☆★2

「卒業証書授与」


 ピンと張り詰める緊張感のなか卒業証書授与式が始まった。


「出星番号第一星の方から一名ずつ壇上に上がってください」


 しかし待てど暮らせど、式典が進展する気配がない。

 体育館内は水を打ったようにしーんと静まり返っていた。

 アースは首を回して左方向の第一星を見やると、なんとその子はスピースピーと寝息を立てているではないか。

 鼻提灯を膨らませる彼女は惑星組第一星、水星すいせいマーキュリー。流麗な長い髪が水色のマーキュリースーツに滴り落ちており、身長は低くまだまだ年端もいかない子供に見えるが歴とした卒業星である。

 アベックは首長竜科のウォタゴンで彼女のちょうどいい抱き枕にされていた。


「ちょっと、あんた。いいかげん起きらんば!」


 そんな囁き声がマーキュリーの隣の二席目から聞こえる。

 彼女は惑星組第二星、金星きんせいヴィーナス。

 金髪おかっぱに麻呂眉。白いベレー帽を被った少女である。雷耐性のヴィーナススーツを着装しており、二の腕部分にはオレンジ色のニコちゃんマークなど多数の缶バッジが彩っている。黄色の生地の端に白のフリルの付いた日傘杖アンブレラステッキを差しており、その手元ハンドルはぐるぐると渦を巻いていた。

 膝元に乗せたアベックは、体色は鮮やかなレモンイエローでクチバシと水かきと尻尾が黒色のカモノホシである。


「へえ、あたしのこと無視すっと?」


 途端ヴィーナスは悪い顔になる。


「ばってん、さすがに電気ショックば与えたら無視できんやろうもん?」

「ヴィーナスちゃん、水に雷は相性最悪だよ。常識でしょ?」


 たまらずアースがヴィーナスに注意するが、時すでに遅し。


「カモノホシ、食らわしてやりんしゃい!」


 ヴィーナスが眠りこけている隣星に人差し指を突きつけると、カモノホシのクチバシにバチバチと電気が走った。

 そのとき、アースは頭よりも先に体が動いていた。

 アースがカモノホシの平たい尻尾に触れた瞬間――


 バチン!


