☆★2
時は遡る。
三億年前、ヒミツ星。
「よし。スターノウト・メッセージ計画も遂行したし、短冊もかけたし、写真撮影もしたし、今日はラッキー
「僕以外、まともな願い事を書いてないじゃないか」
文句を垂れるアースを気にせず白星は続ける。
「それに新しい友達もできた」
「新しい友達って?」
「決まってるだろう。きみのことだよ、タロウ」
な、なんてまっすぐな目をした星なんだ。
言われたほうが恥ずかしいよ。
まったく天然の星たらしである。
「もちろんニャンレオもね。クロもそう思うだろ?」
「微塵も思わん」
「またまたぁ。そんなこと言ってクロはツンデレなんだから」
「黙れ」
黒星はピシャリと言い放つ。
とそこで、白星は両手を合わせて何やら思いついたように提案した。
「そうだ。せっかくだし手を繋いで端末情報を共有しようよ」
言うがはやいか、白星はアースと黒星の手を握る。
「ほら、二星とも手を繋いで」
「…………」
「…………」
アースと黒星は無言で見つめ合う。二星の手が同時にじりじりと見えない力に引き寄せられるように近付いていく。
互いの指先が触れようとした、まさにその瞬間――
「仲間外れにするなパン!」
と、純白の丸い物体がアースと黒星の間に割って入ってきた。
マルパンは二星と手を繋ぎブンブンと腕をぶん回してはしゃぐと、アースと黒星は振り回されながら何とも言えない感情を抱いている。
「本来はパルムフォン同士で接続するはずなんだけど、まあいいか」
「マルパンの肉球で何とかするパン」
根拠のない自信を振りかざすマルパンに構わず、白星は友星の誓いを立てた。
「生まれた星は違っても、同じ月、同じ日、同じ星の下で死することを願おう。
その瞬間の星のぬくもりが繋いだ手にじんわりと伝わった。
そして白星はかっこよく言う。
「タロウがピンチの時は助けを呼んで。いつでもどこでも何億光年先でも飛んでいくから」
まるで正義のヒーローだ。
「クロもきっと同じ気持ちだから」
「助けを呼んだら貴様を殺す」
こっちは悪のヒールだった。
「マルパンはいつもみんなの心の中にいるパンよ」
こっちはモブAだ。
しかしどうやらアースに新たな友達ができたようである。
すると白星は正々堂々と言う。
「なあタロウ。僕たちと一緒に宇宙を旅しないか?」
「え?」
「実は僕とクロは太陽学校を卒業したら旅に出ようかと思ってるんだ。だからタロウにはその仲間になってほしいんだ」
「…………」
「タロウの故郷の星にもぜひ行ってみたいし、ぜひ一緒に
アースにとってその誘いは願ってもなかったのかもしれない。
正直、魅力的で楽しそうだなと素直に思った。
でも。
「ごめん。それはできない」
これだけは譲れなかった。
どうしても。
「三億年も待たせてる星たちがいるんだ。だから、ごめん」
「そうか。それは残念だったな」
白星は本当にショックを受けたように言った。
それから一転、笑ってみせた。
「星が出会うのは絶対だ。たとえどれだけ離れていても、どれだけ時間がかかっても。タロウを待っている星たちにもきっと会える」
「ありがとう、白星くん」
アースはお礼を言うとパッと手を離した。
「じゃあ、そろそろお暇させてもらうよ」
「もう行くの?」
「うん。そうだね。太陽先生から時空の鍵を借りなくちゃ……」
しまった。
アースがきれいに口を滑らせると白星と黒星は双子のように首をかしげる。
「「時空の鍵?」」
「な、なんでもない、なんでもない。忘れて」
アースはあわてて誤魔化す。これ以上ここにいてはいけない。
何を口走ってしまうか自分で自分が怖い。
「ちょっと待って」
するとアースは白星に呼び止められる。
「
言って、アベックに流し目を送る白星。
「マルパンいいだろ?」
「しょうがないパンね。友達のためにいっちょう産みますパン」
マルパンは自身を包み込んでいる聖のニュークをバクバクと食べてからポコンと純白の卵を産み落とした。そのセイントエッグをアースのほうにぷかぷかと押し流した。
「産みたてほやほやパンよ」
「え……なんかやだ」
「マルパーンチ!」
マルパンにぶん殴られたのでアースは左頬を押さえながらしぶしぶ受け取り、そのセイントエッグを
「これで本当にお別れだ」
最後に白星が握手を求めてきたのでアースはその手を握った。
それから白星はもう片方の手で黒星の手を引っ張る。
「ささ、クロもタロウに挨拶しな」
「貴様、誰だ?」
「そんなこと言わずに」
アースの前に引っぱり出されて黒星は終始たじろいでいた。しかし、このままでは埒が空かないと観念してから黒星は苦悶するように左手を差しだした。
すこし驚きながらアースも手を差しださないわけにはいかない。
今度こそ、二星の指と指が接触しようとした――まさにその瞬間。
刹那。
無音。
赤黒い隕石が黒星の脳天に直撃した。
「ッ!」
狙い澄ましたかのようなピンポイント。
まるで意思を持った石のように。
三億年後の誰かさんの願いを叶えるがごとく。
黒いフルフェイスヘルメットのシールドが突き破られて黒星は真下に落ちていく。
その直撃した石にアースは確かな見覚えがあった。
マーキュリーにもらった四次元の石かもしれないスターストーン。
ブラックホールに吸い込まれた際に紛失したものとばかり思っていた。
でもまさか、もしや本物の……。
そう気づいたときには遅すぎる。
赤黒い石は宇宙の彼方へ飛んでいってしまった。
しかし、今はそれよりも黒星だ。
