している、だ。そんなもん、ただの風邪だろうが。気合いと石田散薬で治る」


「あ、は、は。まあそうツンケンしていないで土方さ~ん。わたしがお酌しますね?」


「内心では、石田散薬なんか効きやしないと思ってやがんな、山南さんよ」


「それは沖田くんの内心ではないですか?」


「総司は内心こっそり石田散薬を馬鹿にしたりしやしねえ。直接、あんなものは効かないインチキ薬だと俺に言ってくらあ。あんたは本心を隠すから信用ならねえんだ。知識人ってのはみんなそうだ」


「ですが土方さん? 愛嬌のない私が『石田散薬は効きませんよ』などと軽口を言ったら、私は三日も生きていられないでしょう」


「あんたは、そんな軽口なんざ叩ける陽気な性分じゃねえよ」


 ひええええ。二人はいつも通りに(?)バチバチと闘気を飛ばし合いながら睨み合っているけれど、近藤さんは「酒の席になると二人はいつもこうだ、わっはっは!」と細かいことは気にしない。やっぱりこういう人じゃないと親分は務まらないよね。

 でも、小心なわたしは内心、冷や冷やものだった。

 日頃は温厚だけれど存外にレスバ煽りに弱い山南さんがキレて、「ならば本心を明かしましょう」と言いだすのではないかと――。

 山南さんがある日なにかにキレて突然新選組を脱走しちゃうという未来を知ってるしね。


「ならば、本心を明かしましょう」


 ギャー? ほんとうに言いだした! わたしってどうやら「侍死」を鬼のように周回したせいで、隊士たちの性格や行動がわかっちゃってるー!


「私は、沖田くんは別人にすり替わってしまったのではないかと推察します。はっきり言えば、今この部屋にいる沖田くんは今朝までの沖田くんではない。この人は、女性です」

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