☆★☆3

 胸部の膨張するウラヌスの亡骸を前にアースは問う。


「太陽先生、どうすればいいんですか?」

「宇宙葬するほかありません。残念ながら看取っている時間はありません」


 その間にもウラヌスの鼓動がどんどん加速していった――まさにそのとき、夜空から闇にまぎれて黒い鋭利な飛翔体がウラヌスの胸部の中心を重く貫通した。

 それは黒星卿の黒鬼丸である。

 暗黒刀がピン刺しするようにウラヌスを地面に磔に処した。

 すると不思議なことにウラヌスの超新星爆発は止まった。


「これで心置きなく時間を潰せるだろう」


 無感動に黒星卿は言い放った。

 アースは立ち上がり暗い空を見上げる。

 それから地面を蹴ったのち、アースは空のニュークを撒き散らしながら大空に飛び立った。


「お兄ちゃん! 行っちゃだめ!」


 妹のムーンは兄の後を追うとするが、


「来るな! ムーン!」


 と、アースに一喝されて出遅れた。

 太陽先生の横に並んで浮遊するアースを太陽先生はとがめる。


「アースさん、あなたは下がっていなさい」

「どうしてですか? 僕も一緒に戦います」

「ウラヌスさんがああなってしまったのは、すべて私の責任です。そのうえ、あなたまで犠牲にするわけにはいきません」

「僕だって太陽先生と同じ気持ちです」


 アースはあくまで冷静に激怒した。


「もう誰も傷付けさせない。太陽先生、僕は友達を殺されて黙っていられるほど落ちぶれてはいません」

「……アースさん」


 その固い意志に太陽先生はそれっきり黙ってしまうほかなかった。


「ほう。して、今度は貴様が相手か?」


 黒星卿はまったく動じていない。


「僕はきみを許さない」

「ならばどうする?」

みんなを守る!」

「ブブ。ブブブ。ブブブブブ。ブラッブラッブラッブラッブラッブラッ!」


 黒星卿は不気味に呵々大笑かかたいしょうした。


「私卿は貴様のような小僧が一番業腹ごうはらなのだ」


 黒星卿はアースを見下すように言った、そのとき――


月の卵ムーンエッグ、ハッチアウト――【三日月みかづきカグヤ】」


 と、美声が聞こえた。


睦月道むつきどう・《小梅一輪こうめいちりん》」


 次の瞬間、矢羽根のかわりに梅の花を散らした矢が黒星卿めがけて飛んでくると、黒星卿は手をのひらを向けた。矢じりのギリギリまで手に引きつけたのち、重力をゆがめて矢を受け流すと、軌道の曲がった矢は明後日の方向に飛んでいった。


「お兄ちゃんは私が守るんだから!」


 地上には円弧を描く大弓を構えるムーンの姿があった。

 弓に矢筒から取り出した新たな矢をつがえる彼女に、黒星卿は暗い視線を落とす。


彼奴きゃつが貴様の妹か」

「……な、何をする気だ! やめろ!」

「ブブブ。大切な存在なのだろう? ならば守ってみせろ」


 目の前のアースを無視してから黒星卿は手のひらをムーンに向かってかざした。


 ――次の瞬間。


「キャッ!」


 突如、ムーンの小さな体躯はぼよよよーんと浮き上がった。浴衣ははだけて飛んでいき、その下に着装していたムーンスーツが露わになった。しかし、ニュークジェットエンジンをどれだけ吹かそうとも抗えない重力で、ウサボンは「ボンボン」と必死にムーンにしがみつく。


「卑怯だぞ! 黒星卿!」

「宇宙に卑怯なぞという法則はない」


 なおもムーンは夜空に吸い寄せられると、たまらずアースはニュークジェットをかっ飛ばして妹を迎えに行く。


「僕に掴まれ! ムーン!」

「お兄ちゃん!」


 だが、アースとムーンの手はすんでのところで届かない。

 そして、夜夜叉機関車に連結された超高層ビルのエントランスがガバァーッと口を開けると、深淵が覗く。

 そのままムーンは大ブラック企業に吸い込まれていってしまった。


馬車馬ばしゃうまのごとく死ぬまで働かせてやる」


 黒星卿が手を握ると、ガチャンと荘厳な扉も閉まる。


「あ、あぁ……」


 妹が囚われの身になってしまい、アースは言葉を失う。

 届かなかった自身の手を見つめることしかできない。


「さあ、宇宙の終焉しゅうえんを始めようか」


 それから黒星卿はヴェノコにダークニュークをませてからダークエッグを産ませる。ハッチアウトしたダークエッグから本日二本目の黒鬼丸を取り出した。ちなみに一本目のほうはいまだウラヌスの胸部に突き刺さったままである。

