剣は天然理心流-2
結局、茶店までは土方さんにおぶってもらってしまった。毒舌だけれど結局は助けてくれるのが土方さんのいいところ。
「はぐはぐはぐ。このお店のお団子、美味しい~! 添加物を一切使っていない素朴な味わいですねっ土方さん」
「ここはいつもの新選組の溜まり場じゃねえかよ。なにを初めて団子を食ったみたいなことを言ってやがる。お前、まだちょっと混乱してるな?」
いろいろ不安もあるけれど、今まで画面越しにしか見られなかった壬生のお店のお団子はほんとうに美味しいし、土方さんはツンケンしながらもわたしを心配してくれているしで、なんだかいけそうな気がしてきた。うん。
無意識のうちに身体が動いてくれていたとはいえ、大暴れしてお腹も空いていたし。
「はぐはぐはぐ、はぐはぐはぐ」
「総司? お前、そんなに大食いだったか? 女になって体質が変わったのかもなあ。病にかかると、稀にそういう奴がいる」
「土方さんはお医者さん面するのが好きですねえ。石田散薬、ちっとも効かないですよ?」
「うるせえよ。おめえが女になった件だがな、局長の近藤さんにはいずれ折を見て打ち明けよう。お前に試衛館を継がせるつもりの兄貴分だ、このまま隠していちゃいけねえ。だが」
「だが?」
「近藤さんは肝は太い人なんだが、慌て者だからな。いきなり打ち明けたら狼狽して、秘密を守るためにおめえをとりあえず妾にして匿うとか言いだしかねない。沖田総司を妾にする近藤勇がいるか! と俺がじわじわと洗脳、いや、説得して下準備を終えてから打ち明ける」
「ぷっ、まさかあ。近藤さんがわたしを? 弟が妹になったからって、そんなわけないですよー。あはははは、土方さんは心配性だなあ~」
「お前が脳天気すぎるんだよ! 近藤さんは色街で人気だった芸姑を曳いて京都妻にしたばかりだしな。仮にも大組織の局長ともなれば、マブいスケを侍らせないとハクがつかねえってのもあるんだろうがよ」
幕末なのに昭和のヤクザ用語が混じってますよ土方さん。さすが「侍死」の世界。
「それはですね。近藤さんは豪傑肌だから今まで男にばかりモテて、女性にはほら、からっきしでしたから。貧乏だった江戸での鬱憤を晴らしているんですよ~」
そうそう。だんだん江戸試衛館の記憶を「思いだして」きたー。近藤さんと江戸の奥さんの間に、女の子は生まれたんだけど、男子はまだなんだよね。近藤さん、早く男子がほしいと焦ってるのかも。
「ふうん。そんなもんかねえ。江戸の頃から女に追い回されてきた俺には一生理解できねえよ。みんな俺のことを女タラしだとか抜かすが、俺ぁ女から追いかけられる専門だぜ」
土方さんは少年時代からモテてモテて仕方がない天然ジゴロのようなイケメンで、京でも大量の恋文を毎日送りつけられてくるんだけれど、ホストのように好感度を稼いで情報源にするばかりで、ぜんぜん女性と本気で関わらない。とりわけ「侍死」の世界では。
女性に対して、心を閉ざしていたところがある。
新選組のために生きて、新選組のために死ぬ。そんな漢らしい生涯だった――。
って、あれ?
そ、そうだ。わたしってば、完全に忘れていた!
「侍死」は新選組のゲームだけど、ヤクザゲームの外伝だから、テーマは「滅びの美学」。
つまり――「侍死」のメインシナリオ通りに時間が経過していくと、新選組の隊士は局長の近藤さんをはじめほぼ史実通りに次々と死んでしまって、最後は北海道(蝦夷地)の箱館で土方さんが討ち死にして新選組は消滅。そこでゲームが終わっちゃう!
