☆★2
「タロウ、知らないの?」
白星は呼び水のように尋ねる。
「知らないよ」
「そっか。じゃあ教えるね」
白星は言いたくて堪らないのだろう。
コホンと軽く咳払いをしてから説明した。
「スターノウト・メッセージとは、二進数列をなんやかんや二次元の四角形に並べ替えたら、なんとかかんとか解ける暗号のことだよ」
「うん。意味わからん」
「まあ細かいことはいいんだよ。ちなみに文面を考えたのは僕だけど、この暗号を入力設定したのはさっき話したガオレイなんだ」
「結局神童だよりなのね」
ともあれ。
アース、白星、黒星はアベックとともに所定の位置についてから直径300メートルはある宇宙電波望遠鏡を三点で支えた。
即席の太陽系大三角形だ。
「二星とも心の準備はいい? どうぞ」
「僕は大丈夫。どうぞ」
「早く済ませろ。どうぞ」
周囲に小惑星などの危険物が迫ってないか安全確認を行ってから作戦を開始する。
「周囲の安全よし。照準よし。これよりスターノウト宇宙望遠鏡にて、スターノウト・メッセージ送信作戦を決行します」
ヘッドセット越しに白星の垢抜けた声がアースに聞こえる。
「カウントダウン――10、9、8、7、6、5、4」
あと数秒足らずで、このメッセージが何十万光年離れた宇宙に届くのだ。
「3、2、1、0――」
それから白星は両手のひら同士を合わせるジェスチャーをする。
やがてパルムフォンからイヴ星のガオレイ研究所を経由したのち、スターノウト宇宙望遠鏡からメッセージが送信される。
「スターノウト、発射!」
こうしてスターノウト・メッセージの電波は無事送信された。
なんか勝手にビームみたいなものを発射するのかと期待してしまったが、ちょっと考えてみればそんなわけない。
そんなものを撃ち込んだ日にゃ星戦争が始まってしまうだろう。
送信するのは無害な電波だ。
そして電波は肉眼では見えない。
宇宙が静寂に包まれるなかアースは耐えきれずに通信を入れる。
「あのぅ……もしもし? あのぅ……聞こえてま――」
「成功だよ!」
すると白星の熱っぽい声が聞こえた。
「このメッセージは受け取った星たちが共有してくれて、いずれ宇宙全体に広がるはずさ!」
「本当かなぁ」
アースは懐疑的だった。
だいたいすべての星が通信技術を持っている文明とも限らない。たまたまイヴ星には神童がいてくれたからこの作戦が立案されたわけで……。そう考えるとメッセージの受信成功率はいかほどになる試算なのだろう。
「くだらん。どうせ何十万光年単位の遊戯だ」
「え?」
黒星が吐き捨てると、アースは面喰らう。
でも、たしかにそうだ。
遠くの星を見るということは過去を見るということ。
「数秒でメッセージを届けられると思ってたけど、星が住んでる母星までは数十万光年かかるのか。ってことは、仮に返信があったとしても単純に倍の時間がかかってしまうじゃないか」
アースは15万年生きてきたが気が遠くなる話だった。
宇宙の問題は、いつも遠すぎることだ。
「たとえ何万年、何億年かかってもいい」
白星は宇宙に散った無数の星々を眺める。
「待ちきれないならこっちから迎えに行けばいいんだ。そうすればいつか宇宙の果て――ユニコスにたどり着くはずだ」
それが白星の願いだった。
そして白星ならきっと叶えられるに違いないとアースは影ながら思う。
「それからもしものときのためにもうひとつだけ願い事お届けアイテムを用意してるんだ。今日しか使えないウルトラCのとっておきだよ」
白星は子供のように笑うと、アベックに問いかける。
「マルパン、使っていいでしょ?」
「まったくしょうがないパンね。マルパンのおやつに残してたパンけど」
マルパンに許諾をとってから白星に連れられてアースたちはヒミツ星へ向かう。
その星の裏側には濃い緑色の細長い植物が生えている。切れ長の葉っぱがさらさらとなびいていた。
「それは?」
「どう見ても笹に決まってるだろう、タロウ」
「いや、それはわかってるけど……」
どうしてそんなものが生えているのだろう。
そのアースの疑問を捨て置き、白星は続ける。
「みんなで願い事を書こうよ。マルパン、短冊ちょうだい」
「わかってるパン☆」
マルパンは誇らしげに二の腕に巻いていた腕章の短冊を外した。鏡餅のように白い腹部をまさぐってネームペンを取り出すと、二星に向けて放り投げる。
というか今、どこからペン取り出した?
