☆★☆3

 夜夜叉の先頭車両ブラックホール・カンパニー本社ビル、同・社長室内。


「どうして、お兄ちゃんとニャンレオがこの白黒写真に写ってるの?」


 ムーンは眉をひそめた。

 しかもこの猫面はどうみても今日わたしがお兄ちゃんにプレゼントしたものである。


「それは友達だからパン」


 写真を大事そうに見つめるマルパンは答えになっていない答えを返した。

 ムーンが詳しく問いただそうとした――まさにそのとき。

 夜夜叉が急速発進した。

 かと思えば、ギキィ! と途轍もなく重い物体に激突したような衝撃が走り、黒ビル全体を揺らした。


「きゃっ!」


 ムーンとウサボンは社長室内をスーパーボールのように跳ね回ると、最終的に白黒のもふもふに抱きとめられる。


「だいじょうぶパン?」

「うん。ありがとう、マルパン」


 ムーンは素直に礼を言う。


「外でいったい何が起こったの? 地震? 宇宙なのに?」

「最終決戦が始まったのパン」


 そう言って、マルパンは社長室に備え付けられた赤いスイッチを「ポチッとパン」と押す。

 社長室のブラックブラインドがカラカラカラと吊り上がり、外の景色が広がる。そこには太陽学校の惑星たちが集結しており、その中にはアースの姿もあった。


「お兄ちゃん!」

「無駄パンよ。防音と電波も遮断してるパンし、外からじゃ見えないマジックミラーパン」


 そう言われても聞く耳をもたず、ムーンは窓に張り付いた。

 するとアースは左脚を高く上げており、その手には何やら白く光る卵を持っている。


「……嘘、パン」


 マルパンは口元を押さえて絶句していた。


「まだ持っててくれたのパン」

「マルパン、どういう意味?」

「あれはマルパンが最後に産んだセイントエッグパン。今じゃ闇のニュークを吸い込んだ後遺症で産めない体になったパンから……。このモノクロの体毛もそのときからパン。昔はマルパンは全身真っ白ボディだったパンよ」

「……そうだったんだ」

「今ではこの白黒の身体のほうがしっくりくるパンけどね」


 おかしな柄の体色だとムーンは思っていたが、まさかそんな重たい背景があったとは驚きだった。


「それにスターエッグを産むのに必要なニューク提供者アベックもいなくなったパン」

「……なんかごめんね、マルパン」

「別にいいパン」


 しかしそこでムーンはひとつだけ気になることがあった。


「でも、アベックがいないならマルパンは栄養補給はちゃんとできてるの?」

「今のマルパンは笹を食べるからニュークなんて必要ないパン」

「笹にそんな栄養価があったんですか!?」


 今度はムーンが飛び跳ねるほどに驚く番だった。

 おそらくマルパンが特別なのだろう。

 そもそも喋っている時点で相当に変わっている。

 しかし。


 はて、いつからマルパンは喋れるようになったのだろうか?


 ムーンの疑問をよそにマルパンは言う。


「それに、マルパンはあののためにしか産みたくないパン」


 それはまぎれもなく星に恋い焦がれたスターモンの瞳だった。

 果たしてマルパンのアベックはどんな星だったのだろうか。

 ムーンは星空に思いを馳せていた。


 その一方で、兄のアースはマルパンの最後の卵ラストエッグを《闇雲》に向かっておよそ100マイルでぶん投げているところだった。


「お兄ちゃんのバカァ!」


 ムーンが怒髪天を衝く横でマルパンがなだめる。


「いいパン、いいパン」

「うちの兄がほんっとうにすみません! どうお詫びをすればよいのか……」

「いらないパン。マルパンは全然これっぽっちも気にしてないパンから」

「そうは言ってもこっちの気が収まらないんだけど」


 そうこう言っているうちに、セイントエッグは爆発して大質量の星間物質とカササギが降着円盤となり、莫大な光源を生み出していた。

 社長室が光で充ち満ちる。

 ムーンは咄嗟に目を逸らして手びさしを作ると手の骨が透けて見えた。指の隙間から隣のマルパンの表情が窺える。

 マルパンは白き光にかつての星の面影を重ねるように、ただジッと見つめていた。


「これでいいのパン」


 するとサングラスをかけたような黒丸の瞳から涙がポロポロとこぼれ出してしまう。


「グスッ……ン。今マルパンはまぶしくて目を開けられないパンから、たとえムーンパンに逃げられてもきっと気づけないパン」

「えっ、それって……」

「ムーンパンには大切な星を失ってほしくないパン」


 そのマルパンの粋な計らいに思わず、ムーンはマルパンに熱い抱擁ハグをしていた。

 どっしりと衛星からの重い抱擁を受け止めたマルパンは足元の小さなスターモンを見下ろす。


「ウサパンもムーンパンを守るパンよ」


 ウサボンは「ボンボン!」と、いつもより高くジャンプしてそれに答えた。

 すっかり仲良くなったマルパンにムーンはいらぬ世話を焼く。


「わたしはマルパンには悪の片棒を担がないでほしいと思う」

「なんのことパン?」

「ブラックホール缶のこと」

「ああ」


 マルパンは困ったように意外と怖いくらいに鋭い人差し指の爪で頬を掻く。


「何を勘違いしてるのか知らないパンけど、ブラックホール缶はただの無尽蔵ストレージパンよ?」

「えっ? ……ってことは、ただの記憶媒体ってこと?」

「そうパン。ミニブラックホールで情報を圧縮して保存できるパン。その代わり圧縮した情報は外部からは引き出すことができないパン」

「……それってどうなの?」


 地中マントル奥深くに埋めたタイムカプセルみたいなものか。

 ともあれ、ムーンがひと安心して拍子抜けしているとマルパンは続ける。


「本当に危険な兵器は社長みずから取り引きするのパン」

「やっぱりあるにはあるんだ!?」

「わかったらもう行くパン」


 マルパンは月の背中を押した。


「この会社はムーンパンみたいな子が長居する場所じゃないパン」

「うん。本当にありがとう」


 写真のことは帰ってからお兄ちゃんにゆっくり聞くことにしよう。

 ムーンがそう心に決めていると、突然バタンと社長室の扉が開く。

 そこには八足歩行の奇妙なスターモンが現れた。


「きゃあ!」

「だいじょうぶパン。うちの会社の職員パン」


 悲鳴を上げるムーンをなだめるマルパン。


「そのデブリンが裏出口まで案内してくれるパンよ」

「ごめんなさい。つい反射的に……」


 謝りながらムーンとウサボンは、ずんぐりむっくりとした首に赤い蝶ネクタイを締めたデブリンに連れられ、社長室から退室する。

 その際にマルパンと別れの挨拶を交わした。


「またね、マルパン」

「ムーンパンもウサボンパンも、元気でパン☆!」


 広くて遠い宇宙で今度はいつ会えるのやら。

 でもきっと引かれ合うものは出会うはずだ。

 そのために重力があるのだから。

 ムーンが退室して社長室の扉は閉じられると、ひとり残されたマルパンは後ろで両手を組みながら窓の外を眺望した。

 そののち、ポツリと独白を漏らした。


「おかえりパン」


 よい子はおうちに帰る時間である。

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