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「一丁前に背格好だけはわれわれ星に近づいたつもりかもしれんが、一匹のニンゲンに何ができるというのだ?」
嘲笑うように黒星卿が言った。
ニャンレオは胸に手を当ててからそっと答える。
「オレはひとりじゃない」
「何?」
その言葉を聞いて黒星卿は
次の瞬間――黒星卿は黒歩で距離を潰してからニャンレオに急接近すると、二本の黒鬼丸が斬りかかった。ズンズーンと空間を裂く。
しかしニャンレオは紙一重で太刀筋を見切っていなすように躱した。のみならず黒星卿の手首や
驚いたような黒星卿と一瞬目が合うニャンレオ。
しかしまた次の一瞬には戦闘が再開され、黒星卿はニャンレオの喉めがけて左突きを放つが、それをニャンレオは躱したのち、逆にその左の手首を右手でつかみひねりあげる。黒星卿が一回転すると無重力なので続いてニャンレオも遅れて一回転した。結局ふたりとも元の体勢に戻った。
黒星卿はもう一本の黒鬼丸を突き出した。
ニャンレオは右手を離したのち距離をとった。
黒星卿は星もどきに問う。
「その格闘術……どこで覚えた?」
「わからん」
ニャンレオは自分でも身に覚えがないというふうに答えた。
「ふん、まあいい。雑種の分際でなかなかやるようだが、所詮は畜生」
「それほどでもにゃえよ」
ニャンレオは覚えたてのように少しずれた謙遜をした。
そして黒星卿は余裕の笑みを浮かべる。
黒鬼丸を宇宙空間に一旦手放してから右手のひらを握った。
「ならば、これはどうかな」
そして何よりも死活問題だったのは呼吸だった。
「息ができにゃい……!」
ニャンレオは
「所詮は家畜だ。星なくしては呼吸すらままならん」
「ニュークを……返せ」
「ブブブ。よかろう。そんなに欲しければくれてやる」
そう言って黒星卿はズーンとニャンレオに急接近する。その手の中にある超圧縮した熱により光り輝く
「ガハッ!」
ニャンレオはその勢いのまま宇宙空間を吹っ飛ばされていった。そして新・太陽系リングの外側を公転する青い星の重力につかまり、大気圏に突入する。空色の体はみるみるうちに燃え上がったのち青い星のとある列島に叩きつけられた。
体を包んでいた炎はプスプスと鎮火するも丘の上の大きな木の下でニャンレオは首を掻き
「ハァッハァッ」
しかし、ニャンレオは懐かしい青い惑星を見て思いを改める。
ここは地球だ。
ならば息ができてなんら不思議ではない。
どころか息ができて当然の場所だった。
ずっと傍にいたのだから。
当たり前に息ができることにニャンレオは感謝した。
スーッと心地よい風が吹いて、土と花の香りがニャンレオの鼻腔を抜けた。
「とても綺麗にゃ星だ」
しかしニャンレオが
そして突如
何度も繰り返し嘔吐いたのち、
「ヴオエッ!」
と、ひときわ大きく嘔吐く。
その次の瞬間、ポンッ! とニャンレオの口から七色に輝く卵が吐き出された。
それは朝昼晩の概念が太陽とともに消失する前の今朝のこと。
惑星の卒業式で太陽先生から贈呈されたレインボーエッグだった。
正確には贈呈されようとしたものを誤ってニャンレオが飲み込んでしまったものだ。
するとそのレインボーエッグはシャボン玉のように回転しながらビキビキとひびが入り始めた。そしてまさにパカッと割れたとき、ニャンレオの肉体を七色の炎が包み込んだ。ぽかぽかと温かい炎がみるみるうちにとある形をなしていく。ニャンレオの前頭部には櫛のような二本の触覚、そして背中からは二対の炎の
ニャンレオは地球から黒星卿のいる空を見上げた。
あにはからんや大木の枝から一個の果実が落ちてきてニャンレオの頭に当たった。ニャンレオはその地面に落ちた果実を拾い上げる。
「そういえばアースはリンゴが好きだったにゃ」
星祭りのとき誤ってアースがリンゴの種を飲み込んでしまっていたことをニャンレオは思い出した。
アースのことを思い出しながらニャンレオは地球からの恵みに感謝する。
「いただきます」
ガシュッとニャンレオはリンゴに平たい前歯で囓りついた。
