第7星 闇堕ち

☆1

 時を進めよう。

 三億年後、イヴ星。

 デブリンの放ったコピーのレールガンをネプチューンがもろに喰らって撃沈していた。


「ネプチューン兄様!」


 弟のプルートが兄に駆け寄るが返事はなく、アベックのゾロンもホエッピを長い鼻で撫でるが同様に無反応だった。

 黒星卿はせせら笑う。


「ブブブ。また一星散ったか。儚いものよ」

「よくも俺たちの大切な仲間を……」


 傷ついた仲間の前に出てマーズは烈火のごとく憤る。


「おまえだけはぜってーに許さねえ」

「ほう。貴様のその大切な仲間とやらが鏖殺おうさつされてもなお、同じことをほざけるか見物だな」


 黒星卿とマーズの視線の間に火花が散った。

 すると。


「怒っとっとが、一星だけだと思っとったら大間違いやけんね!」

「おいらもおるもんな」


 ヴィーナスとジュピターがマーズの隣に並び立つ。

 その横でマーキュリーは手の中にある水玉模様の卵を見つめて割るべきかどうか葛藤していた。

 とそこで思わぬ事態が起こる。

 突如、マーズたちの背後からおびただしい量のニュークが検出されたのだ。各自のプラネットフルフェイスのシールドに警告が流れた。


『高濃度の灰のニュークを検出しました。付近の相性の悪い星ならびにスターモンは避難し、安全を確保してください』


 その灰のニュークの出所はひとつの星しかありえない。

 マーズが振り返ると、プルートの周囲には灰の霧が立ちこめており、まるでスモークでも焚いたかのようにプルートの姿を視認するのも困難である。


「ブブブ。意外や意外」


 黒星卿は冷笑する。


「影が薄くて気づかなかったが、烏合うごうの星のなかでは一番見所がありそうだ」

「みんなは下がって」


 灰を頭から被ったようなプルートは火山灰のような息を吐く。


「ボクがやる」

「でも、あいつらのコピー能力と回復能力は侮れないぜ?」

「わかってる。だから一撃で仕留める」


 灰煙の中からプルートはマーズに答えた。

 それからアベックのゾロンの頭を撫でた。


「おねがい、ゾロン。ボクに力を貸してくれ」


 プルートの懇願にゾロンは「パオパオ」と返事をした。

 その次の瞬間、灰の霧の中から巨大な光が放出された。だんだんと光は強く大きくなっていくと灰の霧の中にプルートともうひとつ大きな影が浮かび上がった。


「まさかあれは……」


 ヴィーナスが目を細めて見守るなか、プルートはアベックスターモンの長い鼻をやさしく撫でる。


「ボクのニューク、食べていいよ」


 途端、灰のニュークが霧の内側からどんどん吸引されていく。

 まるで特大の掃除機のように。

 あらかた吸い終わると灰の霧が晴れ、そのスターモンの全貌があらわになった。


第Ⅱ段階進化ステージツー:パオンナーガ」


 灰色の皮膚の巨躯に翼のように大きな耳。口元には二本の立派な牙が生えており、かつてのチャームポイントだった長い鼻はさらにもう一本増えて、連なっている。


 プルートがパオンナーガのお尻をさすると「パオーン!」と啼いたのち、ポコンと冥王星の卵プルートエッグを産み落とした。

 プルートの顔面ほどある灰色の卵をプルートは手に取る。


「プルートエッグ、ハッチアウト!」


 突然ビキビキと殻にヒビが入って割れる。

 黄身が無重力空間に漏れ、うねうねと形を変化させて細長いものを形作る。

 それは対星用狙撃銃アンチスター・スナイパーライフルだった。

 ボルトアクション式。天体望遠鏡がスコープ部分に装着されている。


「【天体望遠鏡型狙撃銃アストラナミカルテレスコープ・スナイパーライフルMk‐Ⅱマーク・ツー】」


 プルートは無骨な狙撃銃を軽々と構えると、その無言の圧力にマーズたちは両手を挙げて

ホールドアップしてから射線を空けた。


「ごめんなさい。勝手を言って」

「気にすんな。おまえを信じてるぜ」


 マーズは快活に笑ってそう言った。


「ありがとう」


 お礼を返してからプルートはネプチューンを見やる。


「ボクが惑星組には入れたのも優秀な兄様たちのおかげだし奇跡みたいなものだ」


 恩返しはもう間に合わない。

 でも、それでも。

 プルートはあえて言わせてもらう。


「兄様たちの仇はボクが撃つ!」

「ブブブ。蛮勇ばんゆうなど愚の骨頂こっちょう


 黒星卿は余裕そうに嘲笑あざわう。

 すると、またもや馬鹿のひとつ覚えのようにデブリンたちは口に火を溜め出し、ネプチューンを倒したデブリンもバチバチッと雷を充電した。


 それを受けてプルートも戦闘態勢を取り、その背後からパオンナーガの二本の長い鼻がプルートの腰に巻き付き支えた。そのうち一本の鼻でパオンナーガはスナイパーライフルの弾をプルートに渡してから、その鼻にフィールドスコープを持ち直しのぞき込むと、観測手スポッターを務めた。


