第3星 黒星卿

☆1

 太陽町の上空にはずーんと黒い星影が浮遊していた。

 真っ黒のフルフェイスからメデューサのような黒蛇がうねうねと生えており、全身の真っ黒コーデは光を一切反射していない。ブラックスーツの上から漆黒のインバネスコートを羽織り、闇のニュークが墨のごとく空間を漂う。生命維持装置もニュークジェットエンジンも背負っていない。どうやら絶えず体の周りにニュークを対流させて浮いているようである。

 足首には見慣れないスターモンが絡みついていた。チロチロと二股に分かれた赤い舌を出している。


 アースはそのアベックに手をかざすと、高感度光度センサーが対象のスターモンを識別する。手を握るアクションを取ったあと開けば、パルムフォンの中にそのスターモンの情報が表示され、機械音声が読み上げる。


『名前、ヴェノコ。ヘビ亜科。ツチノコ系のスターモン。鼻の下のピット器官は温度を知覚できるサーモグラフィーの役割を果たす。最終段階進化は不明』


 さすがにあの星の情報まではプライバシーで保護されているようだ。


「お兄ちゃん、あの星は誰なんでしょう?」

「さあ僕もわからない」


 ムーンの言うとおり、あの星は誰でどの星から来訪したんだろう?

 アースたちがそう疑問に思っていると、


「おい、おまえ! せっかくの超大作・龍花火を勝手に消してんじゃねえぞ!」


 地上からマーズが、


 「燃やすぞ、コノヤロー!」


 と、粗野なヤジを飛ばした。

 しかし、その黒尽くめのアベックたちは地上のマーズを歯牙にもかけない。


「この星は三億年前とまったく変わらんな。進化するどころか退化している」


 それから奴は絶望したように地上に手をかざす。


「滅びろ」


 途端、その言葉の重みに星たちの間に緊張が走った。

 かと思えば、惑星以外の衛星や小惑星たちは膝をついて、巨大な重力に押し潰されそうになってしまった。


「――グッ!」


 惑星であるアースも気を抜けば押し潰されてしまいそうだ。


 まさにそのとき。

 東の空からこの暗い世界に一条の光が射す。

 この星のことはたとえ100億光年離れていても感じることだろう。

 刹那、ピカッと柔らかな光が星々を包み込む。


「そうはさせませんよ」


 そんな温かい声とともに東の空から日が昇る。


「「太陽先生!」」


 その陽光を浴びて星徒たちは温かくなり安堵感が一気に広がる。

 だが、アースはすこし気にかかる。

 いつもは寝ている時間なので太陽先生の灯火は晩夏のホタルのようなのだ。


「久しくご無沙汰しておりましたね。お変わりありませんか?」

「…………」


 太陽先生はやさしい口調のまま微笑みかけるが奴は何も答えない。

 その代わりにアースが質問した。


「太陽先生、あの星は誰なんです?」

「太陽学校……いえ、その前身となる太陽教室の第二期星。名前は黒星くろぼしブラックホール」


 太陽先生は重たく口を開く。


「そして、三億年前の『七夕事件』を引き起こし、太陽教室を去った唯一の退学星です」

「なんですって?」


 アースは自分の耳を疑った。

 七夕事件を起こした犯罪星が今僕たちの目の前にいるだと?

 ウラヌスとともにペガリウスに跨がるヴィーナスも白目を剥いた。


「ウルトラ超絶ヤバイ奴とばってん!」

「ですが退学とひとえにいっても自主退学でした」


 太陽先生は黒星卿に水を向ける。


「ですので、太陽学校に復学したいというのならば歓迎しますよ。学ぶことに遅いということはありません」

「ブブブブブ。この星に黒点は不要だろう? 太陽・サン」


 黒星卿は不気味に笑い、太陽先生をフルネームで呼び捨てにした。


私卿しきょうの望みはひとつ、『時空じくうかぎ』を渡して貰おうか? サン、貴様が所持しているはずだ」

「なぜ? どこでそれを知ったのですか?」

「貴様に教える義理はない」


 時空の鍵。

 その名のとおり時空を超越する扉を開く鍵。

 宇宙のどこかにあるという噂はアースも知っていたが……まさかこんな身近に存在するとは。

 太陽先生のリアクションから見てもどうやら本当っぽい。

 意外と嘘つけないんだよな、この先生。


「さあ、おとなしく渡して貰おうか?」


 かつての教え子と太陽先生は真っ向から向かい合うと、太陽先生は神々しい胸元をまさぐり始める。光る胸元からジャラジャラと鎖に繋がれたとある物を取り出した。


 それは空色の大きな鍵だった。


 上部分のシルバーの懐中時計は秒針がくるくると回っており、中部は横に倒した原子時計で構成される。下部のギザギザした空色のブレード部分には長々と太陽時間が赤く表示されている。


 昼間はまぶし過ぎてアースは気づかなかったが、太陽先生はずっと首に提げていたらしい。

 日没(就寝)後も肌身離さずにしてしまうほど大切なものということか。


「たとえこの時空の鍵を使ったとしても、あの星徒は戻りませんよ」

「左様。運命の輪廻からはなんぴとも逃れられん」

「ではなぜ?」

「ものは試しだ。そして、過去の清算という意味合いもある」


 黒星卿と太陽先生しか知らぬ過去がありそうだった。

 続けて黒星卿は要求する。


「時空の鍵だけでも寄越して貰おう」

「それはできかねます」


 太陽先生は一歩も譲らない。


「ブブブ。よかろう、ならば交渉決裂だ」


 そう言うと黒星卿は指揮者のような構えを取ったのち、右手で空間をぐように握り止めた。

 瞬間。

 ボッポー! ガタンゴトン!

 と、闇間からけたたましい汽笛が鳴り響く。

 大蛇のごとき機関車がイヴ星の陰から回り込むように超光速航法アルクビエレドライブによって躍り出た。アルクビエレドライブとは超光速航法の一種であり、超光速させたい物体の後方に小規模なビッグバンを起こし、同時に前方にブラックホールを生み出して加速させる航法のことである。


 そしてその機関車のヘッドライトからは鉄のニューク波を前方に放っており、形状記憶させたレールが継ぎ足し継ぎ足しされながら一足先に宇宙空間に構築される。一定時間後、線路はおもちゃのようにガラガラと崩れると、星屑に変わり最後列車からはホウキ星のような尾が伸びていた。こうして運行表ダイヤグラムのない機関車がプシューと星空の駅に停車した。


「なんだあれは?」


 口を開けて夜空を見上げるアース。

 先頭車両の顔面は厳めしい鬼瓦で、その火室では石炭を焚べて闇のニュークを燃焼させている。黒い煙突からはもくもくと暗黒星雲を吐き出している。その後ろには何棟もの高層ビル群が車両に連結され列をなすと、てっぺんの屋上には白地に黒丸の旗がハタハタとはためていた。


 悪名高い不夜城。

 夜夜叉よるやしゃNGC6240形ニューク機関車がただいまイヴ星に到着した。

 そして、何を隠そうこの大ブラック企業のトップこそが黒星卿なのである。

 夜の銀河結社ブラックホール・カンパニー。

 高層ビルの外壁には電光掲示板デジタルサイネージによる自社製品の広告が打たれており『ブラックホール缶』なる見るからに怪しい製品が宣伝されていた。


「今宵日は沈み、二度と昇ることはない。明けない夜が来た」


 黒星卿は高みから宣告した。


「サン、貴様に明日は来ない」

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