 と、激しい音が轟いてアースは「あやややや!」と感電してしまった。


「な、なんしよーと? あんた、死にたかと?」


 アースはヴィーナスに滅茶苦茶なことを言われたが、いち早く危険を察知したニャンレオが逃げていたことは不幸中の幸いだった。

 すると、その騒ぎでマーキュリーはパチッと目を醒ましてから大きなあくびをかます。


「マーキュリーさん、壇上に上がってくださーい」


 太陽先生が落ち着いた声で繰り返すと、当の本星であるマーキュリーは寝ぼけ眼をこすりながら、


「うちゅ。おひさま、まぶしぇ」


 と、呑気に言ってテクテクとステージ上に向かう。ウォタゴンも四本のヒレでペタペタと床を這いながら後を追った。

 マーキュリーと対峙する太陽先生は卓上越しに卒業証書を読み上げる。



『卒業証書

 水星マーキュリー殿

 ウォタゴン殿

 右の者は本校所定の

 全課程を修了したことを証する。

 天の川暦太陽時間 92億2020年3月11日

 太陽学校校長 太陽サン』



 マーキュリーは腕をいっぱいに伸ばして卒業証書を両手で受け取る。壇上から降りて席に着くとまた微睡まどろみ始めた。

 構わず、太陽先生は次の卒業星の名前を呼ぶ。


「金星ヴィーナスさん」

「ふぁ、ふぁいっ!」


 ヴィーナスは緊張しているのか返事の声がうわずっている。

 マーキュリーとは対照的にぎこちない動きで卒業証書を授かろうとした。

 まさにそのとき、


「た、大変っす!」


 と、慌ただしい声とともに体育館のシャトルドアが勢いよく開かれた。

 その際、あまりにも驚き過ぎたヴィーナスはウォタゴンの残した水痕に足を滑らせて階段からポロンポロンと転げ落ちてしまったほどだ。


「あいててててて」


 腰をさするヴィーナスにカモノホシだけが駆け寄った。


「ちょっと、あんた! モブ星のくせにあたしの卒業式ば邪魔するて、どがん了見とね!」


 ヴィーナスは日傘の石突きで小惑星組のイトカワを差すと、太陽先生も鷹揚に問う。


「イトカワさん、どうされたのですか?」

「太陽先生、おれっちがトイレに立ったときに見てしまったんす。このイヴ星に宇宙海賊スペースヴァイキングが迫っているのを……」


 そのイトカワの衝撃発言を聞いて、在校星たちの声のさざ波が右から左へと伝播する。


「宇宙海賊って、星たちを誘拐したり」

「スターモンを密猟する輩でしょ」

「ヤバァ」


 と、あっという間に体育館じゅうが大パニック状態に陥った。互いに押し合いへし合い、頭と頭をぶつけ星を散らしてから倒れる者や貧血を起こしている者までいる始末。

 どうも収拾が付きそうにないとアースが直感していると、


ちゅうううもおおおく注目!」


 突如、煌々とした光に全校星徒が包まれた。


「みなさん、ご静粛に。どうか落ち着いてください」


 そう言い放つ太陽先生に自然と星徒たちの視線が吸い寄せられる。


「それからイトカワさん、重要な報告ありがとうございます」


 太陽先生の圧力にイトカワは腰を抜かして尻餅を着いていた。

 とそこでいつの間にか卒業星六番目の席が空席になっていることにアースは気づいた。


「だいじょうぶ? 怪我はない?」


 そうイトカワにやさしく声をかける彼女は惑星組第六星、土星どせいサターン。

 黒髪ツインテールは包帯でくくられており、頭頂部にはナースキャップを被っている。褐色の肌に不織布マスク。高身長かつスーツの上からでもわかるナイスバディで、サターンスーツの背には包帯がぐるぐるに巻かれた純白の翼が生えていた。その翼の包帯をピローンと解きながらサターンは擦り剥いて出血した星徒たちを手際よく救護していく。


「安心して。すぐ終わるからね」


 彼女のアベックは八本足の軟体動物であるデビタン。

 まだら模様のヌメッた丸い頭にナースキャップをしている。


「ひぃ」


 そんなふうに怯える星徒の不安を取り除くようにサターンはやさしく言う。


「だいじょうぶ。獲って食べたりしないよ。彼女も星医者スタードクターの卵だから」


 その甲斐あって初めこそグロテスクな見た目に圧倒されていた星徒たちだったが、サターンとデビタンの献身的な治療を受けるにつれ次第に心を開いていった。

 イトカワに至っては大した怪我もしていないのにゆでダコ状態である。

 するとそこで、七番目の席の卒業星がさっと立ちあがった。


「可及的速やかに排除する」


 琥珀髪のポニーテールの彼は惑星組第七星、天王星てんのうせいウラヌス。

 元生徒会長で歴代でもトップクラスの実力と成績を誇る。甲冑メタルのようなウラヌススーツを着装していた。

 アベックの天馬ペガリウスは背に翼の生えた白馬の見た目をしており、スターモンの中でも希少と言われている。


 そして惑星組の中で唯一、最終段階進化ステージファイナルを遂げたスターモンである。


「ウラヌスがどがんしてもって言うならあたしも付いていかんこともなかばってん」


 赤面しながらモジモジするヴィーナスをウラヌスは一瞥していた。

 すると、その横から惑星組第八星、海王星かいおうせいネプチューンが威勢よく言う。


「ウラヌス兄様が出るまでもない。俺が行く」

「ちょ、兄弟そろってあたしば無視せんとって!」


 ネプチューンは太陽系キングブラザーズの次男。深海色のネプチューンスーツを着装している。頭には黒色の水泳キャップ、目元には水中眼鏡、そして口元には二個の吸収缶キャニスターの付いたガスマスクを嵌めていた。

 アベックはクジラ科のホエッピ。

 体色は青く腹側は白い縦縞で頭部には赤色の水泳キャップを被っており、こちらも同様にガスマスクを装着していた。

 すると、隣でずっと黙っていた灰色の少年が口を開く。


「えっと兄様たち、ボクはどうしたら――」

「プルート。あんたもあたしば無視すっと?」

「えっと……ごめんなさい。ヴィーナスちゃん」

「ええい、せからし! いちいち謝らんでよか!」


 それでもヴィーナスに謝り続ける彼は、惑星組第九星、冥王星プルート。

 太陽系キングブラザーズの三男で灰色のプルートスーツを身に纏っている。比較的小柄な惑星だ。大きなハート模様のニュークフルフェイスを常時着用しており、兄弟以外にその素顔を見せたことはない。

