☆★2

 今宵は卒業を祝して星祭りが行われる。

 空は夕焼け色。

 太陽先生はこの時間になると強烈な睡魔に襲われて紅く染まってしまうのだ。


 さっそく太陽町では多数の露店が開かれており、茜空にはたくさんの提灯がプカプカと浮いている。その下ではうずたかい神輿を「わっしょいわっしょい!」と星々が担いでいる。

 アースはちらりと隣に視線を移せば浴衣姿のムーンがあるいていた。赤とピンクの花柄に真紅の帯を締めて足下は漆の下駄で落ち着きを演出している。

 ちなみにウサボンも浴衣姿バージョンだ。


 いろんな出店があるなかアースはスターストーンすくい屋に目が留まる。そこの店主はフードを目深に被って目が☆型の面妖なピエロのお面を付けており、どことなく怪しい雰囲気を纏っていた。


 そんな店主とアースは一瞬――目が合う。


 しかし次の瞬間には、アースは前方からの香ばしい匂いに誘引されてしまった。


「へい! らっしゃい! 安いよぉ、安いよぉ!」


 ソースの焦げる匂いに混じって活気のいい売り文句が聞こえ、そこに構える屋台の店主を見てアースは唖然とする。


「な、なにしてんの? マーズくん」

「ああ? なにしてるって見りゃわかんだろ。おまえ、焼いちまうぞ?」


 ねじりハチマキを巻いた卒業星マーズだった。

 お好み焼き。焼きそば。焼きトウモロコシ。今川焼き。焼き栗。UFO焼き。たい焼き。どら焼き。焼く調理のものであれば何でもござれだ。

 店名はまんま『焼屋やきや』。看板狐のヒツネも俊敏な動きで手伝っていた。


「ムーンは、なにか食べたいものある?」

「んー、何にしようかな」


 アースが尋ねると、ムーンは人差し指を立てて思案した。


「えっと、わたしはお兄ちゃんと一緒に食べれるもので」

「じゃあ分けやすそうなメニューを頼もうか」

「おらぁ、店頭でイチャイチャしてんじゃねえよ。おまえら、燃やすぞ?」


 マーズはコテで兄妹を差す。


「頼むもん決まってねえならどきな! 商売の邪魔だぜ!」

「な、なんちゅう感じの悪い店主だ」


 慌てて、アースはお好み焼きをひとパック注文した。


「へい、毎度あり!」


 マーズの暑苦しい笑顔に見送られながら、アースたちはその場をあとにした。

 またすこし進むと、かき氷店の店主と水色の星が揉めている。


「お嬢ちゃん、これじゃあお金が足りないよ。お・か・ね。マネーだよ、わかる?」

「……うっちゅ」


 落胆するマーキュリーにウォタゴンがすり寄っていた。


「店長、じゃあこれで」


 それを見かねたアースはがまぐち財布から獅子座の描かれた千円札を取り出して支払って事なきを得た。

 マーキュリーはキラキラと目を輝かせながらアースを見上げていた。

 こんなヒーローを見るような目を向けられるのなら数百円なんて安いもんだ。


「マーキュリーちゃん、ハワイアンブルー味、おいしい?」

「おいっちゅ」


 行儀は悪いかもしれないが、ムーンはイチゴ味のかき氷を食べながら尋ねる。


「あの、ひとくち交換しない?」


 コクリとマーキュリーは頷くと、二星はアーンと大きく口を開けて食べさせあった。


「ハワイアンブルーもおいしい」


 ちなみにアースはかき氷を注文しなかった。

 もう卒業星なので、あんな細かい氷にシロップをぶっかけただけの代物は食べない。


「お兄ちゃんもひとくちどう?」

「いや、僕はあれを食べるからいいよ」


 そういってアースは隣の屋台で売っていたリンゴ飴を購入すると、ガリッと囓った。

 この飴の歯ごたえとリンゴのシャリシャリとした歯触りが病みつきになる。


「ふーん。お兄ちゃんは本当にリンゴ飴が好きですね」

「リンゴ飴が好きじゃない星は星じゃないね」

「そこまで言います?」


