うちの総司がこんなにかわいい筈がない-2

 正解が見当たらない!?

 もしかしてわたし、詰んだ!?

 どうして「侍死」の世界に転生したのかもわからないうちに、初手でゲームオーバー?

 二度目の人生、終了?


 いやだ、せっかく沖田総司に転生したんだから、もう少し新選組の世界を味わいたいー。

 それにわたしが死んだら、この身体のベースになっているほんものの沖田総司も死んじゃうじゃん? そんなの駄目だよ!?


「総司……おめえの病は、胸の病だとばかり思っていたが……実は、奇病だったんだな」


 えっ?

 土方さん、なにを言っているんです?


「俺ぁも、ともとは石田散薬を売り歩く薬売りだからよ、けっこう病に詳しいんだぜ。おめえ、女の身体になっちまう病にかかっていたんだな? 聞いたことがあるぜ。百万人に一人の割合で、そういう病にかかる奴がいるって」


 えー? そんな病、聞いたことないんですけど!? 土方さんが実家で売ってる石田散薬って、ちっとも効かないニセ薬じゃないですか?


「おめえの胸の痛みは、肺病の痛みじゃなかったんだ。女になっちまう病の前兆だったんだな。乙女の胸の成長痛ってやつだ。ということは、おめえの胸も今……谷間があるな?」


 いやあああああ? そこは、駄目~!? あまり量はないけれどそういう問題じゃなくて!


「みゃああああああっ!? 今、膨らんでいると確信しながら胸に触ろうとしましたねっ!? 駄目でしょ土方さん、乙女に対して!?」


 あっ。胸元に伸びてきた土方さんの手をぴしゃりと叩いちゃった。うわああああ、わたしってば取り乱していったいなにを。ごめんなさいごめんなさい。


「お、おう。失礼。そ、そうだったな……って、ちょっと待て! どうして俺が総司、てめえに照れなきゃならねえんだよ!?」


「ごめんなさいっ! そのー、今のわたしには、女の子としての羞恥心が……」


「なんだそりゃあ? マジかよ……まったく妙な病を発症しちまったな、おめえ……ああもう、いきなり女になっちまった弟分をどう扱えばいいんだよこういう時によ?」


 土方さんが珍しく白い顔を赤く染めながら、やっとわたしの身体を解放してくれた。

 やばいよー身ぐるみ検査されたらどうしよう……とどきどきしていたけれど、土方さんは存外に紳士的だった。突然TSしたので、怖がられているだけかも。


「ひ、土方さん。わたし」


「……信じられねえが、ほんものの女になっちまったようだな総司。いいか、この病のことは誰にも言うなよ?」


 えーと。病気じゃないんだけれど。プレイヤーのわたしが沖田総司に転生して、元の男の子の沖田総司くんと「混じった」んだけれど。

 なんだか本来のわたしの身体とも感覚が違うし。少なくとも顔は美少年沖田総司なんだよね。身体も基本は沖田総司くんで、そこにわたしの女子高生の身体が混じったっぽい。

 でもまあ、今は土方さんにそう誤解してもらっていたほうがいいいかも。

 ズバッと斬られる心配がなくなった機会を待って、そのうち真実を打ち明けよう。

 あんまり長く隠していたら「俺をたばかったな、死ね!」となりそうだし。

 でも、土方さんが微妙に間違った医学知識を持ったインチキ薬売りで助かった。

 もしかしたら、以前から弟分の沖田総司の体調をそれほど心配していたのかも。時間が進行すると、沖田総司は労咳(結核)を発症して若くして死んじゃうから。

 沖田総司が発症して寝込んでからも、土方さんは「絶対に効く。治る。飲め」と効かない石田散薬を仏頂面でどんどん飲ませていたっけ。口ではなかなか優しい言葉をかけないけれど、そんな時の土方さんは目にうっすらと涙を浮かべていた。


「土方さん。えーと、胸の痛みはすっかり消えました。でも、掴まれると痛いですから触っちゃ駄目ですよ?」


「ともかく労咳じゃなかったってことか。数年で死ぬ病じゃなくてよかったな。だが、こいつはもっと厄介な病だぜ総司。原因もわからねえのに、治療のしようがねえ」


「そ、そうですか? 治療しなくてもいいんじゃないですか? えへへー?」

 やだやだ。治療と称して藪な薬売りさんの出鱈目な民間療法の玩具にされたくないよう。


「当たり前だろうが。泣く子も黙る新選組の一番隊長が実は女でした、で通るか! その綺麗な顔で実は娘だとバレたら、京の不逞浪士どもに付け狙われるぜ、お前」


「わ、わたしは剣の腕前だけは強いですから、だ、だいじょうぶですよお? 心配性だなあ~土方さんは」


「馬鹿。新選組最強剣士が女だと隊内に知れ渡ったら、新選組の土台も揺らぐだろうが。隊士の大半は剣の腕だけが自慢の、不逞浪士あがりの輩だ。隊を女に仕切られているとわかったら、裏切り、脱走、寝返り、新選組乗っ取りと、なにをするかわからねえ」


