☆★2

 三億年後、イヴ星。

 七星と黒星卿が対峙していた。

 そのちょうど中間地点。


 突如、奇妙な赤門が出現する。


「なんだありゃあ」


 柱は赤く屋根は金ピカの悪趣味な赤門に一同は目を奪われた。

 それから赤門の扉がバコンと勢いよく開く。その向こう側から無数の時計が放流され、時計の流れに乗って黄金のサメが現れた。

 さらにはなんと驚愕することにそのサメの背中には見慣れた星とスターモンが乗っているではないか。


「「アース!」」


 思わず、惑星たちは同時にその名を呼ぶ。

 しかし当のアースはサメから飛び降りたのち水先案内ザメに呑気にも手を振っていた。


「ありがとう! 黄金のサメくーん! それから針で刺しちゃってごめんねー!」


 黄金のサメは癪に障った様子でそっぽを向いてからUターンして赤門に消えていく。バタンと扉が閉まるとあぶくをブクブクと出しながら、赤門は時空の深海に沈んでいった。

 それを見届けるアースの元に惑星仲間が集合する。


「おかえり!」

「おきゃえりゅ!」

「おかえりもん!」


 そして無事帰星したアースは笑顔で答える。


「みんな、ただいま!」

「この間抜けなニュークと重力は本物のアースで間違いねえようだぜ。まあ帰ってくるって俺はわかってたけどな」


 言いながら、マーズはアースと肩を組んだ。

 和気あいあいとする惑星たちを見て黒星卿は怪訝そうに言う。


「ありえん。時を超えたとでも言うのか」

「あんた、なんば言いよっと? どがん見たってそうやん。うちのアースば見くびってもらっちゃ困るとばってん!」


 ヴィーナスはアースの青いマーブル柄のフルフェイスをポヨンポヨンと叩く。

 しかし一転、不安そうな顔つきになる。


「んにゃ、案外エイリアンが化けてる偽物やなかろうね……?」

「そんなわけないよ」

「証拠はあっと?」

「急に言われても……」


 自分が自分である証明が一番の難問である。

 仕方なくアースは答える。


「うーん。ヴィーナスちゃんはベレー帽を被って隠してるけど、実はプリン頭だってことも知ってるよ」

「言わんでよかぁ!」


 あっさりQ.E.D.証明完了したところで、アースはイヴ星に渦巻く《闇雲》に視線を滑らせる。

 サターンが緊急治療している二星に気がつき、すぐさま駆け寄った。


「どんな感じ? 結構悪いの?」

「私を誰だと思っているのよ。宇宙一の星医者よ」

「それは頼もしいね」

「ネプチューンとプルートは私たちに任せて。あなたは行くべきところがあるんでしょう」

「うん。ありがとう」


 アースは後押しされてから三億年越しの黒星卿を仰ぐ。


「久しぶりじゃないか、黒星くん」

「……貴様、どうやって帰ってきた」

「みんなが助けてくれたおかげさ」


 ここに嘘偽りはない。

 生きて帰ってこれたのは本当にみんなのおかげだった。

 そしてそれはきっと目の前の星のおかげでもある。

 なのに、どうしてこうなってしまうのだろう。

 どうして戦わなくちゃいけないのだろう。


「実にくだらん解答だ」

「やっぱり僕のこと憶えてないみたいだね。そりゃ三億年も経ってるんだから当然だよね」

「貴様、何を言っている……?」


 黒星卿はキョトンとしてから「まさか」と首をひねる。


「道中、頭でも打ったか?」

「それならまだよかったかもね」


 どちらかといえば三億年前に頭を打ったのは黒星卿のほうだった。

 ともあれ。

 アースは生命維持装置に仕舞ってあった、とある物を取り出す。


「これを見たら思い出すのかな?」


 それは光沢のある純白の卵だった。

 途端、黒星卿の動揺が見て取れる。


「なぜ貴様がそのスターエッグを持っている……!」

「貰ったから」

「なんだと?」


 白星はなんとなく気づいていたんだろう。

 地球アースサトータロウが何者なのか。

 そして黒星が未来で何をしでかしてしまうのかを。


 だから僕にこのセイントエッグを託したのだ。


 すると鬼気迫る黒星卿は命令した。


「今すぐそれを渡せ。貴様ごときでは猫に小判もいいところだ」

「いいや、渡さない!」

「いいから渡せ!」

「そんな催促する前に、きみは僕に返さなきゃいけないものがあるはずだ」


 アースは澄んだ青い瞳を黒星卿に向けた。


「僕の妹を、返せ」

「ブブブ。もう遅い。今頃、私卿の従者の手に落ち、闇の契約書にサインしている頃だろう」

「あっそう。じゃあこの話はナシってことだね」

「……貴様」

「それでも欲しいってんなら自力で奪い取ってみなよ」