わたしが最初にはまった新選組の乙女ゲームには、「ヒロインとフラグを立てて恋愛ルートに入った隊士は生き残る」とか、「新選組が滅びないグランドルートがある」とか、そういう幸せなIFルートがいっぱい用意されているんだけれど、「キャラは死んでナンボ」というヤクザアクションバトルゲームの外伝にそういう甘い要素は一切ないのだった。
むしろプレイヤーたちも、「新選組といえば滅びの美学。戦いの鬼として五稜郭で闘死した土方歳三は、最高に漢だぜ! 一生着いていきますアニキ!」と泣きながら隊士たちが死んでいく悲劇イベントに感動するという……。
かく言うわたしも、その一人だったんだけれど。
乙女ゲーのキラキラ新選組もいいけれど、ヤクザゲーの漢臭い新選組もかっこいいなあ、って。男所帯だからか、みんな案外に女性に純情だったしね。
どうしよう? このままわたしがぼーっとしていたら、新選組のみんなが死んじゃうよ? やだやだ。そんなのは嫌だ。
でも、「侍死」には破滅ルートしか存在しないんだよー!
「あーっ!? どうしてわたし、乙女ゲームのほうの新選組に転生しなかったんだろう?」
「やっぱり脳に病がまわってるのか、総司? 訳の分からないことを言うなよ。なんだったらしばらく京を離れて、姉さんのところに戻るか?」
「いやだなあ。土方さんが作った局中法度には、『隊を脱する者は切腹』って書いてるじゃないですか。わたしは、切腹したくないですよ」
「病気なんだから仕方ねえだろう。しばらく療養しろ」
沖田家と言っても、沖田総司は幼い頃に両親を失って試衛館の近藤さんのもとで育てられたわけだし、沖田総司が江戸で頼れる家族といえばお姉さんくらいしかいない。弟の総司に過保護だったお姉さん……絶対に、わたしが沖田総司じゃないって一目で見破る……駄目。かえってややこしくなりそう。お姉さんに「どなたか知りませんが、総司を返して」と泣かれたくない。
それに――。
「駄目です。わたしは新選組の隊士ですから! 最後まで土方さんたちと一緒ですよ?」
「な、なんだよ突然真面目な顔をして。お前らしくねえぞ」
「お願いします、土方さん。身体は元気ですし、女性になったということは隠しますから、どうか土方さんのお側に置いてください!」
そう。わたしは、新選組の破滅ルート入りを知っている。見捨てられない。
ゲームシナリオを熟知しているわたしなら、もしかしたらなんとかできるかも。
一応、剣技はほんもの沖田そのままみたいだし。元の沖田総司と違って、結核でもないしね。わたし、健康だけが取り柄だもん。
労咳が悪化して動けなくなり、江戸で近藤さん・土方さんたちと別離した時の沖田総司くんは、ギャン泣きしていた。そんな沖田総司を置き去りにして過酷な戦場へ向かっていった土方さんも、(もう二度と会うことはあるまい。総司……お前に無理ばかりさせて済まなかった)と目に涙を浮かべていた――そして、それが永遠の別れとなった。
土方さんが最後の最後まで五稜郭で戦い続けて、五稜郭政権の幹部でただ一人戦死したのもの、兄弟分の近藤さんや沖田総司が死んでしまったのに、自分一人が明治の世にのうのうと生きていていいはずがない、それでは地下で近藤さんたちに合わせる顔がないと信じていたからだ。つまり、自殺のようなものだった。
でも、もしも沖田総司と近藤さんが死ななければ?
土方さんもきっと、生きる意味を失わずに、一緒に生き続けてくれるはず。
「誓います。わたしは、最後まで土方さんとともに戦います! 絶対に、途中で離脱とかしませんから!」
今回こそ!
「……わかったよ。お前がそう言うのなら今後もなんとか新選組で働けるよう手を尽くしてやらあ。なんだよ、なにを泣いてるんだよ。まったく。捨て猫みたいな顔をするなよ」
「あ、ありがとうございます!」
やったあ!
