☆★2
太陽先生はかつての教え子に言い聞かせるように言う。
「黒星さん、馬鹿なことは考えないでください」
「三億年ぶりに会っても説教か。貴様は何も変わらない。もう聞き飽きた」
「……黒星さん」
「昔から気に食わなかったのだ。自らが宇宙の中心とでも思っていそうな貴様の態度がな」
かつての師にひどい言い草である。
「そうですか。そこまで言うのであれば仕方ありませんね」
太陽先生がそう呟いた瞬間、七色の風が吹き荒れ、鳳凰ぺェニックスがどこからともなく飛んできた。
太陽先生の輝く腕に留まる。
「多少手荒な真似をしますがどうかお許しください」
とめどなく太陽先生の体から光のニュークがあふれ出た。そのニューク粒子を首を伸ばしたぺェニックスが啄む。そしてペェニックスは背筋をそり返して
産みたてホヤホヤの卵が太陽先生の両手に落ちる。
「サンエッグ、
それからビキビキと卵にヒビが入りパカッと割れた。中の黄身が扁平に広がりとあるものを形作る。
「【
それは放射状に
地上の星たちは目を細めながら見守ることしかできない。
「数多の星たちよ、どうか私に力を貸してください」
太陽先生がお願いすると、夜空の星座を反射した【鳳凰之鏡】の鏡面にだんだんと光が集約されていく。そののち太陽先生は黒星卿に鏡を向けた。
しかし、当の黒星卿はまったく動く気配を見せない。
そしてついに、まばゆい光線が黒星卿めがけて放射された。
「太陽系――《
直視すれば瞳孔が焼け焦げてしまいそうな光線が夜空を駆け抜けた。星たちは視界を奪われるた――数秒後、目蓋の裏の光が消えたのちに、やっとアースは目を開けることが許される。
しかしそこに広がっていたのは信じられない光景だった。
なんと黒星卿は傷ひとつ付いていなかったのである。
そして、その黒星卿の前方には球体の闇が渦を巻き漂っていた。
「
まさかあの黒い渦巻きで光線を吸収したのか。
アースが空恐ろしく思っていると黒星卿は冷笑を漏らす。
「私卿に挑むなど三億年遅い」
「……クッ」
一方、活動時間外の太陽先生のほうは太陽光が弱まってきていた――そのとき、ボオゥ! と、火柱が黒星卿に襲いかかった。
がしかし、あっけなく《蜷局》に吸い込まれていく。
「おまえら、なにぼぅーっとしてやがる! 太陽先生の援護だ!」
マーズが声を上げると、立て続けにアベックのヒツネが火を噴いて黒星卿に攻撃した。
「ブブ。猪口才な」
が、まったく効果は見られない。
それでも他のスターモンたちも技を繰り出して黒星卿に集中放火を浴びせる。
「みなさん」
太陽先生は不甲斐なさそうに呟くなか、
「天馬ペガリウス、頼む」
王子星が羽のニュークを放出して愛馬ペガリウスの頬を撫でる。ペガリウスは羽のニュークを
「うわっ、あぶなかっ!」
ヴィーナスは懸命にウラヌスの背中に掴まろうとしたが、あえなく落馬する。ペガリウスはその場で踏ん張ってからポコンと、
「グヘッ」
ヴィーナスはウラヌスエッグをその身でもって受け止める。
とても慈愛深くみえなくもない。
「すまない。ヴィーナス、そのスターエッグを渡してくれ」
「……ったくもう、しょんなかねぇ」
あからさまに億劫な様子だったがヴィーナスはウラヌスに言われたとおりに、黄金色に輝くウラヌスエッグを手渡した。その直後、ウラヌスはペガリウスの手綱を波打たせると、ペガリウスは翼を羽ばたかせて飛び上がる。
「ちょっと! ウラヌス!」
「ウラヌス兄様!」
ヴィーナスとネプチューンは地上から心配そうに叫んだ。
「まさかあんた、あがんヤバか奴とやり合う気じゃなかやろうね」
「うむ。そのつもりだ」
「無理やけん。ウラヌス、いくらあんたでもひとりじゃ――」
「ひとりではない」
ウラヌスは愛馬に微笑みかけてからヴィーナスを見つめる。
「我には天馬ペガリウスがいる。そして頼もしい惑星組も」
だから我の背中は預けた。
そう言って、天馬と王子は空を駆け上がっていく。
その大きくなった幼馴染みの背中をヴィーナスは見送ることしかできなかった。
「生きて帰ってきんしゃいよ。約束やけんね」
両手を握り祈るヴィーナスの思いを一心に背負って、ウラヌスは走り出す。
「ウラヌスエッグ、ハッチアウト――」
ペガリウスの騎乗のウラヌスは片手でウラヌスエッグをパカッと割った瞬間、黄身が飛び出しひとつの独立した生き物のようにうねうねと蠢き変形する。
「【
ウラヌスの手には刃の峰に沿う形で白い羽の生えた大鎌が現れた。
「我、母星を守る」
「ウラヌスさん……」
大鎌を構えるウラヌスは上空の太陽先生を横切り、黒星卿の前に躍り出た――直後、騎乗からウラヌスは大振りで黒星卿を刈る。
が、それを黒星卿は首の皮一枚でかわし、何度も何度も何度も連続でかわした。
「ブブ。なかなか骨のある学星のようだ」
「
「左様、か。ならば命も今日限りで卒業せよ」
言った瞬間、黒星卿は瞬間移動してウラヌスに零距離まで接近する。
少なくともウラヌスにはそう見えた。
「――ッ!?」
「暗黒星・《
黒くて重い拳がウラヌスに突き出された。咄嗟にウラヌスは大鎌の柄でガードするが、そのまま後方に吹っ飛ばされて落馬する。スペーススーツのニュークジェットを噴射してなんとか体勢を立て直すと、再度ペガリウスに跨がった。
