第5星 星の子ら
☆1
時を進めよう。
三億年後、現在のイヴ星。
澄んだ大気が黒星卿の《闇雲》によって吸い込まれ落ちていく。
そんななかマーズは火のニュークジェットエンジンを吹かしてからくも上空で抗っていた。
「環境破壊ってレベルじゃねえぜ」
これは惑星破壊だ。
あたりを見回しても他の惑星たちはまだ到着していない様子。
マーズは黒星卿をにらみ付ける。
「よくもまあ俺たちの大切な町を壊しやがったな」
「無に還った。それだけだ」
「ふざけんじゃねえぞ。この宇宙の
太陽町のみんな。ウラヌス。太陽先生。
そしてアースまで。
マーズのこめかみに青筋が立つ。
その烈火のごとき怒りに比例するように彼の火のニュークが爆発的に増大した。
無重力空間を漂うアベックをも包み込み、ヒツネは火のニュークをパクパクと食べる。
「ヒツネ、よろしく頼まぁ」
マーズがべらんめえ口調でそう言うと、ヒツネは「ヒッネヒッネ」と応える。
ヒツネのお尻の下にマーズは手を受け皿にする。
それからポコンと燃えるように熱い
そして手のひらで左右に揺れ踊るマーズエッグにビキビキとヒビが入る。
「マーズエッグ、ハッチアウト!」
ビキーンと孵った黄身は変幻自在に姿を変える。
マーズの手に収まったそれは猛々しく燃える大槌だった。
「打ち火の大槌――【
「またつまらぬ
黒星卿は退屈げに言い放つ。
「片付けるほうの身にもなれ――チビ」
その『チビ』という単語にマーズは激しく反応した。
怒りのままにグレンをぶん回すと炎は円弧を描く。
「おまえを燃やしてやらぁ。灰になるまで」
「ブブブ。暇くらいは潰せるか」
鼻で笑って、黒星卿は黒鬼丸を右手に持ち替えて待ち構える。
頭に血の昇ったマーズはグレンを構えたままヒツネとともに突撃して、二星は激突した。
マーズは大槌を振り下ろす。
「太陽系第四惑星――《
その重い一撃を黒星卿は真っ向から黒刀で受け止めた。のちにグレンから火炎があふれ出して黒星卿を包み込むと、うねる炎をヴェノコがシャーッと威嚇した。
「ブブブ。所詮その程度か」
「なんだと?」
眉をひそめるマーズをグレンごと黒星卿は弾き飛ばした。立て続けに黒鬼丸で追撃すると、空間を斬るたびにずーんと重い音が響く。激しく打ち合うにつれ、マーズは大槌でガードするのが精一杯になった。
「畜生め。本来でありゃグレンは炎の盾にもなるはずなんだが……」
「そんな火など私卿の前では
言葉どおり、黒鬼丸で斬られた炎はまたたく間に空間ごと断絶されて消火されてしまった。
そして辺り一面に漆黒の斬撃の跡が残っている。
マーズはグレンと黒鬼丸の間に炎を噛ませることによって、なんとか耐えている状態だ。その間の炎がなければ、グレンはすぐさま闇に引き裂かれてお釈迦になっていたことは想像に難くない。黒刀の刀身に触れた時点で終わりだ。
さて、どうするか。
マーズが頭を悩ませていたところで聞き馴染みのある声がヘッドセットから聞こえた。
「
イヴ星からすこし離れた宇宙空間に漂うヴィーナスは、ヴィーナスエッグを日傘杖の
そして、約10億ボルトの雷撃が放射される。
「太陽系第二惑星――《
バチバチバチッ!
