第2星 星祭り

☆1

 卒業式が終了してから桜舞い散るなか、太陽学校専属カメラスターモンであるカメカメラが惑星組の集合写真を撮影してくれた。

 手のひらサイズのカメカメラは三脚の上に載っている。レンズのような一ツ目をしており背負った四角い甲羅から四つ足がのぞいていた。のっぺりとした口から集合写真を一枚一枚吐き出してのっそりと現像する。


 とそこで、アースは太陽学校の図書室から借りていた本をまだ返却していないことに気づく。


「カッカッカ。アースの奴が借りパクしてらぁ」

「だから、いま返してくるって」


 ギザギザの歯をのぞかせるマーズに笑われながら、アースはニャンレオとともに第三図書室へと急ぐ。


「きしきしゆうすけ……っと、ここだ」


 アースは背嚢の生命維持装置の中から目的の本『新世界より』を取り出すと、元あった場所へ差し込む。

 それから第三図書室を退出すると、ふと隣の第四図書室が目に入った。

 第四図書室といえば禁書のみが蔵書されているいわくつきの図書室である。

 太陽学校の七不思議によれば、一度入ってしまうと時空の檻に閉じ込められて出られなくなるという噂だ。

 たとえそうじゃなくても、もちろん星徒は立ち入り禁止。

 だがしかし。


「僕はもう太陽学校を卒業した星だ」


 こんなチャンスは二度とないぞ。

 アースは生唾を飲み込んだ。それから廊下の左右を確認したのち、肩に乗るニャンレオと目を合わせた。


「好奇心は猫をも殺すというけど……」


 恐る恐るアースは第四図書室のドアに手をかけてから横に引くと鍵は掛かっておらず、あっさり開く。室内は非常にホコリっぽい。蔵書数は想像よりも結構あり、本棚はギッチギチに詰まっていた。


 そこでアースは気づく。

 目を凝らすと、入り口から奥にかけて一組の足跡が続いている。

 太陽先生のものだろうか。

 あるいは僕と同じようなことを考えた異分子か。


 何はともあれ、アースは証拠を残さないように慎重に誰かの足跡と自身の足裏を重ね合わせながら辿る。一歩一歩踏みしめるたびにキラキラとホコリが舞う。

 するとその足跡は13番目の本棚の前で途絶えており、その本棚にざっと目を滑らせると上から4段目、左から2番目の本が傾いている。


「ん?」


 とある違和感。

 他の本棚はギッチギチに詰めてあるのに、なぜここだけ……。

 まるで一冊抜き取られたかのような。


 あっ、そうか。

 この足跡の主が借りていったのか。

 しかし、それにしても不可解きわまりない。

 足跡はこの本棚の前で途絶えており、それきり戻った形跡がないのだ。


 ではいったい、ここまで歩いてきた曲者はどこに消えたのか。

 まさか幽霊じゃあるまいし。

 ニュークジェットを噴射して飛んだのか。

 もしそうならそれなりの痕跡が残るはずだが……。


 と、アースの思考が宇宙に飛び出したところで、突如廊下からパァッと後光が射した。


「まずい……!」


 あの輝き方は間違いなく太陽先生だ。

 アースはニャンレオを撫でながら息を殺すことに努めるが、心臓の鼓動はバックンバックンと激しく高鳴った。


 まさかバレたら卒業取り消しとかならないよな。

 今さらながらにアースは不安に襲われた。


 カツカツと高い足音が響くなか、突然ニャンレオは鼻をヒクつかせ始めたではないか。

 どうやらハウスダストでくしゃみが出そうらしい。


「耐えてくれぇ」


 そんなアベックの願いが叶ったのかニャンレオは両目を細めるだけに留まる。

 一方の太陽先生は若干光が弱まる。

 おそらく隣の第三図書室に入ったのだろう。


「今しかない」


 アースがホコリまみれの一歩を踏み出した――まさにそのとき。

 一塵いちじんのホコリが舞い上がった。

 


「ニャックション!」


 と、ニャンレオは盛大なクシャミをした。

 キラキラと星のようなホコリがクシャミの気流に乗って逃げていく。


「……ッ!」


 アースはもう行くところまで行くしかないと判断を下す。

 室内では原則禁止されているのだがニュークジェットを吹かした。一瞬で図書室の入り口を突破してから廊下に出たのち、窓を開け放つ。一階の窓から飛び出した直後、アースは校舎の影にぴったりと張り付いて身を隠した。


 すぐ上の窓を見やると、まぶしい太陽光がサーチライトのように漏れ出している。

 アースは灯台下暗しということわざを信じるしかない。

 そして、ややあって太陽先生は不審そうにピシャッと窓を閉めた。


「ふう」


 やっと一息ニュークを吐いてから、アースは他の惑星たちの元にスキップで舞い戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る