「クロパンとヴェノコパンは紫色パンね。タロウパンとニャンレオパンは水色の短冊パン」
受け取ってしまったアースは仕方なく短冊に願い事を書く。
ニャンレオにも短冊を渡したのだが億劫そうにネコパンチを繰り出して肉球ハンコを押しただけである。
ちなみに白星とマルパンは白色の短冊だった。
「みんな書き終わった?」
「一応ね」
「問題ない」
白星の呼びかけに残りの二星は答える。
「それじゃあ笹に願い事を掛けていこう!」
そう言って、先陣切ったにもかかわらず白星が笹に掛けた短冊はあろうことか白紙だった。
表も裏もまっさらだ。
「ちょっと待ってえ!」
「どうしたの? タロウ?」
「どうしたもこうしたもないよ! なんで白紙なんだよ!」
「え?」
なぜか白星のほうが面喰らっていた。
なんでだよ?
「えっと、だってほら、スターノウト・メッセージを依頼するときに僕は願い事を書いた短冊はガオレイに渡しちゃったから」
「……だったら、もういっかい書き直せばいいじゃないか」
たとえば『ここに掛かっている願い事がすべて叶いますように』みたいなお茶を濁すパターンでもよかったのに。
「いや、こういう二重投稿みたいなラッキーは欲張っちゃダメだと僕は思うんだ」
「変に律儀だなぁ」
「それに織り姫と彦星も一年に一度の逢い引きを邪魔されちゃ怒るだろうし」
「そんなリアルに考えないでよ」
こちとら不幸の手紙でも送る気分になってきたよ。
アースが申し訳なく思っていると、ちょうど黒星が笹に短冊を掛けているところだった。
どれどれ。
黒星卿になる前の黒星はいったいどんな願い事を書いたのか。
アースがうきうきの興味本位で紫色の短冊をのぞき込むと、なんと真っ黒だった。
隙間なくびっしりと短冊は真っ黒く塗り潰されていた。
「そんなに願い事を書くのが恥ずかしいのかーい?」
白星は黒星の肩を揉んでご機嫌をうかがう。
「触るな、指を潰すぞ」
「どうやら図星みたいだね」
おそらく願い事を書いたあとに恥ずかしくなって塗りつぶしてしまったのだろう。
じゃれあう二星の横では笹の葉とともに白紙と黒紙の短冊が揺れている。
その隣にアースは自身の水色の短冊とニャンレオのぶんも一緒に笹に掛けた。
「けっきょく僕だけ真面目に書いてバカみたいじゃないか」
そうアースが落ち込んでいると、肩に丸い手が置かれる。
「マルパンも書いたパン」
マルパンは自信満々に短冊を笹の葉に掛けると、そこにはデカデカとこう書かれていた。
『パン2〇みえ』
「宇宙一馬鹿な願い事だ」
こんな願いと一緒に吊したくねえ。
アースは生まれてからこんなに後悔したことはない。
「マルパン、それってどういう意味なんだい?」
「シロパン、よくぞ聞いてくれたパン。この暗号の解き方はパンね」
「言わなくていい」
白星に解説しようとしたマルパンをアースは必死に止めた。
白星はもちろんのこと黒星まで願い事の意味がわからず首をひねっている。
「なにが暗号だよ」
アースは言いながらも敗北感を覚えていた。
なんだろう、このわかった奴のほうがバカみたいな空気。
マルパンと僕が同レベルだとでもいうのか。
「さすがタロウパン。この暗号を解けるとはマルパンと同じ天才パン」
「うるさい!」
アースは猫面の下で顔が真っ赤になる。
変なブービートラップに引っかかってしまった。
「そうパン。こんな天才が一堂に会することなんて滅多にないパン。記念に写真を撮るパンよ」
マルパンはそう言うと、腹部をまさぐってから白と黒のカラーリングのインスタントカメラを取り出した。丸い黒耳がシャッターになっておりかわいいデザインである。
こんなおかしな柄のスターモンが現実にいるわけもないけど。純白一色の体躯であるマルパンもすこしは見ならってほしいものだとアースは思った。
「パッパラパーン――パンダカメラパン」
マルパンはファインダーをのぞき込んでから、
「みんなもっと寄るパン」
と、言ってタイマーをセットする。
宇宙空間にパンダカメラを漂わせたのち、腕と足をバタつかせて宇宙遊泳の要領でマルパンはアースたちに駆け寄る。
「何を勝手な……」
文句を垂れる黒星を白星が強引にたぐり寄せる。
しかしそんななか、事ここに至りアースは迷っていた。
僕が写真に写っていいのだろうか。
重大なタイムパラドックスが生じてしまうのではないだろうか。
そんなことをうだうだ
そして。
パシャッ!
と、軽い音が鳴った。
気づけば、アースは笑顔を浮かべてピースしていた。
一方、ヒミツ星の笹では水色の短冊が文字とともに揺れている。
織り姫と彦星もきっと同じ願い事をしたに違いない。
『また会えますように』
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