☆★☆★4
まっすぐな一本の糸でアースと黒星卿の視線が結ばれる。
黒星卿が左手をかざすとアースは見えない蛇に絡みつかれたように引っ張られた。
しかし、ニュークジェットエンジンを最大出力にしてギリギリ抗うと今度は逆にアースが右手で透明な
「空糸は
「ほう。おもしろい」
星と星との引っ張り合い。
それは万有引力の力比べだった。
ちなみに空糸を対象物と結ぶのには対象物の重力を利用するため質量の小さいものと結ぶのは困難を極める。その点、重力の大きい黒星卿は申し分ない。しかし逆をいえば、同時にこの綱引きはアースにとっては分が悪いということでもあった。
「ブブブ。ただの惑星が私卿と重力の引き合いで勝てるわけがなかろう」
案の定、黒星卿に右へ左へ振り回されるアースだったが文明の利器であるニュークジェットを大量噴射して態勢を保つ。しかし、これでは拉致があかないと考えたアースは思い切ってニュークジェットのスイッチを切り抗っていた力を解放する。今度は逆に空糸をたぐり寄せながらシュバッと猛スピードで黒星卿の眼前に躍り出た。
そこでアースが右拳を前に突き出した。
だがしかし。
「笑止」
と、黒星卿に
腹部に重い一撃を食らったアースは勢いも乗っていたぶん、反動ダメージも大きく後方に吹っ飛ばされた。
「身の程を知れ」
黒星卿は右手をかざして宇宙空間に漂う黒鬼丸を手元に引き寄せる。その際自身の目の前の空間を通過させることによって切り裂くと暗黒の切れ間が生じた。
これによって黒星卿とアースの結ばれた見えない糸は切れた――はずだった。
「あああああああああああああああ!」
しかしアースはまだ空糸を離していない。
そして先ほど突き飛ばしたアースに今度は黒星卿自身がぐんと引っ張られる。
「――ッ!」
アースは一歩も引かないどころか空糸をたぐり寄せながら自らも近付いてくると、再度右拳を突き出した。
「切れたなら、また繋ぎなおせばいいんだ!」
瞬間、黒星卿が黒刀を振りかざしたのを見てアースの拳は空を切り軌道をずらすと、上体を伏せた。黒刀がアースの後頭部をかすめ、紙一重で回避する。
二つの星は連星のようにすれ違った。
互いのニュークフルフェイスヘルメットに星が映り込む。
青いマーブルと黒いマル。
アベックのニャンレオとヴェノコも警戒するように互いを見つめた。
一瞬の
「ブッブッブッブッブ」
不気味に笑う黒星卿。
「ならば、何度でも断ち切るまで」
黒星卿がそう言うと、ヴェノコはとぐろを巻いて闇のニュークをパクパクと食べ始めた。それからヴェノコはポコンと本日三個目のダークエッグを産み落とし、それを黒星卿は左手でキャッチした。
「ダークエッグ、ハッチアウト」
またたく間にビキビキとヒビが入りダークエッグが孵る。うねったドス黒い黄身は姿かたちを異形に変える。
「【
黒星卿の左手にはもう一振りの黒刀が握られていた。
クワガタムシのアギトを思わせるような黒刀の二刀流。
漆黒の刃が音も無く擦れ合う。
「さあ、新星の終焉を始めようか」
その黒い佇まいを見てアースはゴクリと生唾を飲み込んだ。
ただでさえ厄介な刀がもう一本。
まさしく鬼門である。
あれやこれやアースが思考を巡らせていると突如グニュンと空間が歪み、かと思えば黒星卿が眼前に出現した。
何度見ても見慣れない。
アースとのあいだの空間を消滅させて距離を縮める黒歩だ。
「暗黒星・《
クロスした二刀の黒刀が殺気を放ち、アースの胸元に襲いかかる。
「トア……ッ!」
アースはなんとか間一髪で躱すがアーススーツの上腕部に幽かにかすってしまった。黒い亀裂が走るとニュウシューッとニュークが漏れ出した。慌てて空のニュークで補強するが、そんなアースを黒星卿が黙って見過ごすわけもない。
立て続けにタマネギのように切り刻もうと黒星卿は2本の黒刀を打ち振るう。アースはニュークジェットを吹かしつつ回避行動に努めた。しかし黒星卿は攻撃の手を緩めず、アースの宇宙服の各所が黒く裂けてしまっていた。そしてついに喉元まで黒刀が迫ったときアースは背後から引かれた。
