とある世界の最終話 幼馴染結婚式END

 真っ白い海辺の教会に結婚行進曲が流れている。


 純白のウェディングドレスを身にまとった清水千春は沢山の友人に見守られる中、義父と腕を組んで花びらの舞う赤い絨毯を進んでいく。


 ヴァージンロードを歩き終えると、義父は新郎に千春を託した。


「……千春ちゃんを頼みました」

「……はい。任せてください」


 義父が離れると千春は新郎と見つめ合う。


「……まさか俺が、お前みたいな悪女と結婚する事になるとはな」

「……嫌なら今からでも取り消していいのよ」


 むくれる千春に新郎は皮肉っぽくニヤリと笑いかける。


「拗ねるなよ。悪い女に惚れた俺の負けだ」

「褒められてる気がしないわね」

「褒めてないさ。でも愛してる」

「……本当にいいの? あたしは――」


 新郎が人差し指を立てて言葉を封じる。


「愛してるって言っただろ?」


 新郎が神父に向き直り、千春もそれに習った。


 そして誓いの儀式が始まる。


「新郎、芦村直樹。あなたは健やかなる時も、病める時も、新婦、清水千春を支え、尊重し、彼女と共に永遠の愛を育んでいく事を誓いますか?」

「誓います!」


 力強い直樹の言葉に千春の肌が総毛立つ。


 喜びと感動に涙が溢れ、足元さえふらつきそうだ。


「新婦、清水千春。あなたは健やかなる時も、病める時も、新郎、芦村直樹を支え、尊重し、彼と共に永遠の愛を育んでいく事を誓いますか?」

「ぢがいまじゅぅうう!」


 鼻水交じりの涙声に温かな笑いが会場を包んだ。


「それでは誓いの口づけを」

「千春……」

「直樹ぃ!」


 愚かな男と悪い女は唇を重ね、千春はついに直樹との結婚に至った。



 †



「う、うぅ、ぅぅあああああん! よがっだよおおおお!」


 パーティードレスに身を包んだ姫麗が大泣きしながら料理を口に運ぶ。


「まさかあいつが千春とよりを戻すとは思わなかったけどな」

「終わりよければすべて良し……なのかなぁっ?」

「でも、直樹としては複雑な気持ちなんじゃない? 元カノが同姓同名の男と結婚するなんて」


 同じテーブルの元ギャルズ四人に囲まれて、直樹はニヤリと笑ってみせた。


「いいや全然。むしろ、これでやっと肩の荷が降りたって感じだな」

「千春には散々苦労させられたもんなぁ……」

「芦村君に対抗する為に色んな男とくっついては自爆して、挙句同姓同名の男を捕まえてきた時はびっくりしちゃったけどっ」

「それで向こうの直樹も怒っちゃってくっついたり離れたりで大変だったわよね~」

「その度に何故か俺らが尻ぬぐいする羽目になるしよ。本当、はた迷惑な女だぜ」

「とか言って、なんだかんだアッシー助けちゃうんだもん。優しすぎるアッシーにも問題あると思うけど?」


 ジト目を向けると、姫麗がブ~ッ! っと洟をかむ。


「面目ない……。姫麗には本当迷惑かけっぱなしだったよなぁ……。本当俺って奴は……」

「もう! すぐそうやって落ち込むんだから! あ~しはそんなアッシーの優しい所に惚れたんだからそれでいいの! でしょ?」

「そうだぜ! 直樹は立派な男になったんだからいい加減胸張れよ!」

「そうだよっ! 沢山勉強していい大学にも入って今じゃ社長様なんだからっ!」

「社長って言ってもコスプレビジネスのちっちゃな会社だけどね~」

「「「小南っ!」」」

「だ、だって本当の事でしょ!?」

「喧嘩すんなよ。マジで本当の事だから」


 姫麗と正式に付き合う事になった後、直樹はコスプレ趣味に目覚めていた。


 二人で一緒にコスイべに行ったり、衣装を作ったり、コミケで写真集を出してみたり。


 懐かしき青春の思い出だ。


 その過程で、姫麗のビッチ疑惑が男装コスのメイクをしたイケメンレイヤー♀さんとアフター打ち上げしたり、撮影会でスタジオに行く際カメラマンと一緒だった所を見られて勘違いされただけだった事等が判明してひと悶着あったりもした。