「ありがとう、パオンナーガ」


 鼻をさすりながら、絶対に外さないとプルートは心に誓う。

 スナイパーライフルに二発の弾を込めてから、ボルトハンドルをガキャコンと押し込んだ。


 装填完了。


 とそこで、デブリンの大群は道を空けるとレールガン持ちのカミナリデブリンとプルートの銃口が向かい合った。

 そして他の配置についたデブリンたちは一斉に火車の攻撃を放つ。カミナリデブリンも10億ボルトのレールガンを撃ち込むと、強力な一撃がスナイパーライフルの銃口に吸い込まれようとしていた。


 プルートは天体望遠鏡をのぞきこみ慎重に照準を合わせると呼吸を止める。

 そしてトリガーに指をかけてから一気に引き絞った。


「――《エレファント・エレガント・カノン》!」


 バオギューン!

 と、鈍重な銃声が轟いた。

 鋭い弾丸は銃口まで迫っていた火炎と雷を貫通する。弾丸は高速回転を続けながら無重力空間を突き進んだ。

 この弾丸は目標物を貫くまでけして止まらない。

 一方その反動でプルートとパオンナーガは後方に吹っ飛ばされ、ニュークジェットで抗うも意識が飛びそうになる。

 しかしその甲斐あって、カミナリデブリンの眉間に弾丸は命中した。クマのような体躯を貫き、肛門から銃弾が排出されるが、なおも弾丸は止まらない。最後方に構えていた黒星卿に向かった。


五月蠅うるさいはえだ」


 黒星卿は黒刀で防御した。

 それでも重い弾丸は止まらない。


小癪こしゃくな。光の速さを超えようというのか」


 黒星卿は辛酸しんさんをなめる。

 一方のプルートはボルトハンドルを引き、排莢はいきょうすると煙を上げながら空薬莢がプカプカと宇宙空間を漂う。再度ボルトハンドルをガキャコンと押し込みリロードした。

 そんなプルートが天体望遠鏡をのぞき込む傍らで、フィールドスコープをのぞき込むパオンナーガが「パオーン!」と合図すると、最後の力を振りしぼってプルートはトリガーを引いた。


「――《エレファント・エレガント・カノン》!」


 バオギューン!

 と、立て続けにもう一発の銃弾が発射された。

 弾丸は先ほどと寸分違わないルートを進み、黒星卿が受け止めている初弾の尻部分である雷管に直撃して、一撃がさらに加速する。


「ッ……! ヘヴィな一撃だ!」


 そしてついに黒星卿が徐々に押され始めた。

 宇宙空間には摩擦がないのでさしもの黒星卿も闇のニュークを放出して抗うほかない。


「そのまま押し込め!」


 マーズたちは弾丸に声援を送ったが、しかし10メートルほど黒星卿は後退したのち、今まで左手だけで持っていた黒刀・黒鬼丸に右手を添えた。次の瞬間、黒星卿が力を込めると超重力が発生して弾道を歪曲させ、弾丸は宇宙の彼方に飛んでいってしまった。

 黒星卿は無慈悲に笑う。


「この黒鬼丸が斬れないとは大した重さだ」

「畜生。これでも届かねえのかよ」


 マーズは絶望を感じた。

 だが、うかうか絶望もしてられない。

 重い一撃を放ったプルートは完全に気絶しておりそれを支えていたパオンナーガはステージⅡ前のゾロンの姿に戻っていた。その灰色のアベックは宇宙空間にぶっ飛ばされてどんどん遠く離れていく。


「ヴィーナス、プルートの回収を頼む。援護は任せろ」

「……えっと」

「おい、しっかりしろ」

「いや、しっかりしとるとばってん」


 そう言って、ヴィーナスはプルートの飛んでいった方向を指さしながら面喰らった様子で相好そうごうを崩した。


「どうやらその必要はなかみたいよ」


 ものすごい勢いで遠ざかっていくプルートをべちゃっと八本足のスターモンが受け止めた。そのうちの一本には、惑星組リーダーのウラヌスに巻き付いている。彼の胸部には依然として黒鬼丸の一刀が貫通していた。

 その隣には包帯まみれの翼を生やした主星が佇んでいた。ニュークフルフェイスには二本の角が生えている。その二本の角の先にはそれぞれひとつずつ輪っかリングが浮いていた。

 その星は悪魔とも天使とも言えぬ形相だった。


「私の前でもう誰も傷付けさせないわ」


 太陽系第六惑星サターンは宣言する。


「すべての星は私のこの手で治す」


 その宣言に同意を示すようにアベックであるデビタンは八本足をくねらせていた。

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