見えざる糸によって。
というのも瞬間的にアースは自身とイヴ星を空糸で繋いでいたのだ。
イヴ星は宇宙空間でただジッとしているわけではなく、大きいのでわかりにくいが実は猛スピードで動いている。すべての星がそうであるように自転しながら公転している。
固有運動。
それに繋がれたアースも引っ張られたというわけである。
「きみも一緒に連れて行く」
「ブブッ!?」
それからついでにアースに結ばれている黒星卿まで引っ張られた。
当然、黒星卿は胸中穏やかではない。
「三億年ぶりに頭にくる星だ。いいかげん沈め」
そして黒星卿はあろうことか黒刀の一振りをアースに向けて投擲してきたではないか。
「んなっ!?」
予想外の攻撃にアースはのけぞり危機一髪で躱した。
完全に頭を狙われていた。
「あっぶないことするなぁ」
これが三億年前に四次元の石をぶつけられた怨恨である。しかしこれで黒星卿は二刀のうちの一本を手放したことになる。
でも、なんだこの
パッと顔を起こしたアースが黒星卿を見やると、彼は投げた態勢のまま今度はこちら側に手のひらをかざした。
「堕ちろ」
「まさか!」
アースが後方に首を回しかけた――刹那、返す刀で黒星卿の手から離れたはずの黒刀がギュンッと主のもとへ舞い戻ろうとした。
その軌道上のアースの眼球が黒い切っ先を捉えた。
アースは猫のように思いっきり体をひねるが、ザクッ! と、惜しくも間に合わなかった。背嚢の生命維持装置にズーンと黒穴が空き、ぽっかりと貫通した。
『異常事態発生。生命維持装置の損傷によりスーツ内のニューク圧が著しく低下しています。至急ニュークのある施設または
ニュークフルフェイスに警告アナウンスが流れ、星の心臓核の動きを示す心電星図が乱高下を始めた。
しかもまだ終わりではない。
黒星卿は引き寄せた黒鬼丸をキャッチしたのち、二刀流の構えに立ち返っている。
なお今度は黒星卿から黒歩で距離を潰すと、鬼神のごとき二刀の斬撃がアースを襲った。
「暗黒星・《
アースの体表を蛇が這うように二刀の刃がするすると滑る。こんなにもなめらかな軌道を避けるのは困難を極め、気づけば脱皮するようにアースの宇宙服はボロボロに破けた。
そしてついにはアースは一糸纏わぬ生まれたての姿になってしまった。かろうじて斬られる直前にニャンレオだけは抱きしめて庇ったが被害は甚大である。
「「アース!」」
同窓惑星からの心配する声が最後の無線から聞こえたが途中でブツッと切れてアースの耳には届かない。アースの体から空のニュークが大量に宇宙空間に放出されていき、眼球と舌先の水分が沸騰して蒸発した。さらに木っ端微塵になった背嚢から猫面と『シュノキゲン』が宇宙空間に放り出される。
アースは右手を伸ばすがどちらか片方しか届かない。アースは無意識のうちに妹からプレゼントされた猫面を選択した。
未来から見れば、僕はまた間違った選択をしてしまったのかもしれない。
「いや、そんなはずはない……!」
アースはもう一方の『シュノキゲン』には左手を伸ばすが――甘かった。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
いったん黒刀を離してから黒星卿が手をかざすと『シュノキゲン』はアースの指一本ぶん届かずに吸い寄せられていった。一冊の本は黒星卿の手に収まると、ためつすがめつ検分される。
バーコード。定価。出版社。図書分類コード。太陽学校の図書室証明シール。
「ほう。禁書第四分類か」
「かえ、して……。その本はとある星に返さなきゃならないんだ」
しかしそんな青息吐息のアースに黒星卿は冷笑を返した。
「ブブブ。三億年遅い」
それから粛々と黒星卿は『シュノキゲン』を内ポケットに仕舞う。
それをアースは指をくわえて見ていることしかできない。いや実際は指を咥える気力もない。
「息ができなくて、死にそうだ」
宇宙服を切り刻まれ、全裸で宇宙空間に放り出されたアースは体内の空のニュークが宇宙に流出して窒息していた。
星は死んだらどこに行くんだろう?
