☆★☆3
「おふたりとも
アースとガオレイは吹きさらしの廊下で正座ならぬ、星座をさせられた。
借りてきた猫状態のアースの膝の上にはニャンレオが乗っている。ニャンレオは隣のココラのにおいを嗅ぎ挨拶を交わすが、ココラは恥ずかしそうにガオレイの白衣の胸に顔を埋める。
「この書籍も没収です」
当然、『シュノキゲン』も没収されてしまった。
三億年越しにせっかく手にした本だというのに……。
相変わらず手厳しい太陽先生である。
しかし、太陽先生は三億年後の未来とはすこし様子が違った。
そう。一言でいえば。
「ちっちゃ」
あきらかに背丈が小さかった。
「誰がちっちゃいですって!」
太陽先生の
ちなみに声もかわいい。
そんなアースの態度を見てガオレイは呆れたようにかぶりを振る。
一方の太陽先生はご立腹だった。
「星を見るなりちっちゃいだのと、まったくどんな教育を受けてきたんだか……。教育者の顔が見てみたいです」
「…………」
さすがに「あなたです」とは僕の口からは言えなかった。
いちおう太陽学校を立派に卒業したはずなのにな、僕。
なんかアースは情けない気持ちになった。
いや、今はそんなことよりも。
「太陽先生、僕のこと知りませんか?」
「はて、どこかでお会いしましたか?」
「……ですよね」
わかっていたことだが改めて言われるとキツいものがある。
ここは三億年前だ。
この宇宙のどこにも、地球アースという惑星はまだ生まれてもいないんだ。
しかし今の僕は無駄に15万年生きてきたわけじゃないぞ。
「太陽先生、単刀直入に言います。僕に時空の鍵を貸してください」
「な、なぜ、あなたがその鍵のことを……」
太陽先生は面喰らうと陽光が揺らぐ。
それからピョーピョーと太陽先生は口笛を吹いて知らんぷりした。
「きゅ、急に、そそそう言われましても……。そんな鍵、私は知りませんよ~」
「わ、わっかりやっす」
逆に驚きつつ、アースは畳みかける。
「そのまぶしい胸元に掛けているんでしょう? 太陽先生、お願いしますよ!」
「な、ななななぜそれを!?」
太陽先生は胸元を光る腕で隠す仕草をした。
いろんな意味でまぶしい。
「だいたい先ほどから私の名前を呼んでいますが、どうしてご存知なんですか?」
そう言いながら、見当はついていると言わんばかりに太陽先生はガオレイをまぶしく照らしている。
当の少年は肩をすくめた。
「なるほど。目星は付いていたが、やはり時空の鍵は
ガオレイは頷く。
「星じゅうをくまなく探してもついぞ見つからないわけだ。まさか毎日見ている場所にあったとは……」
「ガオレイさん。信じてはいけません。そのお星さんは嘘を吐いています」
そんな苦しまぎれの太陽先生に時代は違えど、ふたりの教え子たちは白い目を向ける。
「そもそもあなた、このイヴ星では見かけない顔ですね。どの星から来たどなたなんですか?」
「えっと、僕はちきゅ――」
アースがそう言いかけたところで、慌ててそのアースの口をガオレイは塞ぐ。
「な、なにすんの?」
驚くアースをガバッと後ろに向かせてガオレイは小声で耳打ちした。
「この時代ではまだきみは生まれていないのだよ。無闇に名乗るのはよしたほうがいい」
「どうしてさ?」
「馬鹿だねぇ、きみ本当にタイムトラベラーかい?」
「実はタイムスリッパーのほうなんだけどね。しかも不可抗力だったし、飛びたくて飛んだわけじゃない」
「それは知らん。とにかく、いいかね」
アースの言い訳を一刀両断して、ガオレイは真剣な口調で語りかける。
「過去で問題を起こすのはやめたまえ。未来が変わって取り返しのつかない重大なタイムパラドックスを引き起こす恐れがある。いわゆる
「あーなんか聞いたことあるやつね」
「そう、そのなんか聞いたことあるやつだ。こうして、ミセス・サンと出会って日光浴しているのもだいぶ危うい」
「……うん、わかったよ。レオ」
「うむ」
頷いてからガオレイは小首をかしげる。
「うむ……? レオ?」
「きみの愛称だよ。ガリレオだから、略してレオ。ガリのほうでもいいけどそれだとなんだか
「……まあ、なんでも好きなように呼びたまえ」
「あのぅーさっきから何をふたりでコソコソ話してるんですかぁ?」
太陽先生は不審そうに問うてきた。
アースとガオレイはアイコンタクトを交わしたのち、教師に向き直る。
「お名前は思い出しましたか?」
「ええ、まあ」
嘘だ。
アースは何も思いついていなかった。
「では聞かせてください。どうぞ。ずばり、あなたのお名前はなんですか?」
やばい。
浮かんでくるのは知り合いの名前ばかりだ。
どうしよう。
無難でどこにでもいそうな名前、名前、名前。
ええい、ままよ。
これに決めた!
「僕の名前はサトータロウです」
アースが名乗った途端、原っぱが静寂に包まれた。
同時に夏に大量発生するセミマロカリスの声も聞こえなくなった。
もしや時間が止まってしまったのか?