やっぱりこの人、沖田総司くんには甘いんだよね。必死でお願いすれば駄目だとは言いきれない。照れてる、照れてる。
無頼ぶっていても、かわいいところがあるんだよね。
もうこうなったら、なにがなんでも土方さんと新選組の運命を変えなくては、と武者震いしてきた。
「近藤さんはまあ、初手でびっくりさせなけりゃそれでいい。もしも頓珍漢なことを言いだしても、一晩寝れば落ち着く。問題は山南だよ」
「総長の山南さんですか? インテリで理知的で温厚な人じゃないですかー。わたしが女の子だからって、豹変して襲ってくるような野蛮な人じゃないですよー」
「いんてりってなんだよ? 山南は小心者なのに頭が良すぎてごちゃごちゃ考えすぎるから、まずいんだ。芹沢を斬る時もあれこれ理屈を捏ねて反対してたし、ああいう根っこがフラフラした野郎は信用ならねえ」
「筆頭局長をぶっ殺そうぜって物騒な話になったら止める役目でしょう山南さんは? あの人がいないと、歯止めが効かなくなるじゃないですか。土方さんって山南さんを嫌ってますよねー。っていうか、学問がある人は基本みんな嫌いですよね?」
「俺ぁ、根が芸術家だからな。今は新選組の副長をやっているが、本職は俳諧読みの豊玉宗匠だ。美的感性で生きる男さ。理詰めでものごとを考える学者肌の野郎は、どいつもこいつも嫌いなんだ」
それはいわゆる学歴コンプレックスというやつでは――と思ったけれど、コンプレックスという言葉の意味をわたしのつたない語彙力では説明できないのでやめた。
「でも、土方さんの俳句って駄句ばかりですよ。百年後の日本でも嘲笑される黒歴史ですよ。『年礼に出て行空やとんびたこ』とか、いったいなんなんですか恥ずかしい」
あ。口が滑っちゃった。どうして土方さんって自分に俳句の才能があると思い込んでいるんだろう。かわいいけど。この人にこういう愛嬌がなかったらほんとうに鬼畜だもの。
「うるせえよ総司! 日頃から女に餓えている永倉、左之助、平助の新選組三馬鹿も危ないし、とにかくお前が女になった件は秘密にする。近藤さんを除いては、ずっと秘匿だ。総司の秘密を知った隊士は全員俺が粛清する。いいな?」
ぐえっ? 全員粛清?
「ちっともよくないです! 土方さんに心配させたくないから一応隠しますけれど、そんな程度のことで新選組の結束は揺らがないですよ。土方さんが作り上げた新選組はそんな甘い組織じゃないですよ! だから、わたしの秘密を知った隊士を粛清とか切腹とか暗殺とか、絶対にやめてくださいよ?」
わたしは、つくづく土方さんが弟分(もう妹分だけど)の沖田総司に対して過保護すぎるお兄ちゃんだということを、このお団子屋で知ったのだった。
いくらなんでも、わたしが女の子だと知った隊士は切腹って。
そんな理由で粛清してたら、隊士が一人もいなくなっちゃうよ。
「けっ、わかったよ。だが一線を越えた野郎は別だぞ総司。お前を嫁にやるまで、俺ぁ妹分になっちまったお前を守るからな? それが兄として最低限の義務だろうがよ。止めるんじゃねえぞ?」
「よよよ嫁って。わたしは結婚とか考えてないですよ? 新選組でお勤めするので精一杯ですよお? なにしろ、現場を統括する一番組の隊長なんですから!」
「馬鹿が。妹にこんな血生臭い斬り合いを続けさせられるか。一日も早くお前に代わる一番隊長を育成して、お前は引退。信用できる旦那に娶らせる。それが、お前の病気に気づいてやれなかった俺ができる唯一の道だ――おっ、閃いた。一句いいか、総司」
「やめてください。土方さんの駄句を自信満々の声で聞かされると脱力します」
「……けっ。俺の俳諧の才能が理解できねえたぁ、女になってもやっぱりお前は総司だよ」
土方さんの渾身の新作をちょっと聞きたかったけれど、聞いてしまった後の自分のリアクションが心配なのでスルーすることにした。
ショックを受けた土方さんが副長室に籠もって寝込みかねない。
わたしって口が滑るというか、嘘をつくのが苦手なんだよね。
でも問題は――わたしが女の子になったことよりも、異様に心配性の土方さんかもしれない。
わたしの秘密を知った隊士を片っ端から粛清だなんて、絶対に駄目ー。
もともと破滅ルート一直線の新選組なのに、そんなことになったら致命傷になっちゃう。
わたしは新選組の誰にも死んでほしくないよ。どうすればこの切った張ったの「侍死」世界の歴史を変えられるのかなあ……隊士と恋愛すればハッピールートに入れる乙女ゲームでもないのに……。
ああ、これ以上はもう食べられない。そろそろ屯所に戻らなくっちゃ。
うーん、どうしよう。どう考えても、いつまでも隠せるはずがないよね?