アースがその姿を目で追いかけると真っ逆さまに落ちていく黒星。しかし突如、闇のニュークを大量に放出してその場で急停止する。
「ふう」
アースが安堵の息を吐いたのも束の間、しだいに黒星の闇のニュークの濃度と範囲が増大していくではないか。それを吸い込んだヴェノコの眼が赤く光るとそのヴェノコを黒星は弾き飛ばした。
「うわっ!?」
勢いよく飛ばされてきたヴェノコをアースはキャッチする。
あとから思えば、それは黒星の最後の意志だったのかもしれない。
やがて黒星は全身を真っ黒な球体にすっぽり覆われてしまった。
「これは……アンラッキーだ」
白星は独りごちる。
あの白星がここまで焦っているとは事の重大さがアースにも伝わってくる。
「そんなにヤバイの?」
「そうだね。今クロは闇堕ちしてる」
「闇堕ち?」
「星が命の危機に瀕して自らの重力に耐えきれずに暴走しているんだ。はやく止めないと
白星のただならぬ言葉を聞いてアースはゴクリと生唾を飲み込む。
僕がこの時代に四次元の石なんて持ち込んだばっかりに。
「ごめん。僕のせいだ」
「タロウのせいじゃないさ」
白星は自責の念に駆られるアースの青い瞳を見つめる。
「こうなってしまえば太陽先生でも手に負えない。タロウ、イヴ星のみんなを避難させてくれ」
「白星くんはどうするの?」
「クロを止める」
白星はキラキラと笑った。
「僕にしか止められない。昔からの友達だからね。そういう星の下に生まれたんだ」
その決心した白星に対してアースがかけられる言葉などなかった。
「行ってくれ! タロウ!」
白星に背中を押されるかたちでアースはニャンレオとヴェノコを抱えてイヴ星の重力に掴まると緩やかに降りていく。
その青い背中を見送りながら白星は黒星に向き直った。
一方、黒球はどんどんと肥大化しており、重力増大によってありとあらゆる物質が引き寄せられていく。
「どうすればいいパン」
マルパンがそう呟いた瞬間、黒球は重力波を放った。マルパンを包み込んでいた聖のニュークが一瞬にして剥ぎ取られると、その代わりに高濃度の闇のニュークがマルパンの周囲に
「マルパン! そのニュークを吸い込んじゃだめだ!」
白星が叫ぶも、時すでに遅し。
マルパンは相性の悪い闇のニュークを致死量吸い込んでしまった。
いや、これはもはや闇のニュークだけでなく、ニュークの活動を阻害する
ダークマターは宇宙中のどこにでも存在して通常は知覚不可能な物質だが強いニュークに引き寄せられて反応すると青黒く発光する。触れたニュークはたちまちダークマターに変化してしまい、星やスターモンをニューク欠乏症に陥らせてしまうのだ。
何にせよ時間的猶予はない。
みるみるうちにマルパンの白一色だった全身が変色していき、徐々に黒く染まりつつあった。
「マルパン!」
白星はマルパンに駆け寄って聖のニュークで保護するがマルパンは意識を失っている。まるで半紙に墨をぶっかけたような奇妙な体色になってしまっていた。
嘆く間もなく、黒球はさらに巨大化してイヴ星に落ちようとしていた。
あるいはイヴ星が黒星に堕ちようとしているのか。
おそらくそれは同じことなのだろう。
「待ってて、
そう言って白星は顔を上げると、イヴ星の大気圏内にマルパンをそっとやさしく送り返した。
のちに右手の薬指からすっと指輪を抜きとった。その指輪にはSMVEMJSUNPの文字が刻印されている。親指でその指輪を弾くと宙に浮かぶ指輪が高速回転を始め、やがて円になる。
「アイ・ビリーヴ」
白星は両手を握って祈りのポーズを取ってから丸く右拳を握り、構えた。
その拳は思いの分だけ重い。
そして指輪めがけてぶん殴った。
「太陽系
インパクトした瞬間、幾千幾万のカササギが指輪から一斉に飛び立った。一気にブラックホールに雪崩れ込む。星の数ほどのカササギたちの羽ばたきが反作用を働かせて推進力となり、徐々に白星は後方に押される。
そしてついには白星のすぐ背後にイヴ星のひまわり畑が迫っている。
ひまわりの花びらは飛び散り、夜空には大量のひまわりの種が蒔かれた。
一刻の猶予はない。
しかし依然として膨れ上がるブラックホールの底は見えない。
「ッ!」
膨張した巨大な黒球と指輪が零距離に迫ると、今一度白星は拳に力を込めた。背中はひまわり畑の地面にぴったりとくっつき、日中地面に染みこんだ熱が放熱しきれずにまだ温かく残っている。そのずっと奥のほうにイヴ星の鼓動を確かに感じると、白星は最後の星命力を振りしぼった。
「はああああああああっぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!」
徐々に白星の宇宙服がはだけて聖のニュークが溢れだし、肉体に留めておいた星本来の力が解放された。
膨張を続ける黒球をさらに上回る大きさの白球が包み込んだ。
次の瞬間、白星がイヴ星の満天に輝いた。
物質を吸い込みすぎたブラックホールは限界を迎えたのか、膨張が止まると縮小していき、やがて元の黒星のサイズへと戻り宇宙を漂う。
しかしひまわり畑はごっそりとスプーンで掬いとられたような形状となって見る影もなく、その黒穴の中心には右腕を欠損して左上半身だけの白星が横たわっていた。その心臓部には手向けの花のように一輪のひまわりが供えられていた。
そして満天の星に見守られながら。
母星に抱かれながら、白星は永遠の眠りへと落ちていった。
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