『新選組アクションアドベンチャーゲーム』に転生した私はどうやら女の子のまま沖田総司になってしまったそうです~女とバレたらいけない新選組生活~

春日みかげ(在野)

うちの総司がこんなにかわいい筈がない-1

「総司? 急に失神するなんて、どうした? もしかして胸の具合が悪いのか? おめえ、労咳を患っていたかもしれねえからよ?」


 夜の河岸。

 わたしは不意に目覚めて、自分が、白面の美男子――水もしたたる良いイケメンの腕に抱きしめられていることに気づいた。彼が羽織っている上着は、浅黄色のダンダラ羽織。

 えっ? わたし、このイケメンに口説かれているの? まさか、デートの途中っ?

 そんな。殿方とリアルでキスした経験もないのに。せめてお名前を――


「はあ? 土方歳三に決まってるだろう。どうした、タコみてえに口を尖らせて。新選組の新入りの真似して衆道ごっこか? また新手の冗談かよ総司」


「そうじ?」


「お前の趣味は、俺をからかうことじゃねえかよ」


 ああ、そうだ。この羽織、新選組の初期隊服だ。と、言うことは?

 この少し荒木飛呂彦先生にどこか似ているしょうゆ顔の美男子は、新選組のお方?

 って、自分で名乗ってるじゃん。

 新選組副長、土方歳三っ?

 うーん。記憶が混濁しているけれど、わたしって確か、高校への通学路で猫を助けようとしてトラックに跳ねられて死んだような?

 ならば。

 わたしは、過去の幕末世界に召喚されたのだろうか。

 それとも――幕末を舞台にしたバトルゲーム「侍とは死ぬことと見つけたり」のゲーム世界に転生した?

 たぶん、後者が正解だろう。

 このゲームは、残念ながら生前わたしが耽溺してきた、新選組隊士との恋愛ルートを巡る乙女ゲームではない。

 切った張ったの修羅場が続くアクションメインのヤクザバトルゲームシリーズ「任侠とは死ぬことと見つけたり」の外伝、いわゆる幕末編だ。

 愛称は「侍死」。ルビは「サムデス」。

 わたしはこのゲームを「お前、新選組ファンだよな」と兄に紹介されて無理矢理やらされていたのだが、大好きな新選組のキャラ「沖田総司」を操作して京に潜伏する不逞浪士をバッサバッサと日本刀で斬り倒すアクションが意外に楽しく、感染症の流行のせいであまり外に遊びに行けないこともあって気がついたらレベル200まで極まってしまい――って、今はそんなことを言っている場合じゃない!?


「おい、目が覚めたならなんとか言えよ総司。なんだよその潤んだキラキラの目は。気持ち悪ぃ」

 ぽかり、と頭を殴られた。暴力反対! さすがはヤクザバトル系新選組、女子供にも容赦のないDVだ。

 あ、いや。違う。今のわたしは「総司」らしい。

 わたしも新選組の隊服を着ているし。

 それじゃあ、この乱暴で酷薄そうだけれど目元涼しいイケメン男子は、やっぱり――?


「えーと。もしかして、あなたは土方歳三さんですか?」


「なにがもしかしてだ、からかってるんじゃねえぞ総司。てめえがガキの頃からの兄貴分だろうが。てめえになにかあったら、近藤さんに言い訳できねえだろ。歩けるか?」


 はい。新選組鬼の副長、土方歳三。確定しました。

 こうして目の前で見ると、とんでもない美形だった。

 画面の外からも、クールでありながら心に熱い想いを抱いていることを隠しきれない匂い立つような漢らしさが魅力的だったけれど、同じ世界で「本物」を間近に見ると、暴力的なまでの男性フェロモンに頭がくらくらする。

 ちなみにわたしは、リアル男性にはほとんど耐性がない。仲良しの男性は、えーと、お兄ちゃんくらいかな。


「あのう、土方さん? わたしが沖田総司なんですか?」


「総司、胸じゃなくて頭をやられたのかよ。お前が沖田総司じゃなくて誰が沖田総司なんだよ。ついさっきまで、一緒に河岸で立ちションしてたじゃねえか」


「たっ……!? 嘘ぉっ? いやああああっ?」


「なにが嫌なんだよ。立ちションからの帰り道にしばらくして、急に胸を押さえて倒れたんだよ、おめえは」


 せっかくイケメンと美少年の二人が揃っているのに、そんなデリカシーのないエピソード……優雅さと耽美さを追求する乙女ゲームでは絶対にありえないイベントだ。ここはやっぱり「侍とは死ぬことと見つけたり」の世界だ、とわたしは確信した。