甘いフルーティーな香りが口いっぱいに広がり、さっぱりとした酸味が後味をすっきりさせる。シャリシャリとした歯触りが心地よく脳を活性化させた。
「ごちそうさま」
ニャンレオは残ったリンゴの芯から種を抜き取ると、近くの地面に植えた。
そして祈るように手を合わせた。
「ありがとう、アース。オレ、もう行くよ」
いまや
七色に燃え盛りながら白い雲を焼き突き抜ける。再び大気圏を突破すると、バサッと大きな翅を広げた。そのまま地球の周回を一周してから第二宇宙速度まで達したニャンレオは元来た方角に飛んでいった。
一方の黒星卿はいち早く異変を察知してから地球の方角を見つめて目を細めた。
「何かが来る」
それはプリズムのような光を放ちながら黒星卿にまっすぐ向かってくる。そしてその未確認飛翔体の造形がしだいに明らかになった。それはメラメラと七色に燃える翅を羽ばたかせながら右拳を突き出したニャンレオだった。
「
黒星卿がぼやく間もニャンレオはかまわず、羽ばたき宇宙を突き進む。七色の炎をまとった拳を突き出しながら炎の鱗粉をまき散らしてどんどん加速していく。その勢いのままニャンレオは黒星卿に真正面から
黒星卿はクロスさせた二本の黒鬼丸でニャンレオの熱い拳を受け止めると、七色の拳に黒い炎が混じった。
「ブブブ。
黒星卿は冷笑するが、それでもニャンレオは表情を変えない。
その様子を見て黒星卿は不審に思った。
その次の瞬間、ボワッとニャンレオの拳の炎がさらに激しく燃えさかり黒鬼丸を包み込んだ。だが黒鬼丸に斬られればいかなるものも次元の断層に堕ちていくはずである。しかし黒星卿のその期待はすぐに裏切られることとなった。というのも黒鬼丸の刀身とニャンレオの拳の緩衝材としての七色の炎は一向に消える気配がない。それどころから苛烈していた。
「馬鹿な。
黒星卿は表情を崩して驚愕を
それから
「まさか、炎が……転生しているだと?」
しかし黒星卿がそのことに気づいたときには時すでに遅く、ニャンレオはなおも突き進む。
「オァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ブブッ……!」
すると徐々に黒星卿は押されはじめた。
そしてついには七色の炎によりついに許容量オーバーに達した黒鬼丸はパキンッ! と、へし折れてしまう。
その勢いを乗せたままニャンレオの七色の拳が黒星卿の谷間の心臓核に迫った。
「――ッブ!」
かろうじて直撃寸前に黒星卿は腕を胸の前でクロスさせて防御した。しかし勢いまでは殺せず、後方に吹っ飛ばされてツクモノオロチの脱皮の抜け殻に沈み込み包まれた。
そんなアベックの仇を討つべく今度はツクモノオロチが宇宙を蛇行しながら這い進んだ。八頭のうち一頭の首がニャンレオに巻きつき、極太の体躯で締め上げた。全身筋肉のしなる体でギュウギュウと圧力を加えて拘束したのち、ツクモノオロチはニャンレオに頭から噛みつこうとした。
「にゃまぬるい」
まさにそのとき、ニャンレオの体が激しく燃え上がった。
ツクモノオロチの顔は燃えて髪の毛が真っ黒焦げに焼けた。あえなく返り討ちに遭ってしまう。
残りの七頭のツクモノオロチは一頭のオロチの敗北から学習して意思疎通を図り、ヒットアンドアウェイ戦法に切り替える。多方面からニャンレオに襲いかかり、さすがにすべてを躱しきれないニャンレオに一頭が頭突きを食らわせたのを契機に、七頭の間でニャンレオを打ち返し合った。まるで
だがしかしニャンレオも負けてはいない。
とんでもない動体視力でツクモノオロチの動きを予測すると、逆にその勢いを利用するかたちでツクモノオロチの頭部を踏み台にして高速で飛び交った。それから体勢を整えると七色の炎の
そして今度はニャンレオが仕掛ける番だった。
ツクモノオロチの長い首を駆け下りる。残りの六頭のツクモノオロチがスルスルと追いかけてきた。ニャンレオは山のような胴体を登ったり下りたり、首の間をジグザグに進んでツクモノオロチの追随を躱した。そしてついに六頭のツクモノオロチがニャンレオに追いつき噛みつこうと牙をむき出しにしたところで――ギュンと止まった。