 アベックはゾロン。

 灰色の皮膚に覆われ、首は短く耳は大きくて、なによりも目を惹くのは長い鼻である。


「バカはよせ。プルートは残ったほうが賢明だ」

「ネプチューン兄様、それが……普通だよね」


 プルートは簡単に納得した。


「ボクなんて惑星組プラネットナインにもぎりぎり入れた身だし……。今回卒業できたのだって奇跡みたいなものなんだ」


 落ち込みオーラ全開のプルートをゾロンが「パオパオーン」と、長い鼻を使い慰めていた。

 そんないつもの光景を見たのちアースはボールの挟まった体育館の天井を見上げてつぶやく。


「この太陽学校に今にも宇宙海賊が迫っているのか」


 すると突如、照明が落ちた。


「星徒のみなさん、ご心配なさらずにご着席ください」


 太陽先生がそう言うやいなや、驚くべきことに体育館の天蓋がみるみるうちに開閉されたではないか。

 やがて天蓋はパックリと割れて青空が顔をのぞかせると、その奥の宇宙に混じって雑星がみえる。


「ピャッパー!」


 それは悪趣味なカスタムの施されたスターモンのタツノートに跨がった何十というモヒカン頭だった。タツノートは直立しておりヒレは比較的小さく、長細い口からニュークを吸引して長い尻尾の先から放出することにより推進力を得ていた。ぴったりとタツノートとモヒカンにニュークの膜がかたどられていて真空の宇宙空間でも呼吸は可能のようだ。


「ピャッパー! 命が惜しけりゃ金目のもんとスターモンを寄越しな!」


 体育館の特大スピーカーから下卑た音声通信が入ると、再度星徒たちの悲鳴が上がった。

 しかし太陽先生は怖いまでに落ち着いていた。


「みなさんご存知だと思いますが、ニュークとスターモンには相性があります」


 こんな状況にもかかわらず太陽先生は特別授業だとばかりに説明する。


「スターモンは食べるニュークによって星の卵スターエッグの中身も変わります。ですが、基本的にスターモンは同系統のニュークしか食べません。それを知りながら、スターモンを密猟・乱獲する卑劣な輩は強引にスターモンに相性の悪いニュークを食べさせます」


 本来、スターモンは同種のニュークさえ食べていれば生存可能な生き物である。


「その結果、有罪卵ギルティエッグを産卵させ、そしてそのスターエッグをダークマーケットで売りさばくのです」

「なーに言ってんだ、田舎学校のクソ先公がよぉ!」


 すると意外にもモヒカンの親分は思わぬ反論をしてきた。


「最近のスターモンはニュークどころか、喜んで他のスターモンまで喰っちまうんだぜぇ?」

「そんな……」


 アースは青天の霹靂だった。

 スターモンが自ら他のスターモンを捕食する?

 こんなにもかわいい宇宙動物を食べようなんて考えたこともなかった。

 僕たち星は植物性のものしか食べないし、宇宙動物に至っては星たちの吐き出したニュークという大気物質を摂取するのみだ。

 なのでもし宇宙海賊の言っていることが事実なら、宇宙は広いなぁーなんてレベルじゃないぞ。

 実際ありえるのか?

 そんなことが……。

 

「みなさん、蛮族どもの悪魔の囁きに耳を貸してはなりません」


 太陽先生は星徒たちを気遣うように言う。


「みなさんは手出し無用。私のほうですぐさま対処いたします」


 太陽先生は空を見上げて――いるのかはまぶしすぎて定かではないが、輝く手を天に翳すのはかろうじて見えた。直後、天蓋の空からバサァーバサァーと七色に光る不死鳥が飛んでくるとその手に留まった。