 そののち黒星卿は黒刀の柄を中心に刀身を回して、黒円を描く。


すべては円環の無に帰す」


 その黒円の中心点に黒刀でひと突きすると空間に傷口が空く。

 黒い血を流すようにブラックホールが開くと、カサブタが膨張するように広がった。


「暗黒星・《闇雲やみくも》」


 とそこで、呆気にとられるアースを背後から引っ張る光があった。


「太陽……先生」

「あとは私に任せてください」


 太陽先生はアースの前に立つと、肩に別の手が置かれた。

 アースはあたりを見回すと、周りにはいつの間にか他の惑星たちとそのアベックが集合していた。


「「太陽先生!」」


 惑星たち全員で呼びかけ、その太陽先生の背中を見つめながらアースは思い出す。

 太陽学校はいつも太陽先生を中心に回っていた。

 教師ひとりながら一教室ずつを見回り、笑顔を振りまく姿は輝いていた。

 星徒主体の学校作りを目指して星徒間のトラブルが起こっても太陽先生は余計な口出しはせずに見守っていた。

 先生はいつも底抜けに明るく、陰なんて見たこともなかった。そのおかげで太陽学校はいつも明るかった。

 みんな、太陽先生が大好きだった。

 しかし、今まさに。

《闇雲》が太陽を飲み込みかけている。

 その太陽先生は惑星に背中を向けたまま語りかけた。


「心の引力があれば、星は何度でも引かれ集まる。みなさんの未来はきっと明るいはずです」


 そして【鳳凰之鏡】を横に設置すると、握った拳で後ろ向きに叩き割った。パリーンと鋭利な鏡のピースが空中に漂い、太陽先生を包み込んだ。中ではキラキラと無数の鏡の破片が陽光を乱反射して何度も何度も互いに日光を交換し結集していく。


「太陽系――」


 その結果、太陽先生は今までに類を見ないほど輝いた。

 その次の瞬間。


 太陽が昇る。


「《太陽万華鏡ライジング・サン・カレイド》!」


 爆発的な光のニュークの波動により、アースたち惑星は四方八方に吹き飛ばされた。太陽との引力つながりが断ち切られ、惑星たちは散り散りに離れ去っていく。


「「太陽先生!」」


 イヴ星に磔刑に処されたウラヌスまでもが浮き上がり、周りの景色が倒れてゆく中でサターンは「イトカワくん!」と、地上のイトカワに手を伸ばすが届くはずもない。


 一方、アースはイヴ星の大気圏を突き抜けると、慌ててニュークフルフェイスを被る。

 さらにニャンレオを空のニュークで包み込み、互いをニュークチューブで繋いでニュークを共有した。

 それから《闇雲》と《太陽万華鏡》が太陽町上空で衝突した。

 せめぎ合い拮抗すると、通い慣れた太陽学校が浮き上がりはじめ机や椅子が宙を舞う。おびただしい降着円盤が摩擦を引き起こして超光源クエーサーを生み出した。


「飛んで火に入る夏のほしらよ、土に還れ」


 黒星卿は黒鬼丸を振り下ろすと《闇雲》により、太陽先生ごと太陽町を押し潰そうとする。

 そしてついには《太陽万華鏡》を覆い尽くし、吸い尽くし、喰らい尽くす。


 日食。


 太陽は沈み、太陽町はえぐられると壊滅的な状態となった。

 その光景を宇宙空間に飛ばされた惑星たちはただ見ていることしかできなかった。


 巨星墜つ。


 今日イヴ星に光はなくなった。

 そして星はいなくなった。


「……!」


 だがしかし、アースの瞳にはまだ太陽先生の残光が焼き付いていた。



「ヘヴィな手間をかけさせてくれる」


 一方、黒星卿は手中の時空の鍵を眺めながらため息を吐く。

 すると突如。

 彗星のごとく。


「あああああああああああぁぁぁァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 と。

 雄叫びをあげる星が流れてきた。

 その青い星は拳を繰り出すが、黒星卿は時空の鍵を内ポケットに仕舞いながら軽くかわした。

 しかし、その青い惑星は何度も猪突猛進してくる。


「星を返せ!」


 そのアースの気持ちに呼応するように胸ポケットのスターストーンが熱くなった。竜の逆鱗を彷彿とさせるように赤黒く光った。

 アースのスピードとパワーがぐんぐんと上昇していく。

 ついには一時的に音速を超えた。


「な、なんだこの力は……!?」


 黒星卿はアースの拳を黒鬼丸で受けるので精一杯の状況だった。

 構わず、我を忘れたアースはひたすら力任せに殴り続けた。

 そこでやっと加勢に駆けつけたマーズはそんなアースを発見して呟く。


「本当にあいつ……アースか」

「何者だ……貴様ァ」


 露骨に怒りを滲ませる黒星卿。


「《蜷局とぐろ》!」


 防御壁を展開するがアースの拳で塵と化す。さらにヘビの交尾のように無数の《蜷局》を何段も重ねて層を作り、アースが拳で殴り散らした。

 そんな攻防が幾度か続いたあと、あっさりと決着した。

 グサッと黒鬼丸がアースの心臓を貫いたのだ。


「ガハッ」


 星血を吐きながらアースは黒刀の刀身を握ると、必死に言葉を紡ぐ。


「きみにも大切な星がいるはずだ! なのに……どうして傷付けるんだ!」

「おらんよ、左様な星なぞ」


 黒星卿は黒鬼丸を引き抜くと、アースの背中の生命維持装置は甚大な損傷を受けた。そらのニュークを漏出させながら真っ逆さまに落ちる。

 眼下には大蛇の口のような《闇雲》が広がっているおり、元太陽町のあった住所にアースは吸い込まれていった。


「混沌の底まで堕ちろ、名も知らぬ星よ」


 次元の裂け目。

 無間地獄。

 深い深い落とし穴。

 そこから始まるのは闇に葬られた旅路だった。



 しかし、あの日見たはずの星の輝きを、このときのアースはまだ知るよしもない。

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