 それで直樹はカメラにも手を出し、ギャルズ三人もコスプレ道に引きこんだり。


 そんなこんなで大学に入り将来の事を考えた時、姫麗の好きを仕事にしたいと思ってコスプレビジネスを思い立ったのだ。


 最初は衣装や小道具の受注生産から始めた。


 姫麗の人脈やギャルズの協力、彼女等が良いモデルになってくれた事もあり、評判は上々。


 その内ゲームやアニメ会社の公式イベントの仕事も貰えるになった。


 そこから事業を拡大して、レンタル衣装や撮影スタジオ、コスプレコンパニオンの派遣業なども行っている。


 勿論稼ぎ頭は姫麗だ。


 姫麗はコスプレ界隈のトップモデルであり大人気の衣装職人でもあり、人気急上昇中のコスプレ系ユーチューバーでもある。


 リンダや美兎、小南も直樹の会社に勤めながら、直樹の指導のもと趣味と実益を兼ねたユーチューバー活動を行っている。


 リンダは料理系動画に才能を開花させ、美兎は食レポとレディコミレポで再生数を伸ばしている。小南はASMRを出しつつ直樹と共に動画編集などを行っている。


 まだまだ規模は小さいが、クールジャパンを味方につけて最近は海外からの注文も増えている。


 あの日誓った姫麗に見合う立派な男には程遠いが、それでもあの頃のヘタレた自分よりはマシになっている……と思いたい。


「あ、千春ちゃんだ! やっほ~! 式、ちょ~よかったよ!」

「姫麗にみんな! 来てくれたのね!」

「そりゃまぁ、高校から大学まで散々争い合った宿敵の結婚式だからな」

「腐れ縁が百周回ってむしろ親友になっちゃったよねっ」

「千春! おめでとう! これでやっとこっちの直樹との未練も断てるわね!」

「「「「小南っ!」」」」


 直樹他ギャルズに怒られ、小南が涙目になる。


 身長もKYな所もあの頃から何一つ変わっていない小南だった。


「だってぇ!?」

「いいのよ。小南の言う通り、もうそっちの直樹には未練はないわ。だってあたしにはこ~~~~んなに優しくて素敵でお金持ちのパ~~~~フェクトな旦那様がいるだもの! お~っほっほっほ!」

「やめろっての恥ずかしい」

「あはんっ♪」


 向こうの直樹に軽い拳骨を貰い、千春が嬉しそうに悲鳴を上げる。


 世の中には自分と似た人間が三人はいると言うが、向こうの直樹はびっくりするくらいこちらの直樹と似ていた。


 顔立ちや性格、オタク趣味や言葉遣いまで。


 あまりにそっくりだから、千春が直樹の細胞を培養してクローンでも作ったのかと疑った程だ。


 ただ単に、千春の未練と偶然の悪戯が生んだ結果でしかなかったのだが。


 なんにせよ、二人が結婚するまでにはかなりすったもんだがあった。


 俺はこいつの代用品か!?


 あたしは本当にこの人の事を愛しているの?


