☆★☆★☆★6



「…………………………………………………………………………………………………………」



 爆心地に最後まで浮かんでいたのは地球アースだった。

 しかし、その姿は全身真っ赤っかの満身創痍である。

 ビリビリに破けたスカイスーツからは痛々しい傷跡がのぞき、素肌から曝露ばくろした血液がぶくぶくと沸騰する。血の気泡が弾けて星血球せいけっきゅうがキラキラと宇宙に飛び散った。だらりと垂れ下がる糸が星血によってくれないに輝き、まるでヘソの緒で雁字搦がんじがらめになった赤ん坊のようである。


「「アース!」」


 惑星たちの呼びかけにピクッとアースの指が動き反応すると、アースは目を醒ました。それから惑星仲間たちに向けてぎこちなく、はにかんだ。

 その笑顔を見てマースがひとまず胸をなで下ろした――まさにそのときだった。


「うしろだ、アース!」


 血相を変えたマーズが叫んだ。

 突如アースの背後から黒い影が忍び寄る。

 それは倒したとばかり思っていた黒星卿だった。


「兜の緒が緩んでいるぞ」


 だがしかし、さすがの黒星卿とて無傷では済まなかった。

 ダークフルフェイスは左反面が割れ、欠けていた。左目は鈍くギラついており、その目尻には★型の涙黒子があった。ダークフルフェイスを被っているので気づかなかったが、どうやら素顔では黒い学生帽を被っているようだった。その学生帽の中心には太陽学校の校章バッジが光っており、サラサラの黒髪ボブがのぞく。


 振り返った瞬間、思わずアースは目を奪われた。

 まるで吸い込まれるような、あたかも目の合ったものを石化させるように目が離せない。

 ぞっとするほど綺麗なひとみだと思った。

 首元からはチェーンの通された見覚えのある指輪がぶら下がっていた。さらにその先に視線を這わせると、はだけた黒衣から豊満な胸がゆらぐ。


「な……に」


 そのように呆気にとられるアースに構わず、黒星卿は口の中だけで唱える。


「生まれ生まれ生まれ生まれてせいの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりにらし」


 黒星卿は自身の胸に両手を当てたのち、パッと開く。満月のようなたわわな双丘にアースは目を釘付けにされて気づかなかったが、深い谷間に埋もれるようにして黒穴がぽっかりと空いていた。


「――《黒道輪廻転生不可説不可説転こくどうりんねてんせいふかせつふかせつてん》」


 その次の瞬間、胸の黒穴からドバァーッと禍々しい黒炎が解き放たれた。

 アースはその炎に見覚えがあった。

 あれはいつぞやの龍花火。

 でもたしか黒星卿の手によって葬られたはずである。


「重力制限下の黒道でも今の貴様を仕留めるには充分だろう」


 龍花火あらため黒龍は黒星卿を中心にとぐろを巻くと、突如アースに向かって襲いかかった。

 しかしもはやアースに回避できる体力はない。

 大口を開けた黒龍になすすべなく飲み込まれようとした。

 しかし、そうはならなかった。

 なぜならアースの目の前に空色の影が立ちはだかったからである。


「ガーオレオ!」


 アースと黒龍の間に割って入ったライカリオン。

 黒龍はそのライカリオンの首元に噛みついて巻きついた。

 そしてライカリオンの美しくも青白いたてがみはメラメラと黒く燃え盛った。


「ライカリオン!」


 そんなアースの声もむなしくライカリオンは大火傷を負うと、そのまま第Ⅰ段階進化ステージワンのニャンレオの姿に戻ってしまう。

 アースはボロボロになったニャンレオを抱きすくめ、空のニュークでやさしく包む。

 そのまま無言で立ち尽くした。


「弱き者は肉となり、強き者の骨となる。弱さとは罰であり、強さは罪を背負う」


 黒星卿は無慈悲に言った。


「それが貴様の罰だ。甘んじて受けよ」


 そう言い切る黒星卿をアースは血の滲むような眼球で睨みつけた。


「僕が、きみを止めてみせる」

「図に乗るな、青い星」


 アースをきつく睨み返したのち、黒星卿は上下もなくだだっ広い空を見上げた。


「蛇は死して皮を残すが、星は死して名を残す」


 そして黒星卿は彼方に手を伸ばす。


「宇宙はいまだ私卿を飼いらす気のようだ。世界に振り回されるのには慣れてはいるが……なんと憐れな魂の呪縛か」


「それはね、きっときみが綺麗だからだよ」


「なに?」

「きみが綺麗だから宇宙も見蕩みとれてるんだよ」


 きっと手放したくないほどに。

 アースは本心からそう思った。



「きみは綺麗だ」



 アースのまっすぐな言葉に黒星卿は虚を突かれたように目を丸めた。

 その言葉をまさか白星以外に言われる日が来るとは思ってもみなかったのだ。

 そしてアースは悲しげに続ける。


「きみに星殺しは似合わないよ」

「何を今更。遅すぎる」

「そんなことないよ。ぜったい、そんなことない……そんなことないんだ」


 アースはそう呟いた。

 なんとも言えない静寂が二星の間に流れた。

 まさに、その次の瞬間。


 ――ドックン!

 

 と、アースの胸に激しい痛みが走った。

 言葉にならないマグマのような疼痛がふつふつと湧き上がると、今にも破裂しそうだった。


「うっ……さすがにニュークを使いすぎたか」


 アースの呼吸がだんだんと荒くなり胸の中心にある青いマーブル模様の心臓球がに変化する。

 やがて心臓球は青黒く染まって鼓動が停止してしまった。


「ブブブ。貴様、惑星限界を超えるつもりか?」


 黒星卿が失笑を漏らす。


「ガハッ」


 顔面蒼白のアースは咳き込んだ。

 口元を覆った手のひらを見やると、そこには青黒い血がべったりと付着していた。さらにツゥーッと鼻から垂れる流体を感じて手の甲で拭うと、こちらも青黒い血が薄く延びていた。他の惑星たちが驚いている一方で、アースの右目の白目部分が黒く染まりだし青黒い血涙が流れる。気づけば心臓球から右半身にかけて青黒く浸食され始めていた。


 そんな異常状態のアースに畳みかけるように黒龍は螺旋を描きながら迫り狂う。

 黒龍と衝突する間際、アースは狂気的な笑みを浮かべていた。青黒く染まる右手をアースがかざした――次の瞬間、黒龍は原子レベルにまで分解されて雲散霧消うんさんむしょうしてしまった。


「ブブブブブ。ついに馬脚ばきゃくあらわしたか」


 黒星卿は興奮気味に煽った。

 ズーンと青空が落ちてアースの胸に抱えられたニャンレオに変化が現れる。なんと驚くことにアースの心臓球にニャンレオが沈み込んでいくではないか。


しょくが始まったな」


 黒星卿は大仰に両手を広げると、アースとニャンレオの融合が始まろうとしていた。


「さあてお立ち会い。鬼が出るか蛇が出るか! 獅子身中しししんちゅうの星よ!」


 アースはなまりを飲み下したかのような重量感で腹の底から重たくなる感覚を味わう。どす黒い感情が暴れ回り、内側から途轍もない混沌カオスがアースの殻を突き破らんとして心が震えた。

 外殻の破壊と巣立ち。

 星の重圧からの解放。

 そして――


 惑星卒業。

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