「なあ総司。お前が治るのか、ずっとこのままなのかはわからねえが、俺ぁお前がどうなろうがお前の兄貴分だぜ。ひとつだけ約束してくれ――俺より先に死ぬな。約束しろ」
「……約束を守れなかったら、わたしはどうなります?」
「そりゃあ、切腹だ」
「死人が切腹ですか。あはははは。土方さんらしいなあ」
「笑い事かよ。ふん。近藤さんとお前だけだよ、俺に心を開いて接してくれる人間は」
「土方さんが猫みたいに人に懐かないだけですよー。これからは隊士に親しまれる副長を目指しましょう! きっとそのほうがいいことありますよ! ねっ?」
実際、近藤さんが官軍に処刑されて、土方さんが北へ北へと敗走する新選組を率いるようになってからは、この人は性格がまるで一変して、隊士たちに酷く優しい人になった。
隊士はみな、土方さんを母親のように――父親ではなく――母親のように慕った。
慈愛に満ちた、世話焼きで心配性のお兄ちゃん。それが、土方さんの本質なのだ。「鬼」と呼ばれていた京での副長時代は、あくまでも嫌われ役の副長役を演じていただけだ。照れくさがりなのもあるけれど。ツンデレってやつだろうか。近藤さんや沖田総司を失って、心に穴が空いて、仮面が剥がれたのかもしれない。
ただし、戦場では最後まで「逃げる奴は斬る!」と叫びながら戦い続けた戦の鬼だったというけれど、近藤さんの仇と戦っていたんだから当然だよね。
でも、今回は。わたしが沖田総司くんの代役となったからには。
「……土方さんのもとから黙って消えたりはしません。絶対に。ずっと、一緒ですよ?」
「おい。女になったお前にそんなことを言われたら、まるで結婚を迫られているようじゃねえか。やめてくれ」
「あははー。土方さんが、照れたー! やっぱりかわいいですねえ土方さんってば?」
「お前なあ。相手が女に口説かれ慣れている俺じゃなきゃあ、押し倒されているぞ。無防備すぎるだろう。いきなり女になったのに悲壮感とか不安とかないのかよ総司は。まったく、頭が痛いぜ俺は……」
存外に、沖田総司が女の子になったことに動揺している? もしかして、中身が別の人かもしれないと気取られてるのかも? いけないいけない。わたしは沖田総司、沖田総司。
「わたしの前では、心優しい豊玉師匠でいていいんですよ、土方さん? だから隊士の皆さんにも、もう少し優しくしましょうよ。『仏の副長』を目指しましょう。ね?」
「ほ、豊玉師匠って呼ぶな! 俳諧はしばらく禁止してるんだよ、俺は! ただまあ、俺の俳諧の才能をずっと眠らせておくのは惜しいな。ふん。たまには俳諧を読むか――」
ぷっ。その気になっている。土方さんには俳句の才能はぜんぜんないのに、本人は俳句こそ天職だと信じているのがちょっと笑える。でも、そりゃあ、剣を取って人を殺す仕事が天職だなんて、信じたくないよね。土方さんは本来、そういう人じゃないんだから。
この世界に来て実感したけれど、やっぱり土方さんはほんとうは優しい人なんだなあ、とわたしは再確認した。
もしもわたしが沖田総司でなければ、一瞬で恋に堕ちてしまいそうだった。
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