☆1

 二翼のノズルからニュークを噴射しながら重力を相殺しつつ、アースたちは無事イヴ星に着陸した。

 太陽町光三丁目。

 そこにはタマゴ形の家が建っており、何を隠そうここがアースたちの実家である。


「惑星帰還。外気のニューク濃度問題なし。フルフェイスを解除する」


 アースは口出し確認を終えると、フルフェイスヘルメットはみるみるうちに大気と融和して霧消する。そしてアースの顔が露わになった。藍色の髪にみずみずしい肌。かわいらしい純朴な少年といった印象だが、瞳の輝きは意志の強さを感じさせる。


「お兄ちゃん、抜け駆けしないで。危険だよ」

「危険なもんか。ここは母なる惑星じゃないか」

「まあそうだけど……。まずは私が周囲の安全を確認するから」

「いいんだよ。こういうのは兄である僕の役目だ」


 アースの言葉に納得できない様子だったが、ムーンはぶつくさ言いながらもニュークフルフェイスを解除する。そこには銀髪ショートカットの美少女が現れた。イチゴのような赤い瞳が映えており、耳の長い宇宙動物スターモンの白い髪飾りがワンポイントとして利いていた。

 とそこで、唐突にタマゴの家の扉がパカッと開く。


「ボンボン!」


 すると家の中から白い塊が勢いよく飛び出してくる。それは一目散にムーンに飛びつき抱きかかえられた。その生物は白くて長い耳にピンク色のリボンが飾っており、跳躍力を備えた後ろの二本足には『bonbon』と書かれたピンキーブーツを履いていた。

 そう、この宇宙動物スターモンこそが、ムーンの一星一匹アベックのウサボンである。


「ただいま、ウサボン。淋しい思いをさせちゃってごめんなさい」


 ムーンの腕の中でウサボンは嬉しそうに長い耳を揺らしている。

 アースは温かい目でその光景を見ていると、自身の足にスリスリとした感触があった。どうやら足音もなく忍び寄られていたようだ。アースが足下を見ると、スカイブルーの毛並みの丸っこい生き物がアースのふくらはぎに爪を立ててじゃれついている。


「ダメじゃないか。僕の宇宙服がボロボロになっちゃうよ」


 アースは破顔しながら、そのアベックのスターモンを抱きかかえる。

 ネコ科、ニューク属性・空。両頬には白い雲ひげがあり、尻尾の先には丸い綿雲が浮かぶ。☆型の肉球がキラキラと足音を殺していた。


「ただいま。ニャンレオも淋しかったんだね」

「ニャオニャオ」


 ニャンレオは体をよじらせて地面に降りたかと思えば、今度はジャンプしてアースの手にネコパンチを繰り出した。アースは自身の手のひらを開くと、手形にぴったりと沿うようにホーム画面が立ちあがる。手形の液晶が煌々とアースの顔を照らした。

 グローブ型デバイス手のひら電話パルムフォンは、通話機能はもちろんのことスターモンの情報を読み上げたりなどさまざまな機能がある。当然現在時刻も確認でき、人差し指に表示されていた。


「おっと大変だ。もうこんな時間じゃないか」


 アースは朝の時間の速さに驚く。


「教えてくれてありがとう、ニャンレオ」


 ニャンレオのあごの下を撫でて礼を言ったのち、アースは顔を起こしてから『手のひらを握る』ハンドジェスチャーをする。同時にパルムフォンの電源もオフになる。


「お兄ちゃん、太陽学校に向かおう。みんな待ってるよ」

「そうだね。最後の登校日だってのにゆっくりもしてられないみたいだ」


 まあ僕のせいだけど。

 ともあれ、アースは太陽町の中心に目を向ける。ニャンレオは空気を読んだようにアースの肩を伝って背中の生命維持装置の上に乗り移った。それに倣うようにウサボンもピョーンと跳ねてムーンの生命維持装置に掴まった。


「じゃあちょっくら、太陽学校までかっ飛ばそうか」


 アースは答えも待たずにニュークジェットエンジンを勢いよく吹かし、太陽町の空に飛び立った。立ち並ぶ民家の丸い屋根を飛び伝いながら春の風を感じる。


「ちょっと、お兄ちゃん! そんなにニュークを噴射したらニュー欠になっちゃうんだからね!」


 そんな遠のく兄の背中を妹のムーンは必死に追いかける。

 二星の向かう太陽町の中心には、巨大な星命の樹『ガジュバブ』が自生していた。極太の幹には紙垂の垂れた太い注連縄が大蛇のように巻き付けられている。ガジュバブは地面から空に向かって手を伸ばすような形で生え、枝先からは大気中の二酸化炭素を七色のニュークに変換して吐き出している。

 まるで巨大生物が息をしているようだ。

 そして、そのガジュバブを取り囲むようにして十一棟の校舎と一棟の体育館が円形に建ち並ぶ。校舎群の壁面にはソーラーパネルが貼り付けてあり、昼間はもっぱら発電と蓄電をしていた。