 太陽先生のステージファイナル済みのアベックである鳳凰ほうおうぺェニックスだ。


「太陽学校の生徒を怯えさせたことを後悔させてあげます」


 続けて、太陽先生はぺェニックスに指示を飛ばす。


太陽系たいようけい――《フレフレア》」


 それからぺェニックスが両翼を羽ばたかせると、体育館内に風が吹き荒れる。そのまばゆい旋風は青空を突き抜けて宇宙めがけて舞い上がった。


「か、かしらァ、なんかカラフルな光がこっちに向かってきますぜえ!」


 宇宙海賊の部下がそう報告するが、リーダー格のモヒカンは聞く耳を持たずに強行突破を試みる。


「いつからそんなチキンになっちまったんだ、てめぇら! 怯むな! 突っ込みやがれ!」

「「押忍!」」


 そして《フレフレア》とモヒカン連合は正面衝突を繰り広げた。

 結果からいえばあとの宇宙空間には綺麗なオーロラだけが茫洋とたゆたい、一片の星も残らず七色の灰と散った。

 その光景は、息を呑むほどに美しかった。

 ご覧のとおり、この太陽系のイヴ星は太陽先生が守っている。

 隕石、彗星、流れ星、ときどき宇宙海賊が降ってくるので片時も気が抜けないのだ。


「ええ、誠に申し訳ございません。軽いお邪魔星が降ってきましたが、引き続き卒業式を進行いたします」


 太陽先生がつつがなく司会進行を務めると、そのおかげで茫然自失としていた星徒たちも落ち着きを取り戻して着席する。

 それから問題なく卒業証書授与が終わり、次は学校長の式辞。


「卒業星のみなさん、スターモンのみなさん、ご卒業おめでとうございます」


 卒業のアベックたちは校長に一礼した。


「これからあなたたちはこの太陽学校を卒業し、未来へ羽ばたいていきます。そしてこれは再三繰り返しになりますが、ニュークのコントロールだけには注意してください。水、雷、空、火、木、土、羽、海、灰。どれも素晴らしい種類のニュークですが、それゆえに危険なのです」


 そこまで言って太陽先生の光がどこか遠くなる。


「あの三億年前の『七夕事件たなばたじけん』を繰り返してはいけません」


 それを聞いて、アースはイヴ星の立ち入り禁止区域である『黒穴こっけつ』を思い出していた。

 プリンをスプーンで掬ったような黒い傷跡。

 アースが生まれるよりもずっと前の話だ。


「星にやさしく息をしてください」


 太陽先生は大きく深呼吸して、また輝きを取り戻した。


「宇宙には無数のスターがいます。ときにきらびやかな他の星をうらやんでしまうこともあるかもしれません。しかし、その中のどれひとつとして同じ星はありません。どうかどうか自分の星としての輝きを忘れないでください」


 星にはそれぞれの輝き方がある。

 それは勇気の湧いてくる言葉だとアースは思った。


「あなたたち一星一星には強い引力があります。あなたたちはまだそのような姿かたちをしていますが、これから何億年、何十億年という長い年月をかけて、星として大人に成長していくことでしょう」

「そりゃあ今まで何度も聞きましたけどよ。いまいちピンとこねえんだよな」


 マーズは首をひねる。


「年を取るにつれ、このイヴ星みたいな母星になるとか……にわかには信じられねえな」

「マーズさん、母星マザースターのことは敬意を込めてお星さまと呼びましょう」

「へいへい、お星さま、ね。……でも、まさかこのイヴ星さまも元は俺らと似たり寄ったりの背格好だったなんてな」

「ってことは、あたしたちもこがん丸っこい体になっとね?」


 オシャレ番長のヴィーナスが絶望に顔を歪ませた。


「まるでジュピターのごたっとばってん!」

「おいら、はやく大人の星になりたいもんな」

「あんたはもう体系的には球体ばってんね……」


 すでに丸い体型のジュピターは炭酸ジュースを一気に飲むと、ヴィーナスは気が重くなる。


「星なんて夢も希望もなかぁ」

「そんなことありませんよ。あなたたちは可能性の塊です」


 太陽先生は明るく照らしてそう言った。


「夢と希望がいっぱい詰まっています。その証拠に見かけによらず重力が強いのはそのためですよ」

「……体重なんて、これ以上増えてどがんすっとよ」


 どうやらこれがヴィーナスのトドメになってしまったようである。


「でもでも、重いのは悪いことばかりではありませんよ。実感はないでしょうが、重力が強いということは周囲の時間も遅くなるということなのですから。そのぶん長く生きられます。そして惑星たちの最も近くにいるスターモンたちも――」

「また太陽先生が小難しかことばいいよらす……あはは」


 ヴィーナスには何を言っても無駄である。

 太陽先生は一旦そっと諦めて真面目なトーンに変わる。


「あなたたちは教育課程を修了しましたが、当校ですべてを教えたわけではありません。というのも、スターモンには最終段階進化、つまりはステージFの向こう側であるステージHがあることがあるのです」

