剣は天然理心流-1
「新選組一番隊長、沖田総司。行きます!」
わたしは颯爽と抜いた愛刀「加州清光」を一応上段に構えてみたけれど、さあ、ここからどう動けばいいのかさっぱりわからない。
「侍死」のバトル操作は頭に入っている。なにしろ攘夷志士を数万人も斬り続けてレベル200。
○ボタンを押せば強斬り。
×ボタンを押せば薙ぎ。
気合いを溜めた状態でL1ボタンと○ボタンと□ボタンのの同時押しで、天然理心流の秘太刀・無明三段突きという大技を繰り出せる。
……そのはずなんだけれど、コントローラーなんてどこにもない。
今のわたしは、前世と寸分変わらないリアル世界で、日本刀を手にしてチャンバラをやらされているのだった。
ん? これって「人斬り」じゃない? ゲームでモブを斬るのとは訳が違うよ?
ああ、どうしよう。突っ立っていたら殺されちゃうし、逃げたら「てめえ偽者だったんだな、局中法度違反だ」と土方さんに斬られちゃう。
「ぼーっとしてるんじゃねえ、突け! てめえの得意技は突き技だろうが総司!」
雷のような怒声。土方さんに叱咤激励されてしまった。
「は、はい、土方さん! ごめんなさい志士の皆さん。突きまーす!」
「へっへっへ。隙だらけだな、この沖田総司って奴は――まさか、近藤土方の弟分ってだけで隊長をやってた雑魚だったとはな!」
「死ねや、沖田!」
「幕府の犬め、朝廷の敵め! 天誅だ、くたばれ!」
うわ。三人の不逞浪士が同時にわたしめがけて剣を――「ケンカは勝ってナンボだ」とうそぶくこっすらい土方さん率いる新選組も、「一人の敵に対して三人の隊士で囲んで斬り殺せ」という卑怯にも程がある戦術を使っているんだけれど、それは不逞浪士側も同じみたい。
えーと。どうしよう。どうしよう。とにかく。
「沖田総司の必殺技! 『無明三段突き』!」
コントローラーがないので、とりあえず技名を叫んでみよう。
すると。
不思議なことに、わたしの身体がその声に反応して、今まで無数の反復動作を繰り返してきたかのように無意識のうちに勝手に動いた。
わたしの構えた剣が、わたしの命を奪おうと迫り来る攘夷志士たちめがけて目にも止まらない速さで突き出されていたのだ。
一段。
二段。
三段。
まさに電光石火。自分の目でも、剣の動きがまるで追えない。
一呼吸のうちに、わたしの剣は三人の攘夷志士の急所をすべて突いて倒していた――。
「ぐぎゃっ?」
「うげっ?」
「がはっ? ぜんぜん、見えなかった……こいつ、化け物だ……」
えーっ? 皆さん、大出血してるんですけどーっ?
わたしがやったの、これ? 嘘でしょ?
転生していきなり殺人なんて嫌なので殺してはいないけれど、いだだだ、痛そう……。
まさしくこの血しぶきの激しさは、「侍死」のバトルシーン演出そのもの。いや、現実でも大動脈を斬ったらこうなるのかなあ。
わたしは(ひええええ)とはじめて人を斬ってしまったことに震えあがったけれど、次々と新手の不逞浪士たちが襲ってくるので、仕方なく、
「無明三段! 無明三段! 無明三段!」
と技名を連呼。その毎に、身体がかあっと熱くなり、自動的に反応して「敵」を突いて深手を負わせ、戦闘不能に追い込み続けた。
たぶんだけれど、わたしが「混じる」前のほんものの沖田総司の身体には、ひたすら修練と実践を重ねてきた天然理心流の剣の技術が記憶されているから、技を出すと決めただけで意識せずに反射的に剣を振るえるのだろう。
わたしの魂というか意識が身体に入ったあげく、肉体まで変化して女の子になっちゃったためか、ほんものの沖田総司の記憶は、完全には思いだせない半端な状態なのだけれど。
それでも、幼い頃から培ってきた天然理心流の剣術は絶対に忘れないということみたい。
さすが、江戸試衛館随一の天才剣士。凄い。強い。かっこいい。
「へっ。総司、なんだよ心配させやがって。いつも通りに強いじゃねえか」
「あ、はい。ありがとうございます、えへへ……でも、チャンバラは怖いです」
「微妙に手加減してやがんな? 一撃できっちり命を断てよ。遺恨を残すんじゃねえ」
「土方さんは鬼ですか? この人たちもモブとはいえ家族もいるんですよ、きっと? 痛い目に遭わせて二度と剣を取れなくしておけば充分ですよお?」
「はあ、モブってなんだ? いいんだよ。こいつらは攘夷志士を称しているが、まともな長州藩士じゃねえ。京の治安の乱れに便乗して町を荒らしている野盗やゴロツキの類いだ。捕らえるまでもねえ、二度と新選組が舐められないよう斬っちまえ!」
「相変わらず、土方さんは敵に対しては人間の心がないですねえ?」
「あと、大将格のあの気障な黒頭巾野郎が妙に気に入らねえ!」
「はあ、そうですか」
土方さんの剣術は汚い。基礎は天然理心流とはいえ、型とか技とかを度外視して、とにかく敵を斬って倒すことだけに特化している「無手勝流」だ。
だから、近藤さんが率いていた江戸試衛館でも、免許皆伝を貰っていない。
『歳。お前の剣は自由奔放で俺ぁ好きだが、天然理心流としては滅茶苦茶だ。お前に免許をやっちまったら、天然理心流はヤクザのケンカ剣法になっちまうよ』