 これがアースたちの通う太陽学校である。


 するとアースは校舎の上空から見下ろしながら気づく。

 楕円形の体育館の窓からおびただしい量の光が漏れ出しているではないか。


「惑星組の中で僕だけ留年するのはごめんだ!」

「もしそうなったらぜひ衛星組に登校していいよ」

「絶対いやだ! 兄が妹と同学年になってたまるか!」


 心から叫びつつ、体育館入り口のシャトルドアの前にアースとムーンはスタッと降り立つ。

 二星は呼吸を合わせてシャトルドアの片方ずつを左右それぞれに引く。まばゆいばかりの光がアースとムーンを照らしたと同時に、万雷の拍手が二星を包み込んだ。


 一面に整然と並べられた☆型の椅子には太陽学校の星徒たちが行儀よく座っている。二階席、三階席までびっしりと白い宇宙服を着た星とアベックのスターモンで埋まっていた。

 そんな中を一直線に赤道レッドカーペットが敷かれており、紅白のアーチが連綿と掛かっている。


「お兄ちゃん、ここは下級生であり妹でもある、このわたしが」


 そう言って、ムーンは仰々しくアースに手を差しだした。

 アースは微笑みながら妹の手を取ってアーチ内をくぐり抜けながら入場する。


 するとそのレッドカーペットの先のステージに燦然と光り輝く恒星が見えた。

 核融合反応によりまぶしすぎてその姿かたちはハッキリとは視認できないが、あれは間違いなく太陽先生であろう。

 この太陽学校の創設者にして唯一の教師である。

 しかし、その神々しさゆえに真の姿を見たものは皆無だという。


「では、わたしが付いていけるのはここまでみたいだから」

「うん」


 手を離して兄妹はいったん分かれる。

 ムーンは在校生の席へと向かった。

 その去りゆくムーンの背中にアースは声をかけずにはいられなかった。


「ムーン、今までありがとう」


 これは数万年分の感謝の気持ちだった。

 ムーンは一瞬立ち止まりかけたのち、振り返らずに右手だけをあげて振った。

 肩を震わせながら歩く妹の目元をウサボンが静かに拭いている。

 それを見届けてからアースも胸を張って前を向く。


 ステージの最前列に並べられた合計九つの絢爛豪華な椅子。

 その左から三番目の空席にアースは腰を落ち着けた。

 するとさっそく四番目に着座する火星かせいマーズが開口一番に嫌味を言う。


「アースだけダブりゃ面白かったのによ。カッカッカ!」

「笑えないよ、マーズくん」


 赤髪トゲトゲ頭で鋭い目付きの彼は、惑星組第四星。真っ赤な宇宙服のマーズスーツを着装しており、その膝の上にはアベックのヒツネを乗せている。ヒツネは耳と尻尾に火が灯っているが、マーズスーツは耐火素材スターライトを使用しているので燃える心配は無用だ。

 とそこで、五番席の卒業星が野太い声でマーズに話しかけてきた。


「ねえマーズ、ちょっといいもんな?」


 メタボリックシンドローム気味の彼は惑星組第五星の木星もくせいジュピター。緑色と茶色の横縞模様のジュピタースーツを着装している。緑髪の坊主頭にはゴーグル付きの飛行帽を被っていた。タラコ唇、大きな福耳、太眉と三拍子そろったご尊顔。そして右手にメロン味の炭酸ジュース、左手にはポテトチップスの袋を携帯する。当然どちらも特大サイズだ。


「ヒツネの火のせいでカッペエの皿の乾くんだけども、やめてもらえるもんな?」


 それはジュピターからマーズへのクレームだった。

 ジュピターのアベックであるカッペエは頭の上の白い皿がカラカラに干涸らびており、ぐったりしていた。カッペエの肌は新緑色で背中には甲羅を背負っている。葉っぱのような髪の毛と水かきがそよいでおり、局部は一枚の大きな葉で覆われている。


「ああ? 知るかよ。おまえの唾でも吐きかけとけや」

「ぶっ! ぶひゃひゃひゃ! 唾を吐きかけとけってな? ぶひゃひゃっ!」

「おまえ、頭燃やすぞ?」


 しかしなおもジュピターは馬鹿笑いすると、次第にマーズのこめかみに赤い筋が浮き上がる。


「まあまあマーズくん、いったん落ちつこ」


 アースは慌てて止めに入る。


「せっかくのおめでたい卒業式なんだからさ」

「アース止めるんじゃねえ! 俺があいつのだらしない脂肪ごと燃焼させてやらあ!」


 そんな怒りを燃やす同輩をアースが必死になだめていると、


「はい。というわけで、なにはともあれ卒業星全員が無事にそろいましたね」


 と、太陽先生の顔がパァッとなお一層光った。

 おそらく笑顔なのだろう。


「ではただいまより、天の川暦太陽時間92億2020年度、太陽学校第三期惑星組の卒業証書授与式を執り行いたいと思います」


 太陽先生の明るい声音に自然と星徒せいとたちの背筋も伸びた。


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