☆★2

 時は変わり、三億年前のイヴ星。

 猛暑日の炎天下。

 ひまわり畑の中心でアースは風に吹かれていた。


 これからどこに向かえばいいのかもわからない。

 同じ星のはずなのにまるで別の星にいるみたいだ。

 すると、どこからか鼻歌が聞こえてくる。


 ささの葉 さらさら

 のきばにゆれる

 お星さま きらきら

 金銀すなご


 五色の たんざく

 わたしがかいた

 お星さま きらきら

 空からみてる


 そんな鼻歌とともに、白い宇宙服コスモスーツに身を包んだ少年が空から舞い降りてくると、白いマントが華麗にはためく。


「おーい、初めましてー!」


 白髪の少年が手を振っていた。

 その薬指には指輪が嵌まっている。


 ほんの一瞬だけ神様かとアースは思ったが、しかしすぐさま否定する。

 なぜならその少年の隣にの巨体がいたからだ。

 それは天使と呼ぶにはあまりにもまるくて太いモフモフである。


「パンにちわ☆!」

「あ、え、な」


 アースは絶句した。


「見たところ星なのに喋れない星パンか?」


 その生き物は首をかしげる。


「もう一度いうパンよ。せーの! パンにちわ☆!」


 元気がいい。


「あっ、もしかして実はスターモンパンね? だからそんな猫面をつけているパン」

「名探偵の真似事はよそうね。失礼だよ」


 隣の白髪の少年は問題なく会話を交わしているが、こんなことがあっていいのだろうか。

 アースはついに言ってしまう。


「――スターモンが喋った!?」

「そりゃ喋るパン。そんなリアクションは見飽きたパン。もっとおもしろいこと言えパン」

「え……なんかごめん」

「パッパッパン。気にするなパン」


 すると白黒のスターモンが笑いながら言う。


「その代わり、その肩に乗せたスターモンを触らしてほしいのパン」

「ニャンレオのこと?」

「へえ、ニャンレオパンっていうパンか」


 その生物がニャンレオに手を伸ばそうとした。

 次の瞬間、シャーッ!

 と、ニャンレオは威嚇した。


「マルパンはスターモンに好かれないからね」

「ちぇっ、つまんないパン」


 どうやらこの真っ白い特異なスターモンはマルパンという名前らしい。

 それから白髪少年はアースに向き合った。


「ごめんね。うちのマルパンが粗相そそうをしでかして」

「ううん。そんなことないよ。ニャンレオは警戒心が強いからね」

「そっか。じゃあおあいこってことで」


 少年は爽やかに笑ったのち自己紹介する。


「僕の名前は白星しろぼし☆ホワイトホール。将来の夢は宇宙を冒険して、宇宙巣ユニコスに行くことだ」


 なんだろう。

 この地域では自己紹介の際に必ず将来の夢を発表する風習でもあるのだろうか。

 いったいどんな教育を受けてきたんだろう。

 いや、教育という枠組みでは如何いかんともしがたいもの。

 それを人は個性と呼ぶのだろう。


「えーと、きみの名前と夢は?」

「僕も言うの?」

「もちろん。きみがよければ」


 白星はなんの悪気もなく尋ねてきた。

 仕方なくアースは戸惑いながら答える。


「僕はちきゅ――」


 ついいつもの癖でアースは本名を名乗ってしまいそうになったが、咳払いをして訂正する。


「僕はサトータロウ」

「へえ聞かない名前だ」


 白星にマルパンも同意する。


「なんだかサンタクロースみたいな名前パン」


 どこがだ?

 全然違うだろう。


「で、将来の夢は――」


 言うかどうかアースは最後まで迷って。


「まだない」


 結局言わなかった。

 本当は宇宙中のスターモンと友達になるという夢があるのだけど、初対面の星に言うことではないだろう。

 流れ星に願うならともかく、だ。


「いいね。夢は見つける過程も楽しいから。タロウはラッキーだ」


 どうやら白星は超ポジティブスターのようである。


「ちなみにマルパンの将来の夢は、笹の葉パンを宇宙中に広めることパン」


 マルパンはそう言うと、ふところから包装された笹の葉パンを取り出した。

 ん?

 今どこから取り出したんだろう?

 もしかしてこのスターモン、着ぐるみとかいうオチじゃないだろうな。

 まあスターモンが喋るよりはよほど現実的な気がする。

 アースは訝しみながらも笹の葉パンを喫食きっしょくして質問した。ついでに言うと笹の葉パンはおいしかった。


「白星くんはどうしてそんなに宇宙巣ユニコスに行きたいの? とても危険だと思うけど?」


 宇宙の始まりとも言われる宇宙巣に何しに行くのだろう?