それが近藤さんの口草だった。
土方さんは土方さんで、
『俺ぁケンカに強くなりたいだけなんだ。免許皆伝なんざどうでもいいさ』
と、懐かない猫のようにどこ吹く風。
実際、京に来て真剣で戦うようになってから、土方さんがどれほど恐ろしい剣士、いや、冷徹かつ卑劣な殺し屋だったかが実証されちゃった。
今も、
「オラッ、喰らえ!」
「うわっ、汚え! 砂の目潰し、汚え! これが新選組副長のやることか!?」
「オラオラ。背中を狙っても無駄なんだよ、間抜けが!」
「て、てめえで斬った敵の身体を、肉壁に!? うわああああ、同士を刺してしまったああああ?」
うわあ汚い。土方歳三、実に汚い。
やだなー土方さんに命を狙われるのは絶対にやだなー。この人、殺すと決めたら執拗だし。どうしてこんな水もしたたるクール系イケメンが、いざ戦うとなると豹変してこんな鬼畜外道になっちゃうんだろう。
もしもここが乙女ゲームの世界だったら、こんな身も蓋もないバイオレンスな血みどろ殺陣はやらないんだろうけれど。恐るべきはヤクザゲームの外伝「侍死」世界。
でもでも、それでもキラキラするほどかっこいいんだから、イケメンは得だねー。
「黒頭巾野郎! 俺ぁてめえの妙な鼻声が無性に嫌いだ、ここで殺す! 行くぞ総司!」
「は、はいっ土方さんっ!」
ところが、不逞浪士を指揮していた黒頭巾の男は、妙に場慣れしていたみたいで。
「ふ、ふ、ふ。あっという間に二人で十人強を全員倒しましたか。さすがは新選組の副長と一番隊長――今宵は挨拶代わり、これまでと致しましょう。必ずや土方歳三、貴様の命は頂きますからね!」
土方さんとわたしが不逞浪士たちと斬り合っている隙に、妙に慣れた口調で捨て台詞を吐きながら素早く撤退してしまっていた。
あ、あれ? 大口を叩いていた割りに、逃げ足が速い。もう走っても間に合わない。
なんというか、逃げ慣れているというか。妙な人だったなあ。
ゲーム「侍死」にはあんなキャラはいなかった……いったい誰だったんだろう?
「はあ、はあ。ひい。逃げられちゃいましたね土方さーん。生きてる浪士さんたちから、黒頭巾さんの正体を聞き出しましょう」
「捨てておけ総司。どうせあの手の狡猾な男は、味方にもてめえの顔も名前も教えちゃいねえさ。こいつらを拷問しても無駄だ」
「拷問しろとは言ってませんよう。どうしてすぐに拷問したがるんですか~」
「俺だって好きで言ってるんじゃねえよ、仕事だ。まあいい。すっかり隊服も血で汚れちまったし、壬生の屯所に帰るとするか」
「そうですか? わたしの隊服は綺麗ですよ。ほら、一滴の返り血もついてませんよ?」
「それは総司、お前が剣の化け物だからだよ。俺は違うからな。普通の人間だ」
「えー。そうですか? 充分に鬼畜だと思いますが」
「俺ぁ普通の人間だから、せこい手を使わないとこっちが死んじまうんだよ! 生まれながらの剣鬼のお前にはわからねえよ」
「はうう。酷い言われよう……ぐっすん」
とはいえ、沖田総司の剣の腕が異常なレベルなのも事実。
遠隔距離からの瞬発力を駆使した超高速の「無明三段突き」で相手を一瞬で仕留めてすっと後方に退くから、攻撃一辺倒のアグレッシブな剣術なのに、ぜんぜん返り血を浴びないみたい。
はじめて「実戦」を経験したけれど、これって闇討ちを喰らうか鉄砲で狙撃でもされない限り無敵じゃん。チート技すぎる。
「いや、ちょっと待て総司。このまま屯所に戻ったら大騒ぎだな……団子屋で甘いものでも食いながら作戦会議と行こうぜ」
「大騒ぎって? 不逞浪士に襲われるなんて、よくあることじゃないですか?」
「違う。お前が女になっちまったことが大問題なんだよ! なにをぼけっとしていやがる。男でも女でも、その天然の性格は変わらねえなあ」
「はあ。天然……」
前世でもよく天然と言われていたっけ。だからプレイヤブルキャラには天然系の沖田総司を愛用していたんだよね。親近感があって。あと、口は悪いけれど超イケメンで頼もしい土方さんがバディになってくれるしね。
この人って基本的には鬼畜だけれど、兄弟分の近藤さんと沖田総司にだけはほんとうに甘甘だから。
でも、言われてみればちょっと焦ってきたかも。
わたし、女の子なのに虎狼の集団みたいな危ない新選組でやっていけるのかなあ?
だって、綺麗な乙女ゲームの新選組じゃないんだよ。ヤクザ外伝ゲームの新選組だよ。戦闘中にキラキラエフェクトを出す隊士なんて、土方さんくらいだよ? チャンバラがはじまったら、血、ドバーだよ。
あ、あれ? 急に緊張感が解けたと思ったら。
いきなり腰が、抜けて……た、た、立てない……。
ははははじめて真剣を抜いて斬り合ったのだから、当然といえば当然なのかも。
「なにやってんだ、おめえ。こんどはまた男の身体に戻りそうなのか? 付き合いきれねえから置いていくぞ」
「あーん。待ってー! 待ってくださーい土方さーん!」
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