「それは……いったいどういう意味だ?」


 惑星組のリーダーであるウラヌスは眉根を寄せる。


「今はこのイヴ星様を巣立っていきましたが、宇宙動物博士のガオレイさんならばそのことについてもお詳しいでしょうが、あなた方にもいずれわかる時が来ます。知りたくなくとも」


 最終段階進化の向こう側。

 そのことについてアースは一生懸命に考えてみたが、途中から宇宙の果てを考えているような気分になった。

 とてもわかりそうにない。

 少なくとも、今はまだ。


「改めて言わせてください。みなさん、本日はご卒業おめでとうございます」


 それから学校長の式辞が終わり次は記念品の贈呈に移る。

 名前を呼ばれて首席のウラヌスが立ち上がる。ペガリウスとともに代表して壇上へ上がり太陽先生と向かい合った。

すべてはまわりまわって繰り返し繰り返すものです。善も悪も平和も戦争も細胞も血液もめぐりめぐる。輪廻転生のように。植物もスターモンも、そして私たち星々も」


 するとおもむろに太陽先生は懐から太陽肌に温められた虹色の卵レインボーエッグを取り出した。

 その七色に輝く卵を優しく温かな両手で包み込むと、ウラヌスに差し出す。


「やがて宇宙に暗黒時代が訪れます。そのときこのレインボーエッグがあなた方の進むべき道を照らすはずです」


 ウラヌスはペガリウスとアイコンタクトを交わす。のちにハンカチをポケットから取り出すと、厳かにレインボーエッグを受け取った。在校星たちからは惜しみない拍手が送られ、その様子をアースのアベックであるニャンレオは退屈そうに眺めながら大きなあくびをしている。


 それから一礼してウラヌスが壇上を降りようとした、まさにそのとき――つるんとウラヌスは前のめりに滑った。

 階段が先ほど登壇したウォタゴンの体液で湿っており、滑りやすくなっていたのだ。

 しかし、さすがは当校きってのエリート。

 ヴィーナスとは違い、スタッと無事に着地した。


「おお!」


 と、観覧から歓声まで上がったのだがウラヌスの手にはハンカチしか握られていない。

 一同が天蓋を見上げると、レインボーエッグはまるんまるんと回転しながら飛んでいった。


「おいらに任せるもんな!」


 そう声を上げると、ジュピターはメロン味の炭酸ジュースを、


「オラオラオラァ!」


 と、思いっきり振った。

 それからペットボトルの白いキャップを開放した――次の瞬間、ブシャーッと緑色の噴水が放出される。

 その緑色の噴水は見事レインボーエッグにヒットした。

 で?

 だから、どうした?

 カッペエの頭の皿を潤しただけでレインボーエッグは明後日の方向に飛んでいく。


「このアンポンタン! 炭酸の雨ば降らせただけやんね!」


 プンプンと怒るヴィーナス。


「ばってん、意外と美容によかごたぁ」


 そんなふうに頬をピチピチと叩くヴィーナス。彼女のもとへレインボーエッグは落下すると、ヴィーナスは日傘を広げてレインボーエッグを受け止めて傘回しを披露した。

 またもや在校星から別の歓声が上がった。

 しかしヴィーナスは傘回しに夢中になりすぎたために足下がお留守になり、そして案の定メロンジュースの水たまりで足を滑らせた。

 ポーンとレインボーエッグは飛んでいく。


「オーライオーライ」


 今度はマーズが手を構えると、ブッと何かを踏みつけた。

 それはカモノホシの尻尾だった。

 瞬間、雷が落ちる。


「あやややややyyyy!」


 倒れる黒焦げのマーズの上をレインボーエッグは通過する。

 そして今度はホエッピの背中を滑り落ち、ゾロンの長い鼻を滑り落ち、ウォタゴンの長い後ろ首をウォータースライダーのごとく滑り落ちた。そしてその飛んでいったレインボーエッグの先で待ち構えるのはなんと大きなあくびをするニャンレオの口だった。

 パクリ、ゴックン!


「…………あ」


 数ある天体たちが呆気にとられるなか、ニャンレオは何事もなかったかのように毛繕いを始めてしまう。

 大口を開けた天蓋にきれいな虹が架かると、惑星組の卒業式は幕を閉じた。

 なにはともあれ、海も荒れ、幸もあれ。


 この日、太陽学校から九つの惑星が巣立った。

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