一瞬何が起こったのかわからないツクモノオロチたちが互いに目を合わせて自身を見やると、気づけばツクモノオロチの長い首同士が蝶々結びにされていた。ほどこうとあがけばあがくほどに結びつきは強くなった。
ともあれ、かわいらしく丸まったツクモノオロチの前にニャンレオは立つと握った両手を構えてから目にもとまらぬ早さでパンチを連打した。それは残像でいくつもの拳が見えるほどである。ニャンレオが殴るのをやめると一拍おいてからツクモノオロチの絡まった首は爆散して八つの頭たちは宇宙に散り散りとなった。
だが生命力の強いツクモノオロチは頭のみになってもうねうねと動き回り、チロチロと舌を突き出していた。そのまだ生きているツクモノオロチの頭の黒髪をニャンレオはガシッと掴むと、ブルーシートを広げるように蛇皮をベリベリと剥いだ。ツクモノオロチは金切り声を上げるも紫の血液が滴り、白い筋繊維が露わになる。
「悪く思うにゃ」
そう断ってからニャンレオはツクモノオロチの巨大なお頭に牙を突き立てた。弾力性のある肉をミョーンブチブチッと噛み引っ張りながら、ニャチャニャチャと苦労して
しかしさすがにこの大きさでは骨までは食べきれず、風通しのよさそうなツクモノオロチの頭蓋骨だけが残った。
「ごちそうさまでした」
ニャンレオが手を合わせて合掌していると、突如宇宙の遠方からニャンレオに向かって黒球が三連発で飛んできた。それは黒星卿の《零玉》である。ニャンレオがそう気づくより前に反射的に翅を羽ばたかせてから後方に飛び、紙一重で躱した。
それと入れ替わるようにニャンレオの前に黒星卿が舞い戻ると、変わり果てた姿のアベックを冷徹に
「…………」
その次の瞬間、ズーンと周辺宇宙の重力場が乱れた。
黒星卿の心の思いに引かれるようにしてダークマターが集まり出した。
八つの頭を失ったツクモノオロチの胴体はまだ綺麗に残っている。するとそのツクモノオロチの胴体部は本能だけを頼りに、最後の力を振り絞って総排泄腔から特大のダークエッグを産み落とす。
そのダークエッグを受け取った黒星卿は闇のニュークでできた自身のダークヘルメットを解除した。色白の端正な顔が露わになった。左目尻に★型の涙ぼくろが輝いている。そして黒星卿は自身の黒い学生帽を脱いだのち、巨大な頭蓋骨にパッと被せた。
「安らかに眠れ」
一転、黒星卿はニャンレオに鋭利な視線を向けた。
「貴様を殺す、ニンゲン」
「オレはニャンレオだ」
ニャンレオは訂正してから言い返した。
「元はといえばおまえが撒いた種だろう。太陽系を襲わなければ、おまえのアベックも死ぬことはにゃかった。そしてアースも……」
「黙れ」
黒星卿は聞く耳を持たずに一蹴した。
そして隣の特大ダークエッグにピタッと手を当てる。
「ビッグダークエッグ――
その瞬間。
――ビキビキビキ!
と、何億年の思いの詰まったビッグダークエッグにジグザクの横ヒビが入り割れた。中の黒い黄身が盛大に飛び出して大爆発した。
「――ウッ!」
ニャンレオはその場に留まりきれずにすっ飛ばされる。分別なく周囲のあらゆるものを突き放すように宇宙に黒い流動体が広がっていった。膨大な黒い黄身の海に溺れるようにニャンレオは押し流される。
すると新・太陽系を包み込むようなその黒い黄身はだんだん姿かたちを変えた。そののちに巨人のオーダーメイドのような黒い大きな着物の羽織を形成した。暗幕のような袖を振り、腰部には大蛇のような帯が巻かれ、ひらひらとオーロラのように揺れている。
そしてその着物の胸部にぽつんととある星がいた。
その星は黒光りする漆黒の鎧をまとい、鬼のような二本の角の生えた前立ての兜を被っていた。鎧の胸部にはぽっかりと穴が空いており、その周囲を自らの尾を喰らう蛇の装飾が施されている。
「【
呪文のように黒星卿はつぶやく。
さらにその黒星卿の目の前には母星すらをも両断できるほど巨大な剣が刀身のひらを上にして横に寝かされた状態で浮かんでいた。
「【
黒星卿は最後の戦いに備えて、すべての星力を解放していた。
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