 ムーンはそう言って笑った。

 それから何を血迷ったか、


「えい!」


 と、アースの首筋にかき氷を垂らした。


「ちべた!」


 アースは飛び上がる。


「な、なにするんだ、ムーン! びっくりしてリンゴの芯を飲み込んじゃったじゃないか!」

「し、知らない!」


 思いのほか大事になって戸惑いを隠せないムーンだった。

 そんなこんなでオーロラやわたあめをムーンとマーキュリーは喫食する。

 今月の太陽学校から支給された給付型奨学金がアースの財布から飛び去っていくが、この子たちの笑顔には変えられない。


 とそこで、おもむろにマーキュリーはポケットから赤黒く光る禍々しいスターストーンを取り出した。


 ちなみに昔からスターストーンすくい屋には『四次元よんじげんの石』が紛れているという都市伝説みたいなものがある。四次元の石とはとある吸血鬼の錬金術師アルカード・アインシュタイン博士が強制進化を促すモノリスと自らの血から丹精したといわれている。


 そんな超絶レア(かもしれない)スターストーンをマーキュリーはアースに手渡した。

 おそらく食べ物のお礼のつもりなのだろう。


「くれるの?」

「うちゅ」


 アースが素直に受け取ると、マーキュリーはラムネ片手に去って行く。

 おそらく、彼女はこのスターストーンをすくうためにほぼほぼ全財産を使ってしまったのではないだろうか。

 かき氷も買えなくなってしまうほどに。

 そんなスターストーンを僕にくれてしまうとはなんて気前のいい子なんだろう。


 果たしていつからだろうか?

 僕がスターストーンすくいに挑戦しなくなったのは。

 もう忘れてしまった。

 お守り代わりにスターストーンをアースは胸ポケットに仕舞った。


 ラムネを片手にアースとムーン兄妹はしばらく歩いていると、救護所テントが見えてくる。

 その中にいたのはなんと第六星のサターンとそのアベックのデビタンが常駐していた。

 アースはこんなときまで献身的な彼女に申し訳なくなった。


「いやいやサターンちゃん、祭りのときくらい楽しもうよ」

「私がやりたいからやってるだけなの。充分楽しんでるわ」


 サターンはさも当然のように言う。


「アースくんも羽目を外しすぎないように。怪我や飲み過ぎ食べ過ぎには気をつけて楽しむのよ」

「なんだか僕は自分が情けなくなってきたよ」

「気にしなくていいのに」

「そんなわけにはいかないよ。そうだ。なにか買ってくるよ」

「いいわよ」

「そんなこと言わずにさ。ほらお好み焼きだったら今すぐにでもあるよ。まだ一切手は付けてないし」


 アースが気を遣っていうと思わぬ来客がある。


「おまたせっすー。ドーナツ買ってきたっすよ。って、うおっ!」


 法被を羽織った小惑星イトカワくんが大量のビニール袋片手に飛び退いた。

 細長い顔が特徴的なだ。


「ア、アース先輩! しゃすっ!」

「しゃ、しゃす……?」


 後輩感丸出しで頭を下げるイトカワに戸惑うアース。

 パシリが似合うなぁ。


「アースくん、そういうことだから」


 サターンは「うふふ」と微笑んだ。

 そういうこととはどういうことなのか。

 すると、おとぼけのアースにムーンが耳打ちした。


「お兄ちゃん、どうやら私たちはお邪魔みたいだよ」

「ムーン、それはどういう意味なんだ?」

「もういいから次に行こう」


 という呆れて諦めた感じのムーンに手を引かれて、アースはその場をあとにした。


「まったく、お兄ちゃんは鈍感スターなんだから」


 妹が言うには、どうやら僕は大きなお世話を無料で焼いてしまったようなのである。

 つまり、無料タダより怖いものはない。

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