弾けるは超速の稲妻。
避雷針のように稲妻は黒星卿の黒刀に引き寄せられると、近くにいたマーズは何とか緊急回避する。
しかし当の黒星卿はかわす素振りすら見せない。
どころか逆にレールガンに向けて黒鬼丸の切っ先を突き出した。
当然レールガンが直撃した――のだが、電撃は黒刀の中に吸収されていき、黒星卿は感電もしていない。もちろん黒焦げのアフロパーマにもなっていない。
その光景にマーズは息を呑んでから宇宙を見据える。
「危ねえだろうが! 撃つなら撃つって言えや!」
「あんたなら避けられるって思ったけん。実際避けられとるやんね」
駆けつけたヴィーナスのベレー帽には純白の羽根が挿さっている。それはペガリウスの忘れ形見だった。
「うるせえ。結果論じゃねえか。この
「誰が金玉頭とね!」
彼女に悪態を吐きながらも正直マーズは心強かった。
すると、もう一星駆けつける。
「おーい! お待たせしたもんな!」
ジュピターはペットボトルロケットの機体に跨がって炭酸飲料を推進力に向かってきていた。そして中身が空になるとジュピターとカッペエはプウプウとオナラをしながらマーズを横切った。
「ちょっと、おいらのオナラ恥ずかしいから聞かないでだもん」
「おまえが勝手に屁こいたんだろうが……ってか、クッサ!」
「だって宇宙でオナラすると気持ちいいんだもん」
「知らんけど……おまえは間違いなく宇宙の汚点だぜ」
こんな馬鹿と共闘しなければならねえのか。マーズは頭を抱えた。
ともあれ。
マーズとヒツネ。ヴィーナスとカモノホシ。ジュピターとカッペエ。
合計、
「あんただけは絶対に許さんけんね。みんなの仇取ってやるけん」
「おっしゃ、俺も熱くなってきた。こっから反撃開始だぜ」
ヴィーナスは黒星卿を見やりマーズも拳を鳴らす。
がしかし、打って変わって対峙する黒星卿は鼻を鳴らしたのち、カラスのように両手を広げた。
「雑魚がいくら湧いたところで因果は不動。私卿が相手をするまでもない」
突如、夜夜叉機関車に連結されていた高層ビルの窓が内側からぶち割られた。
バリーンバリーン!
と、続けて次々に何体も異星物が飛び出してくる。
「なんね、あの生き物」
ヴィーナスは完全に引いていた。
その生物は黒星卿の部下であるスターモンの
名前はデブリー・デブリン。
四対八本の足があり、四本指のずんぐりむっくりとした見た目をしており、顔に目はなく口しかない。極めて雑食でどんなニュークをも食料と見なす。首には漆黒のネクタイを締めていた。
「働け、デブリン。奴らを食い散らかせ」
黒星卿の
「舐めた真似してくれるやんね!」
ヴィーナスは義憤を露わにしてから、
「《日傘避雷針》!」
と立て続けに、デブリンに向かって発射した。
ジュピターが目をこらしつつ満を持して言う。
「やったか!」
「あんたがそう言うってことはやれとらんやろうばってんね……」
言いながら、ヴィーナスが直撃したデブリンを確認した。
案の定、黒焦げになったはずのデブリンだったが、しばらくするとまたもぞもぞと蠢きだし活動を再開しているではないか。
思わず、マーズは舌打ちした。
「チッ、不死身のスターモンかよ」
「ブブブ。奴らの得意技は《
黒星卿は悪意に満ちた口調で言う。
「その際、単為生殖し次世代に新たな遺伝子情報が受け継がれる」
そしてそのデブリンはあろうことか生命活動を始めたのみならず、口にバチバチッと光が集約されているではないか。
マーズはそれを見た瞬間、勝手に体が動く。
「あぶねえ!」
「キャッ!?」
マーズは叫びながらヴィーナスを突き飛ばした――その次の瞬間、デブリンのおちょぼ口から雷撃が放たれた。
ヴィーナスの元いたところを稲妻が一閃した。
「クソッ、コピー能力かよ」
厄介だぜ。
マーズは内心毒づく。
通常技じゃどうも太刀打ちできそうにない手合いである。
「チッ、こうなりゃあれしかねえか」
マーズはジュピターに目配せした。
「わかってるな?」
「わかってるもん」
ジュピターはシリアスな表情で頷くと、それからデブリンを指さした。
「マーズ、あのスターモンを焼いて食べるつもりもんな?」
「その前におめえを焼いちまうぞ?」
「おいらを食ってもおいしくないもんよ」
「おまえなんか食わねえよ!」
「えっ……それはそれでなんか悔しいもん」
「知らねえよ!」
マーズがシンプルにイラッとすると、横からヴィーナスは言う。
「ちょっとハゲアベック。ほんなていいかげんにしてくれんね?