ウラヌスには何が起こったのかわからない。
「どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
言って、あっさり種明かしする黒星卿。
「こんなものは驚愕に値せん。私卿と貴様のあいだの空間を消滅させたに過ぎん」
「
冷や汗を垂らすウラヌスは呼吸を整えてから言う。
「この太陽学校で培ったものすべてを先達にぶつける。いざ、尋常に勝負!」
大きく息を吐くと、膨大な羽のニュークがハネハネとウラヌスを包み込んだ――直後、【誕生鎌】が変成する。翼を広げるように大鎌の刃が四つに分かれた。
「面白い。潰してやろう」
黒星卿は
ウラヌスを乗せたペガリウスは翼を羽ばたかせながら走り出すと、その間も地上から黄色い声援が続く。
「ウラヌス先輩!」
「あんな退学星なんかに負けるな!」
「いい歳こいた星に引導を渡してやれ!」
罵声を浴びながらも黒星卿は淡々と地上から浴びせられる攻撃を《蜷局》で相殺している。
とそこで、ウラヌスの背後から神々しい光が瞬く。
太陽先生の第二陣の攻撃だ。
「
「ブブ。そんな
「何でもできます!」
【鳳凰之鏡】を構えながら太陽先生は答えると、おびただしい光線が一直線に黒星卿を突き射した。
「ブブブブブ。それでは届かんのだ。宇宙において光の速さでは遅すぎる」
《蜷局》でガードするが集中砲火を浴びて手一杯の黒星卿に、ついにウラヌスが肉薄した。
――刹那、黒星卿のアベックであるヴェノコが総排泄腔から
しかしウラヌスは構わず突き進む。
「そなたの魂、天まで送ろう」
黒星卿とのすれ違いざま、ウラヌスは【誕生鎌】を刈り下ろす。
「《
ブゥンッと大気をぶった斬る音が響いた――次の瞬間。
パキンッ! ドサッ!
と、不穏な音が続いた。
そして地上の星たちは自身の目を疑うことになる。
というのは、黒星卿を斬ったはずの【誕生鎌】の峰に生えていた二翼は見るも無惨に切断されていたからだ。さらにペガリウスの右翼まで落とされていた。合計三枚の翼が抜け落ちた羽根とともに地上へ落下する。
一方、黒星卿のほうはといえば、なんと無傷。
「ダークエッグ、ハッチアウト」
そして、その左手には一太刀の黒刀が握られていた。
「【
丸い黒鍔には合計九つの穴が空いており、九曜紋をあしらっていた。一切の光を吸収する漆黒の刃文には赤い鮮血が滴っている。
アースは上空で繰り広げられていることが信じられなかった。
太陽学校歴代最強との呼び声高いウラヌスがあんな一方的にやられるなんてありえない。
黒星卿はウラヌスに振り返る。
「所詮、貴様は井の中の蛙だ。宇宙の広さを知らん」
「確かに……そうかもしれんな」
ウラヌスは大鎌を握り直し黒星卿を睨み返すと、綺麗な声音で言う。
「されど、空の青さを知る」
ウラヌスがペガリウスを撫でると、天馬は覚悟を決めた顔で空を駆け出した。
「ダメ……ダメェェェエエエ! ウラヌゥス!」
ヴィーナスが地上から制止の声を叫ぶがウラヌスは止まらない。
黒星卿は両手で黒鬼丸を握り締め、そして振り下ろした。
「愚かな星よ、堕ちろ」
ずーんと重い一刀のもとにウラヌスは斬り捨てられた。
真っ赤な
「「ウラヌス!」」
幼馴染みの惑星たちが互いの引力に引かれるようにすっ飛んで、第七星に駆け寄った。
「死ぬんじゃねえぞ! ウラヌス!」
「嘘だ。……まさか死ぬなんてことないはずだもんな?」
面喰らうマーズとジュピター。
ウラヌスの刀傷は真っ黒に開き、まるで空間ごと裂けたようだ。
「しっかりして、ウラヌスくん!」
叫ぶアースの手をウラヌスは握り、力なく首を横に振る。
それからウラヌスは泣きじゃくるヴィーナスに流し目を送った。
「すまない。ヴィーナス」
「バカ星とよ、あんたは……ほんなて」
「すまない」
もう一度謝罪を繰り返したのち、ウラヌスは白い羽根でヴィーナスの涙を拭く。
彼のその手を力強くヴィーナスは握って応えた。
しかしそのウラヌスの手からは力が抜けて次第に瞳からも光がなくなる。
ヴィーナスは彼の耳元で愛の言葉を囁いてから、そっと目を閉じさせた。
あたりは悲しみと恐怖に支配させるなか、死んだはずのウラヌスは突如光に包まれた。胸部の中心がドクン! と跳ね上がり、鼓動を始めた。
ドックンドックン!
と、それは次第に強く激しくなっていく。
「みなさん、ウラヌスさんから離れてください!」
上空から太陽先生は叫んだ。
当然アースは疑問を投げつける。
「太陽先生、ウラヌスはどうなったんですか?」
「これより惑星崩壊が始まります」
「惑星崩壊?」
「そうです。崩壊というよりは超新星と言ったほうがいいかもしれません。本来ならば長い年月をかけて星本来の姿に近づいていきます。ですが、その途中で命を落とした星は五体に押しとどめられていた重力を解放し、星本来の姿を爆発的に取り戻す。文字どおりその際に大爆発を引き起こすのです」
星の死は二度ある。
初めて星の死に触れたアースはそう理解した。
しかし、アースはもう二度と星が死ぬところを見るなどごめんだった。
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