 アースが言うやいなや、黒星卿は黒歩で一気に零距離まで詰め寄り、黒鬼丸でアースに斬りかかった。

 それを空色のニュークジェットエンジンを噴射し、間一髪でアースは躱す。刃の通り過ぎた空間は黒く斬り裂かれていた。


「ニャンレオ! よろしく!」


 アースが叫ぶとニャンレオは放出された空のニュークをニャクニャクと食べ始めた。

 その間、阿吽の呼吸で他の惑星たちが黒星卿に集中攻撃を浴びせる。


「《水銀砲マーキュリーカノン》!」

「《日傘避雷針アンブレラレールガン》!」

「《蔓延蔓ハビコカズラ》!」

「《紅蓮火星グレンマーズ》!」


 そのすべての技は黒刀の一振りの餌食となった。


「ッブ、この有象無象どもが!」


 しかし時間稼ぎには充分である。

 ニャンレオは青いマーブル模様の卵を産み落とし、アースがそれを受け取るとスターエッグは手のひらの上で左右に揺れ動く。

 ビキビキと殻にヒビが入った。


地球の卵アースエッグ――ハッチアウト!」


 次の瞬間、アースエッグはパカッと割れた。

 しかしその中身は空っぽで何も起こらない。


「繋がれ繋がれ繋がれ」


 何度も呟くアースを黒星卿は警戒した。

 するとアースは右手にセイントエッグを持った態勢のまま左脚を高く上げて美しい投球フォームに入る。


「何をする気だ……よせ! やめろ!」


 あわてて黒星卿は止めようと押っ取り刀で黒歩した。

 しかし、その刹那――


「太陽系第三惑星――【万勇引力カーレッジフィラメント】」


 黒星卿をニューク光が照らすと、足下に鉄の線路が構築された。かと思えば、なんと線路に沿って真横から夜夜叉機関車エクスプレスが突っ込んできたではないか。


「何ッ!?」


 黒星卿は黒鬼丸を取り落として轢きずられると、ギギィーと摩擦で熱くなったレールから火花が散る。


「僕の【万勇引力】は、万物を繋ぐ力」


 よく見ると、アースの両手には透明な粒子の手袋が纏わり付いていた。それからアースは大きく振りかぶると《闇雲》めがけてセイントエッグを投擲する。


「星の想いは時空を超えるんだ!」


《闇雲》に投げ込まれたセイントエッグは猛スピードでピューンとブラックホールに吸いこまれて落ちていく。セイントエッグは白い火の玉と化し、渦巻きの中心に吸い込まれた――その次の瞬間、大爆発が起こった。

 星の数ほどのカササギが卵から孵り《闇雲》を包み込んだ。太陽系ひいては天の川銀河全体を照らすほどの曙光を発したのである。

 こうしてイヴ星を食べ始めていた《闇雲》は許容オーバーになり収束した。


「目が灼けるかと思ったじゃねえかよ」


 マーズは目をこすりながら愚痴をこぼす。

《闇雲》を止めてひとまずイヴ星の危機は去ったが、まだ安心はできない。

 アースは轢突させた夜夜叉機関車に視線を滑らせると、宇宙空間には二線の赤く熱せられたレールが通っていた。それを辿った先に夜夜叉の先頭車両を受け止める黒星卿がいた。


「ブブブブブ。ブラッブラッブラッ」


 やはりというべきか無傷である。


「そうか、思い出したぞ」


 不敵に笑う黒星卿は三億年ぶりどころか初めて、その名を口にする。


「貴様――サトータロウか」


 アースはニュークジェットエンジンを吹かしながら左手で真空を掴み、ギュイーンと思いっきり引っ張ると、黒星卿は胸部から見えない糸に引かれた。そしてアースと黒星卿の距離が零になる。


「僕は太陽系第三惑星――地球アース!」


 アースは右の握りこぶしを力いっぱいに突き出した。


「きみの友星ともだちだ!」


 黒星卿はそのアースの重い拳を左手でパシッと受け止める。


「何を今更……!」

「ごめん。三億年も待たせて!」

「黙れ。忘却の彼方から出でし亡霊が、よくもぬけぬけと……」


 黒星卿は受け止めた左手にぐっと力を込めた。


「ッ!」


 アースはその手のひらに三億年分の重みを感じて顔を歪める。

 これは同情か、罪滅ぼしか、復讐か、まやかしか。

 いや、そのどれとも違う。

 きっとこれは。


 三億年前に交わした――約束だ。


「白星くんもこんなこと望んでない!」

「貴様が……その名を口にするな!」


 黒星卿は怒りに任せてアースの腹部に蹴りをお見舞いした。

 吹っ飛ばされるアースに向かって黒歩で距離を潰すと、黒星卿はさらに重い左拳でアースの顔面を殴った。

 そして決別するように言い放つ。


「貴様ごとき魯鈍ろどんな惑星では、三億年遅い」

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