「土方さんは考えすぎですよ~。人を疑いすぎるの、悪い癖ですよ? 今時は女剣士が最強という設定も珍しくは……」


「どこの世界の話をしているんだよ、お前」


 あ、いや。それはRPGとかアメドラとかコミックとかの話だ。

 このゲームは、あくまでも漢が漢として生きてそして死ぬ「侍死」の世界。ヤクザゲームの外伝としての幕末世界。

 沖田総司が女だと知れたら、黙ってはいない面々が隊内にも隊外にもうようよしている。

 たぶん。

 そうだ、「極道の妻」ルートに入れば……って、近藤さんと結婚できるわけないし。

 近藤さんはもう江戸に妻子がいる人だし、沖田総司にとっては実の兄も同然の人だ。


「そもそも新選組自体、俺たちが筆頭局長の芹沢鴨をブッ殺して乗っ取ったんじゃねえか」


「ほえ? そうでしたっけ?」


「総司、お前が化け物みてえな強さを誇った芹沢を斬ったんだろうが――まさか剣の腕まで鈍ってねえだろうな?」


「あー。は、はい。そういえばそうでしたねー。いやー親分のタマをいきなり取ろうだなんて、ヤクザみたいだなー新選組はーと思いました!」


 近藤さんと土方さんが新選組を乗っ取る「芹沢鴨暗殺」事件は、ゲーム開始前に既に発生してしまっている過去イベントなので、もう変えられない。

 筆頭局長暗殺による組織乗っ取りって、ヤクザ映画の王道ルートスタートじゃ~ん。


「馬鹿。お前の剣の腕の話をしてるんだよ。女の身体になって、筋力が落ちてねえか?」


「ど、どうでしょうか? 腕相撲でもします?」


 そう言われると自信がなくなってきた。

 そもそも、試衛館で身につけた天然理心流の剣術を、わたしは知らない。

 コントローラーを操作して、不逞浪士が無限に湧いてくるループ迷宮に籠もってひたすら剣技コンボを決めてきた結果、レベル200というチート領域に到達した経験はあるけれど、この世界はコントローラーとかないし……ゲーム世界とはいえ、完全に「現実」だし……。

 あれ?

 今のわたしって、剣術を使えるのかなあ?


「おっと。総司、構えろ。敵さんが来やがった。てめえら、俺たちを付けてきたな?」


「ふ、ふ、ふ。夜の鴨川は実に襲撃場所に適しています。たった二人でこんなところをうろついているとは、新選組の副長も油断したものですねえ。土方歳三! お命、頂戴いたします!」


 げっ。黒い頭巾を被って顔を隠した刺客が現れちゃった。

 しかも、手下の数がけっこう多い。

 ゲームでは確か、彼らは「新選組は日夜、長州の不逞浪士と戦っている」という状況を説明するために、そしてメタ的にはプレイヤーに経験値をくれるためにエンカウントするモブのはず。

 ストーリーとは関係ない長州の雑魚不逞浪士たちなんだけれど、今夜はボス格の口調がぜんぜん違う。こんな丁寧な言葉遣いじゃなかったはず。黒頭巾なんていなかったし。

 あれ? もしかして、ゲームとは違う人が率いているんじゃあ? いったい誰?


「浪士の皆さん、やってしまいなさい。ここで副長と一番隊長を潰せば、新選組は壊滅します。わが悲願は、新選組の覆滅なのです! 日本の夜明けは新選組撲滅からはじまるのです!」


「うおおおおお! 天誅!」


「尊皇攘夷の志士を弾圧する新選組、許すまじ!」


「俺らのショバを荒らすんじゃねえ、多摩へ帰れ田舎者どもが!」


 あわわ。今は「逃げる」を選択しなきゃ。

 って、選択肢なんてどこにも表示されないんですが?

 これが現実の非情さだーっ!?


「ケッ。俺と総司を十数人ぽっちで闇討ちしようとは、舐めていやがる! 土方歳三、売られたケンカは買って出てやらあ! 総司、さっさと抜けっ! 死ねやあああああ!」


「うわーん! 土方さんってばどうしてそんなにケンカっ早いんですかあ? 逃げましょうよう……あ、駄目、もう戦いがはじまっちゃった!?」


 わたしはなにがどうなっているかよくわからないまま、黒頭巾の男が率いる不逞浪士軍団と斬り合うことになってしまった。

 新選組――それは、黒船騒動・開国騒動で揺れる幕末の京にはびこり、「尊皇攘夷」を唱えて幕府覆滅をはかる長州の不逞浪士たちを斬って斬って斬りまくる、幕府(会津藩)お抱えの剣客公務員集団。

 つまり、人斬りと戦う人斬り。

 ヤクザを取り締まるヤクザ。

「町を守るいいヤクザ」屋さんだ。

 というか毎日毎晩、京のあちこちで真剣を振るってバッサバッサと不逞浪士を斬っちゃうんだから、そのヤバさはヤクザどころじゃない。

 隊士に人権なし、と言わんばかりにとんでもなく厳しいブラック社是・局中法度を遵守。武士失格レベルの不始末をしでかしたら切腹だし。

 そして沖田総司は、そんな物騒な新選組で最強の剣技を誇る、一番隊長なのだった。


「なにをぼんやりしていやがる総司! 敵に斬りかかられて逃げたら、局中法度違反で切腹だぜ!」


 ああ、まずい。せっかく都合よく誤解してくれた土方さんに「偽者」だと疑われたくないよう。

 どうしよう。剣技なんてわかんないのに。うわ、わたしが鞘から抜いた日本刀も真剣だ。

 えーい、やるしかない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る