 このゲームで沖田総司をプレイヤーキャラとして選ぶと、ゲームの冒頭でいきなり土方さんとの仲良し立ちションイベントがはじまってしまうのだから。

 うわっ、男子向けヤクザゲームの世界は乙女ゲームとはぜんぜん違う……と、はじめてプレイした時には目眩がしたものだった。

 まあ、そこから血で血を洗う抗争が延々と続くので、もうそれどころではなくなちゃって、すぐに慣れたけれど。

 でも、おかしい。

 土方さんの腕に抱き留められたまま、恐る恐るわたしは自分の下腹部のあたりを触ってみた。

 ない。

 やっぱり、ない。

 隊士服を着てはいるし多少感覚が違うけれど、基本的に勝手知ったるわたしの身体だ。

 つまり、わたしは相変わらず女の子。

 ないものは、ない。


「あのー、土方さん。わたしの顔、沖田総司ですか?」


「総司だって言ってるだろう。てめえ、また殴られたいのか。夜の鴨川は危ねえんだぞ、いつまで冗談こいてやがる」


「は、はあ。こ、困ったなあ。わたしが総司ですか、やっぱり? でも絶対に立ち……なんてしたはずがないんですよね……あは、あははは……」


 まずい。今のわたしの顔は、沖田総司らしい。紅顔の美少年だ。

 史実の沖田総司は「実はヒラメ顔だった」とか「色黒で背ばかり高いゴボウみたいだった」とかボロクソに言われているけれど、ゲーム「侍死」の沖田は誰がなんと言おうとも絶世の美少年。

 源義経と沖田総司は美少年。これは日本の伝統芸能の掟なんだから、逆ハリ駄目。絶対。史実なんて知ったことかー。見たんか? 誰か、実際に見たんか?

 現実の、平凡でちょこっと中の下っぽい、特徴のないわたしの顔とは大違いだ。

 対する土方さんは、江戸で両親を早くに喪って近藤勇さんの剣道道場「試衛館」で弟分として育てられてきた沖田総司の、もう一人の兄貴分で、近藤さんの弟分にあたる。

 京では、血も涙もない「新選組の鬼の副長」と畏れられてきた人だ。

 この通り、口も悪いし目つきも冷たい。

 でも、長兄の近藤さんと、弟分の沖田総司にだけは実はとっても甘い人。

 あと、いつ死ぬかわからない立場なのに存外にお洒落で、武具や小道具には派手な紅色を好む。斬り合いの時に不利になると思うのだけれど、男伊達とでも言うのだろうか。

 この人が史実でもイケメンだったことは、実物の写真が現存しているので証明されている。写真って、最強。しかも、ゲームだとビジュアル面が補正されていて、実物よりさらに美形だ。

 正史ではモテすぎて、北野花街の君菊さんをはじめ多くの女性と恋をしたらしいけれど、「侍死」では「俺ぁ今夜死ぬかもしれない男だぜ」と女性を寄せ付けないニヒルな孤高の男なのもいい。まさに女性の理想の殿方。

 ああ、不慣れなイケメンフェロモンにやられてくらくらする。足に力が入らない。


「ひ、土方さん。いつまでも抱っこしてないで離してくださいよう。わたし、イケメンフェロモンに弱いんです。女子中でも女子高でも、男子と関わる機会がなくて」


「おめえ、本格的に頭をやられちまったらしいな。いつまで冗談を続けていやがる。不逞浪士にいつ襲われるかわからねえんだぞ? 試衛館塾頭、天然理心流最強剣士ともあろう者がタマついてんのか?」


「そそそそれは、えーと? こんな場合、どう答えれば正解?」


「しゃきっとしろよ総司。夜の巡邏仕事にビビって縮こまってんじゃねえだろうな、死ぬぞ――って、あれ?」


 さわっ。


「みゃああああっ!? 乙女のだいじな部分を土方さんに触られたーっ?」


「なんだと? ……ない!? おい、なんだよこれは? どうなっていやがる総司? お前、まさか?」


 あああ、あの土方さんの(人斬り剣士にしては)白くて細い女性のような指が、わたしの大事な部分に、一瞬だけれど触れたあああ?

 どうしようどうしよう、前世でもリアル男子に触られたことがないのに?

 って、それどころじゃない。

 出会って三秒で、バレたーーーーーっ!?

 わたしがほんものの沖田総司じゃないことがバレちゃった! 女の子になってることがバレちゃった!

 どどどどどうしよう。どどどどどう説明すれば?

 ――人間の脳は、死を間際にすると覚醒して数百倍の速度で生き残るためのシミュレーションを行うという。

 この時、わたしの脳内に駆け巡る「有り得るかもしれない未来」――。


 選択肢その1。

『土方さん。わたし、実は沖田総司じゃないんです。実は新選組ファンの女子高生です』


『偽者かよ。ほんものの総司を返せ。返せねえんなら、士道不覚悟で切腹しろ』

 駄目。土方さんはすぐに切腹させるから。この返答は駄目。

 選択肢その2。


『土方さん。実はわたし、女の子だったんですよー。女の子だと道場を継げないので男装してたんですよー。長年隠してきたのにバレちゃいましたね、あははは』

『たった今、俺と立ちションしてただろうが。てめえ、いつ総司とすり替わった。長州の間者は斬る』

 駄目。土方さんはすぐに不逞浪士を斬るから。この返答も駄目。


 選択肢その3。

『土方さん。時に、男が女に化けることもある。現実は非情である』


『てめえ、人間じゃねえのか。狸野郎が。俺を化かしやがって、死ねえ!』

 駄目。土方さんは妖怪心霊の類いも平然と斬るから。


 この人、隙あらばなんでも斬るなあ。

 あー、ぱっと脳内に思い浮かんだ三択がどれも即死確定モノ。

 正解が見当たらない!?

 もしかしてわたし、詰んだ!?

 どうして「侍死」の世界に転生したのかもわからないうちに、初手でゲームオーバー?

 二度目の人生、終了?

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