「おいらたちはハゲとらんもん! 丸坊主と皿やもん!」
「バリつまらん。おもしろうなか」
ジュピターとカッペエの抗議を華麗に無視するヴィーナス。
そんなこんなしているうちに第二撃が惑星間を飛んできた。
「おっとっと」
マーズはニュークジェットで姿勢制御しながらイヴ星の外気圏でふんどしを締め直す。
「ジュピター、燃料を寄越せ。これで決める」
「合点承知の助さん!」
ジュピターはものわかりよく首肯した瞬間、木のニュークをぶわっと周囲に溢れた。
「キュポキュポ」
カッペエが木のニュークを食べる。
そしてカッペエのお尻にジュピターが手を添えると、ポコンと卵が産まれた。
その卵を天に掲げてからジュピターは大口を開けて宇宙に叫ぶ。
「
木目調の卵を両手で割ると、とろーんとした黄身が形を変えて巨大な種に変化した。
「【
パックン!
と、ジュピターは【超種子】を食べてしまった。
突如、ジュピターの心臓がドックンと高鳴る。
【超種子】はジュピターの体内に根を下ろし全身の穴という穴から芽が生えた。背中には大きな甲羅を背負う。そこに瓦を敷き詰めた千木の屋根笠が建ち、腰には注連縄が回されている。大きな耳たぶに菊の花が咲き、頭には緑の毛がふっさふさに生い茂る。飛行帽は飛んでいき、頭頂部の白い皿が露出した。
「いや、ハゲとるばってん!?」
するとすかさずジュピターはヴィーナスに反論する。
「だから皿だもんなー」
「なら頭の皿ば食器代わりにするばってんよかと?」
「オナス料理以外ならいいもん」
「よかと!?」
なぜオナス料理はダメなのかは永遠の謎である。
ヴィーナスを驚かせつつジュピターはおもむろに両手を左右に広げた。
ドドドッと背の甲羅から翼のように樹木がものすごい勢いで宇宙空間に伸びていく。
二枚の羽が伸びきると巨大な手のひらのような格好になった。
「太陽系第五惑星――【
生い茂る一枚一枚の葉っぱからプクプクと木のニュークが放出された。それはみるみるうちに姿を変容させて巨大魚となり、それを巨大な
「《
これで準備は整った。
「やるもんな! マーズ!」
「ああ。本当はマーキュリーの水素も使いたかったがしゃーねえ」
マーズがそう言うと同時にグレンは火を噴く。
ジュピターが両手を押すようなジェスチャーをすると、巨大木手が連動してモクギョを宇宙に放流した。
途端にモクギョは水を得た魚のように泳いでデブリンに猛進した。
そしてマーズは大槌グレンにありったけの火のニュークを込めると、ニュークジェットの片翼ノズルのみを噴射して、なんとその場で回り始めた。
「まだまだ回るぜ!」
マーズはぶんぶんと高速回転していき、秒速100回転を超えたところで、パッと手を離す。遠心力から解放されたグレンはモクギョのあとを猛スピードで追随する。ようはハンマー投げである。
「
グレンが《木魚》の尾ビレに追いついた――その次の瞬間。
ボッカーン!
と、大爆発が起こった。
そのあとには衝撃波が同心円状に宇宙に広がった。
メラメラ、パチパチと火柱が何本も立ち昇るなか、マーズたちは戦況確認に努める。
デブリンたちは跡形もなく焼き尽くされた――はずだった。
「なんつー馬鹿げた生命力だ」
マーズは開いた口が塞がらない。
黒焦げとなり燃えながらもデブリンたちは確かに活動していた。
どころか炎をバクバクと食べて先ほどより何倍にも数が増えているではないか。
「こりゃあまずーい。今の攻撃でおいらの皿が干上がったもんな」
ジュピターは膝をつくと、すかさずカッペエが炭酸メロンジュースを頭の皿にぶっかけて応急措置をとった。
そして今度はこちら側が厳しいカウンター攻撃に晒される番だった。
デブリンたちは丸い口にボォボォッと火を溜めた。
すると次の瞬間、無数の火炎放射が惑星たちを容赦なく襲うのだった。
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