太陽町のみんなはどこに行ってしまったんだろう?
星はなぜ生まれ、そして死んでいくのか?
星と星とは互いに引かれ合いながら生きているとはいっても、引力など互いを縛り付ける鎖でしかないのではないだろうか。重いだけなのではないだろうか。
宇宙に生まれ落ちて、宇宙に散りゆき、また新たな星として生まれ変わる。永遠に同じところをぐるぐるとまわりまわって最終的には五体のない星になる。
これを道化といわずなんという。その星も所詮は宇宙の一部に過ぎないんだ。その星に住まうスターモンも植物も宇宙を構成する一要素に過ぎない。
そうだ。
僕らはみんな宇宙なんだ。
アースは悟りの境地に至ったところで胸に
「しっかりしろ……! ニャンレオ!」
ニュークの膜が剥がれ落ちてニャンレオは呼吸困難に陥っている。もがき苦しんでいたが、やがてぐったりとしてしまう。だらーんと舌を垂らして全身の力が抜けていた。
これが命の重み。
これが魂の重み。
スターモン一匹も
アースは自分で自分が悔しかった。
僕は惑星失格だ。
でも。でも。でも。でも。でも。でも。
「それでも……!」
目の前の
僕の
アースは最後の力を振りしぼりニャンレオの口に自身の口を重ね合わせた。ヒゲがチクチクしてくすぐったかったが、自身の肺が空っぽになるまでアースは空のニュークをニャンレオに直接吹き込み続ける。
するとアースはニャンレオとの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
僕がニャンレオと初めて出会った頃は、まさかこんなにも一緒にいるなんて思わなかったよね。
どんな種類のニュークも食べずにニャンレオが痩せ細っていたこともあったっけ。
僕の空のニュークを初めて食べてくれたときは感動したなぁ。
他のスターモンと喧嘩したり、それを止めようとした僕が引っ掻かれたり噛まれたりは日常茶飯事でさ。
そういえば冬の雪山で遭難して凍えながら掘っ建て小屋で一晩を明かしたこともあったよね。
しかし、そんなアースとの思い出だけを残してニャンレオは息を引き取ろうとしている。
アースは蘇生措置を一旦やめたのち、アースはニャンレオの心臓に耳を当ててから心に直接語りかける。
まだ行かないでくれ。
どうか戻ってきてくれ。
僕にはきみが必要なんだ。
そんなアースの必死の思いが届いたのか、
「ニャホッニャホッ!」
と、ニャンレオは奇跡的に息を吹き返した。
しかし、これはあくまで
このままでは空のニュークが足りずにアースとニャンレオは共倒れだ。
すると先にアースにニューク欠乏の症状があらわれた。
アースの視界の外側からじわじわと黒く染まっていき、ついには何も見えなくなった。
星の光さえも届かない闇。
僕らはここで終わるのか。
もしかして今日が地球最後の日なのかもしれない。
アースが諦めかけた、まさにそのとき――
(オレはまだ死にたくにゃい……!)
どこからかそんな声が聞こえてきた。
それはたくましくもしなやかな声音だった。
でも、その通りだ。
暗黒世界でアースは自身の胸の中心に両手を当てる。
アーススーツに覆われていたディープブルーの丸い心臓核が剥き出しとなり、ドクンドクンと脈打っている。
命の輝きはまだ消えていない。
勝負の糸口はどこだ?
この宇宙のどこにある?
アースが絶望に屈せず不屈の心で目を凝らした――その次の瞬間、天から一筋の光の糸が垂れてきた。
それからアースは腕に抱えたニャンレオとアイコンタクトを交わしたのち、猫じゃらしに飛びつくようにその糸を掴んだ。
一方、黒星卿は決着がついたというふうに捨て台詞を吐く。
「星の絶縁。それは未来永劫つづく」
そののち黒星卿が踵を返して立ち去ろうとした――刹那、ブワァッーシャンシャンシャンと、とある一点から大量のニュークがこぼれ出した。
「太陽系第三惑星――環境:《
そして一瞬にして晴れ上がると周辺の宇宙空間に
この《青空》の環境下では空属性のスターモンの速度は2・5倍になり、空属と火属と木属のスターモンの攻撃力は2倍に上昇する。一方、水属の攻撃力は半分に低下する。
「なんだ、この膨大なニュークの量は……」
黒星卿は狐につままれた様子で振り返った。
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