第1星 卒業星

☆プロローグ

 名前も知らない星を見つけた。

 どこまでも続く暗黒世界。

 ふと、地球ちきゅうアースはこんなことを思った。


「宇宙の果てはどこまで続いているんだろう?」


 少年は御年十五万歳。

 それは太陽学校を卒業する年齢だった。


 群青と白の宇宙服で構成されたアーススーツに身を包み、まん丸のフルフェイスヘルメットには青いマーブル模様が彩っている。胸部には温度調節バルブ、背中には生命維持装置LSSを背負っていた。それを覆うように『地』と記された灰色のマントがはためいている。周囲は無音でニュウニュウーッとニュークが供給される音だけがヘルメット内に響く。


 今現在、アースは宇宙空間に漂っていた。


「お兄ちゃん、もしかして真夜中からこんなところにいたの?」


 突如、フルフェイス内の通信用のヘッドセットからそんな声をかけられる。

 アースが振り返ると、そこには純白のムーンスーツを着た少女が浮遊している。

 そのフルフェイスにはクレーターがいくつも見受けられた。

 その娘は生命維持装置下部に搭載された二翼のノズルのニュークジェットを調節して、ぴょんぴょんと器用にバランスをとっていた。


「あちこち探しまわったんだから」


 彼女はアースの妹のつきムーンである。


大気圏アトモスフィアを出るのは校則違反だよ。そのまま帰ってこれずに宇宙の星屑になっても知らないんだからね?」


「……脅かさないでよ」


 どうして僕の居場所がわかったのかなんて、アースは愚問に感じた。

 ただ見えない糸に引かれた結果なのだろう。


「わたしはお兄ちゃんが心配なんだよ。私をほっぽってどこか遠くへ行っちゃいそうだから……」

「うん。ごめん」


 反省した様子のアースを見てムーンは自身の腰に手を当てる。


「なので、少なくともわたしの目の黒いうちはこんなことはしちゃダメなのです」

「ムーン、目黒くないじゃん」

「むうん。そんなことをいうお惑星ほしさんには校則違反を太陽たいよう先生に言いつけちゃうんだから」

「そ、それだけは勘弁してください」


 アースは無重力土下座を披露すると、ダルマのようにコロコロと回る。


「せっかく今日は惑星組の卒業式なのに、僕だけ卒業できなくなっちゃうよ」

「……べ、別に、わたしはそれでも構わないよ」

「え? なんで?」

「だって、そのほうがお兄ちゃんとながく一緒にいられるから」


 そう言って、ムーンはアースの腕を取るとキシュキシュとした宇宙服の感触が伝わった。


「お兄ちゃんからもう1ミリたりとも離れないんだから」

「参ったなぁ。いいかげんムーンも兄離れしなくちゃね」

「そんなこと言ったってしょうがないじゃん。そういう星のめぐりなので」


 ムーンは確信しているふうに言った。


「宇宙が終わるそのときまで、わたしはお兄ちゃんと共にあります」


 宇宙の終わり。終点。彼方。最果て。

 俗に言う、宇宙巣ユニコス

 本当にそんなものがあるのか?

 僕らは何のために生まれて何のために生きるのか?

 どこから来てどこへ行くのか?

 今のアースでは疑問の答えは見つけられそうもない。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか。僕たちの母星へ」


 瞬間、ピカッとムーンの背後からまばゆい光が射す。

 同時に球体の大気圏の内部に太陽光が乱反射してとある星が浮かび上がる。


 その星の名はイヴ星。


 表面にはアースとムーンの住んでいる太陽町たいようまちがある。その町の隣にはスプーンで掬われたプリンのような黒い傷跡が見え、厳重にも立ち入り禁止の注連縄が張られていた。


 ともあれ、イヴ星は豊かな大気に覆われて肥沃な土の植物たちは朝日を浴びて歓喜すると、今にもコケコッコーと鳴き声が聞こえてきそうだった。

 ムーンはその日の出を迎える太陽町に見蕩みとれながら、アースに質問する。


「お兄ちゃんは、卒業したらどうするの?」

「うーん、そうだなぁ」


 惑星組でまだ卒業後の進路が決まってないのはアースだけだった。


「太陽系を周回軌道パトロールしてみんなの平和を守るのもいいかもしれないけど……」


 でも。

 僕には叶えたい将来の夢がある。

 いまだ見果てぬ夢がある。


「ムーン、僕はね。保護したスターモンの飼育員になるのが夢なんだ」

「お兄ちゃんの空のニュークはすべてのスターモンの栄養になれるからね」

「それもあるけど……僕はいろいろなスターモンと出会いたいんだ。そして友達になりたい」

「うふふ。ほんとお兄ちゃんはスターモンが好きなんだね。私も応援するよ」


 そう感心してからムーンはイヴ星の地平線を見ると、突然あわてたように声を上げた。


「お兄ちゃん、大変!」


 そのムーンの顔にはまっすぐとご来光が差していた。


「おひさまが出たってことは太陽先生がお目覚めになっているはずだよ!」

「あっ、ほんとだ」


 アースは軽く頷いてからムーンと顔を見合わせると二星は大慌て。

 ライオンに追われるウサギのように宇宙服のニュークジェットエンジンを用いて、イヴ星の重力に掴まり大気圏へ突入する。


「お兄ちゃん、急ごう。ウサボンとニャンレオもわたしたちの帰りを待ってる」


 アースは妹に手を引かれながら太陽町に緩やかに落ちていく。

 まさに、そのとき。


「ん?」


 宇宙を見上げながらアースはふと気づく。

 いや、おそらく僕の気のせいだろう。


「お兄ちゃん、どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 きっとまぶしい太陽のせいだ。

 目を細めながらアースはそう納得する。

 変に胸騒ぎを覚える必要なんかない。

 だって宇宙では、こんなことはしょっちゅうあることなのだ。


 名前も知らない星が闇に消えることなんて。

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