僕に時間停止の能力が新たに目覚めたのかもしれない。
「ふうん。へえ、聞かない名前ですね」
どうやらアースは何かを失敗してしまったようである。
「ですが、とてもいい名前です。名は体を表すと言いますし、誇りを持ってひとかどの星として輝きましょう」
なんか僕、
「つきましてはどうでしょう。太陽教室に入学しませんか?」
「はい? 太陽教室?」
ああ、そういえば。
太陽学校の前身がそんな名前だったっけ。
アースは青空の下の太陽教室をひととおり見つめた。
校舎はない。黒板と教卓の前に机と椅子が並べられているだけだ。床は天然芝であり裸足になって寝っ転がったら気持ちいいだろう。
三億年後の太陽学校に比べたら月とすっぽんである。
「体験入学からでも構いません。これから教育機関としてさらなる発展を遂げる予定なのです。そして周辺の太陽村も同様に立派な都市にしてみせます」
太陽先生は輝かしい未来に希望を抱いている。
おっとりとしているように見えて実は情熱家で熱血的な先生なのだ、この星は。
しかし、その未来で起きたことを思ってアースは泣きそうになった。
当然だが星に歴史ありだ。
そして宇宙にダークマターはあっても、空白はない。
「おい、タロウ」
しんみりとする空気のなか、ガオレイはアースの脇を小突く。
「入学させられそうになってどうするのだね?」
「あっ、ほんとだ」
太陽先生とあまりにも馴染みすぎていたアース。
三億年の時間を無視してはいけない。
「タロウ、ぼくが時間稼ぎをしておくからここは任せて行きたまえ」
「えっ、行くってどこに?」
「そんなもの自分の頭で考えたまえ」
「レオ、そんなこと言わずにさ。神童の頭脳を貸してよ」
そんな泣き言をいうアースにガオレイは、「しょうがないな」 と、しぶしぶ答える。
「今日は星合いの七夕だ」
「うん。つまり?」
「つまり――織り姫と彦星が出会う日なのだよ」
それだけ言ってから、ガオレイは大声を上げる。
「ミセス・サン! 足下に大きなゴキビーがいるのだよ!」
「ひゃうあ!? いやーん! ガオレイさん、何とかしてください!」
太陽先生は年甲斐もなく腰を抜かしてしまった。
ちなみにゴキビーとは黒くてカサカサした昆虫型のスターモンである。
「今だ、行きたまえ。時をかける惑星よ」
「ありがとう、レオ。恩に着るよ」
アースはあっさりと太陽包囲網を突破して大空に飛び立った。上空の風を感じてかつての太陽町を見下ろしながらそこで気づく。
そこには生まれる前からあった当然のものが存在しない。
歴史的大事件の傷跡である黒穴がどこを探しても見当たらなかった。
そして、遅まきながらアースの脳裏に蘇る。
「そうか」
ビキビキと音を立てて。
卵から雛が孵るように。
「今日は七月七日。あの『七夕事件』が起こった日だ」
どうする?
地球アース。
僕は自分に問いかける。
七夕事件を未然に防ぐか?
「いや」
といっても、過去に干渉するのは絶対に良い結果には結びつかない。
レオもそう言っていたではないか。
むしろ七夕事件の犯罪星である黒星卿からはなるだけ距離をとったほうがいいだろう。
僕が死んでしまっては元も子もない。
そう思いながらも、アースは七夕事件の爆心地であるひまわり畑に戻ってきてしまった。
未来ではここら一帯に注連縄が張られて立ち入り禁止区域になっていたはずだ。
そしておそらく本日を
というか、そもそも今のうちに黒星卿を説得したらどうだ?
七夕事件どころか未来の事件も防げるのでは?
「…………」
いや、今はそんなことをいくら考えていても仕方がない。
たられば、だ。
僕の第一目標は元の時間に帰ることなのだから。
「とりあえず太陽先生が深い眠りにつくまで待つかぁ」
夜になってこっそりと太陽先生から時空の鍵を拝借すればいい。
なぁに、ちょっと借りるだけだ。
「……なんかマジで犯罪者じみてきたな」
言ってから、アースは背中の生命維持装置にしまってあった猫面を取りだした。
卒業祝いに妹のムーンから贈られた品だ。
「別にこれから後ろめたいことをやるから顔を隠すわけでは断じてないんだ」
タイムパラドックスを未然に防ぐためなんだ。
どうか信じてほしい。
誰かに必死に言い訳しながらアースが猫面を装着しようとした――まさにそのとき。
ひらひらひら、と。
猫面から一葉の写真が落ちた。
アースはそのカラー写真を拾い上げて、つい見入ってしまう。
この写真は太陽学校の卒業式終わりにカメカメラに撮影されたものである。
太陽先生とウラヌスが嬉しそうに笑っていた。
まだこの時までは。
とそこで、アースはとあることに気づくと思わず声を漏らした。
「嘘……でしょ」
その卒業写真を穴が空くほどアースは見てしまう。
あの日、ちゃんと撮影されたはずだ。
写真には太陽先生
だがしかし。
その卒業写真の中にアースは写っていなかった。
いや、正しくはかろうじて写っているのだが、ごくごく薄く半透明であり、まるで心霊写真のように今にも消えかけていた。
「……僕が未来を変えてしまったから」
このままいくと僕は元の時間に帰れないどころか、生まれたことすら無かったことになってしまうのかもしれない。
当然そうなれば太陽学校のみんなとももう会えない。
日が暮れるなか、アースは上を向いて一番星に問いかけた。
果たして、僕の引力はまだ未来と繋がっているのだろうか。
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