 関係ないのに巻き込まれる直樹としては本当にいい迷惑である。


 だとしてもだ。


「……まぁ、なんだ。色々あったけどよ、良い相手が見つかったみたいで安心したぜ」

「……そうよ。あんたなんかより何万倍もイイ男なんだから。ざまぁ見なさいよ!」


 お互いに未練はない。


 そのはずなのに、千春と対面するといつも互いに気まずくなる。


 まるで、古傷でも痛むような。


 そして、いつも最愛の人を不安にさせてしまう。


「……むぅ」

「いでぇっ!?」


 むくれた姫麗が直樹の尻を抓る。


「言っとくが俺は、まだお前の事を完全に信用したわけじゃないからな」

「な、直樹?」


 向こうの直樹もジト目で千春を睨んでいた。


「俺にとって結婚はゴールじゃない。スタートだ。これからじっくりお前の中からこの男を追い出して、俺が唯一本物の芦村直樹になってやる」


 決意めいた表情で言うと、あちらの直樹がこちらを睨む。


「そういうわけだ。俺はお前の代用品じゃない。たまたま名前が同じだけの別人だからな!」

「分かってるよ。耳にタコが出来る程聞いた台詞だ。俺とそいつはもう終わった仲だ。実際、俺はもう随分長い事、そいつに名前で呼ばれてない」


 千春なりのけじめなのだろう。


 今の直樹はただのあんただ。


 それでいいと直樹も思う。


 嘘から始まった関係が本当になる事もある。


 直樹がそうだったように、千春も今、必死に嘘を本当にしようと頑張っているのだ。


 千春と別れて随分経ち、あの日の思い出も色褪せたが。


 それでもまだ、直樹にとって彼女は手のかかる幼馴染なのだった。


 きっとそれは、生涯変わる事はないのだろう。


「……一度だけだ」


 ムスッとして、向こうの直樹が言った。


「ちゃんと礼を言ってやれよ。俺らが結婚できたのは、このお人好しのお陰みたいなもんなんだからな」

「……直樹」


 複雑な表情を浮かべると、千春は真面目な顔で直樹を見つめた。


 長い事封印していたその名を呼ぼうとして、パクパクと空を噛む。


 そして不意に肩の力が抜ける。


「……ありがとう、直樹。色々全部。あなたに出会えて、あたしは幸せだった」

「……俺もだよ、千春」

「嘘ばっかり」


 苦笑いを浮かべる千春に直樹は肩をすくめた。


「嘘じゃないさ。お陰でお互い良い相手と巡り合えた。きっと俺達がくっつくよりもいい結果になる。だろ?」

「……そうね」

「きっと?」

「間違いなく!」


 姫麗に睨まれて言い直す。


 そんな様子に千春が吹き出した。


「精々あんたはそうやって姫麗の尻に敷かれてなさい! 姫麗。直樹の事よろしくね」

「千春に言われるまでもないし? そっちこそ、あんたの直樹大事にしなよ? そこまでされて結婚してくれるようなお人好しなんか、世界に一人しかいないんだから」

「だな。そこが俺とあんたの違いだ」

「褒められてる気が全然しねぇな」

「だって褒めてないもの」

「「「「「小南!」」」」」

「なんであたしばっかり怒られるのよ!?」


 いつもの流れにいつもの顔ぶれが笑い出す。


 こうしていると大学生の頃に戻ったようだ。


 千春と二人の直樹とギャルズで火花を散らした、あの狂騒の日々に。


「いだ、いだだだだだ!?」


 突然姫麗がお腹を押さえて苦しみだす。


「ど、どうした姫麗!? 大丈夫か!?」

「だ、だいじょばない……。破水したかも……」

「マジかよ!?」

「嘘だろ!? 予定日は来月のはずだろ!?」

「おおおおおおおちちちちついてえええええ!? しししし、深呼吸!?」

「ヒッヒッフーよ姫麗! お医者さんに教わったんだから!」

「ここでいきんでどうする!?」


 思わず向こうの直樹が突っ込む。


「と、とにかく救急車か!?」

「遠すぎるわよ! あたしが車出すから! 直樹は準備してて!」

「おう!」

「あたしの直樹じゃなくて姫麗の直樹よ!」

「いや千春! お前の結婚式はどうすんだよ!?」

「幼馴染と親友の子供の命がかかってるのよ! そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?」

「けど……」


 向こうの直樹の顔色を伺う。


 相手はニヤリと肩をすくめた。


「お前らにはバカでかい借りがある。その上俺の嫁はアホみたいに運転が上手い。これで今までの悪行がチャラになるんなら安いもんだろ」

「……すまん! 恩に着る!」

「いいって事よ。同じ名前のよしみだろ?」


 向こうの直樹がニヤリと笑い。


 直樹もニヤリと笑い返した。


「っしゃ! 美兎、小南! そうと決まったら千春が戻って来るまで場を繋ぐぞ!」

「おっけーっ! 千春ちゃんに借り作るの嫌だもんねっ!」

「絶対一生恩着せがましく言われるわよ!」

「えっと、新郎の俺はどうすれば?」

「関係者に説明でもしてろ!」

「アッシー!? いだいいいいいい!? 死んじゃううううううううう!?」

「生きろ! 姫麗が死んだら俺も死ぬからな!?」

「じゃあああいぎるううううう!?」


 狂騒を乗せた車は法定速度をぶっちぎって病院へ向かう。


 千春は免停になったが、お陰で無事に元気な男の子がこの世に産声をあげた。


――完















――あとがき――


 まだ続けられるけど、今までの経験上この辺で終わっておかないと高確率でエタるので、一旦完結を選びました。


このエンドまで書くと300話くらいになりそうだし。


 ダイジェスト風に挿入された諸々はプロットの名残です。


 完結させたけど、しれっと続き書くかも。


 初エッチのくだりとかやりたかったなぁ~とか思いつつ。


 ここまでお付き合い頂いた皆さんに感謝を。


――お知らせ――


 ダンジョン配信物が流行ってるので便乗しました。


 https://kakuyomu.jp/works/16817330659641662771



――次回作の構想――


 男だと思ってた幼馴染の性自認が女だった件


 みたいなビュー数無視したクソバカラブコメ書きたいなって思ってるだけでまだ一文字も書いてません。




 


 

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