 この太陽系にいれば安全安心のはずだ。

 ……すくなくとも、あと三億年は。


「そんなの決まってるだろ」


 白星は目を輝かせて答える。


「そこに宇宙巣があるからさ」


 それで充分なのだった。

 動機なんて。


「だから僕は行ってみたいんだ」


 表情を輝かせる白星を見てアースはすっかり感心してしまった。

 こういう星が三億年前にいたのか。

 ガオレイ博士しかり。

 きっと三億年後も白星は宇宙のどこかで冒険を続けているのだろう。


「でもとある星に言わせれば、僕のこれは帰巣本能きそうほんのうらしいんだけどね」

「帰巣本能?」

「そう。宇宙の果てってのはとどのつまり宇宙の始まりを意味するからね」


 満面の笑みで夢を語る白星。

 ひるがえって、僕はどうなのだろうか。

 アースが一抹の不安を抱えていると、


「そうだ!」


 と、白星は手を打った。


「僕ときみが今日出会えたことは超ラッキーでハッピーだ。タロウもそう思うだろう?」

「ラッキーとまでは言えないまでもハッピーではあるかもね」

「ちなみにタロウはこれから時間ある? 一大イベントが控えてるんだけど」

「一大イベント? 具体的には?」

「それは着いてからのお楽しみだよ。会わせたい星もいるんだ」


 どうせ僕は三億年前にやることもない。

 まあこうして意気投合したのもなにかの縁か。


「でもどうして会ったばかりの僕を誘ってくれるの?」

「え? どうしてって」


 白星は頭を悩ませてからはにかんだのちに言う。


「タロウからはなんだか不思議な引力を感じるんだ」

「……引力、ね」


 あまりにも当たり前すぎて生きていて実感することの少ない力だ。


「さあ、今度はタロウが答える番だよ」

「うん。わかった。いいよ。一緒に行くよ」

「よっし。そうこなくっちゃ」


 そう言って、白星はニュークフルフェイスを顕現させて被る。


「えっと……今からどこに行くつもりなの?」

「この姿を見たら決まってるだろ?」


 白星は人差し指で空を、いや、その先を指さした。


「宇宙だよ」


 というわけで。

 白星とアースはニュークジェットエンジンを駆使して母星イヴ星の大気圏を突破すると、二星は宇宙空間に飛び出した。

 僕が言うのもなんだけど。


「母星外に出るのって校則違反じゃないの?」

「バレなければ大丈夫!」

「あーそう」


 こんな星徒ばかりじゃ太陽先生も大変だな。

 卒業式当日に母星外に出ていた自分のことを完全に棚に上げながらアースは思った。


 見下ろせば母なる惑星イヴ星が自転している。

 アースは横を見やると空のニュークに包まれたニャンレオはその膜にパンチを繰り出して遊んでおり、マルパンも同様に聖のニューク膜で包まれていた。


「マルパンは図体がデカいからいろいろと大変そうだね」

「誰が太ってるパン!」


 マルパンは激怒した。


「マルパンはぽっちゃりなだけパン! ふわふわの毛で着太りしてるだけパンよ!」

「着太りって……」


 やっぱり着てんのか?

 アースはマルパンに対しての疑念がいつまでも晴れそうにない。


「無駄口はそこまでだ」


 白星がピシャリと言い放ち、パルムフォンで現在時刻と座標を確認する。


「そろそろ回ってくる頃合いのはずだけど……」


 瞬間、眼前の宇宙空間が歪むと蜃気楼が晴れ上がる。

 そしてなんと次の瞬間にはヌーンと四畳半くらいの小さき星が現れた。

 地表面は大変ゴチャゴチャしている。ゲーム機、テレビ、お菓子、小説、漫画、カードゲーム、サッカーボール、エアガン、三角テントと寝袋などなど、雑多なもので溢れかえっていた。なんとも自堕落な秘密基地である。


「いま何が起こったの?」

「原因はまだ解明できてないけど、この星はこの時間に突如現れる」


 イヴ星の隠れ衛星なのか。

 びっくり仰天するアースに白星は説明した。


「学校終わりに僕らが発見した秘密星だ」

「……僕ら」


 アースがその言葉の意味を咀嚼していると、白星はヒミツ星に向かって、


「おーい!」

 

 と、手を振った。

 どうやらヒミツ星に他の星もいるらしい。


 そしてヒミツ星がゆっくり自転すると、徐々に黒い影が浮かび上がった。

 メドゥーサのようなフルフェイスに黒い宇宙服が見え、一切の光を吸収する黒いマントがはためく。このときはまだ学校指定の宇宙服を着装しているようでその隣には黒ツチノコのヴェノコが這っていた。

 アースは心臓がバックンバックンと不整脈になった。

 突然グサッと胸が痛くなる。


 これだけはどうしても避けたかったはずなのに。

 しかしそんなアースの心持ちなど露ほども知らずに、白星はその星の名を呼んだ。


「おーい、黒星くろぼし!」


 そして呼ばれた星はゆっくりと振り返る。

 およそ三億年ぶりに。


 アースは黒星卿と対峙した。


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