☆★☆3

 時を進めよう。

 三億年後、イヴ星大気圏外。


「俺も焼きが回ったもんだぜ」


 マーズ、ジュピター、ヴィーナスたちが呆然と立ち尽くしていた。

 今まさにデブリンたちの丸い口から燃え盛る火車が放射された。火車はぐるぐると回りながら大車輪のごとく惑星たちに迫る。

 絶体絶命のピンチかと思われた、まさにそのとき――


海王の卵ネプチューンエッグ――ハッチアウト!」


 彼方から飛んできたネプチューンはホエッピから授かった波線模様のスターエッグを割る。中の黄身がうねってから姿かたちを変えた。

 それからとても長く強靱な三叉みまたの槍――【三叉の海槍ソルトライデント】となった。


「汚物どもめ。海の藻屑もくずにしてやろう」


 ネプチューンは海槍をぐるぐると振り回す。


「太陽系第八惑星――《津波鮪ツナミマグロ》」


 海槍を中心に渦潮が巻き起こり宇宙に津波が発生すると、さらにその波には無数のマグロが波乗りしていた。

《津波鮪》と火車は宇宙空間で激突した。

 その結果、プスプスと火車は無事消火される。海水は蒸発して塩と氷結した水蒸気に分かれ、キラキラとダイヤモンドダストが瞬いた。


「ネプ、さすがだもん! おいらの認めた男だけあるもんな!」

「……あんたが認めたとか知らんばってん」


 ジュピターにツッコみつつもヴィーナスは安堵の息を漏らした。

 そこに波に乗りながらネプチューンが合流する。

 その兄の影に隠れるようにプルートとゾロンの灰色コンビが顔をのぞかせる。


「えっと……ネプチューン兄様とプルート、ただいま合流しました」

「プルート、あんたもおったとね。影が薄かけん、ぜんっぜん気づかんやったばってん」

「あの……ごめんなさい。ボク、邪魔だったら帰ります」

「どこにね!?」


 ヴィーナスは白目を剥く。


「別におってよかよ。あんたも立派な太陽学校惑星組やけん、ここがあんたの居場所やろうもん」

「えっと……ありがとう。ヴィーナスちゃん」


 そんなふうにお礼を言う弟から視線を移して、ネプチューンは問う。


「戦況は?」

「見ての通りだぜ。不死身とコピー能力を兼ね備えたスターモンに苦戦中だ。ただでさえ黒星卿だけでも手を焼いてるっつーのによ」


 マーズは愚痴をこぼした。

 するとデブリンたちは火車で追撃してくるが、それをネプチューンは《ツナミマグロ》を操り食い止める。


「俺様が食い止めているうちに奴らを倒す策を考えろ」

「策って言ってもなぁ」

「おいらの【世界樹神社】は拘束向きだけんど、もっと水がないと元気出らんもんな」


 マーズは頭をもたげ、ジュピターは頭の皿をさすりながらそう言った。カッペエも同じようにペチンと自身の頭の皿を叩く。

 二皿はカラカラに渇いている。


「それは海水ではいかんのか?」

「絶対ダメ。塩害で死ぬもんな」

「いや死ぬと!?」


 ヴィーナスはずっこける。

 とそこで、ネプチューンの乗っている小海からひょっこりと何者かが顔を出した。


「ネッシーだもんな!」


 ジュピターは目を輝かせたが、ネッシーがだんだんと水面に上がってくるとその全貌が明らかとなる。

 それはネッシー改めウォタゴンだった。

 その背中には水色の幼女が眠りこけていた。

 水星マーキュリーである。

 どうやらイヴ星から見て下方向の宇宙に飛ばされていたようだ。


「ちょうどよかったもん」


 ジュピターは自身の頭の皿を叩く。


「マーキュリー、おいらと惑星直列わくせいちょくれつするもんな!」

「……zzz」

「いやズズズじゃなくて」

「うちゅ」


 マーキュリーは寝ぼけ眼のまま戦闘態勢に入る。ウォタゴンは水のニュークをバクバク食べてりきむと、ポコンと産道を通り抜けて水星の卵マーキュリーエッグを産み落とす。

 水玉模様の綺麗な卵である。


「それだもん! はやくスターエッグを割っちゃうもんな!」


 しかし盛り上がるジュピターを尻目にマーキュリーはマーキュリーエッグを大事そうに胸にいて動かない。


「な、何事もん?」

りゅ。いや」

「いやいやいや、それ無精卵やもん! 食べられるためだけの卵やもん!」

かえりゅかも」

「……ダメだこりゃもん」


 ジュピターはあまりの考え方の相違に顔を青ざめさせた。

 そうこうしているうちにデブリンたちの攻撃は苛烈をきわめる。


「ぐぬぬ」


 炎の勢いが増していた。

 その原因はデブリンたちがお互いに口移しで炎を分け与え合い、その結果火力が増幅しているようである。


「おまえら何をしている! さっさとせんか!」


 ネプチューンは《ツナミマグロ》の胸びれに掴まりながら、後方にげきを飛ばす。


「無駄やもんな。昔、太陽学校の生活の時間に何度やっても孵らなかっただろうもん?」


 説得を続けるジュピターだったがマーキュリーは聞く耳を持たずに逃げ回る。


「温めりゅ」

「話にならんもん。はーあ、こういうときアースがいてくれたらなあ」

「あいつはもういねえんだ」


 ジュピターの落とす肩にマーズは手を置いた。


「残った惑星同士、手を取り合うしかねえんだよ」


 するとさらに敵に不審な動きが見られる。

 一匹のデブリンを中心として大群のデブリンは一本道を空けたのである。

 そんなことはないと思うのだが、その一匹のデブリンがにやりと笑った気がした。

 マーズは失念していたのだ。

 とある情報をネプチューンに伝え忘れており、それは完全にマーズの落ち度だった。


 バチバチッ!


 と、業務用のコンセントのように放電されると、マーズとヴィーナスはほぼ同時に叫んでいた。


「ネプチューン、逃げろ!」

「ネプチューン、逃げんしゃい!」


 しかし無情にも雷鳴が轟き、その星の声をかき消した。


 ゴロゴロゴロ! ドッゴーン!


 迅雷じんらいは三叉の海槍に引き寄せられるように宇宙空間を走り抜ける。海水に浸かっていたネプチューンとホエッピはビリビリビリと骨が透けるほど感電してしまった。

 海水は電気を通しやすい。

 そんなことは小学星でも知っていることである。


「ネプチューン兄様!」


 プルートは声のかぎり叫ぶが、残念ながら応答はなかった。

 《ツナミマグロ》の遊泳する宇宙海は凪と化した。

 静かな水面に満天の星が映る。


「ブクブクブカッ」


 蟹のように泡を吹きながら、ネプチューンは意識を宇宙に明け渡した。

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